音楽雑感〜日記風
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2002年12月29日(日) アマチュアは強い?

 昨日は、ある会に参加してきて、とても良い気分転換になりました。(^.^)
「アマチュアピアニスト達による忘年の集い」という、一見して、別に凄そうな名前の会ではないのですが、この会が実は凄そうな人たちの集まりだ、というのを私は直感したので、昨日は突然の闖入者として参加させてもらってきました。やはりうわさに聞いたとおり、“もはや社会復帰不可能なほどピアノにのめりこんでいる人たち”(?)との語らいは、とても楽しく、刺激的なものでした。

 元はと言えば、3〜4年前にマルク・アンドレ・アムランが来日した時に、アムランを囲む会が「東大ピアノの会」を中心とするメンバーにより企画されたことで、この東大系のピアノを弾くメンバーと私との接触が始まりました。この時の印象があまりに強烈なものだったため、私は一部のアマチュアピアニストたちに対して開眼させられました。東大に限らず、知らない場所に、こんなにも本気でピアノをやっている人たちが恐ろしいほどいたのですね。(笑) 最近は、アマチュアコンクールなども盛んになり始め、昨日の会でもアマコンの入賞者なども参加されて、演奏を少し披露されていました。それにしても、「ピアノが好き」という点においては、彼らは平均の音大ピアノ科を上回っているかもしれませんね。ピアノに向うエネルギーは凄いものがあると思います。例えば、音大生を“プロ”(の卵)とみなすとすると、アマとプロの違いというのは、一体どこにあるのでしょうかね。だんだん分からなくなってきました。ほとんど変わらないような気もします。アマチュアの場合、ピアノにのめりこみすぎると社会復帰不可能になるが(笑)、プロの場合は、のめりこんでも単に仕事がはかどるだけ、という違いでしょうか。私などは、逆にピアノだけにのめりこみ過ぎないように、ブレーキをかけているような部分がある気がします。小さい頃からずっとピアノ一筋で来たような人は、ピアノ以外には何も知らないし、ほかの勉強もあまりしてこなかったりして、一般に教養が足りないなどと言われてしまうことがあります。そこで、私なども、努めて他の事をやってバランスのとれた人間になるように努力したりしているわけです。(笑)

 とにかく、アマチュアピアノ愛好者の中には、目が離せない人たちがたくさんいますね。しかも、個性的な人が多く、一人一人の得意分野がそれぞれ違ったりして面白いのです。込み入った情報を持っている人が多いのですね。(笑) これからも、私はそのような人たちから学ぶことは多いだろうなと思います。そんなことを言うと、同業者たちからは笑われてしまうかもしれませんが、それでも構いません。彼らと接していると、アカデミックな世界では経験できない刺激が確かにありますから。時代が変わってきたということも確かにあるのかもしれません。今までは一部の人たちにしか勉強できなかった専門的な事柄が、現代のこのインターネットの世界と相俟って誰でも共有できるようになったのですね。特に楽譜やCDの情報などは、楽器店や楽譜屋さんに足を運んでいるだけではダメです。ネットに通じている人といない人では、これから相当大きな差が出てくるでしょう。それから、音楽大学では、一般大学に比べてネット社会に一足出遅れてしまっているというのも問題ですね。情報を取るという意味においては、もう専門家もアマチュアも境目がなくなってしまい、これがいっそう偉大なアマチュアを育てることに拍車をかけてもいるのでしょう。私も時代に遅れないようについていくだけで精一杯です。(笑)




2002年12月24日(火) クリスマス

 1日10時間練習しているからといって、そんなに気を遣ってくださらなくても大丈夫ですよ。もう電話はかけない、メールもしない、なんて思われてはちょっとさびしいですから・・・(;_;) 本当は私も話し好きなのですから。でもそういう性格だからこそ、外界とのシャットアウトが必要なときもあるのですね。まあ、先日のように1日中ピアノが弾ける日など、実はあまりないのです。その証拠に、今週もまた休みなくレッスンを入れているのです。大学の冬期受験講習会などもありますし。こんな時期にも、皆さん一生懸命がんばっているのですからね。

