2002年9月30日鹿児島地裁決定(裁判所の判断に関する部分)


主文
1 債権者らが、いずれも、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2 債務者は、債権者田尻に対し、各金****円を、債権者馬頭に対し、各金****円を、債権者八尾に対し、各金****円をいずれも平成14年10月から平成15年9月までの毎月20日限り、それぞれ仮に支払え。

3 債務者は、債権者田尻が債務者大学7号館518研究室を、債権者馬頭が債務者大学7号館502研究室を、債権者八尾が債務者大学7号館514研究室をそれぞれ利用することを妨害してはならない。

4 債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

5 申立費用は、債務者の負担とする。


第3 当裁判所の判断(抜粋)

ウ 検討

(ア)懲戒解雇は、使用者が、企業秩序を維持するため、これに違反した被用者に対して制裁を行う権能(懲戒権)の行使の一態様であり、譴責、減給、停職、降職、諭旨退職、懲戒退職等の各懲戒処分の中で、使用者の一方的な意思表示によって労働契約を終了させるという最も重いものであるから、懲戒解雇事由の存否の判断に当たっては、当該行為の秩序違反の程度が解雇に値するほどの重大なものかという観点から行う必要がある。

(イ)そこで、検討するに、本件教員選考委員会の審議、同委員会提案を受けての本件教授会の審議の経緯等は、上記認定のとおりであり、このほか、乙7-2(原口主査作成の経過報告書)、乙7-3(亀丸委員作成の経過報告書)、乙13-1、2及び審尋の全趣旨を総合すれば
@第2回本件教員選考委員会において、原口主査は、候補者の業績について、理論的で内容も深く力作であるが労働経済論に属するのではないか、労使関係論はよいとして、人事管理論の適合性に疑問を感じる等の発言をしたこと、

A第3回同委員会において、人事管理論については、原口主査の疑問があるため、講義担当の可否を面接で本人に確認し、担当不可であれば、採用を「否」とすることを委員全員で確認したこと(なお、乙7-2には、原口主査が、候補者の業績について、社会政策、労働経済の分野であり、人事管理論・労使関係論との関連が弱く、科日不適合であると発言した旨の記載があるが、原口主査がこの時点から労使関係論についても疑問を呈していたというのは、同委員会の全体の議論の流れ等から不自然であり、採用しない。)、

B第4回同委員会において、原口主査が候補者に人事管理論及び労使関係論の各業績を質問したこと、投票の後、候補者の論文を更に7本追加して審査することになったが、同委員会から数日経過した後、原白主査は、一旦投票を行った以上、再審査するのは問題であると考え、追加論文(コピー)の受領を拒否し、馬頭副査への配付を差し止めたこと、

C第5回同委員会において、原口主査以外の委は、同主査の言動を容認せず、改めて、再審査することとなったこと、

D第6回同委員会において、原口主査は、候補者の業績について、「経営学の中の人事管理論・労使関係論として通用する(1本として評価できる)論文が全くなく、若干の関連する論文もその関連の程度は弱く、科目適合性が著しく低い。従って、経営学の中の人事管理論・労使関係論担当の教授または助教授として不可である。」等と記載した書面(乙12)を提出し、黒瀬委員から、原口主査の主張は、投票以前と以後では大きな矛盾があるのではないかとの指摘があったこと、原口主査が委員会の意向を踏まえて業績評価書を作成することを拒否したため、馬頭副査が作成することとなったこと、

E第7回同委員会において、田尻委員長作成の報告書原案について、候補者を「労使関係論」の教授として推薦する旨の記載があったため、原口主査から公募科目と異なるとして懸念が表明されたが、原口主査以外の委員からは、過去に同様の前例があるとして、上記記載が承認されたこと、馬頭副査作成の業績評価書原案について、候補者が本件大学の「労使関係論」「人事管理論」の担当教授に適任である旨の記載があったため、上記委員長報告書との整合性から「人事管理論」が削除されたこと、原口主査以外の委員の総意として、副査単独で業績評価書を作成するのは異様であるので、主査と副査の連名という形で作成するか、主査を交替するととはできないかという要望が出されたこと、

