2006/6/8グラバー園周辺2

斜行エレベーター、垂直エレベーターを乗り継ぎ、たどりついた高台。 正面にはグラバー園の第二ゲートがあるが、そこを入らずに 右手に少し下ると南山手レストハウスがある。

私がそこを訪れると、館の女性が竹箒で緑のしたたる芝を掃いていた。 掘りの深い顔立ちの中年の女性だ。 「どこからお見えですか?あいにくの天気だけど、ここは本当に眺めがいいんですよ。 中も入れますからね・・ゆっくり見て行ってくださいね」と、ここでは再現出来ないが、 長崎弁で話しかけてくれる。

館内を一通りぶらっとした。自分が今入ってきたところが入り口と思っていたが 実は本当の建築物としての正面玄関は反対側にある。幅一間のこじんまりとした白いペンキ塗りのドア。 開け放たれたドアの向こうに細い石畳のエントランスが続き、その続きはいきなり長崎港の海だ! 手前には大浦天主堂のとんがり屋根。

高台でありながら、「幅」の狭い玄関からいきなり高い空と下に広がる港を 信仰のシンボルであるとんがり屋根の向こうに見る。他に人がいないことも あいまって、ここに「住んで」街を見下ろしているような錯覚を覚えた。

「蝶々婦人」はフィクションだ。観光の目玉にもなっている。実際には 1,2年でくるくると赴任してくるオランダ人・ポルトガル人などの商人は 外交官のような役割と商社の役割を担っていたらしい。そして、現地妻として 若い女性が調達された。

同じ国の出来事でありながら、今の私たちには肌では実感できない時代の話だ。 書籍の言葉の中でしか、私はその事実に触れることができない。

大浦天主堂に下る雨上がりの祈念坂にも私以外の人影はない。 こんな長崎なら、両親にも見せてあげたかったと考える。

一転して大浦天主堂は修学旅行の中学生たちの喧騒の中にあった。 私がそうであったように、中学生たちは友達との会話に余念がない。 だれも何も聞いていないし、何かを感じる暇もない。 でも、それで良いと思った。「ぴーちくぱーちくひばりの子」 などというフレーズが頭をよぎる。

騒いでいる中学生を一人呼び止めて、レンガ作りの神学校をバックに カメラのシャッターを押してもらう。長崎にいる私の時間を 小さく切り取った。