〜「音楽雑感」番外編(1)〜

“感動”の本質を探る (2003年6月22日)(2006年12月加筆)

[前編]
 音楽によって人は心を動かされたりするものですが、それがなぜかということを考えてみたいと思います。
 クラシック音楽に限ってみたとしても、曲によって数え切れないほどの種類の音楽がありますし、それぞれの音楽の求めるものは違います。個性豊かな作曲家たちによって創られたあらゆる曲が存在し、それをすべて言葉で分類するのは難しいことだと思います。でも、若い人たちにとっては、「何のために音楽を勉強しているのか」、「何のためにピアノを弾くのか」というような疑問があったとすれば、それに対する答えをつかむきっかけになると思うので、音楽の素晴らしさを再認識するためにも一緒に考えてみたいと思います。

 「音楽が好き」という人は、もちろん、「聴いていて気持ちが良くなるから」だけではないと思います。また、単に「楽しい気分になるから」だけでもないでしょう。音楽には“癒される”効果もあるようですが、なぜ癒されるのか、それにも理由があるはずです。例えば、マーチとかポロネーズのように、リズムがよくカッコいい音楽を聴くと元気が沸いてくるということもあります。オーケストラのように迫力ある編成で音楽を聴くと、その勇壮なキャラクターで人を惹きつけるものもあるでしょう。反対に、心に染み入るような美しいメロディーを聴いて癒されるのは、そのメロディーがとても悲しかったり、または、その悲しみに中にも作曲者がそれを達観しているような心境を感じて、何とも言えぬ素晴らしさを発見する、あるいは音楽そのものの中に含まれる“美”を感じるような作品もあります。または、音楽の中に表現される意志の強さとか、何事にも負けない強さを感じたり、神の力のような圧倒的なものを感じて感動したりすることもあるでしょう。あまりにも、美しい整合性をもった音楽には、究極の秩序美のようなものを感じることもあります。歌曲やオペラを聴いて感動するのは、歌詞や物語の内容に共感するということもあります。自分の人生の経験と二重写しになって悲しくなったり、心を動かされたりする場合もあります。このように、人が音楽に感動する理由はいくつかに分類することができると思います。

 そこで、もう少し音楽の持つ本質的な部分について考えてみたいと思います。音楽といっても幅広いので、例えばオペラのように言葉もあり、物語や思想が表現されている芸術、また宗教曲や合唱曲など歌詞を伴うものがありますが、これらの音楽については別の場で語るとして、まず器楽曲について考えてみたいと思います。純粋に「音の芸術」の本質を探るには、そこから始めるのが良いのではないかと考えます。 器楽曲と言っても、「標題音楽」(program music)と言われるものもあります。「交響詩」であるとか、音楽にストーリーが与えられているものがあります。器楽曲ではありませんが、ワーグナーが楽劇で用いた、人物や情景、象徴などを表わす“ライトモチーフ”を駆使して編まれたような音楽。また、写実的に風景や物事を描写的に書こうと試みられたような音楽 − リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」など − もあるにはあります。また、ジプシー音楽の旋律を使ったものなど、メロディー自体に民族的な要素があるものや、ある国や地方の民謡を喚起したりする音楽もあります。それらを含めると、音楽には一言で説明できないものが確かにいろいろ存在します。音だけの芸術で、表現し得るものはこのようにたくさんあるのです。

 ただ、ここで考えてみたいのはまず「絶対音楽」といわれるもので、これらが、絵画でいうとすべて“抽象画”にあたるのかと言えば、そうでもあるし、そうとも言い切れない。音楽は絵画と違って、抽象性はあるけれども、もっと直接的な力を持っているように感じます。グスタフ・マーラーは、あらゆる芸術分野を階層的に説明して、このような意味で音楽は高位に位置する芸術だということを語っています。

 多くの作曲家が何を表現したかったのか、ということについて考えるのはとても有益なことだと思います。私たちは、音楽を聴いて心を動かされるわけですから、何かその音楽の中には秘密があるはずなのです。それらの理由は、一曲ごとに考えてみる価値がありますし、一つの曲の中にもいろんな要素が交じり合っている場合もあります。作曲家一人一人の美的感覚にはそれぞれ個性があります。バッハが求めたもの、ベートーヴェンが求めたもの、ショパンが求めたもの、シューマンが求めたものにはそれぞれ作曲の動機や音楽への思い入れには違いがありますが、本質的な部分で分類することが可能なものも含まれると思います。

(後編に続く))


