憲法からみた「テロ対策支援法」と「自衛隊法一部改正」

 ー同時多発テロと日本政府の対応についてー

               

                      法文支部(憲法学)小栗 実

 

米国の報復攻撃に対する日本政府の危険な「支援活動」

 

(1) 湾岸戦争の「トラウマ」(too late too little )から、焦る姿勢

政府や与党のこの間の姿勢は、湾岸戦争(1990年)のときに、軍事力をださなくて、クゥェートなどから「感謝」されなかった。だから、今回はなんとしても「自衛隊を出したい、出さなくては」という姿勢が露骨だった。事件直後の9月21日、米空母キティホーク、揚陸強襲艦エセックスの出港を自衛艦が護衛し、その後「情報収集」を理由に、インド洋へ自衛艦を派遣することを画策したが、さすがに法的な問題点を指摘されて断念した。(新法成立後の11月8日、政府は,自衛艦3隻を防衛庁設置法による「情報収集」の目的で出航させ、のちに「基本計画」によって出航した自衛隊3隻と合流させたが、この前者の出航は法的には同様の問題をもっている。)

つぎに、10月6日、避難民救援を理由に自衛隊輸送機をパキスタンに派遣した。

このときにも、民間機による迅速かつ大量の援助より、なによりも自衛隊機派遣に固執した。政府は、PKO等協力法を根拠にして自衛隊機の派遣を行ったが、国連PKOの活動ではなく独自の判断での「人道的な国際救援活動」(PKO等協力法3条)にあたる。そのさい「当該活動が行われる地域の属する国が紛争当事者である場合においては武力紛争の停止及びこれを維持するとの紛争当事国間の合意がある場合」にこの活動ができると、法に規定されているが、今回の派遣がはたして該当するか、やや微妙である。だから「米国武力行使支援法」(テロ対策特措法)にあらためて「被災民保護」規定が入れられることになる。

 そののち、周辺事態法を適用して、自衛艦をインド洋に送ろうという動きも一部にあらわれたが、「日本の周辺」に関する、これまでの政府解釈との整合性を理由に、見送られることになった。

 

(2) そこで浮上してきたのが「テロ対策特措法」だった。

 

 新法制定への動きは、9月11日のテロ発生直後から自民党国防部会などが提唱し、小泉首相、外務省が主導したようである。そして、野党の反対にもかかわらず、10月29日、成立した。まず、この法律の特徴でまず目につくのは、その長い名前である。名称は「平成13年9月11日の米国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国連憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法案」という。どうして、このように長い名前の法律になってしまったのか、というと、後でもふれるように、今回の自衛隊の派遣は「戦時下で初めて」のものである。憲法が禁じている「武力の行使」にあたるのではないかという批判も強い。そこで、ごく限定された目的の、限られた軍事行動という印象をつけるために、やたらと形容詞がついたのである。

 マスコミなどは、「テロ対策特措法」と略称しているけれど、内容からすれば、テロを封じ込めるためになにかするというものではなく、「テロを起こしたのはビンラディン率いるアルカイダだ」「そのアルカイダをかくまっているのはタリバンだ」、だからタリバンを攻撃するのだというアメリカの論法にしたがって、自衛隊が米軍の武力行使を支援することにほかならない。だから、私は、個人的には「武力行使支援法」と呼んだほうがいいと思っている。

 

■ 「武力行使支援法」の内容

 では、「「武力行使支援法」によって、自衛隊はどこで、なにをすることになるのか?

 (1) 米・英軍への「後方支援」活動である。諸外国の軍隊等に対する物品・役務の提供、便宜の供与その他の支援のための措置である。自衛隊は、補給、輸送、修理・整備、医療、通信などの活動をおこない、空港・港湾業務、基地業務を提供する(ただし、武器・弾薬の補給及び戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油・整備は行わない。)。

 (2) 捜索救助活動。戦闘行為によって遭難した米軍の戦闘参加者(戦闘参加者以外の遭難者が在るときは、これを含む。)の捜索・救助を行う。

 (3) 被災民救援活動。 「テロ攻撃に関連した国連決議又は国際連合等の要請に基づき、被災民を救援するために実施する、食糧・衣料・医薬品等の生活関連物資の輸送、医療その他の人道的精神に基づく活動」と法ではなっている。

 (4) その他、例えば、自衛隊による在外邦人等輸送にあたり外国人も輸送することもおこなう。

 

■ 「後方支援」というけれど

これらの活動について、政府は「『後方支援』だから武力の行使にあたらない」と説明するが、その「武力行使」と「後方支援」を区別する一線ははっきりしない。武器・弾薬の輸送を行う(武器・弾薬の提供そのものは禁止されている)が、武器など「提供」ではなく「輸送」であるといっても、攻撃に向かう米軍にわたすのだからあきらかに軍事的兵站(たん)行動と考えられる。NATO諸国は、NATO条約第5条による集団的自衛権にもとづいて「後方支援」するといっている。国際的には、この「後方支援」はあきらかに集団的自衛権の行使と考えられている。米軍艦艇への給油も「後方支援」とされているが、攻撃態勢にある米軍艦艇に給油するとすれば、「武力の行使」とはほぼ一体のものだろう。それに、「被災民救援」をさけぶならば、米・英軍の空爆によって多数の被災民がでている現状からすれば「空爆を即刻停止せよ」と米国・英国にもとめるのが、もっとも肝心なことなのに、一方で「後方支援」を、一方で「被災者救援」をいうのは矛盾した態度といわざるをえないだろう。