 長いヨーロッパ生活から帰国してすぐ、日本の生活に、“逆カルチャーショック”みたいなものを受けたことがあります。今なら笑われるでしょうが、大学でのレッスンの合間に取れる昼食休憩が1時間しかないことに唖然としました。(今なら「取り過ぎだろ!」と言われそうですが、ウィーンでは本当に時間に恵まれた生活をしていたのです。)また、クリスマスだろうがなんだろうが、この時期に音大では受験生のための講習会をしていることも最初ショックでした。もっとも、日本ではクリスマスなど国の祭日ではないのだから、会社の仕事も普通にあるでしょうし、当たり前といえば当たり前なのでしょうけれども。ウィーンに住み始めて第一回目のクリスマスの時の笑い話があります。友達と、外でパーっと盛り上がろうということになり、夕方から外へ繰り出したのですが、妙に街はシーンとしているのです。よく見ると人も自分たち以外は一人も歩いていない。一体どうしたのだろう…レストランも他の店もすべて閉まっていて、夕食をとることもできない。その日は、結局盛り上がることなどできず、お腹をすかせて帰ってきてしまいました。無知とは恐ろしい。向こうでは、12月25日(26日も)国民にとっては重要な祭日で、この日は外にも出ずに家族で語らったりして、家でクリスマスを祝っているのですね。その逆に、お正月は日本のように祭日感覚はないのですが、私はこのヨーロッパの生活に慣れて帰ってきたものだから、最初クリスマスの時期に働くのに抵抗がありました。今では、もうカルチャーショックもありませんが…。

 とにかく、ここ数年まともにゆったりとしたクリスマス・イヴを過ごしていないのです。2年前などは、なんとクリスマス・イヴが消えてしまった事件がありました。つまり、私はちょうど忙しい時期でしたが、その時ニューヨークに行っていて、一人で帰りの飛行機を12月24日の朝7時に出発し、12時間ほど乗って成田に着いたら25日の夜になっていた(時差のせいです)、という…なんともあわれな、座席に縛られたままクリスマスを過ごした(;_;)、という結果になっていたのです。“悲しい”という余韻もなく、確か翌日には、昼夜逆転したその重い身体を引きずって、眠いまま大学へと冬期講習会のために出勤していた自分があったような気がします。やっぱりこういう日本人の生活、ちょっと恐ろしいかも…。(日本人の問題ではないのかな?)
 皆さん、良いクリスマスを過ごしてください。(^_^)




2002年12月19日(木) 10時間以上練習できた…

 今日は一日オフだったので、練習がはかどりました。一日で正味11時間は弾いたでしょうか。目標の12時間には届きませんでしたが、それでもかなり腕と目と指(この順番)が疲労しています。レパートリーは、増やせる時に増やしておかなければ、いきなり弾けといわれて弾けるものではありませんからね。普段から気持ちを集中してさらうことが必要なのです。しかし、一日中ピアノに向かえる時間が、何十日ぶりかで取ることができて今日は幸せでした。(^_^) こうずっとピアノに向っているときは、自分はピアノを弾くために生まれてきたのではないかと思うくらい手応えがあるのですが、でも何日も続けてそんな生活をすることは許されていないのですよね。

 たまにとは言え、一日10時間も確保するためには、工夫と決意が必要です。ただ、普通に朝起きてご飯を食べて、「さー弾くか〜」なんて感じで始めても失敗です。朝まず弾きはじめる時から夜の練習が終わる時まで、これが頭の中で一つに繋がっていなければならないのです。とにかく、すべてを排除するつもりでやらなければ成功しません。もちろん、朝はかなり早く起きますが、できるだけ早い時間にピアノに向い練習を始める。そして、いったん取りかかったら、たとえ電話が鳴っても出ませんし、ドアの呼び鈴もすべて無視です。(防音室に入ってしまうと、外の火災報知気が聞こえなくなり、ちょっと不安ではありますが^^;) それで、携帯電話くらいは、緊急のこともあるしピアノの上に置いておこうか、と思いましたが、やはりそれもやめて違う部屋に置いておくことにします。食事の時間に一応休憩となりますが、その時に電話が鳴れば取っても良いような気がするけれども、やはりそれも取らないことにします。ひょっとしたら大事な人からかもしれないけれども、「近くにマンションができたので買いませんか?」とか勧誘の電話だったりすると、断って切るのに一定の神経とエネルギーを使うし、もし気分が悪くでもなったら取り返しがつかない時間の無駄となるからです。とにかく、一日中ずっとピアノと現在勉強している曲に気持ちを向けた、瞑想状態のような心の状態を作っておく必要があるのですね。だから、雑念が多い日には、練習はまったくはかどりません。考え事もいったんきっぱり捨ててしまうことが肝要なのです。忘れてはいけないことは夜になったら思い出すことにして、紙に書きつけておきます。あとの仕事は増えますが。
 でも、今日はたっぷりとした時間を練習に当てられることができて、本当に幸せでした。

