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〜旧「音楽雑感」のページ、音楽の話題その他を日記風に綴る〜
2004年



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2004年4月22日(木) 人間の頭脳の処理能力

 プログラムに「超絶技巧」が7割と書きましたが、私が言う超絶技巧は必ずしも「指」のことだけではなく、「頭の中」が超絶技巧になっていることも含みます。これは、例えば特にカプースチンの作品などに多いと言えましょう。作曲家ご本人も、「私の曲は、指はそれほど難しくないが(本当か?)、頭はすごく疲れるはずだ。」とおっしゃっているくらいですから。結局、コンピュータの処理能力と同じようなもので、一定のスピードの中で、どれほど頭の中がクリアーで、頭の回転速度がついていけるかという問題です。ただ、これも訓練で、最初は信じられないような難解だと思われていたものが、時間とともに慣れてきて、ちゃんと処理できるようになってくるのですね。

 例えば、ピアノの初心者にとっては、右手と左手がちょっと違うことを弾くだけで、ものすごく難しいような気がします。2連符と3連符を同時に弾いたり、3連符と4連符を合わせられるだけで、「これは人間業じゃない!」とか思うのですが(後者は確かに難しい)、これも慣れてくると不思議なもので、最初に感じたような「恐ろしく複雑で絶対不可能!」と思われた感覚は確かに薄れていくのです。ショパンのワルツに出てくる13連符を初めて見たときは、そんなもの弾けるとは思われなかったはずなのに、気がついたらもう意識もせずに弾いていたりします。繰り返して何度もやり、時間が経過していくと、だんだん難しいことが一つ一つできるようになっていくのですね。上達というのは、結局その蓄積なのです。今では難しい曲を平気で弾いているような人も、最初はみんな同じように苦労していたはずなのです。問題は、どれだけ根気よく続けるかということだけです。

 ただ、カプースチンに話を戻すと、これを演奏するにはあまりにも求められる情報処理のスピードが速いことは事実です。例えば、ソナタの第12番の終楽章などは、あまりにカッコよく素晴らしい作品ですが、はたしてあれを何度も弾き通せるものなのか…。当の作曲家本人でさえ、録音は素晴らしいでき栄え(現在未出版…編集済みで今年中には発売見込)ですが、実際にはかなり細切れに撮っているわけで、集中力はせいぜい数十秒ずつのつなぎ合わせとも言えます。ものすごく素晴らしい瞬間ばかりをつなぎ合わせたらCDなら出来上がりますが、生演奏はそうはいきません。考えてみると、カプースチンのソナタなどの生演奏は、まだ聴いた記憶が数えるほどしかないから、実際はかなり無理なことなのだろうか、と思ったりもします。でも、これも人間の頭の処理能力が上がってくれば、何でもないことになるだろうと信じて今のところは頑張ってやっております。頭がついていっても、今度は体がついていかないという問題も出てくることは出てくるのですけど…。(カプースチンを弾くと、確かに元気は出ますが、身体的にはボロボロに疲れます。「絶対に腱鞘炎にならない練習の仕方」などの理論をまた考え出さなければいけません。)

 ※ところで「カプースチン」は、関西方面のファンの間では「カプスチン」の表記で通っているという噂もあります。どちらが読みやすいかといわれれば、やはり「カプスチン」の方が良いかもしれませんね。ロシア語の名前を書くときの長音記号は、私ももともと好きではなかったのだから。まだ今なら変えられるのだろうか…。



