But Not For Me

But Not For Me

基本データ

  • 作曲年:1930年
  • 作曲:George Gershwin (1898-1937)
  • 作詞:Ira Gershwin (1896-1983)

参考音源

Ella Fitzgerald / Pure Ella (1950)
エリス・ラーキンスとの2枚のデュオ・アルバムを後に一枚にまとめたもの。ゆっくりと歌い上げる。キーはG。
Buddy DeFranco / Mr. Clarinet (1953)
ちょっとしたアレンジがされた軽快な演奏。キーはB♭。
Miles Davis / Bag’s Groove (1954)
こんにち演奏されるこの曲の原型はこのテイクかと思われる。キーはE♭。
Chet Baker / Sings (1956)
インテンポでヴァースをトランペットで演奏してからコーラスから歌う。キーはD♭。
Billie Holiday / All Or Nothing At All (1957)
Silver Collectionにも所収。メンバーは、ギターはBarney Kessel、ピアノはJimmy Rowles、テナーはBen Websterなど。キーはA♭。
John Coltrane / My Favorite Things (1961)
名盤。冒頭はGiant Stepsのようにスリートニックで処理している。キーはE♭。

曲目解説

この曲については、3つの論点に絞ってみたいと思う。なお、ここではキーはE♭する。

冒頭(1小節目)のコードは何か

国内で出版されているジャム・セッションを意識して編まれたほとんどの曲集で、コーラスの冒頭のコードはF7になっているはず。しかし実際のレコードではどうであるか、もう一度じっくり聴き直してみたいと思う。

ワークショップでは、私ではなくお店側がセレクトしたBut Not For Meのうち10テイクほどきいてみたのだが、F7で演奏していたのは5テイクだった。「意外に多いな」というのが私の率直な印象。

実は、この曲の冒頭は、もともとE♭maj7すなわちトニックである。したがって、1-4小節目のコード進行は、E♭maj7 Cm7 | Fm7 B♭7 | E♭maj7 | Gm7 C7 | といったところ(3小節目の処理など多少バリエーションがあるかもしれないが)。例えば、Fitzgerald(1950)然り、Baker(1956)然り、Holiday(1957)である。ほかにもいくつかランダムにきいてみたが、Ahmad Jamal(p)、Julie London (vo)、Frank Sinatra (vo)、Sarah Vaughan(vo)、Dinah Washington(vo)なども同様であった。

では、冒頭F7で始めたのは誰かというと、一説によるとMiles Davisあたりではないかと言われている(が、定かではない)。1954年の録音は確かにF7から始まっている。これ以降、マイルス・バンドにいたRed Garland(p)はもちろん、Sonny Rollins(ts)、Ann Burton(vo)、Rosemary Clooney(vo)なども、このコード進行を採用しており、ジャズにおける標準的なコード進行として定着していく。

それでも、Diana Krall(vo,p)などはこんにちでもトニックから始まる録音を残している。また、Gene Ammons(ts)とSonny Stitt(as)のアルバムDig Him! (楽天 | CD) (Amazon の冒頭などは、基本的にF7始まりで演奏しているのだが、最初のコーラスの冒頭だけ、ベースのBuster Williamsがトニックから始めているが、途中で気づいてコーラス後半移行はF7にしている。また、Ahmad Jamalなどは一貫してトニックから始めて演奏している。また、Coltrane(1961)のアレンジも冒頭がトニックということが前提になっているように思われる。

以上を踏まえると、F7で始まることが優勢になりつつも、トニックから始まることも選択肢として残しておいたほうがよい。とくに、自分で演奏するときにどちらのコード進行のほうがより自分の表現に近いかを考えてよく吟味することが大切ではないかと思う。

7小節目のコードはE♭maj7か

ジャム・セッションでの使用を意識した曲集の多くは、7-8小節目をE♭maj7 | B♭m7 E♭7 | のようにしているかと思われる。大きく捉えれば、7小節目がトニックのメジャー・コード、8小節目がI7でこれは次のサブドミナント(A♭maj7)へのセカンダリ・ドミナントである。

ところが、このように演奏しているレコードは少数派であろう。少なくとも私はそのような演奏しているレコードを聴いた記憶がない。多くはE♭7が2小節(またはB♭m7 | E♭7 | )、もしくはこれをリハーモナイズしたもの(例えば、Baker (1956)は、Em7 | A7 | )となっているはずである。

これはFitzgerald(1950)然り、DeFranco(1953)然り(ちょっと聞き取りにくいが)、Davis(1954)然り、Holiday(1957)然りである。

ここのメロディはGを伸ばしているだけであり、理論的には、E♭maj7であっても構わない。ところが、歌詞をみると(あまり長く引用しては怒られそうだから必要最低限にすると)(But not for) me.となっているのである。つまり、「私のものじゃないのよね」と言って拗ねてみせているのである。解釈によっては拗ねている以上に深刻かもしれない。そんなときに、のんきにメジャー・コードを響かせているような場合ではないと私などは考えるのである。

