訴   状 

          原    告   別紙原告目録記載の通り

          被    告   鹿児島県

          右代表者知事   須賀龍郎

工事差止請求事件

訴訟物の価額 金九五万円

貼用印紙額 金八二〇〇円

請求の趣旨

  一 被告は、出願人を被告、埋立区域を鹿児島市宇宿二丁目先の公有水面、埋立面積を約二四・七ヘクタールとする鹿児島港(中央港区)に人工島(以下「新埋立地」という。)を建設する目的で測量などの準備作業を行い、または、同建設工事に着工してはならない。

 二 訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求める。

      

 請求の原因

第一 当事者

  一 原告らは、鹿児島県民である。

  二 被告は、出願人を被告、埋立区域を鹿児島市新川の河口近くの鹿児島市宇宿二丁目先の公有水面、埋立面積を約二四・七ヘクタールとして鹿児島港(中央港区)に埋立を為して新埋立地を建設することを計画し、平成五年六月鹿児島港港湾計画(改訂)、平成一〇年一一月鹿児島港港湾計画(フロンティアランド事業追加のため一部変更)、平成一一年一月公有水面埋立免許願書(約二四・七ヘクタール)出願のそれぞれを策定公表しこの計画に従い沖防波堤の造築にかかるなど準備行為を行い本件埋立を為さんとしている。

 他方、被告は約二四・七ヘクタールの埋立を為すと言いながら、漁業補償金は六七ヘクタール分を支払い、この埋立地を保護する沖防波堤も六七ヘクタールを前提とした工事をなしつつある。

第二 本件施設の概要

  概ね別紙本件施設概要の通りである。

第三 被告らの施行する埋立は鹿児島湾のすぐれた自然環境を破壊し、原告らの人格権及び財産権並びに環境権・生存権を侵害する。

  一 鹿児島湾の自然的社会的環境及び予想される被害

   1 現在の環境

 鹿児島湾は錦江湾の別称を有する風光明媚さで全国に知られ、また、魚介類等海産物の宝庫としてあるいは豊富な魚卵、稚仔魚、底生生物や藻場生物等が多く生息することで知られてきた。

 例えば、新埋立地予定地のすぐ目前には環境庁の自然環境保全の為の海域生物調査では転石浜の代表として取り上げられた袴腰大正溶岩地先の海が存在する。

 ここでは、生物相が豊かである。

 即ち、ムチヤギ類などの腔腸動物の群生が存在する外ドロメやベラ類の魚類も多く、テッポウエビ、ヒメヤビエビ等のエビ類やコブシガニ、ベニツケガニ等カニ類等甲殻類、多種の貝類等豊かな生物相に色どられている。

 沖小島にはサンゴイソギンチャク群落やクマノミが見事に生息し魚卵や稚仔魚の生育の場である。

 鹿児島湾の面積は約一一三〇平方キロメートルで、水深は大変深く湾中央部(桜島の南側)では二三〇メートルにも達する。

 湾奥部(桜島の北側)も二〇〇メートルの凹地がある。この二つの海域をつないでいるのが桜島西側水道であるが、幅が二キロメートル水深が三〇メートルから四〇メートルほどしかない。

 このために桜島西側水道は湾内でもっとも潮汐の速い場所である。鹿児島湾の平均的な流れは、外洋水が大隅半島に沿って北流し、桜島の南で反時計廻りに西へ流れ、薩摩半島に沿って南流している。

