2007/3/12Shall we dance 2

私が社交ダンスに真にのめり込んでいったのは、習い始めて4年目。 新しい先生のレッスンを取りはじめたことがきっかけだ。

それまでの4年間は、パートナーのいない先生の練習相手を頼まれていた。 これは、私には願ってもない「光栄なこと」のように思えた。 社交ダンスの個人レッスンの料金は、当時の私には破格に高いもので 一週間に一度、30分のレッスンを受講することでさえ、「身分不相応」と 自分を恥じるような値段だった。それが「練習相手」という名目を与えられると 一週間に3・4回、一回に2時間程度の練習が出来るのだ。

この4年の間に私は何度からだを故障させただろう。それは全て、私が 間違ったダンスをしていたせいだった。しかし、それはその間違いを 指摘される幸運に恵まれなかったせいでもある。右足母指球の関節、腰、 膝、そして首。すべての原因は、力を入れ、筋肉を固めることで「形」を 美しく保とうとする踊りをしていたためだった。そしてまたこの踊り方は ダンスの本当の「喜び」を全く感じられない踊り方だった。 ひたすらステップを覚える。

「前進、足型トウ・ヒール・回転量八分の三」なんてのを、全ての一歩に覚えようとした。 もちろん、覚えることは必要なことだし、知識は邪魔にはならない。 でも、それはダンスの本質を知らない未熟な私にとっては本来とぎすまさなくてはならない 「感覚」をどんどんにぶらせ、頭だけで踊ろうとする悪い癖をしみこませた。

どんなに時間をかけても一向に上達の実感のない自分。 「何か、間違っていることをしているのでは?」と気づくのに4年の歳月がかかった。

「他の先生のレッスンを受けてみたい」右も左も分からないで始めたダンスも さすがに4年たつと、世のいろんな先生方の「評価」も耳に入ってくるようになる。 私は二人の先生に的を絞った。一人は私がダンス競技会でひときわ目をひかれた魅力的な ダンスをするO先生。もう一人は「教えるのが上手」と評判のK先生だった。