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〜旧「音楽雑感」のページ、音楽の話題その他を日記風に綴る〜



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2003年8月28日(木) 暗譜のこと(2)

 暗譜のアンケートは、激しく続いております。まだまだ一日に数通も届いてくる勢いです。しかも、皆さん真面目に考え、高度な内容のものばかりです。これは、一度よくまとめて読みなおさなければいけなくなってきました。(^_^;)

 結局、暗譜をして弾くということは、ビジュアル的に捉えられている感がありますね。暗譜をするとカッコいいとか、見た目にやはり説得力があるとか。しかしこの場合も、だから暗譜は絶対するべきだという意見と、見た目の問題だけなのだから内容(演奏)が良ければ楽譜を見て弾くかどうかは関係ないという意見と、これも二つに分かれています。

 私の考えは、暗譜をするということは、見た目の問題以前に、作曲家の情報を100%自分のものにしようとする行為自体が重要なのだと思います。演奏するためには、ピアノ学習者は時間があるならば必ず暗譜をした方が良いでしょう。暗譜不必要を唱える人は、時間がないか、プロの演奏スタイルというものにそれほどこだわっていないか、寛容な人か…まあどれかだと思います。最近、いろんな人の意見から、ひょっとしたら時代が変わってきたのかな?と思い、フラっと「暗譜は本当に必要なのか?」などと気持ちが動いてアンケートなど置いてしまいましたが、考えてみたら自分自身は今まですべてのリサイタルを暗譜で弾いてきた(新曲=現代曲を除く)わけだし、本気でこの尊い習慣を変えようとは思っていません。ピアニストが暗譜で弾く習慣は、決してリストだけのせいでもなく、偶然に出来あがったものでもないと思います。(これに反論する強い意見もありますが、私自身は現在のところ上記の考え方をとリたいと思います。)



2003年8月26日(火) 暗譜のこと

 暗譜の習慣を私も一度は疑ってみたわけですが、「やっぱり暗譜はするのは当然だろう!」とお叱りを受けるのも当然な気がしてきました。実際、それに近い意見もあります。しかし、アンケートの様子からみますと、これは思ったより見事に見解が割れるのですね。激しいです。寛容な意見も多いことは多いですが、実際に弾く人や、レヴェルの高い聴衆の中には、暗譜がひょっとしたら不必要かもしれないことをほのめかしはしながらも、実際の演奏会では、ピアニストが暗譜で弾くことを高く評価しているわけなのですね。自分も暗譜で弾く、という姿勢です。

 暗譜をするべきかどうかを議論するより、どう上手く暗譜するかを考えた方が、やっぱり有意義なような気がしてきました。結局、暗譜が大変だと思うのは、家ではちゃんと弾けてたのに、本番のステージで弾いたらなぜか調子が狂うというか、覚えているはずなのにわからなくなったり、いろいろ自分の思ったようにいかないので、「これはやっぱり暗譜が完璧ではなかったのかな?」とかいろいろ思ってしまうのだと思います。それから、暗譜が100%できているかどうか、というのは、この確かめ方が難しいのですね。家で、一度通して弾けたとしても(ちゃんと頭も使って)、次の時に弾いたらもう大丈夫か、というと、今度は違う箇所でわかんなくなったりして、じゃあどこまでさらったら完璧になるの?という疑問がわいたりします。とにかく、練習に練習を積めば良いのだ、とか言ってみるのは簡単ですが、練習しすぎても疲れてしまいますしね。それにどんな人だって、思う存分時間に恵まれているわけでもないでしょう。やっぱり、練習には(暗譜にも)工夫が必要なのです。年齢を重ねるほど、頭を使って暗譜をしなければならなくなります。ちょうど、大人になってから新しい外国語を身に付けるようなものです。文法を勉強したりすることで、子供の時のように言葉のシャワーを何百時間も浴びなくとも早くマスターできるのと同じです。結局、新しい曲を覚える時は、毎回白紙の状態なのですからね、まともにやっていたのでは大変です。長い間ピアノをやってきたことで、やはり暗譜の速度は速くなっていくのだと思います。

 実は、今日はピティナの全国大会の表彰式がありましたが、全国大会のステージで弾くような人たちは、中学生ぐらいでもやっぱり自分で工夫して暗譜しているのでしょうか。とにかく、あれだけの長いプログラムを弾くのですから、普通の練習以上の努力をされていると思います。皆さんすごい能力の持ち主が多いので本当に感心します。私もそのぐらい歳のときにもっと目覚めていれば良かったなあ、と。ピアノの教育は、間違いなく年々レヴェルがすごい勢いで上がっているような気がします。未来がだんだん読めなくなってきました。(^_^;)

(今回もたくさんのアンケートお送りいただいています。お送りくださった方、本当にありがとうございました!)



