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〜旧「音楽雑感」のページ、音楽の話題その他を日記風に綴る〜
2004年



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2004年2月28日(土) 譜読みの能力を高めたい・・・

 大学構内を歩いていると、「ちゃんとHP更新してくださいよー!」と声をかけてくれる(叱ってくれる?)良い同僚がいまして…(^_^;)、やっと今こうして書いているわけです。別にサボっていたわけではなく、本当にまあ皆さんもそうかもしれませんが、とにかく毎日が忙しいですよね。書きたいテーマはいつもいろいろあるのですが…。書かなきゃそのままどんどん飛んで行くのです。今日は、入試と学期末の実技試験の間をぬって書いております。

 ここ数日の間、私の頭の中を支配しているのは、なんだか種を明かすようで嫌なのですが、なぜか、「ベートーヴェン」、「ロシア語」、あとは「入試」、「カプースチン」などです。どうみても支離滅裂な組み合わせですが。まあ、明日になればまた違ったものが出てくる可能性もあります。とにかく、この時期は試験などが多く、何かと生徒たちのことに気持ちを注がなければいけない時期でもあります。春休みまであと少しなので、最後の頑張りです。それから、個人的には、何かと訳があって、現在同時に100曲を越えるほどの楽譜に目を通さなければならず、それも時間を取られている理由の一つかもしれません。目を通すだけとはいえ、一応弾けなくてはいけないわけで、なんとか速く譜読みをする方法をまた編み出さなくてはならない事態です。楽譜を見るだけで、“速く”、しかも“深く”曲をマスターする方法はないものなのでしょうかね。曲を深く勉強しようとすると、どうしても時間がかかる。時間を縮めようとすると、今度は浅いアプローチになってしまう。二つを両立することはできないものでしょうか。今、これを実現しようと、いろんな方法を試みています。結局、頭の中を常にクリアーに保ち、楽譜に書いてあるすべての事(音符)に対し、その場でできる限り100パーセントの理解をしながら進んでいくという方法が大切なようです。(このために、「和声法」などが役に立ってくる。) このやり方は、端から見ると譜読みがすごくゆっくりに見えるかもしれません。ちょうど、初見でバリバリ弾くのとは対照的なアプローチですが、きちんと曲を仕上げる(しかも短期間で)には、実はこの方法が一番近道なのかもしれません。何度も同じところを「弾けない弾けない」と言ってただ繰り返す練習方法が、実は一番時間を無駄に使っている可能性もあります。理想から言えば、楽譜を細かく読んだだけで曲を細部まで理解して覚える。又は、音源から曲を細部まで聴き取り、すべての音を理解して覚える。そして、練習をまったくせずに、もしいきなりその曲をすぐピアノで弾くことができたとしたらどうでしょうか。こんな魔法のようなことはあり得ないと思われるでしょう。しかし、もしそのように弾けたとしたら、きっとその時が一番新鮮な感覚を持ってその音楽を演奏することができるでしょう。

 例えば、キース・ジャレットなどは、ものすごく速いパッセージを“即興演奏”でも精確に弾けるのです。事前にそれを練習しているわけではないのです。(3〜4年前から彼のトリオでもフリー・インプロヴィゼーションのスタイルを始めて以来、さらにその技術に磨きがかかったように思われる。) もちろん、即興ですからある程度は自由に弾けるでしょう。しかし、彼らの場合にはどんなに速い曲でもコードやリズムが頭の中で整理されていて、きちんと細部まで頭の中で鳴っている音が再現されているわけですから、これは、例えば「ソナタ」のように、すべて考え抜かれて書かれた音楽を覚えて再現するのと、音楽の理解力という点においては同じことです。だから、もしあれだけのあらゆるパッセージに対応できる指が常に用意されているならば、あとは楽譜を見てすべてを頭できちんと理解さえしていれば、ほとんど初見状態で指がその通りに動く、ということなのですね。つまり、はっきり言えば、何でも「すぐに弾ける」ということです。アムランの譜読みが速いのも、そういうことと関係があるでしょう。短期間で、あれだけの数の新しい曲(難曲多し)の録音を残してきたということは、それだけの能力があるということです。結局、理解力がずば抜けているのですね。これを磨くことが、譜読み能力を高めることに大いにつながることと思います。これは、誰でもその意識と訓練によって、多かれ少なかれ身につけることができるものだと私は思っています。



2004年2月8日(日) 

 最近つくづく思いますが、世にあまり知られていないものを広めるということは、どの分野であれ、またそれが本当に素晴らしいものであれ、本当に労力のともなう仕事だと思います。クラシック音楽愛好者の人口が少ないと言われる中で、その中でさらにまだあまり知られていない曲を演奏したり、自分の求める新しいものを作曲したり…、ということは大変にエネルギーがいることだと思います。