 ところで今この日記を書いている最中に、昼間に取らなかった電話が殺到してきています。^^; 24時間解放されるためには、やっぱりピアノ持って旅行にでも出かけなきゃだめでしょうかね。




2002年12月15日(日) テクニックはどこまで必要か (2)

 前の文章を読んでいると、何だか自分がテクニック論者になったような誤解をされそうですが、実は逆なのです。今まで、レッスンでもあまり生徒たちにテクニック面での要求はしてこなかったのです。テクニックは人それぞれであるし、音楽面を深めれば自然とあとから自分なりに身につくものであろうと思っていたのです。ヨーロッパの教授陣のほとんどがそう考えていると思っていたし、だいたい弾けないことをあまり責めるものではない、という気持ちもありました。しかし、今これを書いているのは、実はそう思っていたことへの反省です。

 ただ、テクニックと音楽的表現は一体のものであって、分けられるべきものではないという意見には賛成です。でも、簡単な曲は上手く弾けるけれども、技術的に難しい曲になると、弾くことはおろか音楽的にもさっぱりダメになってしまう、というのではちょっともったいないと思うのです。やはり、難易度の高い曲が弾けるようになりたいでしょう。テクニックがあれば、自分の思うように弾くことができるようになるのです。音楽的要求度が非常に高く、テクニック的にも難易度の高い作曲家には、例えばショパンがいます。バッハもそうですし、ロシア作曲家のメトネルも挙げられるでしょう。さらに、ラヴェル、そしてドビュッシー。このあたりの作曲家は本当に難しいです。それから、運動神経的に少々無理があって弾きにくいのがベートーヴェン、ブラームス、一部のシューベルト作品など。手が小さいとかなり困難を感じるラフマニノフ、スクリャービン、プロコフィエフ。作曲者が技巧の持ち主であったため当然技巧的に難しいリスト、アルカン、ゴドフスキ、ブゾーニの作品などいくらでも難易度の高い曲はあります。もちろん、ほかにもモーツァルトが難しいと言う人もいるでしょうし、現代曲の難解さを挙げる人もいるでしょう。

 話は飛びますが、俗にとても難しいと言われているあのバラキレフの「イスラメイ」に関して、私は一度も技巧的な曲だと思ったことはないのです。どうして、あの曲が超絶技巧の曲であると紹介されることが多いのか、ちょっと分かりません。“バラキレフの一番の名曲”ということで良いと思うのですが、“難しい曲”という注釈がわざわざ付くのです。(決して簡単な曲とは言いませんが^^;。)それは、たぶん聴いた感じの印象と、もう一つは、ラヴェルがあの曲より難しい曲を、ということで「夜のガスパール」を作曲したという逸話があることが原因なのかもしれませんが、でもバラキレフより例えばカプースチンとかの方がよほど難しいです。どちらにしても“難しい”という定義は、曲ごとにかなりあいまいになされているように思います。しかしまあどんな曲であっても、テクニックがあれば音楽的表現の余裕がさらに出てくるはずですから、演奏はきっとさらに良くなると思います。だから逆に、演奏に対して“とても技巧的だ、すごい”などと言われる時は、たぶん“テクニック的に限界ですね?”、と言われているのだと解釈する方が合っているような気もします。それは音楽的余裕がなくて技巧的に聞こえてしまうからです。私の場合、大学時代から比べてそんなことを言われることは少なくなりましたが、自分で自分の演奏を録音などで聴いて、どうもテクニックの方が立っているように聞こえたときは、やはり“余裕のない演奏だなあ”と、ときどき感じてしまうことはあります。



2002年12月13日(金) テクニックはどこまで必要か (1)

