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〜旧「音楽雑感」のページ、音楽の話題その他を日記風に綴る〜



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2003年12月30日(火) 年の終わりに

 そろそろ一年が終わろうとしています。今年は、地球的に見ても本当にいろいろな事があったと思いますが、はたして自分はこの地球にどれだけ役に立っているのだろうか、と考えると、いささか心許ないものがあります。しかし、とにかく日々前進していくしかないのでしょう。もし、世界を、ジェネレーションの違う人間から見たとしたら、きっと違った世界が見えているのだろうな、と思うことがあります。きっと、子供たちの方が、自分なんか(の世代)よりも、世界は明るく光り輝いて見えているのではないかと推測します。子供の頃は、何でも新しいものに触れるたびに、目を輝かせて喜んでしまうものでしょう。素晴らしい音楽に出会って「こんな音楽があるなんて!」と感動したあの感覚です。春が来ると、ポカポカとしてきて、新学期が始まるあの嬉しい感覚。ものすごく平和で、心が満たされてきて、だんだん嬉しくなってくるあの気持ち。新しい年に変わろうとする、まさにこの大晦日からお正月にかけての数日間に、私はそれと似たようなすがすがしい感じを持つことがあります。(少なくとも、今年はそう感じています。)

 あらゆる分野で変化の激しい昨今において、やはりいつも気になっているのは、音楽の行方です。他の学問でも、例えば定説とされてきたことが数百年ぶりにくつがえされたり、これ以上の新しい発明・発見はないだろうと思われている分野でも、次々と新しいものが創られたり、新しい考え方が出てきます。一つの学問を一生涯かけて研究するような時代はもう終わったと言えるのかもしれません。現代の著作物等の豊富さと入手のしやすさ、人間の移動が簡単になったことやインターネットなどの発達で、スピーディーに物事を勉強したり研究したり、展開したりすることが誰でもできるようになり、一人の人間に求められる量と質が高くなってきたように思います。常に新しく未知のものが加わり、すべてのものが変化していきます。音楽の世界も同じような気がします。日本人が国際コンクールに出場して入賞することは、すでに普通で珍しいことではなくなってきましたし、しかもコンクールは今も世界で増え続けています。ということは、結局それだけクオリティーの高い演奏家・音楽家が世界に増えてきているということです。それらの音楽家たちが、今後どちらの方向へ行くのか、時代の流れととともによく見ていかなければならないと思います。そして、今この瞬間にもこの世に生まれてくる子供たちがいます。彼らに、もし音楽の才能があったとして、今後どちらの方向へ導いてあげたら良いか、これを考えなければいけないと思っています。自分でもときどきシミュレーションするのですが、もしも自分が今日生まれたとしたら、どんな人生進路を辿っていくだろうか?と考えたりします。きっと今の自分と同じようなものを求めて生きるとは思いますが、すでに時代がかなり違いますから、まったく同じ道へは進まないでしょう。今の時代に合った新しい道を開拓していくと思われるのです。このような視点をいつも持って、時代に乗り遅れないように毎日を過ごしていきたいと思っています。たまには、年末の紅白歌合戦でも見て、この時代の日本における音楽とエンターテインメントの総合的な感覚を養ってみるのも良いかもしれませんね…。



2003年12月24日(水) クリスマス会

 昨日は、年長から中学生までの子供たちと大人の生徒さんたちを中心としたメンバーで、私たち門下生の「演奏会&クリスマスパーティー」をやりました。発表会という名目ではなかったのですが、聴衆には熱心な人も多かったので、演奏した人にとってはそれなりに緊張の場だったと思います。皆、よく弾きました。自分の演奏に納得できなかった人もいるかもしれませんが、あとの楽しいパーティーでそんな気持ちはきっと吹き飛んだのでは? だいたい、人前で満足できる演奏なんて、誰だってなかなかできるものではないのです。プロの人だって皆きっとそうだと思いますよ。聴いた人が「すごい、完璧な演奏!」と思っても、弾いた本人は冷静で、全然それほどでもないということをよく知っているものです。要は、自分自身がその本番ではっきり進歩を認めることができたかどうかだけが問題だと思います。しかし、自分から見てもどこにも進歩がないように思われるときはすごく辛いのですけどね…。(笑) でも、長い目で見ると、必ず成長しているはずです。

