Lover Man

Lover Man

基本データ

  • 作曲年:1942年
  • 作曲・作詞:James Edwards Davis (?-?)、Ram Ramirez (1913-1994)、Jimmy Sherman (1909-1975)

参考音源

Billie Holiday (1944)
初録音。作曲されてから約2年のラグがあるのは音楽家連盟の録音ストによる影響。ホリディ自身の希望によってストリングス入りで録音された。多くのコンピレーションなどに収録されている。キーはB♭m/D♭。
Charlie Parker (1946)
Dial盤。なお、1945年にも録音がある。キーはB♭m/D♭。
Djangology / Django Reinhardt (1949)
ラインハルトとグラッペリの有名な録音。ミディアム・テンポでキーはG。
Jay Jay Johnson / The Eminent Jay Jay Johnson, Vol. 1 (1954)
クリフォード・ブラウン、ジミー・ヒースとの3管編成だが、このテイクではジェイ・ジェイがメロディを歌い上げる。キーはB♭m/D♭。
Bill Evans with Jeremy Steig / What’s New? (1969)
ビル・エバンス・トリオとフルートのジェレミー・スタイグによる録音。スタイグの大胆なメロディへのアプローチ、ハーモニーの展開など解釈が面白い。キーはDm/F。

曲目解説

Billie Holidayのために書かれた名曲。

メロディとコード

インストゥルメンタルも含めて、B♭m/D♭で演奏することも少なくないが、ここではジャム・セッションで演奏することの多いDm/Fで説明する。

1-4小節目

この4小節はマイナー・キーすなわち、Dマイナーで解釈する。

大雑把には、1-2小節目がトニック(Dm)、3-4小節目がサブドミナント(Gm7)である。そして、それぞれ小節の後半に4度上のドミナント・セブンス・コードがついている。

これらのマイナー・コードとドミナント・セブンス・コードの組み合わせは見かけ上(広義の)「トゥ・ファイブ」の形をとっているが、あくまでも「主」がマイナー・コードであって、「従」のドミナント・セブンス・コードにドミナント機能はない(ただし、4小節目のC7はピボット・コードとして次のF7へのドミナント機能を果たしてはいるのだが)。

5-8小節目

1-4小節目はDマイナーのキーで解釈したが、この4小節はFメジャー・キーで解釈する。この曲のように平行調関係にあるふたつのキーを行き来する曲はたくさんある。この曲を含めて多くの曲はメジャー・キーで終わるので、キーをいうときに形式的にメジャー・キーでいう場合が多いかもしれないが、出だしは平行調のマイナー・キーだから、私はマイナー・キーで呼んでも構わないと思う。

さて、話を元に戻そう。

5小節目F7は、I7である。これは、ブルージーなトニック・メジャーだと考えればよいだろう。次のB♭7も同様にブルージーなサブドミナント・メジャーである。

7小節目前半のD♭7は、ダブルドミナントG7のトラートーン代理。マイナー・キーやブルージーな状況でダブルドミナントは、II7ではなくトライトーン代理である♭VI7が好まれる傾向がある。後半のC7はもちろんドミナント。それぞれリレイティブ・マイナー・セブンス・コードが前置されて、A♭m7 D♭Gm7 C7のように演奏することもある。

8小節目前半Fmaj7はトニック・メジャーで、後半は、平行調のトニック(9小節目)へのドミナントである。

16小節目

この小節前半は8小節目と同様。

後半を、Bm7(♭5) E7 としている楽譜がある。これは、17小節目冒頭Am(これは、一時的な転調のトニック・マイナーだと考えて差し支えない)への「トゥ・ファイブ」であり、理論的にはなんの問題もないのであるが、私は気に入らない。

Holiday(1944)はもちろん、Parker(1946)もJohnson(1954)も、さらにSteig-Evans(1969)までもが、Gm7 G♯dim7 としているのである。「参考音源」にあげなかったがSarah VaughanもSonny RollinsとColeman Hawkinsの共演盤も同様に演奏している。

もちろん、ジャズであるから、オリジナルにとらわれず、どんどんリハーモナイズするのがむしろジャズの伝統にかなっているともいえる。しかしながら、この個所を次の小節へのトゥ・ファイブにするには、心あるミュージシャンであればあるほど、安直だという評価を受け入れる覚悟なしにできる判断ではないのではないか、というのが私の個人的見解である。

この個所をBm7(♭5) E7とするような譜面は、学習者を混乱させるものでしかないと思う。だから、この文章を呼んでくださっている皆さまにはぜひ譜面を鵜呑みにせず、自分の耳を使ってクリティカルに読む習慣をぜひつけていただきたい(もちろん私の解説はおもいっきり疑ってかかるのがよい)。

17-20小節目

Holiday(19444)のコード進行は、Am D7 | Am D7 | Gmaj7 | Gmaj7 | といたってシンプルだが、少し解説がいるかもしれない。

まず、冒頭のAmはトニック・マイナーで、ここはAマイナーに転調していると考えてよい。次のD7は、1-4小節目の解説と同様、Amから派生したドミナント・コードである。

次の18小節目もまったく同様なのであるが、ここでは同時に次のGmaj7への「トゥ・ファイブ」を兼ねている。Gmaj7はトニック・メジャーで、つまりGメジャーに転調したわけである。

このように、Am D7は転調前のAマイナー・キーのトニック・マイナーであると同時に、転調先のGメジャー・キーで解釈すると「トゥ・ファイブ」すなわち大きくドミナント機能を持つ。このように、あるコードが転調の前後でそれぞれ異なる機能を共有することでスムーズな転調を実現している。これをピボット・コードという。

さて、17-18小節目は、Am AmM7 | Am7 D7 | のようにすることもできる。Am7 E7 | Am7 D7 | も比較的似た響きが得られる。Reinhardt(1949)が比較的このアイディアに近い。前者は、Amのクリシェである。後者のE7は、Aマイナー・キーのドミナントV7だと考えてよいだろう。

17-18小節目をこのように動かしてしまうと19-20小節目がGmaj7だけではなんとなく間が持たない。そこで、RainhardtはGmaj7 D7 | Gmja7 | のようにしているし、Johnson(1954) Gmaj7 Am7 | Bm7 E7 Am7 A♭7 |としている。また、Evans(1969)は、Gmaj7 C7 | Bm7 Am7 |のようにしているが、18小節目2拍目・4拍目にそれぞれE7、D7を補って考えるとJohnsonとほぼ同じになる。