 たびたび来日しているピアニストのエフゲニ・ザラフィアンツ氏と会って食事をしました。彼のやっと出たスカルラッティのCD(NAXOS、99年録音)と私の携えてきたメトネルの楽譜を“プレゼント交換”しました。(^_^) まあ、メトネルの話もしたわけですが、よくよく話をしてみると意見がけっこう違うのですね。彼は、メトネルは嫌いではないが、それほどの作曲家ではないと思っているようなのです。作曲上、特に構造上の問題、それからメロディーの性質上の弱点(これは好み?)などを指摘するのですが、その点は私から見ると、メトネルの持つ素晴らしいオリジナリティーであったりするわけです。メトネルは従来のソナタ形式ではとても説明できない要素があるし、その構造は考え抜かれていて無駄のないものです。それが、ザラフィアンツから見ると、冗長で無駄な部分があるように思えるらしいのです。明らかに、彼の中ではスクリャービンとラフマニノフの方が上なのですが(この見方は一般的で現在のところ致し方ない)、しかし、よくよく聞くと、あまりメトネルの曲(全体像を含めて)を御存知ないようでもありました。ロシア人とはいえ、やはりあまり聴いていないようなのですね。ロシアでも本当にあまり演奏されてこなかったということがよく分かります。メトネルの演奏といえば、子供の頃にリヒテルの演奏をテレビで見た時から彼の印象(その時は好印象を持ったという)は更新されていないようですから、やはり彼らロシア人にとってもメトネルの音楽はまだ未知の部分が多いといえるでしょう。多くのロシア人がそうですが、メトネルは小さい頃からよくその名前は知っているし、音楽も聴いたり楽譜を手に入れたりして、“よく知っている”というプライドもあるので、逆に先入観があっていまさら評価できない、ということもあるでしょう。

 とにかく、自分が良いと思ったものをそのまま人に伝えるのがどれだけ難しいかということが分かります。私自身も、一般的にはあまりまだ知られていない作品等にも惹きつけられて勉強したり演奏したりしていますから、これによっていろんな誤解もひょっとしたら一時的には起きたりするのは仕方がないことなのだろうな、と思います。当然ながら、自分が取り組んでいる新しい曲は物好きでやっているわけでもなんでもなく、長い間ポピュラーな作曲家にもそれなりにのめりこんできた歴史もありますし、多くの時間を費やして練習をしてきたわけです。そして、その上で自分がさらに刺激を受けるもの、自分の精神を高めてくれるような、良い意味での刺激に満ち満ちているものを探し求め続けるという行為は、人間の当たり前の姿であるような気が私はするのです。まあメトネルに限らず、それぞれの人が、自分がその時その時に夢中になる音楽を求めていく、作曲家の深い思想や感性に触れる、そしてその感動を人に伝えていく、ということは、許されるのではないかと思うのです。しかし、およそ人の理解や感受性というものは、自分と決して同じではないということは、誰しも肝に銘じておくべきでしょう。だから、自分が何か(音楽以外でも)に心を動かされたら、それはその本当の理解者であるあなた自身が広めるべきなのかもしれませんね。

 ところでここからは裏話ですが、ザラフィアンツ氏との会話はいつも困ってしまうのです。というのは、彼は日本語を話したくて仕方がない様子なのです。いくつかの言語をそれなりに操れるようなのですが、日本に来た時ぐらいは日本語を強烈に勉強したくなるようなのです。だから、こちらがいくらロシア語を喋っても駄目で、向こうはたどたどしい日本語で答えてくる。こちらはロシア語を話したいからそれでもロシア語で通す。それでも、意固地になって日本語で返してくる。(物腰は柔らかいのですが、意固地なのです。)すると、こちらもたどたどしいロシア語で……という平行線が続きます。周りから見ると、二人は何をやっているのだろう(笑)、と思われていることと思います。どちらも折れないのです。(けっこう、こういう会話は実際はあり得るのですけどね。逆もあります。二人の話者が互いに自分の母国語で喋り続けて、それで会話が成立するパターンもあります。)
 だから、今度行なわれるベートーヴェンの公開レッスンは私が通訳を担当しているのですが、これでは困ってしまうというわけです。だって、決してロシア語を話そうとしないのですから…。(通訳は一体何のために…?) とにかく、中途半端に(と言っては失礼ですが)、英・露・日・独・クロアチア語などが喋れてしまうというのが困るのです。どれか一つの言語に統一していただかないと…。(人のことはあまり言えませんが…) …で結局、喧嘩になってはいけませんから、「では当日は英語で。」ということで手を打ちましたが、実際にはどうなることやら…。(^_^;)