 さて、パーティーでクリスマスケーキを食べた後は、たくさんの景品が出る恒例の「音楽クイズ」。いつも私と妻の二人で事前に考案し、用意します。この日の解答者は、年長さんから大人まで。この広い年齢を対象にした問題を作るのは難しいものです。子供にもあてずっぽうで当たるかもしれない問題で、しかも教養ある大人でも大いに外れる可能性もある問題。今回は、人数が多かったので、チームを組んでもらってチーム対抗にしましたが、激戦でした。私が、ピアノを使ってパフォーマンスをしながら問題を出すのですが、一例を挙げると…「次の曲は誰の作曲でしょうか?」と言って、ショパンの「パガニーニの思い出」という曲を冒頭1ページ弾き、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ショパン、フィールドの4択問題。皆、見事に引っ掛かり、「フィールド」と答えたりすると、私は大喜びするのです。また、「ショパンが、毎朝決まって飲んでいたものは何?」という問題(解答は、“ホットチョコレート”)。「ユンディ・リは、5歳の時、“子供○○○コンクール”で優勝しました。○○○に入る楽器は?」(解答は、“アコーディオン”)。このような問題を出したあとに、最後は壮烈な「早押しクイズ」。今回は、面白い問題を考えてきました。「次の曲に関係の深い“動物”を当ててください」という問題で、10曲ほど私が次々にピアノで弾くのですが、引っ掛け問題や教養を試されるものもあります。例えば、「カエルの歌」をサン・サーンス風アレンジで弾いたり、童謡をジャズ風のハーモニーで、訳のわからないイントロをつけて弾いて撹乱してみるのですが、思ったより皆の解答速度が速く、こちらがビックリしてしまいました。小さな子供たちには、ひょっとしたら難しいことは分からなかったかもしれませんが、少なくとも勝負は大いに盛り上がり、結局はみんなが両手いっぱいのプレゼントを持って帰ってくれました。しかし、ちょっと今回は景品をたくさん振舞いすぎてしまったのでは? ゆかり先生のトランク、帰りは空っぽでした。(何?、まだプレゼントほしいって??誰ですか、くじ引きの列にまだ並んでいるのは。)

 ところで、そのゆかり先生の話。子供の頃、ショパンの伝記を読んでいたら、ジョルジュ・サンドが「ショパンは毎朝ホットチョコレートをいただくのです」と召し使い(?)に言っているくだりを読んで、自分もショパンの真似をしてみたくなりました。でも、“ホットチョコレート”なるものが何だかわかりませんでした。(;_;) 仕方なく、チョコレートを買ってきて毎日ボリボリ食べてみたんだけど、どうしてもショパンの気持ちはなれなかったとか…。(だって、ホットチョコレートって“ココア”のことでしょ??)(え、そうなの??(・・;))


2003年12月21日(日) 寒さがこたえる年頃?

 このページ、あれこれ言いながらもお陰様で続いております。最近はいろんな方から「読んでいます」と言われ、とても嬉しいのですが、逆に恐ろしくなり筆が止まったりしています。話をしていて、「な、なんでそれを知っているんですかぁ??!」と私が顔を赤らめて訊くと、「だってHP読んでますから(自分で書いてるでしょが!という意味)」というパターンが多いです。自分では、どういうわけか秘密で書いているつもりなのです。(笑) しかも、けっこうそれなりの方というか、私が尊敬申し上げているような(面識もない方も含めて)、そういう恐ろしい方々にも読んでいただいているケースもあり、あまりバカなことはもう書けなくなっていきます。

 さて、気がつくともう一年が終わろうとしています。今年は冬が早く来てしまったような錯覚を感じます。これからまだ寒い時期があと3ヶ月以上も続くのかと思うと気が滅入りますね。北海道生まれという特権は、もうすっかり消滅してしまいました。特に嫌なのは、冬場は空気が乾燥することです。家では、まだ暖房を使わずに頑張っていますが(うちは暖かいのです)、それなのになぜか空気は激しく乾燥するのです。加湿器を使ってもダメ。湿っぽくなるだけで、鼻と喉と目の乾きにはあまり関係がないような気がします。犬のように自分の鼻をなめて濡らすことができると便利なんですけどね。

