「体ほぐしの運動」導入の注意点 −大修館書店「体育科教育」2001.02号掲載−

              大友 照典

文部省が「体ほぐしの運動」を全国に示してから2年になる。この間、全国で「ダンス式ほぐし」「レクリエーション式ほぐし」「癒し系ほぐし」「体操式ほぐし」など、各専門家が独自にとらえた「ほぐし」が登場し、現場は少し混乱していたように思える。

20003月、同省から「体つくり運動」指導資料が出版され、何をどうすればよいか方向が定まったようだが、いまだに実施方法やその注意点などの不安や疑問が残っているのも事実である。

そこで、導入や実際の指導場面での注意点についてまとめ、読者の皆さんそれぞれの「体ほぐし運動」を作るのに役立てていただきたいと考えている。

私は、「体ほぐしの運動」が全国に広がり、各地の子どもが運動やスポーツを楽しんで行う姿が少しでも多く見られるようになればと思う。


 

1 「体ほぐしの運動」の二つの顔

「体ほぐしの運動」は、生涯体育・スポーツを念頭に置きながら、子どもの体力・運動能力の低下や、運動好きと運動嫌いの二極化などの問題を解決するために考えられたものである。

そして、いじめや不登校に代表される人間関係の中でおきる問題やストレス増大など、青少年の心や体の問題を解決する糸口になることが期待されている。

新指導要領が、『心と体を一体としてとらえ・・・』という目標を掲げ、保健分野の重要性と「体ほぐしの運動」の導入を強調しているのも、子どもの実態にあわせると同時に、これからの日本人の健康や体力に目をむけた新しい体育・保健体育の指導を提案しているのである。

しかし、まったく新しい運動を作ったわけではなく、今までの運動やスポーツの部分を見方や考え方を変えて組み立てたとも言える。

例えば、昔の子どもの遊びにも注目し「伝承遊び」を扱っている。また、私たち教師が、これまでの授業の中で行ってきたちょっとしたレクリエーションや遊び、スポーツ種目に入る前の動きつくり、ストレッチ体操やマッサージなども扱っているのである。

このように、「体ほぐしの運動」は、新旧の二つの顔を持っているが、共通して言えることは教師が「あれをしては、だめ」とか、「これをすると○○運動になってしまう」というような制約をつくって行わせるものではなく、子どもの側に立った自由な運動であれば、古いものや今まで行った運動であってもどんどん取り入れてよいのである。したがって先に述べた「〜〜式ほぐし」も、正しいのである。

子どもの指導にあたる現場の先生方は、これまで行っていた運動やスポーツと合わせて、誰にでもできて、楽しく心地よい「体ほぐしの運動」をたくさん行わせていただきたい。


 

2 ターゲットは子どもの心

「体ほぐしの運動」は運動を行う前の運動

いつの時代にも、運動することが好きな子と嫌いな子どもがいる。私たちは今、運動が嫌いな子や人と関わることが苦手な子に焦点を当てなければならない。

これは、運動技能のレベルを下げるということではなく、運動が苦手な子が安心して運動を楽しめるように、指導者側が心を配ることなのである。

子どもが、「これならできそうだ」「無意識のうちにみんなと一緒に動いていた」「夢中になっていたら汗かいちゃった」となったとき、心と体が開放され、運動を楽しめたことになる。 

この点から言うと、「体ほぐしの運動」は、各種の運動やスポーツを行う前の動機づけ的な役割を果たす誰にでもできる運動と言える。

私たち教師は勇気をもって発想を転換し「体ほぐしの運動」をこのように利用したいものである。


 

3 「体ほぐしの運動」のねらい

1と2を読むだけでは、「何でもよいから楽しく運動すれば「体ほぐしの運動」になると受け取られてしまう。ここで、ねらいについて確認したい。

「体ほぐしの運動」のねらいは、@体への気付き A体の調整 B仲間との交流 の三つである。これはBA@の順に並べるとわかり易い。みんなと一緒に運動することで、仲間と交流し、体の調子を整え、自分や友 達の心や体のことに気付くのである。

「体ほぐしの運動」導入のポイントは、指導者が「ねらいの違い」に気付くことだと言ってもよい。例えば、短距離走で、「ダッシュ」を十本走るのと、「ジャンケンして勝ったら追う、負けたら逃げる」を十本行う。仲間と運動を楽しめるのは後者であることに気付きたい。