 

■ 「後方支援」の地域的な限定もない

 

 この「武力行使支援法」は、地域的にも、まったく限定がない。「現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる」地域であれば、「公海及びその上空」であれ、「外国の領域(当該外国の同意がある場合に限る。)」であれ、世界中で軍事支援可能となっている。 今後、「戦闘行為がすでに終了している」としてアフガニスタン自体に派兵する事態も考えられるし、イラクへの米軍の攻撃を「後方支援」する危険性もある。

 

■ 武器の使用条件の緩和

 

 自衛隊や難民が攻撃されたら、反撃せざるをえないという理由で、「武力行使支援法」は「自衛隊の部隊等の自衛官は、自己又は自己と共に現場に所在する他の自衛隊員若しくはその職務を行うに伴い自己の管理の下に入った者の生命・身体の防護のためやむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じて合理的に必要と判断される限度で、武器を使用することができる。」と規定している。この規定は、(1)PKO等協力法が「自己又は自己と共に現場に所在する他の隊員の生命・身体の防護のため」とし、(2)周辺事態法「自己又は自己と共に当該職務に従事する者の生命又は身体の防護のため」としているのに比べて、武器使用の条件を緩和している。まさに「武力行使」と紙一重の状態が待ち受けている。

 

「武力行使支援法案」の憲法上の問題点

 

 これまで政府は、「自衛のための必要最小限度の実力だから自衛隊は日本国憲法に違反しない」と正当化してきた。集団的自衛権も否定せざるをえなかった。しかし、今回の「武力行使支援法」による自衛隊の行動はもはや自衛権では説明できない。これまで憲法を配慮して課してきた制約を一気にとりのぞく内容になっている。集団的「自衛」権による海外派兵が実質的におこなわれることになる。

 

(3) 自衛隊法の一部改正の内容

 

 マスコミではあまり注目されなかったが、今回、「自衛隊法の一部改正」が行われた。その内容は、国内における自衛隊による治安維持活動をより権限付け、一種の「軍事国家」「治安国家」への道をつきすすんでいく内容になっている。

 まず(1)自衛隊の施設及び駐留米軍の施設・区域の警護を理由とする「警護出動」規定が新設された。

(2)さらに、ここでも「武器の使用」の条件が緩和されている。「警護出動を命ぜられた部隊等の自衛官は、職務上警護する施設が大規模な破壊に至るおそれのある侵害を受ける明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がないと認める相当の理由があるときは、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用できることとし、その結果として人に危害を与えたとしてもその違法性が阻却されることとする。」という項目が加えられた。さらに「通常時の自衛隊の施設の警護のための武器の使用」「治安出動下令前に行う情報収集の際の武器の使用」「治安出動時の武器の使用」も緩和された。「不審船への対応」として「当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができることとし、その結果として人に危害を与えたとしてもその違法性が阻却されることとする。」とした。

(3)今回の自衛隊法改正には、日本ではじめて「防衛秘密」を法律的にみとめ、その漏洩に罰則をもうけた。これなど、かつて批判され、廃案となった「スパイ防止法」の部分的な復活といえる。

 

 

(4) PKO等協力法の一部改正の内容

 

 さらに、平和維持軍(PKF)への参加ができるように、これまで「国連PKO等協力法」で「兵力引き離し」「停戦監視」など武力行使にあたる危険性があるとして「凍結」されていた軍事活動を「解凍」し、これにも自衛隊が参加できるようになった。アフガニスタンの状況からすれば、タリバン・反タリバン双方に停戦の同意などなく、北部同盟間でも内部抗争が激化している現状では、この活動もかなり危険で、自衛隊がはじめて他の勢力に銃砲の照準をむける「武力の行使」をよぎなくされる危険性はかなり高い。またPKOの武器使用の基準も「武力行使支援法」なみに緩和した。

 

■ まとめ

 今回の政府の対応は、憲法9条の意味をかぎりなく無意味にしてしまうものである。おそらく、近々、集団的自衛権をめぐってのこれまでの政府の解釈の変更が議題とされることになるだろうし、憲法改正へ具体的な一歩になるだろう。すでに「憲法改正国民投票法案」なるものも提案されはじめた。

新聞はつぎのように指摘している。「自衛隊のインド洋派遣が日本の自衛隊活用に「大きな風穴をあける」(政府筋)のは事実だ。政府、自民党内では早くも「対テロ法案後」が取りざたされている。国連平和維持軍(PKF)参加凍結解除、有事法制、集団的自衛権の解釈見直し、さらには憲法改正まで。ある自民党国防族議員は「これでやりやすくなった」とほくそ笑んだ。」(南日本新聞10月13日)