 北海道人だった頃は、自分の体はもっと強かったような気がするのです。冬は、マイナス20度以下の厳寒の中、新聞配達などをしていたこともあったのですから。(小〜中学生の頃) 外から帰ってくると、冷たくなった手をストーブで温めて、指が普通に動くようになるまで1時間〜2時間。指先が毎日痛かったですよ。また、外でなくとも寒い部屋はあるわけで、外と同じ気温の部屋に暖房が効いてくるまでの数時間、かじかんだ手でピアノを練習したりすることはしょっちゅうでした。今ほど暖房の設備が良くなかったのか、それとも単に家が貧乏だったのか…。とにかく寒い部屋で練習した記憶が強いのです。結局、手というものは冷たくて動かない状態で練習しても無意味なのですけどね。子供の頃は、あまりにいつも手が冷たいので、どうしたら暖かくなるのかいろいろ考えました。例えば、ハノンを狂ったように弾きまくってみたり…。いろいろやってみて分かりましたが、手を暖かくするための方法は結局ただ一つのようです。つまり、室内の気温を最低18度以上に上げて(できることなら20度以上に)、身体を暖かくすること。それしかないということです。そうすれば自然に指を動かしているうちに暖まるのです。そんな簡単なことを悟るのに、10年ぐらいかかってしまいました。(寒いところでも、精神が燃えてさえいれば手も暖まると信じていたのです。(笑))

 でも、ピアニストという人種は、タフな人が多いです。私はそれほどでもないですが、どんな逆境であろうと、ピアノさえあれば練習に取りかかってしまう人種です。少々寒いところであろうと、逆に、(外国ではよくあるが)真夏日に冷房設備のない40度近い気温の部屋だろうと、ピアノが古くてガタガタであろうと、調律が狂っていようと、高さの調整のきかない椅子しかなかろうと…。とにかくそこにピアノがあって、練習できれば幸せなのです。というより、ピアノを見ると触らずにはいられないのです。まあ、病気のような職業です。私の場合は、そこまでタフにはなれませんでしたが、まあそのような教育を受けてきたのは事実です。(笑) 実際、タフでなければピアノなんてやっていけないことも確かです。ピアノを続けていると、精神力と体力が向上し続けることだけは間違いありません。



2003年12月7日(日) クラシックとジャズの関係はどうなっているのか(4)

 もう少しだけ、話を続けてみたいと思います。「即興演奏」に関してですが、だいたいピアノを普通に習っているだけでは、楽譜を正しく読むことはよく勉強できても、即興演奏の経験などは得られないのが普通だと思います。私はこの一件以来、彼らのように即興演奏ができないことが一つのトラウマになってしまいました。だから、数年前に辻井伸行君(当時12歳)が、台湾で行なったリサイタルで、アンコールに即興で2曲披露した時は、舞台袖で私は一人、心臓が止まりそうになりながら見守っていました。

《ちなみに、辻井君の場合は即興演奏だろうが楽しくやってしまうのです。台湾でも、その後のサントリー・ホールでのリサイタルでも、お客さんの大拍手を受けていました。この技にさらに磨きをかけるためには、彼も一度はジャズの世界に思いっきり浸らなければならない時期が必要ではないかと思っていますが、現時点では、あくまでも一つの可能性としてですが、即興ソロ・ピアニストの道も十分に開けているように思えます。
…ちなみに、辻井君、とても元気でやっております。(^_^)》

 ジャズから、「即興演奏」の話になりました。小さい頃から真面目にピアノを習っていて、例えば音大のピアノ科まで行っている人が、簡単な即興演奏もできない。それどころか、知っているメロディーにちょっと洒落た伴奏付けさえできない、というのは、客観的に見ると不思議に思われると思うのです。でも、本当にそういう訓練をされる機会がないのですね。実際に私の場合は、大学の授業で、“テンションノート”について教えてくれる授業はありませんでしたし、即興演奏の授業もありません。(実は、誰かが教えてくれると思って、ずっと黙って口を開けて待っていた自分が悪かったのですが。) 現在、日本の音大でジャズ・コースがあるのは、洗足学園です。講師陣のプロフィールを見ると、なかなか面白そうです。ほかにも、ポピュラーやジャズを系統的に学べる場所が、少なくとも以前よりははるかに多くあると思います。しかし、音大では基本的にそういう勉強は少ないのが現状でしょうか。