一番わかり易い例は、「縄跳び運動」である。「体力を高める運動」で縄跳びを行うと、直接体力を高めることがねらいとなるため、  

          五十回とぼう

          十分間続けよう

          心拍数が百八十に挑戦

          難しい跳び方ができるようになろう

などがねらいになる。

ところが、「体ほぐしの運動」で縄跳びを行うと、気付き、調整、交流がねらいになるため、

          友達といっしょに楽しもう(交流)

          いろいろな飛び方を楽しもう(調整)

          疲れ方や汗のかき方の違いを知ろう(気付き)

などとなる。したがって回数や時間、跳び方はねらいにはならない。

同じ運動を行っても、ねらいが違うのである。

もちろん、子どもの中で自然発生的に難しい跳び方に挑戦はじめた場合などは、そのまま継続してよいのである。ただし、失敗した子どもへ、周りの子どもがどのように接するか注意深く見守る必要が出てくる。

これら三つのねらいは、つねに同じくらい達成できるものではない。また、子どもの興味・関心も一人一人違うことから、全員が楽しめる運動もない。したがって、いろいろな運動をとにかくやってみる。運動することそのものが交流になり、調整になり、気付きに繋がるのである。

「体ほぐしの運動」の学習の進め方に、ほぐしT「やってみよう」、ほぐしU「もっと楽しくやってみよう」とあるが、この進め方も、これらのねらいから導き出されているのである。


 

4 単独単元として行う場合の注意点

「体ほぐしの運動」の授業を実際に行った教師は、「本当に楽しかった」「生徒がまたやりたいと言っていた」と一様に口にする。    

  指導資料では、単独単元の例は四時間で示しているが、一時間でも二時間でもよいので、ぜひ単独で行ってほしい。

以下に、単独単元で行う場合の注意点をまとめる。

○ 生徒の意識を開放する

私たち保健体育の教師は、安全や運動効率の面から集団行動や態度を重視する傾向がある。しかし、子どもたちが心や体を開放して遊ぶときは、ルールや順番・方法は後回し、まずやってみることが多い。

したがって、「体ほぐしの運動」は、『他の単元と違うこと』、『技能の向上などは、一切、気にしなくてよいこと』を授業で明言し、教師自ら自由な感じで運動を楽しもうとする態度をとることが大切だと考える。

単元のはじめ一・二時間は「危なっかしい」「かってなことをする」などが気になるかもしれないが、「体ほぐしの運動」のほとんどは危険度が低く、子ども自ら危険な行動は避けるので、様子を見たいものである。私の場合は、「この指とまれのガキ大将」役を演じている。

○ 活動の流れやテーマを重視する

「体ほぐしの運動」には、活動的な運動・やや活動的な運動・静的な運動がある。運動の量や生徒の雰囲気を考慮し、運動順や配分を調整したい。また、「力を抜いて」「リズムに乗って」

などのテーマを設けて行うのも良い。

○ ねらいの達成は教師の支援にかかっている。

おいしそうな料理が目の前にあるとき、食材の産地や作り方を聞く前に、口にしたいのは当然である。これと同じように、「体ほぐしの運動」も、ねらいや行い方、その時守らなければならないルールなどを事細かに注意してからでは、子どもののりが悪い。

まず「やってみよう」というわけである。

その上で、気付きを促す発問をしたり、自己評価・相互評価しやすい資料を工夫するなど、教師があらかじめねらいに沿った支援を準備したい。

 

○ 選択制の授業とは違う

体育分野の選択制授業は、これまでも積極的に行われていた。新指導要領でも、単元の内容が運動・態度・学び方の三つが示され、学習方法も課題解決型の学習が中心とされており、生徒が自ら学ぶ授業の推進が期待されている。しかし、選択制におけるねらいTねらいUと、「体ほぐしの運動」におけるほぐしTほぐしUは、技能の向上が必要ないという点で、考え方がまったく違うのである。

選択制授業に熟練した教師が、進んだ段階を行わせようとして、生徒に「新しい体ほぐしの運動」を考えるよう指示し、そのために運動する時間を減らすことのないようにしたい。


 

5 各単元と組み合わせて行う時の注意点 

前に述べたように、「体ほぐしの運動」は運動を行う前に行う運動として考えることができる。したがって、「体ほぐしの運動」を行った結果、子どもの心や体が開放し、次の運動をやる気になれば、その役割を十分果たしたと言える。

