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〜旧「音楽雑感」のページ、音楽の話題その他を日記風に綴る〜



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2003年10月26日(日) 「回想・モスクワの音楽家たち」

 先日このページでも紹介した書籍、パパーノ著『回想・モスクワの音楽家たち』(高久暁・原明美訳)についてですが、これは、19世紀後半から20世紀のロシア音楽界に少しでも興味を持っている方にはおすすめです。特に、ロシアのピアニストに関心がある方にとっては、貴重な本となるでしょう。

 ところで、ロシアの訳書を読む時に注意しなければならないこととして挙げられるのが、周知のことかと思いますが、ロシア人の名前なのです。それは、一般に知られている名前と、実際に呼びかける場合とでは違うからなのです。慣れていない人のために一応説明すると、ロシア人の名前には、「父称」というのがあり、お父さんの名前に“ヴィッチ”をつけるあれです。尊敬を込めて呼ぶ場合、例えばラフマニノフは“セルゲイ・ワシーリエヴィチ”、メトネルは“ニコライ・カルロヴィッチ”と呼ばれるわけで、予備知識がない場合は何のことか分からなくて本が読めません。上に紹介した本は、著者のパパーノが、自分の師でもあったゴリデンヴェイゼルについて多く書いているのですが、彼のことをアレクサンドル・ボリソヴィチと呼びます。訳書でもそのままそう書いてありますが、途中からは、同じゴリデンヴェイゼルのことを、頭文字で“A・B”などと略されていることもあり、最初から読んだ人には分かりますが、章の途中から読む人には暗号にしか見えないでしょう。でも、これがロシア本を読む時の常なのです。名前の呼び方をどのように訳すかは実際難しいと思います。「ニコライ・カルロヴィチ!」と呼びかけているのを、日本語では「メトネルさん!」と訳してしまうのは、勇気がいると思います。(笑) 結局、日本語だからといって安心せずに、読む側が基本的な知識を持っていなければいけないということでしょう。
 また同様に、ロシア語には名前を愛称形で呼ぶ習慣があり、これも基本的なものは知っておかないと、誰が誰に対して言っているのかが即座に分からなくて理解ができません。“セルゲイ”が“セリョージャ”、“ニコライ”が“コーリャ”というのはなんとなく分かりますが、“ヴラディーミル”が“ヴォロージャ”、“アレクサンドル”が“サーシャ”あたりから、けっこう手強いのではないかと思います。(笑) ひととおり、ロシア語の常識には慣れておくのがベストでしょう。

 ちなみに上記の本、著者の回想なのでゴリデンヴェイゼルを中心に流れてはいますが、メトネルに関する記述もかなり出てきます。メトネリアンは必見の書です。高久さんは訳者ではなく著者ではないかと思うほどですが(笑)、メトネルに限らず、モスクワ音楽院を中心に起こったさまざまな事実が回想されていて、ロシア音楽を勉強している人は必読の書です。著者ドミトリ・パパーノは、1974年以降はアメリカに移住したということですが、アシュケナージが2位になった時の1955年のショパンコンクールで6位になったピアニストでもあります。その時の回想なども詳しく書かれています。とにかく、この本が出たことで、ロシアの音楽界について今まで知られていなかった知識の穴埋めができることでしょう…。

 (一つ余談ですが、先日、ウラディーミル・トロップ氏とともに、彼の息子であるウラディーミル・トロップ・ジュニアも来日したのですが(“ジュニア”としなければいけないのは、同じ名前だから)、私は、「なぜ、息子さんに同じ名前をつけたのですか?」と質問しました。すると意外な答え(かつ可愛らしい答え)で、「私の敬愛するピアニスト、ソフロニツキーも“ウラディーミル・ウラディーミロヴィチ”、彼と同じ名前にしたかったのだよ(^_^)」ということでした。)