2003年8月14日(木) アンケートNo.2を置きました

 ここ数年来ずっと考えている問題ですが、ピアノを弾く人は、「暗譜をして弾かなければならない」という問題をどう考えるか、という部分で、やはり多くの方のご意見を伺いたく、またもやアンケート用紙を置くことにしました。私自身は、昨年からHPでたびたび書いているように、すべてのリサイタルで毎回完璧な暗譜をするための労力が、いかに困難なことかということを十分に認識しながらも、暗譜の習慣に対しては、まだ完全に反対しているわけではありません。しかし、最近になって、やはりこの問題についてもっとよく考えてみたいと思いました。

こちらから入ってください
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/pianistas/information2.htm
アンケート用紙は、こちら
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/pianistas/enquete2.htm



2003年8月12日(火)

 皆さんは、暑い夏をどのように過ごしていますか? 旅行へ行く人あり、燃える練習の日々を過ごす人あり・・・。私もピアノから離れることのない毎日を過ごしています。これって、やっぱり幸せなんでしょうね。感謝しなくてはいけませんね。ピティナのコンペティッションというものが毎夏にやっているわけですが、このピティナがピアノを弾く若者たちの夏をさらに暑くしているような気もするんですけどね。(笑) しかしピアノ界に大きな貢献をしていると思います。普通、夏というのはただバテるためだけにあるようなもので、普通仕事ははかどらないものなのですから。

 さて、来月9月7日には、オール・メトネルという、また誰もやらないようなプログラムのリサイタルをするわけですが、現在のところ苦しい毎日ではなく、幸せな気持ちで毎日を過ごしています。普通大きなリサイタルの準備というのは苦しいものですが、メトネルに限って言えば、練習するのは大変ではあるけどやっぱり作品が素晴らしいですからね。久しぶりに“苦しみ”のようなものからは完全に解放されています。ごくごく最近になって、文献や本などの著作において、ラフマニノフ、スクリャービンに続いて“メトネル”の名が並んで挙げられることが多くなってきましたね。以前には見られなかったことです。なぜか無視されているかのように、言及されることが少なかったのですね。文献が少なかったせいもあります。でも、やっと本来あるべき作曲家の位置に認められて、本当に嬉しいです。もう、これで私の仕事はひとまず一段落かもしれない。ようやく、このたび楽譜「忘れられた調べ」第1集 op38が、大先生による詳しい日本語の解説とともに全音から発刊されます。お祝いですよ、これは。\(^o^)/ ああ、「祝祭の舞曲」が聴きたい。(毎日弾いてるだろが。)
 さて、オール・メトネルのリサイタルも今回まだ2回目となりますが、もう十分に仕事をしたという感じがする(自分としては?)ので、ひとまずはこれをでひと区切りにしても良いかと思っています。メトネルは、他のピアニストにもぜひ組んでもらいたい作曲家ですしね。まだまだ演奏されていない素晴らしい作品が残っています。これから、どんどん演奏されるようになると嬉しいです。ただ、この先メトネル作品が当たり前のレパートリーとして、そして学習者の教材としてきっちり定着するまでは、楽譜を普及させたりする仕事はこの先も残るでしょう。




2003年8月4日(月)

 山中湖合宿は楽しかったです。二日目には、疲れてしまって夜一人寝てしまいましたが。(笑) 都会で生活をしていると、虫とは縁が遠い生活をしていますが、森の中で過ごすと、突然、「人間以外に生物はこんなにもたくさんいたのだ!」ということを思い出してしまいます。私は、元来、虫とかに弱いのです。蜘蛛とか、蟻とか・・・それから飛ぶものも・・・基本的にダメなのです。でも、自然に親しむためにも、たまには山の中、森の中に行かなくてはいけませんね。知らないうちに、都会の生活に慣れすぎてしまった自分を発見しました。