心をオープンにして真摯に楽曲に向き合った人が、どういう神経をしてE♭maj7なんていうコードがつけて曲集を出版できるのか、私はとても興味がある。人間は恐ろしいもので、どんなに不適切であっても慣れている方が「正しい」と錯覚してしまうらしい。日本のどこかで、譜面に「E♭7」と書いてきた人が、先輩プレイヤーに「誤りだ」といわれてE♭maj7に直されているかも知れないが、誤りだという指摘こそ誤りなのである。誤りだと言われたひとがいわれのない指摘にどれだけ傷つくかということを想像すると、やはり曲集の編者の責任は重大だと思うがいかがだろうか。

繰り返しになるが、E♭7であれE♭maj7であれ、理論的にはどちらも正しい。要は、選択の問題である。

13-16小節目のメロディとコード

But Not For Me 13-16小節目のストレート・メロディ

私が「ストレートメロディとコードのジレンマ」と呼ぶ典型的な事例がこの曲のこの箇所である。

ガーシュウィンは譜例のように作曲したのだが、このメロディに対して、実際にジャズではどのようなハーモニーをつけて演奏することが多いのだろうか、という問題について一緒に考えていきたい。

例えば、Davis(1954)は、F7 | F7 | Fm7 | B♭7 | のように演奏している。ジャム・セッションで持ち歩くような曲集のコードもおおむねこのようなものになっていると思われる(ひょっとしたら13小節目がCm7になっているかもしれないが)。

ところが、コードとメロディをよく見比べて頂きたいのだが、Davisのこのコードは、13-14小節目において、ガーシュウィンの書いたストレート・メロディと衝突している。

すなわち、13小節目のメロディA♭はF7の3度のA♮と矛盾している。このA♭を♯9のテンションと捉えようとしても1拍目のG音が邪魔をしている(一般に♯9をテンションとするためには♮9ではなく♭9を伴わなくてはならない)。また、14小節目のメロディE♭-C- A♭も同様にF7にそぐうものではない(F7のスケールを半音-全音ディミニッシュ・スケール(いわゆるコンディミ)を想定するとメロディはこのスケール上に存在することになるが、このスケールを適応するには和声的な文脈上無理がある)。

よって、13-14小節目をF7にせず、Fm7にすればこの問題は解決するのであるが、そうすると、Fm7が3小節続くことになってしまう(それを解決するために15小節目をB♭7に変えてFm7とB♭7を2小節ずつにしてもよい)。しかし、実際にそのように演奏してみればわかるが、コード進行が平凡すぎて、もの足りないサウンドになり、特にソロにおいて今ひとつ展開しづらいハーモニーになってしまう。

この「ストレートメロディとコードのジレンマ」を解決するにはどうしたらよいのだろうか。方法はふたつある。

ひとつめは、メロディを変えるなり、ぼかして演奏する方法である。Davis(1954)のこの箇所を聴くと、メロディをフェイクしている。というよりは、ほとんどソロに近い内容になっている。だから、もし、13-14小節目をF7で演奏したいのであれば、この箇所をストレートメロディで演奏してはいけない(仮に13小節目をCm7としても4拍目のA♭はマイナーコードの♭6度の音にあたり、一般的にこの音はアヴォイド・ノートとされる)。逆の言い方をすれば、この箇所をストレートメロディの通りに演奏したいのであれば、コードをF7なりCm7 F7 にしてはいけないのである。これは大変重要な事実であるので強調しておきたい。

ジレンマを解決するもう一つの方法は、ストレートメロディを変えずに、ジャズで演奏する上で満足するコードを頑張って見つけ出すことである。私は、Fitzgerald(1954)のハーモニーはとてもよい事例だと思う。すなわち、Fm7 C7 | Fm7 | Fm7/B♭| B♭7 | のように演奏している。すなわち、13小節目後半のC7がとても効果的に挿入されているのである(このテイクは、この箇所のみならずコーラス全体のハーモニーがよく吟味されているので興味のある方はぜひ採譜してみることをおすすめする)。また、Baker(1956)は、Fm7 | Fm7 | B7 | B♭7 || のように演奏している(厳密にはB♭をC♭7と書くべきかもしれないが)。

Fitzgeraldのハーモニーはとにかくよくできている。歌にもテンポにもたいへんマッチしていると思うのだがいかがだろうか。ただもしよりアップテンポで演奏するのであれば、Bakerのハーモニーのほうがしっくりくるであろう。私はテンポやリズム(例えばスウィングかボサノバか)などの状況によってコードを変えたほうがよい場合があると考えているが、このふたつのテイクはこの考えをある程度裏付けてくれるものだと考えている。

なお、これらを参考に私なりの解決案をひとつ示しておきたい。それは、Fm7 | C7alt | B7 | B♭7 || である。Fitzgerald と Baker の折衷案のようにも見えるが、C7altがメロディに対して効果的にサウンドしているのではないかと思う。余談だが17小節目は、F7ではなくE♭maj7に進むのが私の好みである。もちろん1小節目も同様である。