| 2005/6/19 | 防波堤 |
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4月から始めた仕事は、26年間ほとんど専業主婦といってよい生活を送ってきた
私にとっては、結構な波紋を呼び込んだ。まず夫には最初に「家事の手抜きは許さない」と
釘をさされ、娘たちはそれほどまでに強い言動にでないにしても「とばっちりはうけてくない」
という空気がありありと読み取れ、「批判」されることが嫌な性格の私は結局少しづつオーバーワーク
とあいなったようだ。
「まずいな、疲れているな」という自覚があったので、明け方に寝返りとともにいきなり 襲われためまいにも「やっぱりな」という気持ちがあった。しかし、具合の悪い私に 「楽しみでやっている仕事で病気になるのは本末転倒」という家族の荒波に抵抗する力は もはやなく、結局、神戸から私の母に駆けつけてもらうこととあいなった。 母は本当にありがたい。朝に7時に電話を入れたら、もう午後の一時には我が家に到着していた。 安心すると気もゆるむのか泣きたくなる。私はいじっぱりなので、他人の哀しみにはよくもらい泣きをするが わがことで涙するのはいさぎよしとしないところがあり、涙ぐむことはあっても、めったに泣かない。 これもまた、本当は体には悪いかもしれない。 とにかく母は防波堤のようだった。荒波から私をまもってくれる防波堤のようであった。 家族とて、私を愛する気持ちはある。それでも気持ちとはうらはらの言動は 健康なときには受け流せても、具合が悪いときには受け流せず倒れてしまう。 先日、神戸より上京した高校時代の友人と会食の機会があり、この話をしたら、 皆、一様に「自分の母親は私が倒れても、もう駆けつけてくれる元気はない」と 語っていた。今尚母に甘えられる私は限りなく幸せもので、大人ぶってもいまだ 子供なのかもしれない。深感謝。
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