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〜旧「音楽雑感」のページ、音楽の話題その他を日記風に綴る〜
2004年



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2004年9月25日(土) スウィングしなきゃ…

 先日、「スウィングガールズ」を観てきました。「この忙しい時に映画なんか観て…」と思われてるかもしれませんが、やはりなんたってジャズ関連ですし、若者が音楽に夢中になることにも人一倍興味がありますから…。うちの大学にもポスターも貼ってありましたしね。ある都心の映画館では、“楽器持参、又は楽器と一緒に写っている写真持参で1000円”なんていう偉い映画館があって、楽器をやる人を応援しているわけですね。これには感動しました。普段から楽器に親しんでいる人にとっては、嬉しい情報です。(私がこの割引を利用したかどうかは不明。)

 まず思ったのは、この映画によって、ビッグ・バンド・スタイルの吹奏楽にあこがれる中・高校生が多くなるのではないかということ。楽器の演奏にあこがれるだけではなく、これからジャズに興味を持つ人もきっと増えることでしょう。管楽器の世界では、クラシックとジャズの境目はそれほど大きくないとも言えるかもしれません。サックスなどは、最初から“ジャズ寄り”ですし。
 しかしあらためて思いましたが、本当に弾けない(吹けない)“ド素人”が楽器をヨチヨチ始めて、数ヶ月後にはプロみたいな演奏ができるようになってしまうという物語が、こんなに感動を誘うとは思いませんでした。素人の演奏が、だんだん本物っぽい演奏に変わってくる時ほどワクワクする瞬間はないでしょう。ピアノの練習もそうかもしれませんが、みんなその素晴らしい瞬間を心に描いてやっているのだと思います。あらためて、それは本当に素晴らしいことだと感じました。(たぶんに映画に踊らされている感もある。) 私も、音楽を愛する人を増やす仕事(映画やTVの番組を作ったり)に積極的に従事したい気持ちになりました。それにしても、この映画監督の、出演者たちに本当にプロっぽい演奏ができるところまでさせてしまったというところには感動しました。

 ところで、“ビッグ・バンド”のスタイルは普通の吹奏楽と何が違うかというと、まずパーカッションが変わるし、ベース・ギターなどが加わる点もあります。それになんと言ってもサックス(ソロとして)が活躍することでしょう。このあたりがクリアーできれば(演奏する人が出現すれば)、学校の吹奏楽部でもおそらく結成は可能でしょう。映画の中では美化されていましたが、現実的には楽器を買うということも大きな問題としてのしかかってくる可能性はあります。でも、要は「やりたい!」という気持ち一つかもしれません。
 ビッグ・バンドでは、もう一つ嬉しい点があります。それは、ピアノが仲間に入れることです! なんたって、ピアノが活躍できる可能性がグンと増えます。ピアノが弾けたら、ビッグ・バンドに入ってジャズができる可能性も開けるのです。本来孤独なピアノ弾きにとって、アンサンブルの素晴らしさに触れる機会は多いに越したことはありません。音楽は、あまりジャンルを分けずに考えていくことが今後もっと必要になるかもしれません。

 私が大学生だった頃の話ですが、大学構内を歩いていたら、「今からスウィングするぞー」ではなかった、「今からウェストサイドの合わせ始まるぞー、ピアノがいないから誰か来てくれー」という声が聞えてきて(さすがは音大、なんという素晴らしい環境!)、つまりバーンスタインの「ウェストサイド・ストーリー」の真面目なオケ合わせの授業だったのですが、ピアノパートがいないというのです。その頃、初見と名のつくものなら何でも物好きに飛びこんでいたので、「あーやるやる!」とか言ってピアノパート譜をもらい、授業に参加させてもらいました。その積極性は買うが、よく分からずに弾きうけたのは大間違い。ご存知の通り、この曲、何とリズムが難しい…全然弾けないのです。目が点になっている暇もなく、すべての入りでオチてしまい(こんなにオチたの初めて…)、何のためにピアノの前に座ったのか…とても恥ずかしい思いをしました。指揮者にも笑われ…。その頃は、バーンスタインに関してもよく通じているわけではなかったのです。考えてみれば、アムランが弾く『不安の時代』がCDで聴けるようになる15年も前の話ですからねー。自分がいかにそれまで狭い世界で音楽をやっていたかということが象徴的に知らされた経験でした。

 「ジャズ」は、100年にわたって激しくいろんな方向に変化を続けてきましたが、今やっと、ある意味で広く定着し、その原点としての価値が一般に広く認められ始めたということでしょうか。私自身は、なぜかカプースチンでジャズに本当に目覚めましたが、ひょっとしたらこれも連動しているのかもしれませんね。カプースチンが、2004年という時代に全音からクラシックのピアノライブラリーのカテゴリーで楽譜出版されるということも、けっこう象徴的なことなのかもしれません。



2004年9月21日(火) 発表会が無事終了

 ふと気がつくと、また日記の更新に2週間も経ってしまいました。やはり、書くことを義務づけなければ時間というものはあっという間に経ってしまいますね。いろんな原稿の締切り(こんなのは本来、自分の商売ではなかったものでした…でもいろんな職業をやってみたいので思わず…)を優先するか、それとも自分のHPの更新を優先するか。やはり、人のための原稿を先に仕上げる方を選んでしまうのが人情というものでしょう。

