見たこと、考えたこと、思うこと


6月17日(日曜)
生協コープかごしま主催「6・17平和のつどい」に参加して、相星雅子さんの講演ほかを聞いてきました。6月17日は鹿児島大空襲の日です。1995年の「平和のための戦争展」のさい、米軍戦略爆撃団の資料を翻訳するように依頼されて、柳原さん(現在、東北大学)といっしょに作業したことがありました。先日、南日本新聞からその件につき取材をうけ、今日の新聞に掲載されました。米軍の記録をみると、爆撃開始時間および終了時間、侵攻のコースなどが克明に記録されています。
  その取材でわかったことですが、鹿児島市の発表で死者数は2316人とされていますが、これは空襲前後の人口動態を調べただけの数字で、なくなった方々の氏名は特定されていません。戦争を記録し続けるために、このなくなった方の氏名を明らかにする作業を鹿児島市がいそがねばならないと思うのですが・・・・。

6月16日(土曜)
「かごしま9条の会マラソン講座」。夕方6時から「教育関連3法案を考える集会」に参加し、主催者として開会あいさつ。「憲法・子どもの権利条約を教育に! 県民ネット」を発足させた。教育基本法改悪の具体化として教育3法案が提案され、来週中にも採決されてしまう情勢になり、「なにも反対運動をしないのも、しゃくだ」と、ささやかな集会(30人!)だったが、教員の方々から不安の発言が続出。

6月9日(土曜) ハンセン病問題に関連した菊池事件をあつかった映画「新・あつい壁」を市内東本願寺へ見にいった。冤罪ではないか、菊池恵楓園内の特別法廷で開かれた裁判で、公正な審理が行われたのか疑わしいとされている菊池事件のあらましがよくわかる。普及活動がこれからはじまる。



5月19日
「いぶすき9条の会」に講演にいってきました。参加者は40人くらいですが、地方でこういう集まりをもつことの必要性を感じています。ついでに指宿には知林が島といって、干潮時に海の中に砂の道ができるので有名なところがあるのですが、その「砂の道」を、地元の高校の先生の案内でわたってきました。右側の写真が知林が島の方向、左側の写真が指宿(魚見岳)方面です。午後2時くらいの干潮時。5時くらいになると、この「砂の道」は海中に消えてしまいます。

    


5月14日
憲法改正国民投票法がとおってしまい、いよいよ改憲と正面から向かい合う数年になります。15日の南日本新聞にコメントがのりました。

5月3日(木曜)
5月3日は、精神科医で「憲法行脚の会」などで幅広く活動されている香山リカさんを講師にお招きして、「憲法記念日市民のつどい」を開催。そこで、あいさつをかね、「最近の憲法をめぐる情勢」を話した。今年は、特に若い世代の市民、日頃あまりこうした運動とは縁のない市民が多く参加できるように企画した。当日は850人もの方々が参加して、盛り上がった会となった。



4月27日(金曜)
中国人強制連行国家賠償訴訟で最高裁で棄却の判決。西松建設事件については高裁判決をひっくりかえした逆転敗訴。「72年の日中共同声明は個人の損害賠償請求権を含め、戦争の遂行中に生じたすべての請求権を放棄する旨を定めたもの」として、実質的に中国の方々が裁判で争う道を閉じてしまった。西日本新聞に頼まれてコメントをのせる。

4月14日(土曜)
朝、「残留孤児の話を聞く会」(鴨池公民館)。参加者は7人くらいとすくなかったけれど、心あたたまる会合。昼2時からから「9条の会」第3回総会。案内などがわかりにくかったし、不徹底だったので、入りが気になっていたが、予想が残念にもあたり、80人くらいと空席が目立つ。「憲法シンポジウム」は、南さつま、奄美、姶良、おおすみの地域9条の会が活動報告。

4月7日(土曜)
「冤罪志布志事件を考える」シンポに参加した。「被疑者ノート」の話とか、はじめて知って、なかなか勉強になった。全体には弁護士会も「司法制度改革」の中で「体制化」がすすんでいる中で(格差社会の中で、なにしろブル弁が増えてきた)鹿児島の若手弁護士が「反権力」姿勢を強めるきっかけになっているようだ。この志布志事件については、12人の「被告」に対して全員無罪が確定。判決の日に、地裁前庭の「テント村」からKTSの特別生放送で解説を担当した。「無罪」の幕をかかげた姿が忘れられない。それだけ権力のおそろしさを知った。

また報道という点では、「犯罪」ともいうべき違法な取り調べ/捜査を行った警察幹部を実名にするか否かで議論もおきた。私の知っているかぎり、テレビ朝日の「スクープ」が最初で、地元局では鹿児島読売テレビが日曜深夜のドキュメンタリー番組で実名報道。それを追って地元紙=南日本新聞が控訴しないことを地検が決めたときから。あれだけ執拗に事件を追った朝日新聞(今回の報道は光っていたと思う)は「個人攻撃にすべきでない」(ある記者の発言)として匿名のまま。

3月26日(月曜)
長崎地裁の中国人強制連行国家賠償訴訟で棄却の判決。国については除斥期間で、雇い主の三菱マテリアルについては安全配慮義務違反を認めながら、消滅時効5年(中国から日本に渡航できるように法改正されてから5年)の経過を理由に訴えを退けた。読売新聞長崎支局に頼まれてコメントをのせる。

3月29日(木曜)
中国残留孤児訴訟名古屋地裁判決。またも棄却の判決。県庁記者クラブへ鬼塚さんといき、声明を投げ込み。国の「早期帰還義務」「自立支援義務」をはじめて認めたが、国のとった施策は「義務違反」とはいえないとしたもの。