 今日は、あまりにもやらなければいけないことが重なり、机のボードに溢れるポストイット(やることが書かれた付箋の束)を見ていると、身体が仕事をするのを拒否してしまいました。そんなわけで、今、全部投げ出して日記に向っています。(現実逃避です。) そしてビールを飲む。(これも現実逃避。) だって、こんなに暑いときている。もうご存知でしょうが、私は暑いのがダメなのです。(ダメなものがたくさんあって、ちょっとぜいたくな身体なのですが。) もう少し、適応能力が高ければ良いのですけどね。ちなみに、ピアノの練習中は私は当然冷房をつけっぱなしにします。妻は、ちょっと私には信じられませんが、冷房を止めて、“汗だく”でやるのが快感なようです。いつもそうしています。(生徒のレッスン時は、もちろん冷房をつけているようですが。)

 そう言えば、考えてみたら昨日は私、北海道にいたのでした。向こうは涼しかったですよ。旭川空港に降り立った瞬間に、森の匂いがしました。「おー、涼しい(^.^)」、いう感じ。普通は、北海道は湿気は少ないのですが、今回はけっこう湿り気を感じました。でも、東京と比べると快適なことには間違いありません。実家があって甥っ子がいるのですが、「たかいたかい〜(^。^)」とかして遊んであげたら、やはり二日目には自分だけ疲れて寝こんでしまいました。(一体何をしに行ったのだ?)

 さて、今週以降は暑い方向(南)へ移動することが多いですから、さらに身体もバテる方向へと進んでいくのでしょうね。次に北海道の方へ行く時は、もう寒い時期になっているのです。(しかも、私が行かなければならない時期は、いつも飛行機運賃“超割”の時期からもはずれているのです・・・ついてない(;_;))



2003年7月23日(水) 長く不在にしてしまいました

 なぜか、このところ忙しくて日記が滞ってしまいました。書く義務がないと思うと、あっという間に時間は過ぎていくものなのですね。3週間近くも何をやっていたのだろう・・・。マカロフ氏とは、ほぼ2週間ご一緒させて頂いていたから、“刺激”には事欠かなかったです。しかも、かなり仲良くなれたのは収穫。彼のおかげで、その後のレッスンにもなぜか熱が入るようになりました。マカロフ氏に、「次回お会いした時には必ずロシア語の通訳をして差し上げる」と約束してしまったので、もう後へは引けません。結局、私の場合はロシア語の語彙力が問題なのです。これをクリアーしさえすれば・・・。あと数人のロシア人と約束を取ればもっと強い動機付けになると思うのだけど、今のところ意志がどこまで続くか・・・。

 さて、なぜ忙しいかという理由は、今ちょうどコンクールシーズンだからでもあります。よくわからないけれど、なぜか忙しくなってしまう。しかし、今夏は皆の成績の方はけっこう順調で、ちょっとだけご機嫌です。本当に大変なのは、でもこれからなのですが。山中湖畔のピアノのあるペンションを借り切って、子どもたちのための強化合宿(?)もします。準備もすでに整ってきたところで、だんだん楽しみになってきました。

 今年はそれほど暑い日が続いているわけではないのに(暑いと仕事ができない)、なぜか自分の時間が早く過ぎていくような気がするのは、いろんな意味で“仕込み”に時間がかかっているのかもしれません。今一緒に仕事をしている大先生の原稿もついに仕上がり、いよいよ発刊されることになる楽譜(謎)の最終校正を行なったり、自分でも原稿をちょこちょこ書いたりして細かい作業も多いし、機嫌の良い時などはロシア語の勉強をしたりしていますから、うーん・・・なんだかんだ言っても、けっこう時間には恵まれているのかもしれません。日記を書かないで過ごすと、なぜか逆に時間の経つのが早くなってしまうのですね。不思議です。今日日記を書く気になったのは、新刊楽譜の見通しがたって少し心が落ち着いたせいかもしれません。