F第8回同委員会において、原口主査が上記要望をいずれも拒否したため、副査単独で業績評価書を作成することとなったこと、教授会に対し、原口主査が文書による報告を行うことは認められなかったが、口頭で述べることは了承されたこと、

G本件教授会において、債権者田尻及び同馬頭の報告の後、原口主査の意見が求められ、同人は、馬頭副査の報告には多くの誤りがある旨主張した上で、主査の立場で作成した研究業績評価資料を配付して報告したいと申し出たため、これについて賛否両論が出された後、原口主査及び他の教員からの強い要望により、同資料が配付され、原口主査から詳細な報告が行われたこと、その後、馬頭副査との間で、候補者の業績評価を巡り、激しい議論が交わされ、他の教員から、種々の意見が出されたこと、これら長時間にわたる議論の末、本件について投票してほしい旨の動議が出され、議長が投票に移る旨を宣言したところ、原口主査を含む7名の教員が投票拒否を表明し、退席した後、投票が行われたこと、
以上の事実が認められる。

(ウ)以上の事実を総合すれば、債権者田尻について、債務者主張のうち、担当科目中の「人事管理論」を削除し、「労使関係論」のみを取り出した形で審査を行うこととしたとの事実、原口主査に対し、主査を降りるように迫ったり、副査の書いた業績報告書に連名するように強要したとの事実はいずれも認められない(乙25-2等によれば、債権者田尻又は債権者馬頭が大きな声を出したことが窺えるが、強要等が行われたとまで認めるに足りない。)。また、債権者田尻が投票による採決の結果が出た後も審議を継続したことは認められるが、侯補者の業績を更に検討しようとの意図の下に行われたものであると認められ、債務者主張のように、採用候補者の採用が危うくなることを恐れ、主査の反対をくつがえす目的があったとの事実を認めるに足りる疎明資料はない(本件大学教員選考規程(乙4)14条の「委員長は、審査の結果をすみやかに教授会に答申しなければならない。」との規定は、「採決の結果」ではなく「審査の結果」とされているのであって、採決後、合理的な理由がある場合に、相当期間審査を継続することまでも禁止しているものとは解されない。)、なお、債務者主張のうち、債権者田尻が本件教授会において、候補者を「労使関係論」」の教授として推薦したことが認められるところ、原口主査以外の委員が候補者について人事管理論の教授としても適合性があると考えていたのであれば、その趣旨の報告をすべきであり、候補者の人事管理論についての科目適合性を明らかにしなかったのは、不十分なものであったことは否めないが、本件教授会において、原口主査から反対意見の陳述が予定されており、実際に、そのような結果となったこと等に照らせば、懲戒解雇事由としての、本件就業規則38条2号に該当するとまでは認められない。

(エ)債権者馬頭についても、上記(イ)、(ウ)の事実を総合すれば、債務者主張のうち、債権者田尻の不適切な委員会運営を支持し、原口主査に対して辞任や評価書への連名を強要したとの事実は認められず(なお、乙7-2等によれば、債権者馬頭は、債権者田尻と意見が対立していた点も多々窺われる。)、候補者が「労使関係論」の担当教授に適任であるとする内容の研究業績評価書を作成したことは認められ、この点は、上記(ウ)の債権者田尻と同様、不十分な評価書となっているが、上記(イ)のとおり、当初の債権者馬頭作成の原案から、委員会の意見でr人事管理論」の記載が削除されたものであること、上記(ウ)と同様、本件教授会において、原口主査から反対意見の陳述が予定されており、実際に、そのような結果となったこと等に照らせば、本件就業規則38条2号に該当するとま では認められず、同条1号に該当しないことは明らかである。

