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〜旧「音楽雑感」のページ、音楽の話題その他を日記風に綴る〜
2004年



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2004年7月27日(火) 幅広い音楽ジャンルに目を向ける

 少々唐突に見えるかもしれませんが、Kapustinの作品が全音楽譜出版社から出版されるにあたり、作曲家名の表記の問題でアンケート用紙ヘのリンクをトップページに置きました。ぜひ皆さんのご意見をお願いしたいと思います。いつも、多くの方に力添えを頂いてばかりで申し訳なく思っておりますが(・・;)、まだ集計を出していなかった「暗譜のアンケート」などもだいぶ集まってきまして、こちらも近日中に結果を必ず出して報告したいと思いますので、よろしくお願いします。

 カプスチン(今日はこの表記でいきます)の楽譜は、10月に出るなどと全音が確約をしたわけではないのに、ある楽器店では情報が一人歩きしているようで、それを知ってびっくりしました。(ただ、私も全音もそれを“止め”には入っていないのですが。) せっかくそのように盛りあがっているのなら、やはり期待に応えなければならないのかな、と思いました。
 というわけで、私も頑張りたいと思いますので、皆さんと親密な情報交換を続けながら共同作業をやっていければと思っています。新しい(現代の)作品ですから、歴史的な研究よりも、新しい情報やニーズの方が大事だと考えています。

 私などは、カプスチンの音楽を知ったのがきっかけで、なんと今まで狭い世界の中だけで音楽に関わってきたかということに気がつきました。素晴らしい音楽というものは、ある場所にはあるもので、それはジャンルを問わないのですね。クラシック音楽家は、無条件にクラシックが一番素晴らしいものだと思っているようなところがあるかと思います。歴史を経て長く残っているものをクラシックというのか、それとも、形式でジャンル分けするのかについては難しい議論があるでしょうが、クラシック以外にも素晴らしい音楽があることは確かですし、それを広く深く知っていることもまた必要だと感じます。

 クラシック音楽は、ある意味で「作曲家」が歴史をつくってきたわけで、個人的な才能の問題も多くからむわけですが、数百年の時代の流れの中で発展・変化はしてきました。ジャズの世界は、たかだかまだ始まって100年ほどですが、発展のスピードということでいえば異常なものがあると思います。10年ごと、あるいは5年ごとに有能なミュージシャンたちによって新しい事が試みられ、どんどん変化してきたわけです。また、ジャズの世界では、作曲家というよりも、「演奏家」=「プレイヤー」たちが歴史を作ってきたようなところがあります。もちろん、プレイヤー自身が、作曲・編曲を行なう世界ですから、クラシック音楽家とはすでに性質を異にするわけです。ジャズには、あらゆる音楽が複雑にからんでしるし、いろんな種類の音楽とも相性が良いので、現代の音楽の中にさまざまに浸透しています。そして、その中には学ぶべきものが多いのです。クラシック音楽よりも、ある意味、包容力があるとも感じます。古典(といってもまだ100年ですが)の中にも良いものがたくさんあり、それらは演奏(録音)、又は、作品として今後も残っていくでしょうし、現在もさまざまな音楽と融合して新しい形が生まれていきます。すでに、ジャズの影響を受けて枝分かれした音楽の種類は、名前がついているものだけでも無限にあります。このような状況で、私などはクラシック音楽が遅れを取るわけにはいかない、と強く思うわけです。少なくとも、音楽を学んでいる人たちにとって、もう境界線を引いて教えること・教わることは時代遅れになっていくのではないかと思われるのです。そういう意味で、私は新しい音楽や、クラシック以外の分野のアーティストたちにも、常に視線を向けているわけなのです。