2004年2月5日(木) “アムラン”というピアニスト(続き)

 毎日寒い日が続くにもかかわらず、ここのところ忙しい日々を過ごさせてもらっていまして、今年はインフルエンザもまだ私の近くには寄って来れないようです。(花粉症の方はすぐ近くにまで寄ってきていますが…。) 一つは、家に帰ってきたらまずうがいをするのではなく、手を洗うと良いのだ、という迷信を信じて(今年の場合)、これをきちんとやっているからかもしれません。

 『人類のピアノ演奏はここまで来た』というキャッチフレーズが、たしかマルク−アンドレ・アムランのいつかの演奏会のプロフィールに書いてあったと思うのですが、これはなかなかうまい言い方だと私は思いました。アムランは、今までのピアニストの歴史のどの範疇にも入れられないタイプで(だからこそ『アムランと8人のコンポーザーピアニスト』なる本まで出版された)、それゆえに、彼のようなピアニストが出現したことでピアニストに新しいカテゴリーが必要になり、これまでの認識でしか受け取ることができなかった人たちには、すぐに正しい評価が下せなかったのも無理はないでしょう。今回のメトネルのピアノ協奏曲初演だって、今すぐにその価値を正しく判断できる人はたぶん少ないでしょうが、そのことはアムラン本人が一番よく知っているのではないかと思います。

 ところで、ピアノを弾く人たちの能力というものが、昔と比べて高くなったのかどうか、それはいつも私が興味を持っていることです。ピアノ曲の楽譜は初級者向けがよく売れるそうですが、まあそれは当たり前のこととして、その“初級者”というレヴェルが年々上がっていくのかどうか、これを出版社の人たちにいつか訊いてみたいと思っています。初級者といっても「大人のための教材」など、違う方向に広がっていくことも考えられます。つまり、中級程度をカバーした楽譜の需要が増えていく方向にシフトしていく…そして、その“中級”の程度がさらにどんどん高く広くなっていく…そういうことがあるのかどうか。最近は、コンクール入賞者や入賞可能な人の潜在数も入れると、数もレヴェルもかなり高くなってきている(特に日本に)と思われますが、一つには、教育環境の質が上がってきたからそうなったとも言えるでしょう。ただ、もちろんそうは言っても生身の人間ですから、ピアノの弾くということ自体が簡単になるわけではないし、高いレヴェルの演奏を常にこなすということは、どんなに人間の能力が発達してもこれは大変なことに違いはないでしょう。あのアムランにしても、他人からは何でも弾けちゃうと思われているかもしれないけど、実際はどのように練習を配分するかとか、ものすごく細かい神経を使って毎日毎時間を過ごしていると思います。そのあたりは、“弾く側”の立場から見ないとちょっと想像できないことでもあるかもしれません。聴く側からは、そういうことが分からないからいろいろ想像してみたりして逆に面白いわけでもありますが。しかし、あのオール・カプースチンのプログラムをCD一枚分録音した直後に、まったく違うレパートリーのリサイタルを2・3本続けてやったりするのは驚異です。(そういえば去年6月に録音したこのカプースチン・プロのCDは一回目の編集が無事に終わったそうで、すべてうまくいけば4月にはリリースされると言っていました。これも待ち遠しいですね。)

 しかし、そんな彼も、最近はもう難しい曲はあまり弾かないようにしているとか(?)。「リクエストをされた場合以外は、もう自分からゴドフスキとかをプログラムに入れたりはしない」などと言っていました。「知ってる?、今なんてプログラムに入れているのはモーツァルトの○○○とか、そういう感じですよ」なんて言ってましたが、スケジュールを見ていると、やはりまだまだ異常なものが発見できることは確かでしょう。先日の東京公演が終わって翌日、休む間もなく他のアジア諸国へ飛びましたが、そこでのリサイタルでは、これはあらかじめリクエストがあったようで、ゴドフスキなどを弾いたはずです。今回のそれを除くと、彼の世界各地における全スケジュール的に見ても、それほど難解なプログラムを要求されることはかなり稀だということです。彼の認識の中では、ひょっとしたら今一番恐いリクエストをするのはもう日本人だけ(?)となっているのかもしれませんね。


※お知らせ
 トップページからリンクしている「演奏のためのヒント」のページは、『ピアノ学習者へのヒント集』という名前に変更しました。この方がこれまで書いてきた内容にふさわしいと思いますし、このコンセプトで今後も少し続けて書いてみたいと思います。「演奏へのヒント」に関しては、また思い立ったときに新しいページを作るつもりです。





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