2003年7月4日(金) ピアニストと体力

 ピアニストに必要とされるものはたくさんありますが、その最たるものが実は「体力」なのではないかと思っているのです。ケマル・ゲキチを見ていて、ピアニストは「疲れてなんかいる場合ではないな」と真剣に思ってしまいました。ゲキチは、紀尾井ホールのリサイタルで、「ドン・ジョバンニの回想」を含む、リストのハードなプログラムを3曲も弾いた後、さらに、アンコールの3曲目で「ウイリアム・テル序曲」を弾いたわけです。もちろん演奏はすごかったわけですが、「どうしてそんな考えに・・・??」と、本人に訊く機会を得ました。彼によれば、「2曲のショパンエチュードを弾いた後、あと数曲エチュードか何かを弾くよりも、大きい曲を1曲だけにしよう。」というような選択だったようです。恐れ入りました。しかし、彼はあれだけ弾いても、身体も手も全然疲れないと言うのですよ。

 彼は、「タッチが強すぎる」とかいろいろ言われているようですが、本人はこの上なく脱力して弾いているようです。タッチのことはとても意識しているようですね。(音が大きいことは否めませんが。) でも、あんな巨大なオーケストラが鳴っているみたいな、ああいうピアノの響きは初めて聴きましたよ。頑丈な現代のピアノで、「壊れるかも・・・」と心配したのも初めてでした。でも、リストだってピアノを壊したというから、たぶんあんなものだったのではないでしょうかね。(今年は、演奏会本番では弦は切りませんでしたが、レッスンの時には思いあまって……やっぱりやってしまいました。)

 ゲキチは、会ってみるととてもフレンドリーな好青年でした。CDジャケットや演奏会場で見ると、こわい人に見えたりするものですが、実際はずいぶん違うものです。だいたい人間って、みんなそうなんですけどね。会ってみるととってもいい人なのです。彼とはすぐにウマが合いました。(^_^) 彼もメトネルは大好きだというし。(これは関係ないか。)



2003年7月2日(水) もう戻って来ました(^_^)

 いつかここに戻ってくるのではないかと自分でも思っていましたが、やっぱり来てしまいました。(笑) 慣性の法則というのは恐ろしい・・・。 といいますか、いろんな方からメールをもらったりしているうちに、なんだか閉じるのは寂しくなってしまって・・・。(誰も寂しいなどと言っていないよ。) ただし、これからは本当に気の向いた時にしか書かない、と自分に言い聞かせて、一応続けてみたいという気持ちでやりますので、更新はあまり期待しないでください。あまり目立たずにやっていきます。とりあえず、今日は気分だけ背景を変えてみました。(読みづらいですが。)

 ここのところ連日、人からパワーをもらってばかりいます。昨日はケマル・ゲキチ。今日はヴィクトール・マカロフ。エネルギーの総量が違うのでしょうね。圧倒されます。マカロフ氏は、今日のレッスン(場所は謎)で、お気に入りの「青い円盤メトロノーム」は使わなかったなぁ・・・。あの音をもう一度どんな音がするか確かめたかったのに。しかし、相変わらずすごいパワーでした。

 マカロフのレッスン中、ゲンリヒ・ネイガウスが語った言葉(※注1)の引用があったので、レッスン終了後に思わずお話をせずにはいられませんでした。氏は、直接ネイガウスに習ったことはないようですが、ネイガウスのレッスン風景の録音などを聴いたことはあるようで、興味深いことを言っていました。私が、「本当のところは彼はどんなピアニストで、どんな教師であったのだろうか?」と問いかけました。彼によれば、ネイガウスのすごいところは二点に集約される。つまり、“imagination”と“sound”だと。生徒に、あらゆる「想像力」を起こさせることのできる天才であったし、彼が演奏する「音色」は、本当に素晴らしかったと。

 (※注1) ネイガウスは、「レガートにふさわしい指」として、「私は、“パルツィエ”(ロシア語で“指”(複数))は好きではない。“シューパルツィエ”(ロシア語で“触腕(?)”=タコの足のように柔らかい指と言う意味で)が好きだ」と語ったと言う。いかにも、言葉遊びを得意とするネイガウスらしい。




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