 桜島西側から上げ潮で北流する流れの影響は、隼人町沖の隼人三島付近の海底にまで及んでいる。

 湾奥部は、流れの弱い停滞した場所である。

 更に、この海域には、火山性海底噴気(たぎりと呼ばれている)のために「酸性水塊」になっている所がある。

 さて、桜島西側水道は大正三年の桜島大噴火の時に流れ出た溶岩の埋立に加えて、鹿児島市側の人工的な埋立によって、ますます幅が狭くなり潮流が強くなっている。

 鹿児島湾は特異なカルデラ地形のため、最大水深二三〇メートル以上を有する一方、干潟及び浅海域は少ない。

 干潟及びその周辺の浅海域は、海の中で生物が特にたくさん棲んでいる所であり、富栄養化を抑制する環境浄化の場や魚介類育成の場として生態学的価値が大変大きい。

 この浅海域にはガラモ場・アマモ場、ホンダワラ類群が存在し、それらは魚介類の産卵場、幼稚魚の保育場として水産上極めて重要な役割を持っている。

 ところが、干潟及びその周辺の浅海域は、近年、海岸の埋立や水質汚染等によって著しく減少消失している。

 近年鹿児島湾海域の富栄養化による赤潮被害が発生しているが、水中栄養塩を吸収するガラモ場・アマモ場の保護増殖が益々重要な課題となってきている。

 鹿児島湾は喜入町から山川町、垂水市から大根占町沿岸等にもガラモ場が存在するが、新埋立地にもこのガラモ場が存在している。

 鹿児島湾とりわけ鹿児島市沿岸は祇園之洲も与次郎ヶ浜も七ツ島もその他殆どの沿岸部の浅海域が埋立によって消滅し、漁業や水質環境に大きな悪影響をおよぼしている。

  2 予想される被害

 河口の干潟・浅海域は、川を経由してくるところの上流の人間社会の汚染物を自然浄化する役割を担う。

 新川、永田川の河口周辺海域を埋め立てて新埋立地をつくる今回の企ては、鹿児島市周辺の残り少ない浅海域を更に失い、その浄化能力を低下させることになる。

 新埋立地の保護のために新たに沖防波堤をつくる。これによって沿岸流が沖へ曲げられ、周辺海域は停滞水域となり底生生物や水生生物の生態系の変化(壊滅的悪化)をもたらす恐れが十分ある。

 実際に日石喜入基地付近などの海底は、ヘドロ化して底生生物や水生生物などの生態系の壊滅的悪化が生じているのである。

 新川の側にある脇田川河口南側は、淀みが激しくなると予測され、そこには鹿児島市南部下水処理場があり、日常的に下水道放流水が流されるので、環境汚染がさらにひどくなる恐れが大である。

 これらの複合によって生態系を大きく傷つけ鹿児島湾が悪臭とヘドロの海となってしまう恐れがある。

 豪華観光船用大深度埠頭建設は、港の深度を維持するための浚渫を繰り返すのでまた新たな財政負担が出てくるのみならず、周辺海域に不要な濁りを生じさせ、もって、エビ、カニ、貝類等の生息を痛めつけるのである。

 埋立によって沿岸流の位置が沖へ移動し、そのことが沿岸浅海域の環境に悪影響を与えてしまう。

 また、新埋立地予定地にはガラモ場があって魚介類の産卵場や幼稚魚の保育場そのものであり、また、鹿児島湾の富栄養化を防止する上で貴重な浅海域である。

 魚卵、稚仔魚や底生生物、藻場生物の単年度の記録は、今回の公示文書に掲載されているが、前々からの資料は示されていないうえに、また、健康な海域データと比較していない。それ故もあって、打ち続く埋立工事で弱った海域の判断を間違えてしまっているのである。

 更に、鹿児島湾は南に開いた細長い湾であるため、台風が西側を通過した場合に南から強い風が吹き込むことになる。

 この場合、北へ押し上げられる海水は、桜島が堤防になり桜島西側水道に集中する。

 しかし、西側水道が狭く浅いために高潮となって海抜高度の低い鹿児島市の埋め立て地や市街地を襲う可能性が高い。

 満潮とくに大潮と重なれば被害はもっと深刻である。

 また、大雨を伴った台風の場合、洪水が川を遡る高潮とぶつかることにより被害が拡大する恐れが十分にある。

 鹿児島市の湾岸地域は、海底地形等を考えるとき、台風による高潮、満潮(大潮)、洪水が重なった場合には深刻な被害を被る可能性が大である。

 また、新川や永田川の河口付近が埋立によって沖へ移り河川勾配が緩くなるために土砂が堆積しやすくなって洪水が多発するのみならず、洪水がより深刻な状況になってしまうのである。

 加うるに、鹿児島港は「鹿児島地溝」と呼ばれる基盤岩の落ち込んだ部分に相当し、地盤が良いとは決して言えないし、沿岸浅海域の地質はボーリング調査でルーズ砂や礫から成っていることが明らかになっている。

