| 2003/07/20 |
|---|
|
「何かを得る時は、必ず何かをうしなうのである。」 これは曽根綾子さんが「戒老録」の中で記している言葉です。 反対に言えば、「何かをうしなうとき、必ず何かを得るのである」 そうも考えられると、私は思っています。 確かに、一人旅が全く寂しくないと言えば嘘になります。 でも、その寂しさとひきかえに、一人旅でなければ得られないものも 手に入れるのです。 その筆頭は「目の前にあるものをそのまま受け入れる感受性」でしょう。 人と一緒にいれば、おしゃべりもするし、無意識に相手に合わせることもある。 でも、一人でいるとき、感受性はそれなりに全開となり、だれかと一緒なら 聞こえなかったもの、見えなかったものを感じるようになると思いました。 そしてもう一つは、やはり一期一会の人との出会いでしょう。 ほんのすれ違う程度の、数分の会話であっても一人であるがゆえに また、人々の側面に敏感になり、瞬間的に何かを感じるものなのです。 小雨の降る横浜のバス停で一緒になったOL三人組。 読書室で一緒になった一人旅の男性。 少しの間一緒に歩いた青森からやってきた退職したばかりのご夫婦。 母娘で旅にきて、明日のスケッチを楽しみにしていたお母さん。 帰りのバス停で一緒になり、しばしの会話を楽しんだ帝国ホテル本社からの 視察社員。 こうやって、文字にすれば残るけれど、そうでなければあまりの 希薄な縁に記憶のかなたに消え去ってしまうかもしれないような ほんの短い時間の共有です。 でも、ひょっとしたら得たものの最大のものはツインルームを一人で きままに使う贅沢かな?(笑)
|