 さて、昨日は私どものピアノの発表会(リトルマエストロたちの会)を催しました。一年に一度、この時期に発表会を行なうのが定着してきました。自分が演奏する本番というものはもちろん異常なほど消耗しますが、生徒さんたちの発表会もそれなりになぜかかなり消耗します。なぜなのでしょうね。自分自身は達観して聴いているつもりなのですが、それなりに無意識下でいろんな思い入れが作用しているのかもしれません。とにかく、皆が真剣に取り組んでいたということかもしれません。何かに真剣に取り組んでいる姿を見ているのは気持ちが良いものです。逆に、そうでない場合は、すぐにあくびが出てしまいます。(体があまりに正直すぎて、困っています。) つまり、昨日の場合は、まったくあくびが出なかったということです。(これは、自分の本番の前にもあくびをしてしまう私としては、かなり珍しいことです。)
 ところで、レッスン中にあくびが出てしまう子がいますね。でも、子供だからこれは仕方がありません。疲れている場合もあるし、忙しすぎるお子さんがいて、寝てないとかいろいろ理由があるのですね。基本的に、子供がレッスン中にあくびをするのは私はもうまったくびっくりしません。大きい人(どのくらい大きいかはそれぞれの判断)がレッスン中にあくびをしたら、まだちょっとビックリします。

 というわけで、昨日は大きな演奏会を終えたような充実感があったのも事実。かなり珍しいことに、帰ってきてからその日の録音のマスターテープを回して聴いたりしてみたというのも事実。ゆかり先生も、一仕事を終えたような充実があったようです。早く、コメントを書いてくれると良いのですけどね…。



2004年9月7日(火) 互いを理解し合うこと…

 気がついたらもう新学期が始まっていました。大学もそろそろです。私などは、夏休みモード(レッスン+デスクワーク過多?)を引きずりつつ徐々に体を戻していますが、天候のせいか、なんとなく良い気分で過ごすことができない日が続きます。東京にも、この夏は台風がしょっちゅう来るので、外に出るのが嫌になってしまいます。

 というわけで、このところまたカプースチンにハマった生活を余儀なくされています。(天候は関係ありませんが。) その一環として、運動不足解消のため(?)先日もソナタ12番、13番などを披露させていただいた(いまだに謎)結果、さらにあの音楽が自分の耳からも離れなくなってしまいました。こういう状態になると、逆に何を(他の音楽を)聴いても新鮮に感じるので、良い効果なのかもしれません。さて、弾くということも大変ですが、今はなぜか、ペーパー上で細かい作業をしています。音符や文字や記号と毎日格闘している、という訳です。楽譜を読むことと、本を読むこと、又は、翻訳に携わること、などすべて似ていますね。しかし、最後の“翻訳”に関しては、まさかそのようなことを自分がやることになるとは思ってもいませんでしたが。

 私がロシア語を勉強し始めたのは、実はと言うともう7年ほど前になるのですが、本格的にやろうと思い立ったのはこの1年半くらいで、動機はロシア人と直接に話をしたかったからです。毎日の練習とレッスンの合間に、1日も欠かさず勉強したものです。私の場合、本当にその国の人を理解しようとすれば、その国の言葉を勉強しなければならなかったのです。言葉を知らなかったら、まずその国の人に興味を持つこともできないのです。所詮自分とは違う人種だから、と片づけてしまい、彼らと話をしようとも思わないでしょう。しかし、それにしてもロシア語を勉強した副産物は実際大きかったです。「副産物」以上のものがありました。まさか、仕事に役に立つとも思っていませんでしたが、それ以上に素晴らしいことが現時点でもいろいろあります。
 それにまた、ロシア人に親近感を覚えたことも確かです。それまでは、正直言ってあまり親近感というほどまで感じたことはありませんでした。しかし、人間同士が理解しあいたいという気持ちを持つことは、いま本当に大切だと感じます。お互いに理解することをあきらめてしまうなど、あまりにも悲しいです。ましてや、同じ人間を“敵”と思うなどは、本当に信じられない気がします。世界中ではいろんなことが起きていますが、もちろん、長い歴史の中ではすぐに解決されないことはあるだろうけれど、根本的には、人間はみな仲良くなるべきに決まっているのです。私自身は子供の頃からそれは強く思っていましたし、そのための何らかの力になれるのではないかと、外国語を勉強してもきました。音楽を愛してもきました。
 「言葉」というものは、音楽と同じように人と人を結びつける力があるから、正しく使えばどんな人でも世界の平和に何らか貢献ができるはずです。だからというわけではありませんが、私はできるだけ多くの人に外国語を勉強してほしいと昔から思っています。外国人にそれを望むのが無理ならば、まず日本人がやるべきだろうと考えているわけです。それもできるならば、英語だけではなくて、他のたくさんの言語を多くの日本人があやつるようになり、世界の人たちと理解し合うことができたら素晴らしいでしょう。他の外国人たちももちろんそう考えてほしいです。また、同じように、「音楽」にだってその力に貢献することができるでしょう。芸術には深く人間と関わるものがあります。音楽というものは、ものすごく人間の心に強く訴える力を持っているし、言葉を越えた理解もそこにはあります。言葉で何も言わなくとも、幸せを確信することさえできることだってあります。

 なんだか、話が大きな方向へ飛んで入ってしまいましたが、音楽の仕事に携わりながらも、自分のやっている仕事がどんなことにつながっていくのか、この地球のために自分は何の役に立っているのか、それをいつも考えながら日々のさまざまな仕事を方向付けていきたいと、そういう大きな気持ちをもってしまう日もあります。




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