 その軟弱地盤をさらに埋め立てて新埋立地を作ることは、地盤による液状化を考えた場合に阪神大震災を例に持ち出すまでもなく、大変な危険を負うことになってしまうのである。

 大正三年の桜島大噴火と呼応して起こったマグニチュード七・一の地震を考えると危険極まりない。

 しかも、鹿児島市は世界でも活動的と言われている活火山「桜島」からわずかに幅二キロメートルの桜島西側水道を挟んで存するが、「桜島」は有史だけでも天平・文明・安永・大正・昭和と五回の大噴火を繰り返している。

 噴火に伴う津波の被害も記録されていることからも津波が新埋立地へ打撃を与え、もって、多くの人的、物的損害を発生させてしまうのである。

 二 侵害される原告らの権利について

(1) 人格権

 個人の人格に本質的な生命、身体、健康、精神、自由、生活等に関する利益の総体は広く人格権と呼ばれ、私法上の権利として古くから認められてきた。この人格権は、人の尊厳を保ち、幸福追求を保障するうえにおいて必要不可欠なものであり、憲法に基礎づけられた権利である。人格権は、人間の根元的かつ基本的な権利として、憲法第一三条及び同法第二五条によって保障されている。

 原告らのうち鹿児島市在住の原告とりわけ新川やその側の永田川沿岸の住民は、前記の通り、埋め立てが原因の河川の流れの変化、土砂の堆積を原因とする洪水や高潮により生命、身体、生活に対する現実的危険が発生するのである。

 因みに、新川付近は、毎年、梅雨期や台風の時期に氾濫することが公知の事実である。

(2) 環境権

 健康で快適な生活を維持する条件として、良い生活環境を享受し、これを確保する権利、いわゆる環境権を有する。

 環境権は、環境破壊を予防し、排除するために主張された権利であり、よい環境の享受を妨げられないという意味で、憲法第一三条の幸福追求権の内容をなし、(1)にいう人格権ともむすびついている。

 同時に、環境権を具体化・実現するためには、公権力による積極的な環境保全あるいは改善のための施策が必要であるという意味で憲法第二五条によっても根拠づけられることができる。

 鹿児島県環境影響評価要綱第一条でも「健康で文化的な生活の確保」が規定されている。要綱では「環境権」の文言は用いていないが、住民が良い生活環境を享受し、これを確保する利益をもち、行政はそのための積極的な環境保全あるいは改善のための施策が必要であるという意味で、実質的に、住民の環境権を明確に保全すべきことを県の責務としていると考えるべきである。。

 原告らは、環境権・生存権等の権利を憲法上および要綱により実定法上有していると考えるべきである。

 埋め立てにより、これまで述べてきたように、鹿児島湾内および周辺の地域での環境の激変・破壊が予想されている。住民の環境権が侵害される危険性が高い。

 県はしっかりした環境影響評価を行っていない以上、それを否定することはできない。

 また環境権から派生する権利として入浜権や景観権、眺望権も最近では各地で主張されている。鹿児島湾は、鹿児島市の祇園之洲、与次郎ヶ浜、七ツ島そして喜入町の喜入浜や指宿地方の砂浜も、洲や浜は埋立られてしまい、人間と海とのつながりが断ち切られてしまった。まさに入浜権の侵害である。今回の埋め立ては、さらにその侵害を助長   するもの以外のなにものでもない。

 鹿児島市内から錦江湾を前に、桜島を眺める景観は美しい。

 住民が有する、このかけがえのない眺望権が、今回の埋め立てによって侵害されることになる。原告らは、子や孫の為に、これ以上の環境破壊・自然の景観の破壊を防止する義務があると考えている。

(3) 財産権

 原告らのうち漁業に従事する原告らは、前記の通り、埋め立てによる潮の流れの変化、水質の悪化などにより漁業被害の発生により漁獲高減少という財産権(漁業権)の侵害が生じる。

 鹿児島市在住原告らは埋め立てによる河川の流れの変化、土砂の堆積が原因となって、洪水や高潮により土地・建物・有体動産たる財産権が侵害されるおそれが強くなる。

 このように埋め立ては原告らの人格権・環境権・財産権を侵害するものである。

 

第四 被告は、合理性、公共性を欠く本件埋立を法に違反しても強引に遂行しようとしている。

  一 埋立と法規との関係(五〇ヘクタールを超える場合の埋立)