(オ)また、債権者八尾について、本件教授会の議事運営については、上記(イ)のとおりであり、原口主査に資料を配付させて詳細な報告をさせる等しており、債務者が主張するように、本件教員選考委員会報告を是とする方向で議事を運営し、強引に投票に持ち込もうとしたり、主査を含む教員7名が退席する等紛糾する中、投票を強行したとの事実は認められないのであって、本件就業規則38条2号に該当する事実はない。また、大学改革事業については、債務者主張のうち、債権者八尾が、大学院開設準備委員会や新学部開設準備委員会の席上、しばしば財政問題を議論したこと、学長、理事長、大学評議員に対し、経営計画の見通しを批判する個人的意見を述べた書簡を多数送付したことは認められるが、いずれも本件大学の改革事業の妨害を図ったものであるということまでを認めるに足りる疎明資料はなく、その方法等について、いささか社会的相当性を欠いている面は否めないが、懲戒解雇事由としての本件就業規則38条2号、3号、同36条1号、2号等に該当するとまでは認められない。また、新学部(国際文化学部)の設置に伴う学則改正案を教授会の協議に付したことは認められるが、特段間題とすべき意図があったものと認めるに足りる疎明資料はなく、さらに、学外者に書簡を送付したことも認められるが、その内容について、特段間題とすべき点は認められない。これらのほか、債権者八尾について、懲戒解雇事由に該当する事実は認められない。

エ 以上のとおり、債権者らのいずれについても、懲戒解雇事由に該当する事実は認められないから、その他の点について検討するまでもなく、本件懲戒解雇は無効であるといわざるを得ない。

争点(2)(各仮処分について、保全の必要性があるか)について

ア 賃金仮払いについて
 本件懲戒解雇前、債権者馬頭が1か月平均****円の収入を得ていたことについては、当事者間に争いがなく、甲44によれば、平成13年度・債権者田尻が1か月平均****円の収入を得ていたこと、甲8によれば、平成13年度、債権者八尾が1か月平均****円の収入を得ていたこと(ただし、いずれも源泉徴収前のもの)、甲5によれば、本件就業規則48条2項により、給与の支払日は、毎月20日と定められていることがいずれも認められる。また、甲19-3、甲20-213、甲21-4、5、審尋の全趣旨によれば、債権者及びその家族の生活費として、債権者らに対しては、いずれも、それぞれ上記の収入相当額の仮払いの必要性が認められるところ、その期間としては、本決定後1年間を限度とするのが相当である。

イ 地位保全、研究室利用妨害禁止について
 審尋の全趣旨によれば、本件懲戒解雇前、債権者田尻が債務者大学7号館518の研究室を、債権者馬頭が同号館502の研究室を、債権者八尾が同号舘514の研究室をそれぞれ利用していたことが認められるところ、債権者らに対する各処分通知書に、今後、許可なくして本件大学の構内に立ち入ることを禁止する旨の記載があるとおり、本件懲戒解雇後、上記研究室は、いずれも原則として立入禁止とされており、債権者らからの申し入れがあれば、債務者は、債務者職員の立会の下で、一定時間、債権者らの立入を許可する扱いとなっていることは、当事者間に争いがない。

 大学設置基準(甲15)36条1項及び2項で、大学は、その組織及び規模に応じ、研究室等を備えた校舎を有するものとすること、及び、研究室は、専任の教員に対しては必ず備えるものとすることが定められているとおり、大学教授にとって、研究室を利用することは、十分な教育及び研究を行うために必要不可欠な、その身分に直結した権利の一つであると解されるから、雇用契約上の権利を有する地位を仮に定めるとともに、研究室利用妨害禁止を求める必要性が認められる。

 よって、債権者らの本件申立ては、主文第1ないし第3項の限度で理由があるから、担保を立てないで認容し、その余は、理由がないので、いずれも却下する。