 古い音楽、又は、かなり限られた範囲の音楽を勉強しているだけでは、今という時代には少々もの足りないような気がします。前から言っていることですが、もうショパンが弾けるというのに、ラグタイムが弾けなかったり、好きな歌のメロディーに簡単なコードをつけてジャズ風の伴奏付けぐらいができないのは、あまりにももったいないと思うのです。クラシック音楽の世界が、まさか他のジャンルの音楽によって脅かされるなどとは考えてもみませんでしたが、でもそういうことがあり得そうな雰囲気がだんだん漂っているような気がします。音大の先生なども、専門を深めることももちろん素晴らしいと思いますが、音楽のことをいろいろ何でも知っていないと、若者に先を追い越されてしまうかもしれません。恐ろしい時代が来たものです。



2004年7月12日(月) 指使いと楽譜

 パソコンのキーボードをちゃんと10本の指を使って打っている人は何パーセントぐらいいるのか知りたいものです。一応、指一本だけでもメールを打てないことはないですが、でも時間がかかるでしょうね。私もロシア語を打つときは、まだそれに近いものがありますが…。

 しかし、ピアノを弾くのに指10本を使わない人はまずいないでしょう。弾けない人から見ると、弾ける人に一番質問したいことの一つが、“10本の指をどういう規則で使っているのか”ということでしょう。あんなに複雑な鍵盤の並びに対してどんな規則で10本の指を使っているのか。実は、そこのところがピアノを弾く人にとっての奥義の部分でもあります。ただこれは、ピアニストによっても、「なんと人によって指使いの違うことか!」と思うことしばしばです。いや、規則など誰も本当は分かっちゃいないのかもしれません。私にも、本当のところ分かりません。例えば、4の指の上を3の指がまたぐのは普通は禁止している先生が多いのではないでしょうか。私は、4が白鍵で3が黒鍵なら、これは大いにあり(特に上行形)だと思っています。これも、バロック時代には普通のことだったけど、その後ダメということになり、またショパンの時代には良いことになったりと、一転二転して現在もよく分かっていないとも考えられます。それから、5と1の連結とかいろいろあります。本当は、弾ければなんでもありなのだと思います。とは言いつつも、楽譜には一応編者(又は作曲者)が理想的だと思う指番号が書いてあり、それは大いに役立ちます。多くの人に共通する指使いというものはもちろんあり、それが書いてあるからこそ、楽譜の価値は大きいのです。指番号は、曲を早く仕上げるために必要だし、初見にもすごく役立ちます。

 それにもまして、楽譜の存在というものはものすごく大きいと思います。価値のある音楽が楽譜に印刷されて後世に残るというのは本当に喜ばしいことです。しかし、そういう仕事にまさか自分が直接携わるとは思ってもいませんでした。(プロの作曲家になろうと思ったこともなかったので。) きっと後世の人が喜ぶだろう、と勝手に想像してカプースチンの作品を広める決心をしましたが、後世といわず、現世の人も(笑)けっこう待っているようなので、仕事を早く進めなければならなくなってきました。名曲揃いの「24のプレリュード」op.53を出版するなら、是非とも作曲家本人の指使いを書いてほしいという私の強い希望で、なんとカプースチンは指番号をすべての曲に書きこんでくれました。これを目にして、いかに貴重なものを見ているかということをつくづく感じました。だって私自身が苦心して考えた指使いと同じところもあれば、違うところもかなりあるのです。しかも、私の指で弾いてみても作曲家の指使いの方が確かに弾きやすい箇所ばかりで、なんとすばらしい発見の多かったことか! まったく一体なんのために何十年もピアノを弾いてきたのか自信がなくなってしまいましたが、でもそれほどこの楽譜を出版することは多くの学習者にとって貴重なものになるだろうと確信しました。もっとも、現在はまだ未校正の段階で、ロシアで出版された楽譜に作曲家の指番号を入れてもらった楽譜を現在私が24曲すべて細部までチェック中ですが、これまでに疑わしい音(シャープやフラットの間違い)と指番号の疑問をあわせて50箇所以上発見しています。けっこうあるものなのです。もう少しやって100箇所くらい見つけるまでは粘ろうと思っています。その後、作曲家にまとめて質問してすべて明らかにしなければなりません。まあ、校正作業はなかなか大変なものではありますが、できるだけ良いものを出すために役に立てればと思っています。