 五〇ヘクタールを超える埋立の場合には、鹿児島県環境影響評価要綱が適用される。同要綱は環境評価準備書の公告及び縦覧が必要と定め(同要綱第八条)、説明会を開催することとなり(同要綱第九条)、関係地域住民は事業者に対し右準備書に対する意見書を提出することができ(同要綱第一〇条)、以上の手続に引き続き環境影響評価書を作成する際に同評価書の公告及び縦覧が義務づけられ(同要綱第一四条)等住民に対しデータが公表され(住民の知る権利を保障され)、また住民の意見表明が可能となる機会(住民参加)が保障される諸手続になっている。

 そして県は、これらの意見を集約して最終的に評価を見積もることになっている。

 要するに、同要綱は、公共事業に対するアセスメントや住民参加を重視した立法である。

  二 環境影響評価法施行後(平成一一年六月一二日以降)の手続

 環境影響評価法は、前項記載の鹿児島県環境影響評価要綱の手続とほぼ同様の手続を為すことが必要と定められている。

 しかも、同法は、右要綱の(環境影響評価)準備書に関する手続の以前の段階からも環境に対する配慮を義務づけた。

 即ち、住民は事業計画の早い段階で事業内容とアセスメントの計画が知らされ(公告・縦覧)、住民のみならず環境保全の見地から意見を有する者はアセスメントをどのように実施するかについて意見を述べる機会が付与されることとなった。(第七条、第八条)

 県はこれらを全て考慮して環境への影響を最終的に見積もることになるのである。

 しかも、右方法書及び右準備書並びに評価書は事業者によって作成されることからその客観性の保障がない。そこで、同法は、評価書の送付を受けた県が環境庁長官の意見を求めるべきと定めた(第二二条以下)。

 要するに、同法は、事業に関し、早期にアセスメントを実施する手続を新設し、知る権利と住民参加を保障して、かつ、アセスメントの結果評価を第三者がチェックするとの手続を新設した。

  三 では、埋立についての最近の国や自治体の動きはどうか

 国や自治体は、環境保全を求める国民の意識を受けてそれが埋立をする際に住民との合意形成を重視し専門家の意見を取り入れるなどしてアセスメントを行うに至っている。

 例えば、国においては、建設省は国の公共事業を計画する際には住民の意見を聞く機会を設けるとした方針を出した。

 九州沖縄においても、例えば、大分県や沖縄県では五〇ヘクタール以下の埋立についてもあえて専門家の意見を聞いたり、住民への説明会で住民の意思を聞きながらアセスメントを行っているのである。

 加えて、鹿児島県では五〇ヘクタールを超えるものを鹿児島県環境影響評価要綱の対象としているが、他の県、例えば、福岡県では三ヘクタール、長崎県が五ヘクタール、大分県は二〇ヘクタールをそれぞれ超えるものを対象として環境影響評価要綱を定めて環境保全を重視し、住民説明会やアセスメントを重視している。

 また、鹿児島県内でも姶良町は平成五年に三〇ヘクタールを埋立て下水道処理場を確保する計画をたてたが、姶良町は住民説明会などを十数回開催し住民の意見を聞いたうえ専門家の助言を得て計画の環境に与える影響につき新たな調査を追加した。(この埋立は見送られた。)

 名古屋市に於いても四七ヘクタールの埋立計画(藤前干潟埋立計画)に関し、正当な環境影響評価手続が為され、最終的には事業の中止が決断された。

  右は要するに、建設省や各自治体は住民との合意形成が何よりも必要だとして積極的に住民説明会などを取り入れているのである。

  また、専門家の意見を重要なこととして環境保全の参考にしたのである。

四 被告の今回の手法

 1 被告の埋立の脱法行為、重大な法規違反との点について

鹿児島県環境影響評価要綱は、環境保全上の必要性等を認めて為された閣議決定に基づき平成二年一二月三〇日告示された。

 この要綱は目的について、第一条で、

 「・・・開発事業に係わる環境評価に関する手続を定めることにより、環境影響評価が適切且つ円滑に行われ(中略)公害の防止及び自然環境の保全について適正な配慮が為されることを期しもって県民の健康で文化的な生活の確保に資する・・・」