2003年10月22日(水) ロシアン・ピアニズム

 最近、ロシア人ピアニストの演奏を多く目撃して気がついたのですが、やはりロシア式タッチ(ロシア人の多くに共通するタッチ)というのはありますよね。「鍵盤の底まで強く弾ききって響かせる」ということに何のためらいもない、というか、「豪快な響き」(決して“フォルテ”の箇所だけではなく!)を良しとしているようなところがあります。骨太で芯のある響きとでもいいましょうか。良いか悪いかは別にして、とにかく、ウィーン式とは相容れないものがあります。(笑) ウィーンで教えている教授陣にも、やはりその中で共通するような独特の奏法があり、特にピアニッシモの奏法に顕著です。アプローチが、ロシアとはまったく異なります。これだけ正反対に違う奏法が許されるのか!と思うほど。ヨーロッパからこれまでに受け継がれてきたさまざまなピアニズムが、現在どれだけのカテゴリーに分けることが可能なのかは定かではありませんが、とにかくお互いに正反対に見えるような奏法までもが存在するのにはビックリしてしまいます。レッスンを受けている若いピアニストたちには、当惑してしまう人もいるでしょう。

 例えば、先日トロップ氏の弾きかたを見ていて、左手に伴奏、右手にレガートのメロディーがある場合、ペダルをたっぷり使って右手のメロディーを一音一音下まで弾いては上に手を取り、耳とペダルだけで(強引に)レガートにしてしまうのです。それは、ショパンのノクターンとかでもそうなのです。思い出してみると、彼の弟子であるイリーナ・メジューエワさんにもまったく同じような奏法が見られたかと思いますが、彼らだけではなく、それは他のロシア人にも発見される奏法です。日本人で、あの奏法をみずから教える先生はたぶん皆無かと思います。それほど独特なものではあります。しかし、ロシアには脱力に関しては完璧にできているピアニストが多いのも事実で、多くの日本人にとって、ペダルを多めに使う感性や、そのペダルにまかせてタッチの直後にすぐ力を抜いて手を上に振り上げる、という動きは、腕の脱力というものを体得するためには有効である可能性もあるとは思いました。ただ、実際の演奏でこれをやりすぎると、音楽を聴いている立場から見ると、少々大げさな動きにも見えることはあると思います。

 ところで、話は変わって、昨日演奏を聴いたミハイル・ヴォスクレセンスキーの演奏と講座の感想ですが、もうたびたび伺って知っていましたが、彼の講座は、いつもの通り興味深いエピソードを交えた真面目なお話(学者風)で、昨日のテーマであったプロコフィエフの勉強には、概論的アプローチとしてはなかなか良かったのではないかと思います。通訳の朴 久玲さんには、いつも感心してしまいます。終了後、メトネルの楽譜を携えて(^_^)、お二人に楽屋に会いに行ってきました。



2003年10月18日(土) ウラジーミル・トロップ

 私が、ウラジーミル・トロップ氏と初めて出会ったのはいつであるかと言うと……何を隠そう、たった数日前なのです。メトネルの作品を含むCDなど、いくつも良い録音を世に出しているので、以前から意識はしておりました。しかし、直接お会いしたのは今回が初めてです。ジャケット等で顔を拝見する限り、ちょっと気難しそうな人に見えなくもなかったのですが(笑顔のものが少ないように思える)、待ち合わせしたホテルのロビーでお互いを確認した時、向こうからニコニコして握手を求めて来られたときはちょっと面食らいました。話してみると、人間的にはとても穏やかな人でした。けっこう始終にこやかな笑顔を見せていました。(のちに、生徒に対してのレッスンの時には人格がちょっと変わるということはありましたが。) 初めて会ったはずなのに、私はまったくそういう気がしませんでした。二人でメトネル談議に花が咲いたことはご想像の通りですが(本当に嬉しそうでした)、それ以外にも、たぶん自分の中の何かと彼の性格とに、どこか似ている部分があるような気がしました。それが何なのかはまだきちんと分析してはいないのですが。とにかく、その年齢からは信じられないほど彼には若者っぽいところがあって、パワーもまだまだ衰えていないと感じました。
 自分が今ロシアに興味を持っている間に、ロシアの音楽事情や歴史、逸話などできるだけ吸収したいと思っています。そういう意味では、けっこう面白い実話やトロップ氏の個人的な経験などもいろいろお話ししてくださって面白かったです。今度は、じっくりと時間をかけて踏みこんだ話もしてみたいとは思っています。

