You’d Be So Nice To Come Home To

You’d Be So Nice To Come Home To #

基本データ #

  • 作曲年:1942年
  • 作曲・作詞:Cole Porter (1891-1994)

参考音源 #

Helen Merrill with Clifford Brown (1953)
キーはEm/G。イントロ・エンディング、そしてコード進行は、歌の定番になっている。細かいところでは、3-4小節目を毎回Em / F♯m7(♭5) B7 | Emとしていたり、7-8小節目Cmaj7 F7 | Cmaj7としていることを聞き落とすべきではない。なおチェット・ベイカーも以上を踏まえて演奏している。
Art Pepper Meets The Rhythm Section (1957)
1957年1月の録音。リズム・セクションに定冠詞theが着いているのは、もちろん「あの」マイルス・デイヴィス・バンドのリズム・セクションだから。キーはGm/B♭。
Paul Chambers / Bass On Top (1957)
1957年7月の録音。ベース弾きとしてやはりこれははずせない。テーマ・ソロともに素晴らしいが、テンポがやや遅くなってしまうのはご愛嬌。キーはGm/B♭。
Chet Baker / Chet (1958)
オリジナル・キー(Am/C)でゆっくりと演奏している。コードは大変よく吟味されていてとても勉強になる。
Jim Hall / Concierto (1975)
アルバムのオープニングにふさわしく軽快なテンポで演奏する。メンバーも素晴らしい。キーはGm/B♭。

曲目解説 #

長い間「帰ってくれたら嬉しいわ」という邦題で親しまれてきたが、これが誤訳ということもよく知られるようになった。実際は「君のもとに帰れるのならとても嬉しい」というような意味。

私は、コール・ポーターにしては素直なラブソングだなあと、どこか違和感を抱いていた。悪く言えば、やや平凡すぎやしないかと。

実際に、コーラスの歌詞をそのまま解釈すればラブソングになる。作曲されたのは第2次世界大戦中。米国内ではその後も朝鮮戦争などの兵役で離れ離れになるカップルが多く、この歌詞が共感を呼んでヒットしたらしい。

しかし、コール・ポーターの真意は別のところにあるようだ。ヒントはあまり歌われることのないヴァースにあった。ヴァースの存在によって、歌の意味は180度転回し、大変皮肉に満ちたものになる。ヴァースは「君が美しいからではない。君がすてきだからでもない。君をものにしたい理由はそんなことではない」という男性による独白である。

つまり、君をものにしたい理由とは「君のもとに帰れることが素敵」というただそれだけの理由なのであって、相手の人格なんて二の次三の次、つまりまったくどうでもいいのである。ヴァースの存在によって美辞麗句を並べたコーラスの誠実な表現が皮肉に満ちたもの、あるいは空虚なものに響く。ポーターのマジックである。

しかし、現実世界では戦争で離れ離れになる家族や恋人が多い中で、コーラス中の歌詞が素直に字句通り受け入れられてヒットしてしまった。これではヴァースを歌うに歌えない状況だ。結果として、作者の意図に反してこの曲が普通のラブソングとして定着し、ヴァースはほとんど歌われることのない存在になってしまったのが真相のようである。

さらに英語の資料にいろいろあたって調べたところによれば、Robert Kimball・Brendan Gill共著、Cole: A Biographical Essayという本があるそうだ(2013年現在邦訳なし)。ここには第2のヴァースが収められているという。孫引きになってしまうが、次のような内容だという。

私はどきどきするべきかしら。
だけど、ロザリオ、どうして白状してくれないの。
街にやってくる新しい子をものにしようと追いかけているということを(拙訳)

明らかに女性の独白であり、第一のヴァースが男性の独白であることと対をなす。と同時に、誠実さを装うプレイボーイの男性像が浮かび上がってくる。苦手な英語(しかも自分にとって難しい文学的表現)と格闘しながらも、よく知られている歌詞のイメージががらがらと音を立てて崩れ落ちるようで大変興奮した。

この曲は平々凡々と思っていたがとんでもなかった。やはりコール・ポーターは奥深く、興味が尽きることはない。

キー #

オリジナル・キーはAm/Cであるが、インストゥルメンタルではGm/B♭で演奏されることがほとんど。これはFrank Sinatraの1956年11月録音のアルバムSwingin’ Affairの影響かもしれない。