  と定めた。

 加えて、同要綱は、五〇ヘクタールを超える埋立については適切な環境影響評価(アセスメント)を実施し、あるいは、住民説明会を開き、また、専門家の意見取りまとめを為す等の手続になっている。

 即ち、同要綱は、第六条で「環境影響評価準備書」が作成され、第八条で「準備書の公告及び縦覧」を定めて住民の知る権利を保障し、第九条で「説明会の開催等」が為されると規定し、第一〇条で「関係地域住民の意見等」として意見書の提出が保障され、その後同第一三条に基づいて「環境影響評価書の作成」がされ、同一四条で「評価書の公告及び縦覧」が為されるなどの諸手続が規定されている。

 更に、同要綱は事業者の責務として、第三条で、

 「・・・事業者は・・・その責任と負担において、この要綱に定める手続等を誠実に履行する・・・」と規定し(因みに本件は被告が事業者であるので被告にこの条文の実施が課せられている)、

 加えて、同要綱は県自身の責務としても、第四条において「県は公害防止等(第一条からここでの公害防止は公害防止と自然環境の保全の意味である。括弧内代理人注)を図る為、この要綱に定める手続等が適正且つ円満に行われるよう努めるものとする」

 と定めている。

 即ち、被告は同要綱第三条及び第四条で県民に対し、同要綱第六条、第八条、第九条、第一〇条、第一四条などで定める前記の各手続(環境影響評価の実施や住民の民主主義的権利の保障)を適正に為す義務を負っているのである。

 念の為にふれると、最近の判例・学説によると、地域住民の同意を求める手続が十分適切にとられたかどうかが差止めの認否を判断するにあたってきわめて重視されている(環境と公害、淡路剛久教授)。

 ここで、被告は、前記建設省や自治体のような住民との合意形成を重視したり専門家の助言を得て環境を保全する態度はなかった。

 2 然るに、被告は、六七ヘクタールのうち約二四・七ヘクタールの埋立出願との形をとって埋立面積を分割する手法をとり鹿児島県環境影響評価要綱が定める環境影響評価(アセスメント)を為さなかった。

 また、同要綱が定める前記知る権利と住民参加の保障をなさず違法である。

 更に、同要綱が定める適正な行政手続を履践せず違法である。

 3 環境影響評価の実施をなさなかったとの点について

(一) 被告は六七ヘクタールを埋め立てるのであるが、(被告が漁民に支払った漁業補償金一六億三五〇〇万五〇〇〇円は六七ヘクタールを対象として支払われたし、沖防波堤も六七ヘクタールを前提としているのに)今回は計画の一部である約二四・七ヘクタールの埋立免許の出願申請を為した。

 被告は、五〇ヘクタール以下の埋立であるからとの理由で、要綱に定める環境影響評価(アセスメント)を実施しなかった。

 被告が為した分割埋立の手法は、鹿児島県環境影響評価要綱に定める環境影響評価(アセスメント)手続を実施せず、もって、違法である。

 即ち、環境に大きな影響を及ぼす事業を実施する場合は、それを複数の事業の規模に分割し年月をずらして個別にデータ収集を行った場合、それらの事業全てが環境に及ぼす影響が軽微であると判断されてしまうことになる。

 仮りに、これが認められたとせんか、右要綱が定めた環境影響評価制度そのものの破綻である。

(二) 尚、事業者たる被告は、今回の事業について水質や潮流などのデータを集めた。そして被告自らが事業の環境に与える影響を見積もった。

 しかし、環境保全の為に専門家の意見を広く聴取することも為さず、住民説明会も開催しなかった。のみならず、被告は昭和五七年に環境庁が為した評価を使用したり、昭和六〇年の鹿児島市の統計など昔のデータを使用し、平成五年に策定した。

 被告は自らの公示文書中にも「環境影響評価書」或いは「環境アセスメント」なる表現は一切使用していない。

 被告が行った調査は、実質的にも環境影響評価(アセスメント)を実施したとは到底言えない。(ちなみに、県知事や県議会議員の任期は四年であることを想起するべきである。また、環境影響評価法が制定されていない時期のデータ収集であることに思いを至すべきである。)