 ピアノを弾くためにはテクニックが必要なのは当たり前ですが、それがどこまで必要なのか、音楽的要求が強ければカバーできるものなのか、という問題があると思います。ピアノが上手いとか下手とかいうのは、実はテクニックの問題が大きいのか、これについて考えてみたいと思っていました。

 コンクールで競われるのは一体何かと言うと、結果を見る限り、どう見てもテクニックの見事さのように思えたりします。結果はほとんどそうです。いくら音楽性があっても、技巧がしっかりしていないとダメなのですね。ミスが多かったりするとダメなのです。ところが、「技巧だけを求めてはいけない」と、よくこう言われるわけです。この意見は妙に説得力があって、テクニックではなく音楽が先に来なければならない、という考えから、テクニックを磨くということを忘れてしまうことがあります。私自身も、テクニックだけを鍛えるということには反発心があり、自分の演奏にも中身がしっかりあると信じてしましたから、確か10代の時、ある先生の前で弾いた時に、「川上くん、ただ技巧を見せびらかすためだけに弾いてはいけないよ。」と言われた時は、少なからぬショックを受けたことは事実でした。コンクールでも賞を取るような人たちがそう言われたりするのですが、決して参加者はテクニックを競っているわけではないと思います。たぶん純粋に音楽が好きなだけなのです。でも、聴いている人には、あまりに難しい曲が完璧に弾かれたりすると、そう聞こえたりするわけです。つまり、難しい曲というのは音楽的余裕がなくなりがちで、必要な表現が足りないと感じられるということなのでしょう。まさか誰だって、決してテクニックを見せびらかそうと思って弾いているのではないと思います。(リストやパガニーニでさえ、勝手にそう思ったのは聴いていた人達で、本人は音楽に夢中になっていただけだと私は思っています。)

 ところがところが、やっぱりピアノに必要なのはテクニックなのです。ピアノの先生でも成功しているのは、なんだかんだ言っても、やはりここを押さえている人たちが多いのです。音楽性が合うとか合わないとかの前に、しっかり基礎を教えることができるかどうかがやはりポイントなのでしょう。簡単に言えば、“指を鍛えること”が重要なのです。ロシア人のワディム・ルデンコのように、兵役でピアノを何年も弾かなくともすぐに超絶技巧に戻れるという強靭な腕の持ち主は、普通はいないのです。1、まず指を鍛えることがきちんとできて、2、頭で考えることができて、3、音感がきちんとあって、4、運動神経を鍛えれば、誰でもピアノは弾けるわけなのです。この、“指を鍛える”ための工夫が、誰であっても本格的にやろうと思う人は必ず必要になってくると思います。私自身であれば、ハノン60番全曲を毎日使った時期がありましたし、先日のマカロフ氏の指導法によると、指のスタッカートによる練習なのです。これは、それに代わるものでも良いかと思いますが、徹底してやる時期が誰にも必要だという気がします。



2002年12月8日(日) 喉が痛い…

 あっという間に一週間が経ってしまい、また日曜日が来てしまいました。今週の平日は忙しく、というよりほとんど家にいなかったような気がします。ちょっと喉が痛くなり、風邪気味なのですが、休むわけにもいかず、働きながら治すしかないと割り切って動き回っています。あまり喋らないようにしようと思いつつも、レッスンではほとんどいつも喋りっぱなしで、喉の休まる時がありません。ただ座って黙って聴き、演奏が終わったら、「ふむ」とか言って、言葉少なくレッスンをする方法もありますが、基本的にそういうタイプではないので、ほとんど喋りっぱなしです。これには、師のトイフルマイヤー先生の影響を受けているでしょうか。弾かせている時は、ずっと一緒に歌って(唸って)いたりもします。レッスンが終わって、自分の練習をしますが、その時も相当に喉を使っているようです。自分では意識していませんが、一時間ぐらい本気で弾いた後に声を出してみると、声が涸れてしまい、まったく声が出ないことがあります。弾きながら、無意識に歌っているのでしょうね。そういえば、本番でトークがあるときにも、弾き終わってすぐに喋ると、風邪を引いたときのような声になっていたことがありました。喉はどうしたら鍛えられるのでしょうかね…。