2004年4月21日(水) ロシア旅行の産物

 書きたいことが山ほどあって、どうしようかと考えあぐねているうちに時間ばかりが経ってしまいました。
 モスクワからの帰りの飛行機の中でのエピソードを一つ。私は、窓側の席は好きではなく、いつも必ず通路側を取るのですが、なぜかこの時は手違いで窓側になってしまいました。文句をいう暇もなく、自分の隣の通路側の席にはロシア人女性が座った。軽く挨拶をすると、なんとなく日本語が上手だということがわかった。「通訳ですか?」と訊くと、「いえ、違います。でもいくつかの大学でロシア語を教えています」と言う。よくきいてみると、なんと昨年度からうちの大学のロシア語の授業でも教えているというではないか。なんと世間は狭いことか!サブリナ先生という人だが、話してみると音楽にも造詣が深く、なんでも昨年発見されて話題になった「プロコフィエフの日記」を持っていて、いまそれを日本語に訳しているという。もともとロシア語の子音のみで書かれていたものが解読されたというプロコフィエフの日記には、当時彼が日本へ立ち寄った時の印象などを書き綴った部分が18ページほどもあるという。彼女はまた、NHKのTV番組でもロシア関係のものの製作に携わったというし、音楽家とも親交が深いらしく、まったく面白い方と知り合ってしまった。私は、手違いでここの窓側の席になったのも何かの運命のいたずらではないかと思い、もう席を変えてもらう必要はないと思った。ところで、彼女にメトネルの話をしてみると、「メトネルといえば、イリーナ・メジューエワさんに今回ある楽譜を頼まれたので、モスクワから調達してきたのです。」と言うので、「へえ、イリーナさんなら私ももちろん知っています。」と答えた。すると、「メトネルは、日本人ピアニストでも最近弾いている方がいらして、名前は忘れましたが、去年…9月だったかな?その演奏会があって私はそのチラシだけは大事に持って帰ったのです。ちょうどモスクワにいたので残念ながら行けなかったのですが…。」私はすかさず、「あの…、それってひょっとして私のことでは???(笑)」 話しているうちに、やっと話が一致してきて、「そういえば、どこかでお顔を見たような気がしました!」 二人は大いに笑ってしまいました。偶然にしてはあまりに面白すぎることが最近多いのです。サブリナ先生とは、また大学で会いましょうということになり、長い飛行時間も実は楽しい会話であまり苦痛にならず、あっという間に日本に着いたという感じでした。

 帰ってきて、すぐに「普通の生活」に戻ったことは戻ったのですが、なんだか以前よりもさらに規則正しい生活をしている毎日です。確かに仕事が多いというのも事実。しかし、仕事の大部分は、当然かもしれませんが、いつも「練習」です。楽譜と鍵盤に向う毎日です。真面目な音大生と同じですね。特に、今は「メトネル」と「カプースチン」の難解(あくまで“弾く側が”ですが…)な作品に取り組んでいますから、大げさに言うと、命がけで生きている毎日でもあります。今度の5/9のサロン・リサイタルは、決して外見は大きなものではないけど、自分にとってはとんでもない挑戦とも言えます。なんたって、気がついたらプログラムの7割ほどが超絶技巧となってしまったのだから…。難しいものはもうあまり好きではないのだけど(できれば易しい曲だけ弾きたい…)、でもメトネルもカプースチンも理由があって今やらなければいけないプログラムなのでやるしかないでしょう。特にカプースチンは、これをいかに「簡単そうに、楽しそうに」弾くことができるかがポイントと言えましょうが、はたしてそんなことできるのだろうか…。だんだん、ピアノが恐ろしい化け物に見えてき始めた今日この頃です。

 でも、限界に挑戦しているときにこそ、究極の練習方法が編み出されたりするものです。暇な時には全然浮かばないのですが。時間ができたときに、またいろいろ発見したことを書いてみたいと思いますが、何でも一生懸命やっていると、自分なりの糸口が見えてくるものです。学生でもプロでもそうでしょうが、練習していて一番辛い時というのは、先が見えないというか、いくら練習してもしても弾けるようにならないとか、全然暗譜ができないとか、そういう時だと思います。毎日一生懸命やっているのになぜ弾けないのか…、こういうときに悩むことが多いのです。あまり練習をしない人には、そういう悩みはたぶんないでしょうが。音楽家に限らず、舞台で本番をやるような人は、一種の「期限」と常に戦っているのです。自分を常にコントロールする力がなければ、よい結果は出せません。そういう職業の人は、いつも「自分との戦い」に明け暮れているはずです。自分の精神力や体調もコントロールしなければなりません。たとえば、一時的にすごくがんばって無理をしたり、徹夜をしたりすることもいけないし、もし間に合わなかったら期限をずらしたり…という訳にもいかないので、毎日ストイックな生活を強いられるわけです。でも、あまり抑圧されすぎるとそれも精神に異常をきたしてしまうから、ある程度の余裕をもってバランスをとることも大切ですよね。とにかくまず第一に、「忙しすぎる生活」だけは絶対に避けなければいけないような気がしています。