 さて、メトネル研究で有名な高久 暁氏は、2冊目の「名曲集」の校訂を行なっている合間に、なんと他の大きな仕事も手がけていたのですね。ロシア音楽に関してはちょっと重要な文献となり得そうな書物の翻訳がついに仕上がったようです。(これも数年来の企画だったようです。) 著書は、ドミトリ・パパーノ著『回想・モスクワの音楽家たち』(音楽之友社出版)という本で、ゴリデンヴェイゼルに関する記述が多いとか。近々出版の運びとなるそうで、あと一週間くらいたつと店頭に並び始めるそうです。私もたいへん楽しみにしています。それにしても、最近はロシア関係の著書が増えてきましたね。(^^)



2003年10月6日(月) 良いコンサートを

 ちょっと寒い国へ出かけていたのですが、昨日帰ってきました。(^^)
不思議なもので、距離を移動してくると多くのことをやってきたような錯覚を感じるものです。同じ場所に長い時間居るよりも、いろいろな場所へ行って環境を変えた方が、精神も充実するのかもしれませんね。旅行というものは、思ったよりも大きな効用がありそうです。また、もっと小さな規模で考えれば、“散歩をする”ということも、少なくとも家の中に居るよりは、より充実した時間を送れるような気がします。本番が近くなってくると、私は散歩をする習性があります。本番以外の理由で忙しい時には、なぜかそうしたくなる時間的余裕がないのですが。

 さて、地方で演奏会をやると、どうしてもプログラムが偏ってきます。それは、“聴いたことのある曲”を直接、又は間接的に聴衆が求めるからです。「ぜひ、知っている曲をやってください」というリクエストは多いです。その逆はほとんどありえません。音楽に興味を持ったり好きになるきっかけとしては、確かに聴いたことのある曲が取っ掛かりになることはあるでしょう。でも、例えばその人はどこでその曲を聴いて知っているのでしょうか? たぶん、一番可能性が高いのは(少なくとも演奏会で聴いたはずはないので)、テレビのCMかなんかで耳にしたのでしょう。そういう曲は、しかしかなり限られてくると思います。でも大衆にクラシックを広めようとするならば、そういう意見は大切に思わなければいけないのかもしれませんね。それから、ポピュラーになっている曲というのは、タイトルがついている曲が多いですね。昔から、作曲家ではなく楽譜出版社が勝手にタイトルを付けて売ったという話はよく聞きます。現在でも、クラシックになじみのない人は、“ピアノソナタ・・・番”なんて見ても、確かに何の興味も示さないはずです。曲にタイトルが付いているために、本当にポピュラーになった曲もあるでしょう。でも、以前から言っているように、本当に良い曲には名前なんか必要ないのですけどね…。演奏家にしっかりとしたポリシーがあれば、あくまでも聴衆の意見を参考にはするけれども、プログラムは一見専門的だと思われるようなものでも何の問題も生じないと思うのです。

 バーンスタインは、「ヤング・ピープルズ・コンサート」をやりましたよね。若い人達のためのコンサートで、いかにも名曲コンサートのように思われますが、内容は実は甚だしく専門的で、コンサートで取り上げる曲の選曲も甚だしくマニアックです。ところが、聴衆はそのステージに毎回完全に惹きつけられたわけです。まだほとんどポピュラーとはいえない曲も含め(当時の現代曲も含む)、見事にテーマに添った目的で抜粋して演奏して見せることによって、どんなにマイナーな曲にも意味を与え、多くの人に音楽に興味を持たせることに成功しているのですね。こういうことができるのが本当の音楽家だと言えるのでしょう。しかし、実際にはあれだけの能力を持った人は稀なのであって、今後の音楽会は一体どうあるべきかについては、私も勉強し続けながらこれからも模索していかなければならないと思い始めています。




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