音楽雑感〜日記風
毎日のできごと、日頃考えていることなどを書くページ



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2002年8月29日(木) ルイ・レーリンクさん

 オランダのピアニスト、ルイ・レーリンクさんを訪問しました。聞くところによると、もう日本に住んで7年くらいになるらしい。なんと日本語のうまいことか!彼は、きっと日本が大好きなのだろうな、と思いました。最近国内でピアニストとして、また講師として、さまざまなところで活躍しているし、子供たちにも人気があるようです。たくさんの小学校でトークコンサートを催していて、その様子はテレビにも放映されているということです。また、ちょうど月刊「ショパン」9月号(今月号)に彼のインタヴューが載っています。それから彼のHPもあります↓
http://www.mine.ne.jp/musica/

 私とルイ・レーリンクさんが出会ったのは、実は私がまだウィーンに滞在していた頃。もう9年前にもなるから、二人ともすっかり忘れていました。その当時は、それぞれがその後日本へ住む(私の場合は帰国する)ことさえ知らなかったのですから。そしてなんと先日、彼が愛するピアノだという“ベヒシュタイン”のお店「ユーロピアノ」(調布)で偶然に彼を紹介されたのですが、お互いにそのときのことを思い出せなかったのです。その後、縁あってアムステルダムの音楽院のことを調べていたら彼に行き当たり、今回親切にオランダのことをいろいろ教えてくれることになったのです。縁とは不思議なものですね。

 その彼の好むピアノ、ベヒシュタインという楽器は、私も実はよく知っています。ウィーンにいた頃は、ピアノといえばまず弾いたのはベーゼンドルファーですが、ベヒシュタインもよく弾きました。私自身はスタインウェイが好きなのですが、もちろんほかのピアノを弾くことも多いです。しかし、ベヒシュタインは久しぶりに今度の9月30日の日仏会館でのリサイタルで使うことになっていますが、7年前に帰国して以来ずっと弾いていなかったことを思い出しました。ベヒシュタインでメトネルがどのように響くのかは、ちょっと楽しみです。




2002年8月25日(日) 今日放送された「題名のない音楽会21」

 今朝は、TV朝日の放送「題名のない音楽会21」という番組を久しぶりに見ました。辻井伸行くんが出たからです。見てくださった方、どうもありがとうございました。

 私も、収録の日には昭和人見記念講堂へ駆けつけましたが、実際の演奏会はもっとハネケンさんとのトークも長くて面白かったので、テレビでは時間の関係でかなりの部分がカットされていたのがちょっと残念でした。ガーシュインのラプソディーは、当日は短縮ヴァージョンで演奏したのですが、テレビではさらにハサミが入っていて、聴きたいところが大幅にカット。

 ビックリしたのは、ソロの幻想即興曲の方です。聴いていたら、伸行くんが中間部の1回目で2回目に出てくるはずの伴奏形を弾いているので「おかしいな、ちゃんと楽譜どおり教えてあったはずなのに、ひょっとしたらうっかりしていたかな」と、自分の耳を疑ったのですが、再現部分でも飛んだので、そこでやっと編集でカットされたのだということに気がつきました。しかし、見ているとわからないものですね。あとでビデオを見て、どこでハサミが入っていたかをきちんとチェックしておきましたけど、意識をしてその部分を見ると、「ブチッ」ですね。音だけのCDとは違い、テレビは映像付きだから、どうしても荒っぽいハサミの入れ方になるのは仕方のないことなのでしょうけど。それにしても、見ているときには気がつかないのですから不思議なものです。人間とは何とだまされやすいものかと思ってしまいます。

 テレビを見ていて収録の日を思い出しました。ほかの二人の出演者も本当に素晴らしい才能の持ち主で、トークなども盛りだくさんでとても良いコンサートでした。私もあの日は我を忘れて感動に浸っていました。




2002年8月21日(水) フランス語を学ぶ

 ほかのピアニストの皆さんは、練習の合間にはどんな気分転換をしているのでしょうか。ピアノが好きで好きでたまらない人は、ご飯も食べずに弾いているのかもしれませんが、普通の人は飽きずに8時間も練習し続けることはできませんよね。私も普通の人です。好きな時にだけ楽器に触って音楽を楽しむ、というのが本当を言えば理想ですが、職業にしてしまうとそういう訳にはいかないのですね。悪いことは言いません。皆さん、音楽は“趣味”でやるほうが絶対楽しいですよ。(ここまで言われても、いや絶対音楽家になりたい!という人だけがたぶんなるのだろうな。)