 だから、受験をする人は、自分が本当に何を学びたいのかを明確にして学ぶ必要があるのでしょう。目的意識がないと、かなり限られた勉強しかできないと思います。4年間はあっという間です。もちろん、クラシック音楽を勉強していれば、いろんな音楽の基礎が学べることは確かでしょう。それを基礎力として、いろんな方向へ行くことはできます。現に、活躍しているジャズメンや新しい音楽を創造しているアーティストたちの中には、芸大など音大を出ている人も多いのです。まあしかし、音大では基本的にクラシック音楽という専門を学ぶには良いのです。これが中心ですから、もし何の意識も持たずに惰性でやっていると、狭い専門知識と技能しか身につけることができないのは確かだと思います。



2003年12月4日(木) クラシックとジャズの関係はどうなっているのか(3)

 今となっては懐かしい失敗談ですが、ジャズの学校に間違って出入りしてしまった時の記憶を綴ってみました。大学生時代のことです。このことは、今でも妙に鮮明に覚えているのです。きっと、あのとき恥をかいた心の傷が今も残っているのかもしれません…。

 さて、それで前回からの続きですが、「ジャズの理論だって、基礎さえちょっと教えてもらえば答案の採点ぐらいできるんだけどなあ…」と思いつつも、『枯葉』の実演という課題を出された私はすっかり当惑してしまいました。今こそ逃げ帰ろうかと思いましたが、「まあ弾くだけ弾いてみるか」という気にもなっていたのも事実です。『枯葉』のメロディーは知ってはいたし、恥はかいてこそ自分の実力となるのだ、などと少し強気になってしまいました。その頃、これもアルバイトでしたが、おもに管楽器の友人とホテルのラウンジで演奏したりする機会があり、ポピュラーソングや映画音楽、シャンソンの名曲などを、ジャズっぽい編曲で書かれている楽譜を頼りに演奏したりしたこともあったのです。
 「では、一人ずつどうぞ」という合図があり、私の前に2〜3人ほどが弾きました。すごく興味を持って聴いてしまいましたが、皆さん、伴奏形も和声もいたってクラシック風。彼らがクラシック出だということがわかり、少し安心しました。「そういう人もいたのだな。」 そして自分の番がきたので、ピアノの前に座りました。当然ながら、楽譜には本当にメロディーとコードだけしか書いてありません。初見が得意であったとしても、この際は何も関係がない。結局、あまりに陳腐な伴奏しかつけられず(これもどこから聞いてもクラシック風)、しかもつっかえそうになりながら、すごく恥ずかしい思いをしました。終わった後の、自己嫌悪のすごさ。くたびれて一番後ろの席についたその時です。次に、ちょっと変わった学生っぽくない年齢不祥の男が現われ、すごいパッセージを弾き始めたのです。テンポの速いビートで、左手はテンションを駆使した和音をシンコペーションで不規則に打っていく。そして、右手はアドリブ(のように聞えたが、実は誰か他のジャズピアニストのヴァージョンだったのかも)を弾きまくる。私は、最初何が起こったか分からずに、その場に立ちすくんでいました。だって、『枯葉』のメロディーなどかけらも聞えなかったのですから。でも、よーく聴くと、確かに枯葉のコード進行をたどっていたように聞えました。「すごい!」と思うと同時に、「やばい…」と思った私は、今度こそ足が無意識に後ずさりしていました。もう、審査結果など聞く必要はない。スクールの後ろ玄関からそっと抜け出し、そのまま逃げ帰ってきました。それほど、自分にとっては強烈な体験でした。そして、以前からあこがれを持っていたモダン・ジャズの世界というものに、あらためて強烈に惹き付けられました。何よりも、「彼らは、自分の知らない技術を知っている」という事がショックでした。



2003年12月2日(火) クラシックとジャズの関係はどうなっているのか(2)