 こんな状態なのに養生もせずに、人の中にいるとやっぱりいつも喋ってしまう自分にあきれてしまうこともあります。場を盛り上げようとする本能なのか、無口ではいけないと思ってしまう本能なのか…。
 一昨日は、帰りが午前1時にもなってしまったのはちょっと不覚でした(いつもは“おりこうさんの生活”をしているので)。こんなことをやっていれば風邪が治るはずもないのに(というよりさらにひどくなってきた気がする)、でもその日は演奏会を聴きに行って、楽しいメンバーで打上げとなり(自分の本番でもないのに打上げをするのか!)、決して後悔はしていないのですけどね。それに、その日の演奏会は、M.カンディンスキーさんのサントリーホールでのピアノリサイタルだったのです。演奏は、タネーエフとメトネルが特に良かったような気がしますし、また、ショパンのエチュードに「ロシアっぽさ」を発見したのも、収穫でした。私は日本でメトネルの作品を披露してくれる演奏家は、文句なしに好きなのです。(しかし、実はちょうどメトネルの演奏中に咳が出るのを我慢しすぎて、気を失ってしまいそうな瞬間がありました(*_*)。)冬の時期になると、必ず一度は風邪を引いてしまうので、早く軽いうちに治してしまわなくてはいけませんね。自分の体を過信だけはしてはいけないと、つくづく思います。



2002年12月1日(日) ヴィクトール・マカロフ教授

 ヴィクトール・マカロフ氏の公開レッスンと個人レッスンに立ち会いました。この方は、浜松国際コンクールで1位を取ったアレクサンダー・ガブリリュク(現在18歳)を育てた先生として有名で、最近ときどき日本に来るようになりました。生まれは、ウクライナ。現在は、オーストラリア(シドニー)の音大に抜擢されて移住、それからもう4年になるそうです。才能ある彼の弟子の一人であったガブリリュクも、その時、一緒にマカロフ先生とオーストラリアへ行ったそうです。良い先生だとの話題でしたので、私も興味を持っていました。そのマカロフ氏が、今夏ピティナの主催で公開レッスンをやり、現在東京音大でレッスンをしてくださっているのです。学生にとってはとてもラッキーなことだと思います。

 氏は、特に小さな子を育てるのが上手いと聞いていましたが、レッスンでは、メトロノームをほとんど常に鳴らしながら、指先を使わなければいけないノンレガートで弾かせ、そのテンポを毎回上げいく。いやでも指が鍛えられていくような指導法で、これはたいへん興味深いものでした。普段から、きちんとした練習ができていないような人は、ついていくだけで精一杯という感じでした。レッスン中に気絶した人がいるという噂も聞きましたが、これは、マカロフ氏の情熱のすごさを表現したもので、そのくらいすごい要求を生徒に対して続けるという、一つの比喩だったのでしょう。そのメトロノーム、私は見ましたが、青い円盤型をした代物で、これはオーストラリアから持ってきた、彼自身のマイ・メトロノームなのでしょう。これ、譜面台に置かれると、このテンポになぜだか絶対に逆らえないような気持ちになってしまうという、不思議な力を持ったメトロノームなのです。(笑)

 公開レッスンでも、興味深い発言がたくさんありました。小さな子供に対しても、大人にしか理解できないと思われるようなことを話すのだそうです。「神の存在」とか「善悪について」、「信仰について」や「神と人間との関係」など、音楽をやっていく上で理解していなければならないことは、子供でもちゃんと分かる、という確信に基づいて、お話をするのだそうです。そして、演奏する前に、曲についてさまざまに考え、物語を語ったり、たとえばキリスト教と深い関係のあるバッハの作品では、平均律のある曲をイエス・キリストの生涯にかけて説明してみたりしていました。とにかく、ある曲を弾くためには、まずどのように曲を捉えているか、何を表現したいのか、それが一番大事なことで、それさえしっかりしていれば子供でも大人と同じように弾ける、ということでした。テクニックは、それを達成するためにあとから自然に身についていくはずであると。実際、彼の指導によれば、ピアノを始めて2年しか経っていない8歳の子供が、大人のようにバッハのコンチェルトを弾いていました。そのほかにも、何人もの子供が、8〜9歳くらいで、音楽が大人のように円熟した演奏をしていました。これまでいろいろな指導法を見てきましたが、このマカロフもとても興味深い人です。




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