 夏休みになって、私は何を思ったか突然フランス語の学校へ通い始めました。気分を変えてみたかった、というのが理由の一つですが、もう一つは、今ちょうどフランスの作曲家の作品に取り組んでいる最中で、フランス語の世界に少しのあいだでも浸ってみたかったのです。フランスの作曲家といってもそれぞれ個性が違いすぎて、共通点なんて皆がフランス語をしゃべっていたということ以外にないのではないか、と思ったりします。音楽語法は作曲家によって全然違うのですから。

 それにしてもフランス語って本当に変わった言葉です。言葉にある種のプライドを感じるのですね。フランス語には、同じ語源の単語でも全然別の意味として使ったり、その反対に別のところから単語を引っ張ってきて当てはめたりと、発想は一筋縄ではいきません。ドビュッシーやラヴェルのあの信じられないような音楽上の革新や、彼らの発言(特にドビュッシーやサティーなど)は、フランス語的発想からするとどうやらそんなに突飛で理解のできないものではないらしいということが、最近やっとわかってきたような気がします。(まあ、サティーの性格的なことはまた別問題ですが。)
 とにかく、フランスものの本は日本語への翻訳不可能な言いまわしや発想が多すぎるということが理由で、訳本は本当にどれも読みにくいのです。(決して翻訳家が悪いわけではないのです。)



2002年8月16日(金) 二人の“ミーシャ”

 最近、立て続けに二人の“ミーシャ”と友達になりました。
 一人目のミーシャは、チェコのピアニストのミハル・レゼック氏。厳密に言うと、彼とは数年前から知り合っていますが、今回の彼の2度目の来日ですっかり仲良くなりました。“ミハル”という名前は、ロシア語の“ミハイル”にあたるそうで、愛称形はロシア語と同じ“ミーシャ”になるそうです。彼はチェコの若手実力派ピアニストで、今後日本でもますます知られていくでありましょう。30代半ばにして、すでに800回以上のコンサートをこなしているとか。ヴァイオリンの二村英仁さんとチェコ出身のチェリストとの共演で9月1日と3日には紀尾井ホール、6日には大阪のザ・シンフォニーホールでピアノトリオのコンサートがあり、再び来日する予定です。

 二人目のミーシャは、モスクワ生まれでグネーシン音楽学校を出たロシアのピアニスト、ミハイル・カンディンスキー氏。有名な抽象画の画家ワシーリー・カンディンスキーは、彼から見て祖父の祖父の弟にあたるということです。その彼が、日本に昨年の12月から在住していて、私はメトネルの演奏会を通じて知り合いました。12月にはサントリーホールで、ピアノリサイタルを行い、ショパン、チャイコフスキー、タネーエフ、メトネルなどのプログラムを演奏するということです。
アイスキーさん(この方は日本人!)のHPに情報があります。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Asagao/1994/kandinsky.html

 ヨーロッパやロシアの人は、親しくなると「私をDu(ドイツ語の場合)で呼んでください」などと言うのですが、最近このお二人から続けて「私をこれからはミーシャと呼んでください」と言われたので、「うーん、ミーシャか、いい名前だな」と思いつつ、自分のことは何と呼んでもらおうか・・・といつもながら困ってしまいました。私の名前MASAHIROは、何語で読んでもけっこう発音しにくいので、なかなか覚えてもらえないのです。どなたか、私の愛称考えてください・・・。



2002年8月12日(月) 辻井くんとラプソディー・イン・ブルー

 3日間のコンサートは昨日無事終了しました。皆さん、ありがとうございました。
辻井くんは、この演奏会でガーシュインのラプソディー・イン・ブルーを新しいレパートリーにしましたが、実はかなりの短期間で譜読みから始めて仕上げたものです。彼はすごい集中力でさらいこみ、最後の日には佐渡裕氏に「素晴らしかったよ」と誉められるところまでいきました。プロでも大変だと思われるあの3日の連続コンサートを成功させた伸行くんは、さらに精神力、実力ともに磨かれたことでしょう。あの佐渡さんについていったのですからおまけに“体力”もついたでしょう。だいたいマエストロ、ちょっと体力ありすぎです!