以下に、各単元や領域と組み合わせて行う時の注意点をまとめる。

○ 単元の導入として行う

単元計画の中に、主運動の導入として「体ほぐしの運動」を行う場合、その主運動に興味を持たない生徒や、運動や人間関係つくりの苦手な生徒でも、ごく自然に仲間と一緒に体を動かし、心を開放して主運動に入れるようにしたいものである。

これができるのが「体ほぐしの運動」なのである。

私の経験では、器械運動の導入としてブラインドウォークや地蔵倒し、ペアでのストレッチなどを行った後は、技の補助はもちろん、練習に工夫を加えたり、互いにアドバイスする姿が多く見られた。 

○ ねらいを明確に

「体ほぐしの運動」を各領域の導入として行う場合や、組み合わせて行う場合、教師は三つのねらいを決して忘れてはならない。その理由は、誰にでも楽しめて、心地よさを味わうことができる運動として行いたいからである。

これまでの補助運動や補強運動の中にも、生徒の心や体をほぐすものがあったかもしれないが、行う側の生徒の受け取り方が違う。

しかし、授業を進めていくうちに、子どもたちの中から回数や時間等を意識し、「体力を高める運動」や「主運動の技能向上」のために運動するようになった場合は、無理の無いように移行してよいと考える。

指導資料二十四ページには、例として「二人手つなぎドリブル→主運動バスケットボール」が上げられている。この場合も、最初のねらいは、・友達と手をつなぐ・気持ちをあわせてドリブルのリズムを合わせる・ 右手と左手の違いに気付くなどとし、回を重ねるうちに「競争しよう」とか「シュートを混ぜよう」などのように、生徒が楽しみ方を発展させる場合もあるということである。

○ 単元や一時間の中での位置付け

単元の導入として行う場合は、先に述べたように時間の「はじめ」に行うほうが良い。また、組み合わせて行ったり、それぞれの時間の流れにあわせて「なか」の時間に行ったり、また、静的な運動を「まとめ」の時間に行い、「体ほぐしの運動」の気付きとあわせて主運動の反省やまとめを行う方法もある。


 

6 「体ほぐしの運動」の評価

「体ほぐしの運動」の評価については、「関心・意欲・態度」及び「思考・判断」の二つの観点で行うのがよいと考える。その理由は、

          技能の習得や向上をねらいとしていない。

          知識については、安全面やルールの面で必要な場面もあるが、友達と運動を楽しむための協調性や思いやりの態度が優先するため、二つの観点に含まれる。

          運動のねらいが「気付き・調整・交流」であり、二つに観点で評価が可能であり「気付き」に関して知識が必要とされる場合もあるが、個別の内容が多いと予想される。

  などである。そして、三つのねらいを中心にそのねらいが達成できたかを評価する。

評価例

○ 関心・意欲・態度

   ねらい

・仲間といろいろな動きを楽しむ

・心や体をリラックスする

生徒の自己評価

・いろいろな運動を楽しめたか

・友達と仲良くできたか

・心と体がリラックスしたか

教師の評価

・積極的に楽しんでいるか

・どの友達とも仲良くできるか

・リラックスしているか

○ 思考・判断

ねらい

・自分と友達との違いに気付く

・楽しさや心地よさを感じる

生徒の自己評価

・友達と自分との違いを感じたか

・力を抜く・入れるの違いがわかったか

教師の評価

・自分の感想を声に出しているか

・表情が豊かで、開放感を感じているか

・友達との違いを感じているか


7 まとめ

「体ほぐしの運動」は、他の運動やスポーツと異なり、固有の歴史や実績は無い。だからこそ自由な発想で、いろいろな運動を行い、多くの場面で多くの生徒に。その楽しさを味わわせたい。そんな歴史を創っていくのである。

そのため、各校で「心と体の健康」を全校のテーマにする。授業では、学期のはじめや単元のはじめに位置付ける。「知識」や「保健」と組み合わせる。などの工夫を強く期待する。

授業で「体ほぐしの運動」を行って四年目、現任校では、生徒の中に定着しはじめている。今後は、さらに運動の輪を広げるよう「体ほぐしの運動」を大いに活用し、仲間と運動し汗を流す楽しさを味わわせていきたい。


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