   4 知る権利と住民参加などを保障しなかったことについて

 被告は、埋立面積を分割し(五〇ヘクタール以下の)約二四・七ヘクタールとしたことによって、鹿児島県環境影響評価要綱が定める民主主義的な諸手続をもとらなかったのである。

 被告は、憲法第二一条で保障された知る権利及び同要綱第八条(公告・縦覧)と第一四条(公告・縦覧)並びに第九条(住民説明会)で保障した知る権利に違反し、同要綱第一〇条等で定める住民参加に対する露骨な挑戦である。

 さらに、被告は、憲法第一三条(若しくは第三一条の類推適用)に定める行政の適正手続の保障及び鹿児島県環境影響評価要綱第三条、第四条に定める行政の適正手続の保障を履践しなかった。

 被告の手法は、鹿児島県環境影響評価要綱に定める民主主義的条項を守らず、違法を為したと言うべきである。

 即ち、環境に大きな影響を及ぼす事業を実施するにあたり、それを複数の規模の事業に分割し年月をずらして個別に事業を実施すると組み立てた場合には、県民は右要綱で保障された前記各権利(知る権利、住民参加、適正な行政手続)を実質上奪われてしまうことになり、違法である。

5 因みに、第一期工事が約二四・七ヘクタールであるから鹿児島県環境影響評価要綱の適用がないとする被告の手法は、例えば、各種開発許可制度を例にとっても、許されない手法として脱法行為と指弾されるはずである。

 都市計画法によれば、開発行為の許可に関しては、同法第二九条及び同法施行令一九条によって一〇〇〇平方メートル未満の開発であれば規制を受けないことになる。

 そこで、一五〇〇平方メートルを開発しようとするときに、事業者が九〇〇平方メートルと六〇〇平方メートルに区分し、二回にわたり造成するとした場合の取り扱いである。

 このような場合に、行政庁は一連の開発を一体的な開発行為としてとらえ、都市計画法による開発許可の規制の対象と為すはずである。

 被告の前記手法を許容するとすれば、指導的立場の被告はこのような開発許可についても都市計画法の規制が不要と認めざるを得なくなるのである。

五 では、被告は、何故に鹿児島県環境影響評価要綱を脱法したのか

1 平成九年六月一三日制定された環境影響評価法は、平成一一年六月一二日から施行される。

2 環境影響評価法の制定の経緯について

(一) 環境影響評価(アセスメント)とは、事業が環境に与える影響を事前調査・予測して複数の代替案を比較検討して最良の案を選択する手法である。

(二) 本格的な環境影響評価に関する取組みは、昭和四七年六月、「各種公共事業に係る環境保全対策について」との閣議了解による。国の行政機関は、その掌握する公共事業に就いて事業実施主体に対し「あらかじめ必要に応じ、その環境に及ぼす影響の内容及び程度、環境破壊の防止策、代替案の比較検討等を含む調査検討」を行わせ、その結果に基づいて「所要の措置」をとるよう指導することとなった。

(三) また、昭和四七年七月の四日市公害裁判の判決は、その理由において「事前に環境に与える影響を総合的に調査研究し、その結果を判断して立地する注意義務がある」との理由が述べられ、これの欠けることが被告企業の「立地上の過失」があるとした。これは、まさしく環境影響評価の必要性を判例上明確にしたものとして評価されている。

(四) その後、港湾法や公有水面埋立法の改正(昭和四八年)は、港湾計画の策定や公有水面埋立の免許等に際し環境に与える影響について事前に評価することとした。

(五) また、苫小牧東部、むつ小川原等の大規模工業開発を中心とする地域開発計画については、その実施が環境に重大な支障を及ぼすことのないように環境影響評価が実施された。

(六) 更に、大規模な国家プロジェクトに関しては、環境影響評価を実施すべきであるとする観点から本州四国連絡橋児島・坂出ルート建設事業について環境影響評価が実施された。

(七) このように、個別法、行政による行政指導等の形で具体的な環境影響評価の事例は積み重ねられてきた。

(八) 内閣は、昭和五九年八月に至って「環境影響評価の実施について」との閣議決定を行い、閣議決定に基づく環境影響評価を実施することとなった。

 手続としては、事業者は、指針に従って事前に調査、予測及び評価を行って環境影響評価準備書を作成し、これを関係地域を管轄する都道府県知事等に送付し、また、公告・縦覧、説明会の開催等の住民に対する周知の行為を行い関係住民の意見、関係都道府県知事等に送付するとともに公告・縦覧を行うべきことが定められた。