[後編]
 例えば音楽ではなく、文学などで考えてみても良いのですが、私たちは小説を読んで感動するということがあります。映画を観てもそうでしょう。良いものには、その背後には良い思想が流れているものです。ストーリーだけが長くて一応の物語として完結していても、読後感がゼロのようなものもあります。その人にとって、知識が増えるわけでもなく、考え方に良い影響を受ける訳でもないようなものがあります。音楽の中にも、やはり一度聴いたら内容が分かってしまって、もう面白さを感じないというようなものもあるし、何度聴いても聴くたびに新しい発見があって、なかなか飽きない曲もあります。とはいっても、例えば小説の場合には、その舞台背景になっている場所が自分の好きな場所だったり、小説の全体を貫く雰囲気が好きだとか、文体が好きだとか、自分の今の気持ちと合うとか、自分の経験や性格から主人公に共感するとか、いろんな理由から好きだと感じるようなことはあるでしょう。ただ、多くの人の心をつかむ作品というものは、やはり何かしら本質的な理由があるはずで、それが何かということを考えるわけです。

 音楽に話を戻すと、一流のピアニストや良い教師のレッスンでときどき感じるのですが、作品それぞれの本質を踏まえた上で、演奏法を考えていくというようなレッスンがあります。作品の本質を捉えるということが、何にも増して重要なのです。ところが、若い学習者にはそれが混沌としていて、ある作品を勉強していても、その曲をどのように感じて演奏したら良いのか、まったく考えもしないで楽譜を読んでいる人も多いと思います。ただ、なぜそうなってしまうのかというと、偉大な作曲家の作品を自分の感性でしっかりと深く捉えきれるほど、まだ人間経験も音楽経験も熟していないからだと思います。それは、たとえその作品の成立や背景を知識として知ったからといって、完全に得られるものではありません。だからこそ、一流の音楽家と言われる人たちの演奏を聴いたりして、彼らがどう感じているかということを知るのはとても参考になるわけです。しかし、ピアニストや指揮者によって曲の捉え方や得意な楽曲の分野が人それぞれに違う。また演奏法や表現の仕方も大いに違うわけで、音楽の捉え方の基準というものは、今もって混沌としている(永久に?)というのが実際の状況ではないかと感じます。

 音楽には言葉はないのだから、人それぞれ感じ方が違っても良いではないか、という考え方もあるし、音楽のさまざまな要素を通じて人は感動しているのだから、私も自分の考え方を押し付ける気持ちはないのですが、しかし、ある音楽が持っている内容には、本質的なところで変わらない位置付けというか、深さの度合いというようなものもあると言わざるを得ないのです。そうでなければ、どんな音楽を聴いても、ただ気分が変わるだけであまり違いがない、ということになってしまいます。実際にその音楽が、人にどんな影響を与えるか、という“結果”については、人によって違った現象が起きてくるのだろうとは思いますが、私自身はこの問題(=音楽を通して芸術の本質を究明する旅)を、絶対の真理を求めるような気持ちで、小さい頃からずっと続けてきているつもりです。それを探求するのが音楽家の使命でもあると思っています。そうでなければ、音楽はただの自分の楽しみということになってしまうでしょう。もちろん自分の楽しみが目的でやるのも良いことですが、それだけでは長続きもしないでしょうし、音楽家が何のために存在するのかという説明もできません。だから、文学でいえば個人的にどの小説が好きだとか、そういうのはもちろんあっても良いと思うのですが、本質的なところで多くの人の心を捕らえて放さない音楽こそには、絶対的な価値が含まれていて、それが多くの人を感動させることにつながっているのだと思うのです。それが何であるかを探求するために、例えば私たちはその音楽の秘密を知ろうと和声や構成の面から分析を行ってみたり、作曲家の生い立ちを探ってみたりと、いろいろやっているわけでもあると思います。

 音楽と言葉に類似点があるとしたら次のようなことです。同じ言葉でも、涙を流すほどのものもあれば、分厚い言葉が連ねてあっても何の感動をももたらさないものもあります。音楽においても、いろんなことを勉強して思考を深めてくると、曲の中の一つ一つの音が、実は作曲家のどんな考えによって生み出されているか、ということがわかってくるようになります。それは、もちろん学んだ知識や経験からわかることもあるし、直感や感性でわかることもあります。

 結局、感動の本質を探るためには、その音楽がいったい何なのかを、少しでも多く、頭と心でよく感じ取り、理解をしていることが大切だと思うのです。音楽にはあまりにも多くの要素が存在すると思います。この世のすべてのことが表現できるといっても言いすぎではないほどです。音楽家はそのような音楽の本質をきちんと捉えて、より良いものを世の中に提供していくことを考え続けるべきだと思っています。



HOME