ハンセン病市民学会に参加(2005/05/14)

2005年5月14~15日、菊池恵楓園(熊本県合志町)で開催された「ハンセン病市民学会」に参加しました。約500人ものハンセン病回復者のみなさん、市民が参加しました。療養所の現状の問題点や「菊池(藤本)事件」(ハンセン病患者だった藤本被告が園内の特別法廷でさばかれ、死刑判決をうけた事件。この特別法廷では裁判長以下白衣を着て、証拠は火箸のようなものでつまんで検証したそうです。やはり社会的偏見があったし、公開法廷とはとてもいえるものではありませんでした。その後、藤本さんは再審請求中に死刑が福岡拘置所で執行されました。)などきわめて多くのことを教えられました。「憲法を撮る」の中にそのときの写真を掲載しています。園の外と内を隔てる壁は「望郷の壁」と呼ばれたそうです。一部には穴があいていて、外に抜けるのに使われたようです。
   ハンセン病に関する検証会議がまとめた最終報告書は、日弁連法務研究財団のHP(http://www.jlf.or.jp/work/hansen_report.shtml)からダウンロードすることができます。要約版でも122頁と大部ですが、ぜひ読んで、勉強したいものです。




イラク人質誤報で指摘(2004/12/1)

南日本新聞「読者と報道」委員会委員を務めています。その第10回会合が30日、鹿児島市の南日本新聞会館でありました。とくに「イラク邦人人質事件誤報」が主なテーマでした。
「イラク邦人人質事件」で南日本新聞は10月30日発行の号外と夕刊で、共同通信の配信記事を基に、人質となった「香田証生さん殺害」と誤報。これはあとで別人と判明しました。(香田さんが遺体となって発見されたのはその数日後)。南日本新聞は夕刊2万9000部を再印刷し全戸配布しました。
 私からは「人の生死にかかわる報道では速報性ではなく正確性を競うべきだった。確証の持てない配信記事を修正・削除できる社内システムの構築が望まれる」と発言しました。とくに、そのネタ元が「外交筋」「自民関係者」なる政治部独特のオフレコ取材源で、十分な確認がとれないにもかかわらず、政治記者的感覚で「特ダネ意識」で走ってしまったところに大きな原因があるようです。共同、南日本ふくめて、どこかで「確認がはっきりしないのでは?」とチェックする機能が働かなかったのも原因だと思います。

 「読者と報道」委員会は、社外の識者が第三者の立場で南日本新聞の取材・報道を検証し、審査する機関です。



(読んだ本)入江秀子『叫び 冤罪/大崎事件の真実』(かもがわ出版)(2004/11/08)

鹿児島県東部の大隅半島の一角、大崎町で起きた死亡事件。十分な証拠もないまま、警察は死亡者の兄、おいを逮捕する。そして、その「自白」から、主犯格として兄の妻である原口アヤ子を逮捕する。そして、起訴された3人はいずれも有罪判決。その中でアヤ子だけは一貫して否認し、獄中でも無罪を叫びつづける。しかし、高裁でも有罪、最高裁でも有罪で、刑は確定(懲役10年)。アヤ子は懲役が終了したあと、再審を請求する。そして、2002年3月26日の鹿児島地裁での再審決定。
  その記録を、被告人から取材した著者が、アヤ子本人= 「私」として事件を再構成したもの(本の名中では「志村八重子」となっている)。事件の展開がわかりやすく、しかも本人の気持ちもよく表現されていて、すぐれたノンフィクションになっている。
  この事件には不審な点が多い。殺人のさい、検察側の主張ではタオルで絞めたことになっているのに、鑑定でははっきりしていない。後の鑑定では、死因が別にあったのではという指摘になった。それに被告の家族はいずれも知的な障碍をかかえていて、本当に殺人を実行したのか、どうもあいまいである。無理な自白に追い込んだ疑いの方が強いなどなど。
 現在、福岡高裁宮崎支部へ抗告され、審理中である。一刻も早い無罪確定が望まれる。



(2004/8/21) 「オノヨーコ展」へ。霧島アートの森は、栗野インターから20分ほど。交通の便ははなはだ悪し。話題の展覧会だけあって、けっこうお客は多い。内容は「前衛美術」だけあって、なにをいいたいのかわからない作品多し。すべて白色のチェス、緑の木が生えた棺桶(下の写真)などはその主張の意味が理解できるような気がするが。




これでいいのか、スポーツ中継(2001/10/20)

ヤンキースとマリナーズの第5戦。いつもは衛星放送でみることが多いのだが、衛星放送を受信するテレビが研究室になく、TBSでも中継をやったので、昼休みにテレビで見た。試合は結局、ヤンキースが勝ち、前夜のさよなら勝ちにつづいて「さすがに強い」と思わせた。
 問題は、そのときの解説。アメリカン・リーグの優勝が決まった直後に、解説の田淵氏が日本のゲストと会話した。画面では、選手が優勝の余韻にひたっているのに、田淵氏は谷繁(横浜)に「FAでこちらにくるのか」とか、まったく画面と関係のない、くだらない話をしばらく続けた。
 このところ、世界陸上(TBS)、世界水泳(テレビ朝日)とせっかくの世界的な試合をまったくタレント中心の「ドラマ」仕立てにするやり方に腹がたっていただけに、「またもや」と想わざるを得なかった。  スポーツ中継は、そのスポーツをしっかり理解している人が、どこが見所で、なにがすばらしかったのかをしっかりと教えてほしい。今のように、タレントのくだらないおしゃべりでは、ますますテレビを見なくなるだろう。


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