 ジャズのハーモニーには“テンション・ノート”が欠かせないと言いましたが、具体的にはどんな音のことを指すのか。例を挙げてみると、例えばD7のコードだと、根音のDを抜いて、下から順に♯ファ、ド、ファ(ナチュラル)などと押さえる。このファ(ナチュラル)が(♯9)というテンションです。テンションには、普通に(7)とか(9)という、クラシック音楽でも比較的馴染みのあるものもありますが、(♯11)とか(♭13)などが使われると、ジャズ特有の音になってきます。もちろん、ラヴェルやスクリャービンにもそういうハーモニーはあるではないか、と言う人もいるかもしれませんが、それはその使われ方と発想が根本的に違うのです。ジャズの場合は、あくまでコード進行の上に出てくるのです。ドビュッシーにも、単独ではジャズっぽいハーモニーがたくさん出てきますし、ラヴェルも意図的にそういう音を使っている曲がたくさんあります。スクリャービンの後期の作品で使われた音の多くは、ジャズのような音の重ね方に確かに似ていますが、和声進行と言えるようなものがはたしてあるのか。スクリャービンが考え出した「神秘和音」は、あえてジャズのハーモニーに翻訳すると、ドミナント上でテンション(9)と(♯11)と(13)を使った和音とも言えますが、コード進行のような和声法で捕らえるのにはもちろん無理があるわけです。

 実は、私は、この「テンション・ノート」という言葉を聞くと、一つの苦い経験を思い出すのです。それは、大学生時代に遡るのですが、学生時代はお金がなかったので、いつもアルバイトを探していました。(今だから言いますけれども。) 何気なくアルバイト情報の雑誌をめくっていたら、“簡単な音楽理論の指導やテストの採点等”という、ある音楽スクールの募集があったので、「音楽関係のアルバイトだからまあ良いだろう」と思い、行ってみる気になりました。ただ、“音楽理論”のところに“コード進行など”と注意書きがあって、ちょっとそれが気になるところでしたが、まあ一応大学では和声法やキーボード・ハーモニーの授業も出ているし、コード進行に関しての知識をもし問われても、高校時代にギターをマスターした時にひと通りは学んでいるし、と安心していました。が、これが甘かったのです。

 決められた日時に、新宿のそのスクールへ面接があるというので行きました。私が着くと、すでに2〜30人も集まっていました。皆が集まったところで、いきなり、「はい、ここはジャズを教えるスクールですから、間違いのないように。ときどきクラシック音楽関係の方が来られることが多いのですが、そういう方は違いますのでお帰りください」なんてことを言われました。せっかく来たのにそんな…と思いましたが、でも、まあ大丈夫だろうと思っていたので、その場をすぐには立ち去りませんでした。「はい、では残った方に今からプリントを渡します。このプリントに書いてある質問が理解できない人は、今からでも遅くないので帰ってください。分かる人は、一時間後にピアノの演奏のテストをします。では、いったん解散。」などと言われ、プリントを見ると、「トライアドとは何か?」「ブルー・ノートとは?」「テンション・ノートとは何か?」など、10ぐらいの質問が書いてありました。その時の自分には、どれも馴染みのない言葉でしたが、こうなったら挑戦してやろうと思いました。特に、「テンション・ノート」という言葉の概念がさっぱり分からず、ショックを受けました。しかし、一時間後のピアノ演奏の実技テスト(?)までの限られた時間に、少し自由な時間を与えられたので、近くの新宿の本屋をうろついてジャズの教本を立ち読みしました。「ほー、トライアドとは三和音のことか、でもなぜ三和音と言わないのだろう…」などと思いながら、土壇場で知識を詰め込みました。そして、一時間経って、そのスクールに戻ると、実技の試験を受ける人の数は、なぜかかなり減っていました。「自分も帰った方が良いのかな…」と思っているうちに、係の人が、「はい、では順番に一人ずつ即興演奏のテストをします」と言いました。私は、実はコードネームぐらいは読めますが、それまでに即興演奏など習ったこともないし、その真似事さえした経験がありませんでした。「では『枯葉』を弾いてもらいます。ここにメロディーとコードだけ書いてある楽譜がありますので、これを元に各自好きなように皆の前で即興演奏をしてください。」と言われた時には、「やばい…できないかも…」と思いました。この時ほど、心臓が飛び出してしまいそうになったこともありませんでしたが、ここまで来たらもう逃げ出せません。額に伝う脂汗を拭きながら、「なんで大学の授業をサボってまで、自分はこんなところへ来てしまったのだろう?」と、自分に腹を立てていました。(つづく)




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