 カプースチンのラスト・レコーディング(?)の発売もいよいよ10月22日に決まったようですね。これは朗報です。そして、このディスクに録音されている「ソナタ第12番」(2001年作曲)は、しつこいようですが「大傑作」です。現代にこれほどふさわしいピアノソナタはほかに知りません!、と言いたいくらいです。きっと、後の世に、「今世紀最初に作曲されたピアノ・ソナタの大傑作」と言われるのでしょう。(私が言い続けます。(笑))
 おっとその前に今月はカプースチンの旧譜も2タイトル出るのでしたね。これをきっかけに、少し弦楽器・管楽器奏者にもまた興味を持ってもらいたいものです。特に、カプースチンに狂っている“弦楽器奏者”を発見した場合は、ご一報ください。



2004年7月3日(土) 日本が中心になる可能性は?

 前回の日記に、日本のピアノ界(音楽界?)も捨てたもんじゃないと書きましたが、その筆頭にまず上げられるのは、やはりコンクールの隆盛でしょうか。国内のコンクールが大きく増え続けていく一方だということは、いろいろ言われても日本のピアノ人口はまだ増え続けているのかもしれません。演奏能力の高さを含めた人口という意味では、世界的に発展し続けている国と言えるでしょう。コンクールというものは本来、演奏家としてのキャリアを助けるものとしての意味付けがあったわけですが、現在行なわれている国内のコンクールは、どちらかと言うと、子供たちのコンクールを含めて、「発表の場」とか、「目標の設定」という意味の方が大きいと思います。国際コンクールであっても、日本人が参加するものは、もうどこに行ってもそうなってくるでしょう。何か賞をとって、そのまま世に出られるわけではありませんから、一つのコンクールに入賞してもまだ次を受ける必要がある時代なのです。外国人にとってもそれは同じです。話を戻せば、日本国内の話として、外国人審査員を招聘さえする国際コンクールを含め、コンクールがすごく隆盛を極めている状態です。

 次には、音楽出版物もすごいと言えるでしょう。今までは、例えば楽譜はピアノの世界では多く外国版に頼ってきましたし、その権威には長くかなわなかったわけですが、今では国内の出版社でも研究、校訂、解説がとても充実したものが常識となり、解説の英語訳さえきちんと載せれば、世界に誇れるほどの進んだ内容のものが出版され始めている状況です。新しい曲集、また、今までのレパートリーであっても、次々に新しい校訂が進み、素晴らしく充実した解説が添えられて出版されるわけです。これはここ数年に始まった現象でしょう。楽譜は、すでに本や伝記、研究書等の代わりになるほど、資料的価値がものすごく高まっています。このあたりは、外国の人もまだ知らない人が多いかと思います。日本語を勉強すると良いのに…などと思ってしまいます。CDのライナーノートにしても、今ではかなり充実した信用のある内容のものでなければ買い手がいないという厳しい状況です。

 それから、演奏会の数と質の充実です。東京首都圏では、まったくすごいものです。これだけの音楽会が毎日行なわれているという事実を、やはり外国の人は知識としては知っていても、本当に知ったらびっくりするでしょう。これだけの音楽会の数が本当に必要なのか。いや、しかし演奏家の質も聴衆の質も数も、やはりこれは増えていると解釈すべきなのかもしれません。そうでなければ、淘汰されていくはずですから。

 こういう状況の中で、何をどう表現していくかということが、アーティストにとっても今後ものすごく重要な問題でしょう。これだけ情報やイベント、そして人の才能があふれている中で、一人一人が周囲に振りまわされずに自分自身のやるべきことを見つけていくということは、本当に大事なことだと思います。ピアノを弾く人は数多いけれども、たぶん他の分野でも同じだと思います。日本人のレヴェルは本当にすごいのではないかと、最近つくづく思います。どの分野でももう世界に誇れることがたくさんあるのですから。あとは、英語さえちゃんとできればねー。(あれ?先日の結論と同じになってしまった!まだコンプレックスがあるのかな…。)




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