山中湖 忍野 リゾート民宿 民宿 セイコウ荘
この池は器物や野菜を洗うとき、あやまって手を離すと渦に巻き込まれて行方不明となり、いくらさがしても見つからないといわれ失われたものは 池の底の穴をくぐってお釜池に浮かびあがってくるといわれている。以来 このようなことが度々あったため、村の人たちはこの池で物を洗うことを神様がきらっているのだということが広まり,村人は恐れていると伝えられている。

昔 この池のほとりにあった家に、年老いた父親と二人の美しい娘が住んでいた。父親は百姓をし、娘たちは裁縫や洗濯をしていた。ある日、妹娘が洗濯をしていたところへ突然大蟇が一匹あらわれて、その娘を強引に水中に引きずり込んでしまった。それを知った姉娘は、泣き叫んで近所の人たちの助けを求める一方畑仕事に出ていた父親を呼んで、妹娘の救出をはかったがいつまでたっても娘は帰らず、いくら探してもその遺体は浮かんでこなかった。それ以来、父親と姉娘は命ある限りお釜池のほとりにある家にとどまって、不幸な妹娘の冥福を祈りつづけたという。

この池の湧水は、富士山の雪が溶けて地下にしみとおって、ほこりっぽいこの世とはかかわりなく湧き出す水なので『清浄な霊水』と呼ばれ、富士登山をする行者や道者たちはこの水で、けがれをはらい、登山しまたこの水を携えることにより無事登山することが出来ると昔からの言い伝えがあり、堅く信じられてきた。このようなことから、この池の別名を『精進池』とも言った。

昔富士山が噴火したとき、人々は焼けつくような熱のため大変苦しんだ。そしてのどの渇きや人家の火事、また野火を消すためにもと人々が水を求めて叫ぶ声が天地の間に広がった。このとき天の一方に大変美しい声で、
私を信じなさい、そして永久にわたしをうやまうならば、私がみんなに水を与えようといわれた。この声の主は「木花開耶姫命」で、その後まもなく溶岩の間から水が涌き出し、池となった。これを飲料水や水田に用いて今日にいたっている。また毎年、木花開耶姫命の祭りを行い、神輿をこの池の水で洗い浄めるのが恒例となっている。

昔ある家の花嫁が厳粛な結婚式の最中、おならをした。その音がすごく大きかったのでつつみかくすことができず、年若い初心な花嫁はこれを深く恥じて、結婚式の席にいたたまれずすきをみて席を抜け出し銚子を抱いて、この池に身を投げた。その後、花嫁の履いていたぞうりが池の水面に浮かんできた。そしてときおり、美しい女の姿が生きているように池の底に映って見えることもあったといわれている。この悲しい伝説がもととなり、今日では、縁結びの池として伝えられている。

昔この池の近くに仲の良い若夫婦が住んでいた。ところが、不幸にも夫が肺病にかかり、妻は出来る限りの力を尽くして食事や医薬の世話をしてやったが、夫の病は重くなるばかりであった。妻はもう神仏に助けを求める以外にないと考え、この池の水を浴びて身をきよめ、一心不乱に祈願した。するとちょうど37日目に「池の菖蒲をとって夫の身に巻けば、夫を苦しめている病魔は必ず退散する」という神のお告げがあった。妻はお告げのとおりにしてやると、重病だった夫の病も日増しに熱が下がり食物も食べられるようになって、おきて出歩くようになり、一ヶ月たたないうちに全快したといわれている。

池の水は濁った水だが、逆さ富士の姿がはっきり映るので、この名がつけられた。またこの池の水はすべてのことの善悪を見分けるといわれ部落内に何かもめ事が起きて、事のおさまりをはかろうとするときは争っている双方が池の水を浴び身を清めて祈願した。

もとは澄んだ水を湛え飲料水となっていたが、ある日乞食のようなみすぼらしい行者がきて池の地主の軒さきに立ち、一杯の水を求めたとき、その家の老婆が無愛想に断ったのでこの池は濁ってしまったといわれている。またこの濁り水を器に汲みとれば澄んだ水に変わるという。