2004年4月3日(土) 飛行機の中では眠れない

 日記を今日まで更新することができなかったのは、海外に長いあいだ出かけていて不在だったためです。ご迷惑をおかけしました。外国では、やはり思ったとおり面倒だったので、10日間ほどメールを開けるのもあきらめてインターネットから離れた生活をしていました。皆さんへのお返事等も遅れてしまい申し訳ありません。

 しかし、国外をうろうろするのは、いくら慣れていてもやはり緊張を伴なうものです。一番恐かったのは、ワルシャワ-モスクワ間を一人でロシアの航空会社「アエロフロート」に乗って移動したことでしょうか。日本-モスクワ間を飛ぶのとは大違いで、飛行機の機体はかなり古く、外見も中身も飛んでいる間にどこかが壊れてしまっても不思議がないような体裁で、私の座った座席は“常時リクライニング状態”(つまりボタンが壊れているので押したままの状態)で背中はふわふわするし、上の荷物入れは少しの振動ですぐに蓋が開いてしまうし、機内で通じるのはもちろんポーランド語とロシア語のみという感じで(日本人は機内に私一人だけです)、久しぶりに少し緊張しました。(外見はまったく何食わぬ顔を装っていましたが。) まあ無事に着いたから、今こうしてこれを書けたりしているわけです…。皆さんもぜひアエロフロートに一度は乗ってみてください。(けっこう旅慣れている人でも、無条件にこの航空会社を避ける人がまだおられるのです。私は、たぶんもう10回以上は乗っています。)

 しかし、なんと言っても今回の旅行でもメインイベントの一つは、やはり作曲家カプースチンと再会したことです。当初の予定としては、一人で作曲家の自宅を訪ねるはずでしたが、モスクワに到着してすぐカプースチンに電話をすると、いきなり、あの“T氏”が私のモスクワ到着を追うようにして日本からやってきているらしい、と言うのです。知る人ぞ知るカプースチン第一人者の“T氏”ですが、またもや私に内緒でこのような挙動に出るとは! これで日本から訪問に来たカプースチン・ファンが一気に二人になり、場は大いに盛りあがりを見せそうな予感がしてきました。(夜になって、彼が本当に私のホテルを訪ねてきてくれた時は、嬉しさを隠しきれませんでした。)
 翌日の会見は、予定を大幅に越えて、6時間半という時間を一緒に過ごさせていただき、しかもその時間があっという間に過ぎてしまうほど、ものすごく充実した出会いとなりました。詳しくはまたゆっくり語りたいと思いますが、私はカプースチンという作曲家が、この日を境にしてますます好きになってしまったことだけはもう隠せません。(最初から隠してはいなかったが。) 音楽も人間も、もう感動しっぱなしでした。作品への質問(おもに楽譜の校正に関すること)もたまっていたので、できるだけあらゆる曲の指使いについてなどいろいろお訊きしたりしました。また、作曲に対する作曲家の姿勢、実際の作曲はどのようにしているかなどについても、今までよりリアルに想像することができ有意義でした。また、清書されたばかりの「ピアノソナタ第14番」の楽譜を見せてもらったり、最新作Op.121(まだ書きかけ)も初見で弾かせてもらいました。私たちの訪問によって、作曲のための大切な時間をいくらか奪ってしまったことを後悔しながらも、充実した時間をともに過ごさせてもらうことができたことに感謝しました。カプースチンの話題に関してはちょっと長くなりそうなので、興味のある人にだけ、また時と場をあらためてゆっくり話したいと思っています。まずは、早く普通の生活に戻らなければ…。




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