このアルバムでシナトラは1コーラス目をF♯m/Aで始めて、次のコーラスで半音上で転調している。実際、Gm/B♭のキーでのインストゥルメンタル録音は、このアルバムの発表された1957年以降に目立つように思われる。1957年にArt PepperやSonny Stitt、Paul ChambersなどがGm/B♭でこの曲を録音したのはひょっとしたらシナトラの影響なのかもしれないが、もちろん想像の域を出ない。

ちなみに、Bud Powell Trioの1953年の録音ではオリジナル・キーで演奏している。

コード #

特に断りがない限り、キーをGm/B♭として記述する。

13-16小節目のアート・ペッパーのリハーモナイズ #

有名なArt Pepper Meets The Rhythm Sectionでは、13-16小節目をC7 | B♭m7 | Am7(♭5) | D7とリハーモナイズしている。

これは一体誰のアイディアなのだろう。ペッパーのソロは必ずしもこのチェンジに忠実ではない。録音の経緯を考えてもペッパー自身のアイディアではないのかもしれない。とすると、レッド・ガーランドだろうか。それともポール・チェンバース?

ガーランドとチェンバースのハーモニー解釈は完全に一致しているから、このハーモニーはかなり自覚的に共有されていたと想像される。

25-26小節目 #

ジャム・セッションで演奏するときにもっとも意見が分かれる部分がおそらくここではないか。いくつかのバリエーションがある。

アルバム2526
オリジナルB♭dimB♭maj7
J. Hall “Concierto”Em7(♭5)-A7B♭maj7
S. Vaughan w/ C. Brown(Em/Gを移調)Em7(♭5)-A7Dm7
P. Chambers “Bass On Top”Cm7 F7B♭maj7

いくつかの資料にあたったところ、原曲の進行はB♭dim | B♭maj7といったところであろう。トニックディミニッシュ-トニックメジャーという進行である。

トニックディミニッシュ(Idim)の代表的な代理コードにVII7または♯VIm7(♭5)-VII7がある。これを採用した例が、Jim Hallの“Concierto”で、この2小節をEm7(♭5)-A7 | B♭maj7と演奏している。

さらに26小節目をDm7に置き換えることで、Em7(♭5)-A7 | Dm7という進行に変化する。これは、Dmへのいわゆる「マイナーのトゥ・ファイブ・ワン」である。続く27-28小節目がトニック・マイナー(Gm)への「マイナーのトゥ・ファイブ・ワン」で演奏されることが多いので、この部分と対になる。

Sarah Vaughan with Clifford Brownは、このチェンジを採用している。25-26小節目と27-28小節目は歌詞もちょうど対になって脚韻を踏んでいるので、それを踏まえた秀逸なリハーモナイズといえるのではないだろうか。

なお、26小節目のB♭maj7に対して、25小節目を素直に「トゥ・ファイブ」で演奏することもある。例えば、Paul Chambersの“Bass On Top”はこのチェンジを採用している。

この進行は確かに演奏しやすいのだが原曲の雰囲気が台無しな気もしないでもない。オリジナルの27小節目のトニック・ディミニッシュは歌詞ともよくマッチしており(You’d Be So NiceのSoの部分)、それに比べると素っ気ないという感も否めないのである。

事例研究 #

Gmに移調した。

Merrill(1953)のコード進行 #

Gm7 Em7(♭5)Am7(♭5) D7Gm7 / Am7(♭5) D7Gm7
Fm7B♭7E♭maj7 A♭7E♭maj7
Am7(♭5)D7Am7(♭5) D7Gm7
Em7(♭5)A7Am7(♭5)D7
Gm7 Em7(♭5)Am7(♭5) D7Gm7 / Am7(♭5) D7Gm7
Fm7B♭7E♭maj7 A♭7E♭maj7
Em7(♭5) A7Dm7Am7(♭5) D7Gm7
Cm7G♭7 F7B♭ma7 Gm7(♭5)G♭7 F7

15小節目、テーマのときは、3拍目E♭7、4拍目ウラD7。

Pepper(1957)のコード進行 #

Gm7Am7(♭5) D7Gm7Gm7
Fm7B♭7E♭maj7E♭maj7
Am7(♭5)D7Am7(♭5) D7Gm7
C7B♭m7Am7(♭5)D7
Gm7Am7(♭5) D7Gm7Gm7
Fm7B♭7E♭maj7E♭maj7
B♭dimB♭maj7Am7(♭5) D7Gm7
C7F7B♭maj7Am7(♭5) D7

はてなブログの記事