 ところで、あのラプソディー、本当は長い曲なのですがカットして演奏するヴァージョンがいくつもあります。たぶん10〜20種類以上もカットの仕方があるのではないでしょうか。今回も一部カットしましたが、今回のヴァージョンはバーンスタインがソロで弾いている演奏の通りです。かなり長いヴァージョンですからソロの部分もたっぷりありました。今回の演奏会に先立ち、実はもう少し短いヴァージョンで辻井くんは数週間前に羽田健太郎さんの指揮で弾いています。これはTVに収録されていて、8月25日(日)の「題名のない音楽会」で放映されますので、皆様お見逃しなく。

 しかし、あの「ラプソディー・イン・ブルー」、切ったり貼ったり自由にカットできるあの曲って、一体本当はどういう曲なのだろうと、素朴な疑問がわいてこないでもありません。




2002年8月9日(金)  辻井伸行君のコンサート

 このホームページでも紹介している辻井伸行君(p)が、今日から3日連続でコンサートに出演します。指揮の佐渡裕さんとの共演です。佐渡さんはバーンスタインが提唱した「ヤングピープルズコンサート」を関西で行い、今回はもう第4回目の企画だそうです。今回はなんとメインゲストとして伸行君が登場し、プログラムはモーツァルトのコンチェルトとガーシュインのラプソディー・イン・ブルーのほか、ソロ曲や自作曲、佐渡さんとのトークやさまざまなパフォーマンスを伸行君が一人でこなします。すでに昨日までの京響とのリハーサルはうまくいき、いよいよ今日が京都で第1日目の本番です。子供たちにとっても、ものすごく楽しいコンサートになりますから、来てくださる方は楽しみにしていてください。第2・3日目は大阪、神戸です。

 今回のコンサートでは伸行君にも台本があり、それを覚えたり、難しい曲が次々と続いたり、なんと言ってもガーシュインなどの難曲で、佐渡さんのエネルギーに負けないだけのパワーを持って演奏し続けなければならなかったりで、13歳の少年にはかなり大変なはずです。しかし伸くん、昨日は佐渡さん推薦のたこ焼屋で、佐渡さんと一緒にたこ焼を数えられないほど食べて(ちょっと食べすぎではないか?)エネルギーをつけたはずですから、今日の演奏会はきっとうまくいくでしょう。皆さんの応援、よろしくお願いいたします。




2002年8月5日(月)  コンクール

 ピアノのコンクールというものについて、今日も考えました。というのは、今日は審査員をやったからです。たくさんの子供たちが頑張っている姿を見ることは、嬉しいことです。ただ、コンクールでひとつだけいつも嫌なことがあるのです。それは、たくさんの人が出場するために、時間が足りず、多くの場合、演奏を途中でカットしなければならないということです。自分が学生だった頃、試験とかコンクールで演奏を途中で切られるのはとてもとても嫌でした。曲を最後まで弾かせてもらえないのは、一体どういうわけか、といつも不満に思っていたのです。今になって思えば、時間が限られていて仕方がないのだろうと大人の考え方ができますが、とにかく日本にはピアノを弾く人があまりにも数が多いわけなのですね。ピアノが弾ける人が少ししかいない時代には、弾けるだけで貴重な存在だったのかもしれませんが、現在ではみんなが弾くのですから、ましてやコンクールの場ではみんなが同じ曲を弾いたりして、音楽を楽しんでいたはずが、何が何だかわけがわからなくなってきてしまいます。でも、それがコンクールなのだし、そういう場を提供してくださっている組織も偉いと思います。ただ、この状況、もう少し良い方向へいかないのかと、いつも頭を悩ましている一人ではあります。

 今日は自分が時計を持って演奏を途中でカットする役目だったので、特に今日は心痛い気分なのです。あと15秒で曲が終わる人もいたのに。途中で切られた出場者の皆様、本当にごめんなさい・・・。



2002年8月3日(土) 祝 新ページ開設\(^o^)/

 日記風に何かをこのページに綴ろうと決心しました。
暇なわけでもないし、毎日書く自信はもちろんありませんが、とにかく思ったときに日常のことを書いていこうと思っています。話題は音楽のことが多くなるでしょうが、全然関係ない話題も出てくるかもしれない。どうなるか全然わかりません。でも、せっかく新しいページを開設したのだから、有意義なものにはしていきたいと思います。皆さん、末永いお付き合いをよろしくお願いいたします。(と言ったまま三日坊主になるかも)



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