(九) 環境基本法は、平成五年、環境の保全の基本的理念とこれに基づく基本的施策の総合的枠組みをしめすものとして制定された。同法は、環境影響評価を推進するため国に所要の措置を講ずることを命じた(同法二〇条)。 環境影響評価法は、これを受けて、環境影響評価に関する具体的な手続等を規定した。

 即ち、環境影響評価法は、我が国に於ける永年の環境影響評価の積み重ね及び環境保全を求める地球規模の世論の高まり並びに環境保全に果たす環境影響評価の重要性に対する認識の高まりがあいまって制定された。

3 前項の経緯で制定された同法は、端的に結論を言えば、「開発するからには十分な環境アセスメントと住民参加が欠かせない、自然の生態系がこれ以上破壊されることは人間たる種の生存基盤を破綻させる」というのがその立法趣旨である。

 同法は、目的について、第一条で、

 「環境影響評価を行うことが環境の保全上極めて重要であることにかんがみ、環境影響評価について国等の責務を明らかにするとともに、規模が大きく環境影響の程度が著しいものとなるおそれがある事業について環境影響評価が適切かつ円滑に行われるための手続その他所要の事項を定め(中略)その事業の内容に関する決定に反映させる・・・」

 と定めた。

 要するに、環境影響評価の重要性と県などの責務等を明確に宣言した。

 更に、同法は事業者の責務として、第三条で、

 「・・・ 事業者・・・は事業の実施前における環境影響評価の重要性を深く認識して、この法律の規定による環境影響評価その他の手続が適切かつ円滑に行われ、事業の実施による環境への負荷をできる限り回避し、(中略)努めなければならない」と規定した。

 要するに、事業者(本件では被告)には環境影響評価その他の手続の適正などを義務づけているのである。

4 そのうえで、同法は五〇ヘクタールを超える事業を環境影響評価の実施対象として、事業の実施までの手続きを次の通り定めた。即ち、第五条で「方法書の作成」、第七条で「方法書についての公告及び縦覧」、第八条で「方法書についての意見書の提出」、第一一条で「環境影響評価の項目等の選定」、第一二条にて「環境影響評価の実施」、第一四条で「準備書の作成」、第一六条で「準備書についての公告及び縦覧」、第一七条で「説明会等の開催」、第一八条で「準備書についての意見書の提出」などを定めた。

 右は、要するに、同法は、環境保全上の手続や住民説明会などの住民参加等の諸手続を保障したのである。 また、環境庁長官のチェックを受ける規定が新設された(第二二条以下)。

しかるに、被告は、環境影響評価法の適用を意識的に回避する為、駆け込み的に同法の施行日前である平成一一年一月に公有水面埋立の申請をした。

 また、被告は、鹿児島県環境影響評価要綱が適用されないように分割埋立申請をした。(仮りに、被告が六七ヘクタールの埋立出願を為すとすると、鹿児島県環境影響評価要綱に定める前述の住民説明会、公告及び縦覧、専門家の意見取りまとめなどが必要となってしまい、多くの日数を要することになる。

  すると、被告は環境影響評価法の施行日である平成一一年六月一二日迄に事業の実施ができず、また、実施途中の事業に対する救済を定める同法附則第三条五号が定めた施行日から起算して六ヶ月を経過する日たる平成一二年一月一一日迄にすら本件計画が実施できなくなり、もって、被告は、環境影響評価法の定める前記諸手続を法で義務づけられてしまう。すると、被告は新設された右方法書の作成や環境庁長官への手続が加わり、本件実施が困難になってしまうからである。)

 即ち、被告は、環境影響評価法の適用を意識的に回避しようとした。

六 本件施設は、地方財政法第二条及び第三条並びに第八条に違反するもので公共性と合理性の片鱗すらもないものである。

 1 大型公共事業は純粋な工事負担だけではなく、起債に対する利子負担なども加わり事業費は膨らむことが通常であり、新県庁舎建設費を例にとるまでもなく事業費が一・五倍から数倍になるのが通例である。

 2 しかも被告は、新埋立地の沖防波堤にも六三億円を使うのである。

 3 即ち、被告は鹿児島湾を埋め立ててきたが、谷山地区を中心に約三三ヘクタールの湾岸遊休地を保有している。鹿児島湾を破壊し、税金を無駄使いしてきた証左である。

 然るに、年一回来るか来ないかの(ここ一〇年で五万トン以上の船の寄港は四隻)豪華観光船の為、金七〇〇億円から金一〇〇〇億円あるいはそれ以上の公費を使って埠頭を作ることは県の財政を悪化させ、子らの世代に借金を押し付けることになる。必要性が本当にあるのであれば右遊休地を利用すればよい。

 この遊休地には水深七・五メートルあるいは水深九メートルという護岸があり従来これを使用してきた。自然を破壊する新たな埋立を為す必要はないのである。

 なお、通常朝入港して夕方には出港する豪華観光船の経済波及効果は極わずかである。

 被告は、遊休地は都心から離れているというがタクシーやバスを提供する方が極めて少ない出費で済む。

4 また、国際会議場を建設するというのであるが、年一回あるかないかの集会の為に巨額の公費を使ってこれを為すことは県の財政を更に悪化させ、赤字を益々膨らませることである。

 これは、現に、隣県宮崎県のシーガイア(第三セクターの形式をとりながら)は、毎年宮崎県民の金がつぎ込まれ、約金一〇〇〇億円もの負債を負うに至っていることからも明白である。

5 被告の平成一〇年度までの借金(県債)は、約一兆二七〇〇億円も発生している。

 他方、県民所得は全都道府県のうち下から二番目の貧乏県であり、県民一人当たりの借金は現在でも約七一万円にも達している。

 然るに、更にまた県債という借金を為すというのである。

 加えて、作った後の維持費(ランニングコスト)までも加算されるのであって、尚更、県の負債も県民の借金も増えるのみである。

 まさに、被告が為さんとすることは、バブル時代にウォーターフロントの花形だともてはやされた国際会議場、見本市会場、交流施設、マリーナなど箱ものを作るという発想そのものであって時代錯誤というべきである。

 地域振興の名に値しない特定の大手ゼネコンへの税金ばらまきであり、環境破壊、自治体の財政破綻を引き起こしてしまう。

6 加うるに、被告は桜島の野尻川等から発生する土石流除去土砂を人工島に受け入れるというが、桜島赤水地区に一〇〇万立方メートルの処分用地が確保されているのであるから理由がない。

 更に、有村地区に存する鹿児島市所有の溶岩採石跡地三三ヘクタールでも処理が十分可能である。

 右溶岩採石跡地については、桜島砂防事業を手掛ける建設省大隅工事事務所が土石流土砂の処分場として利用を要請してきた経過が現にあるのである。

 被告は土石流除去の為に人工島が必要であると言うのであるが、被告の主張は牽強付会である。

7 被告は投資する費用に対する効果を全く検討していない。

  即ち、合理性も公共性も欠如し、地方財政法第二条及び第三 条並びに第八条に違反するのである。

第五 緊急性

 現在、新埋立地を保護する沖防波堤の工事が施工中であり、新埋立地についても測量などが始まっていることなどから権  利侵害の危険性は差し迫っている。

第六 結論

 本件は前記の通り二重の意味で脱法(回避)行為を意識的に為した。

 即ち、悪質であり、また、重大な違法行為である。

 本件工事は、前述した通り合理性も公共性も欠如するのである。

 他方、本件工事は生命、身体など人格権、環境権に対する侵害のおそれが明瞭に存する場合であって予防の為の差止請  求を認められるべきである。

 また、洪水や高潮により土地家屋への侵害が発生する現実的な危険が生ずる。

 よって、財産権に基づく物権的請求権を根拠として差止請求が認められるべきである。

 加えて、本件侵害行為は手続的正義を欠くことから不法行為と言うべきであって不法行為に基づく差止めが認められるべきである。

 よって、原告らは被告に対し人格権及び物権的請求権若しくは財産権、環境権を根拠として請求の趣旨記載の判決を求める。

 

    添付書類

         一 委 任 状         六一通

 

    平成一一年五月二〇日

 

 

 

鹿児島地方裁判所  御 中