日記のページです〜2003年度


2003年9月26日(金) めでたしめでたし Part3

 文化祭とがっちり重なってしまって、「発表会を断念しなければならないかも?」と泣きそうな顔で相談してきた高校2年生のMさん。私もかなり焦りましたが、幸いに事情を先生にお話しして、早退できることになり当日は学校から会場に駆けつけてくれました。曲は、ショパンのポロネーズ第1番を弾きました。彼女は高校受験で一年ほどピアノをお休みして、その受験前までは、勉強の負担にならないように、サティーのジムノペディ第1番などを弾いていたので、今回はよく頑張って難易度の高い曲を弾いたと思います。商業科に通っていて、ワープロ検定や簿記などの資格を高校で取るため、ピアノに向う時間がなかなか取れず苦労していますが、弾きたいと思った曲が自分の指で演奏できる喜びには代えられないのでしょう。これからも、がんばってくださいね。

 数人の他の中高生の生徒さんは学校や部活に忙しくて、発表会に参加を断念した人もいました。来年は出場できると良いですね。

 ところで、この他にも大人の方で熱心にピアノを習われている方々も数名発表会に参加されました。生徒さん中1M君のお父様Yさんは、バッハのフランス組曲第5番からアルマンドとジーグ、そしてプロコフィエフのプレリュード作品12-7を披露されました。M君いわく、「お父さんの集中力はすごい。ピアノの部屋に入ったら1、2時間は弾きっぱなしで出てこない」だそうです。お仕事もお忙しいでしょうに、2週間に一度のレッスンでは、確実に前回より上達が見られます。テンポに関しても、今ご自身がどのくらいのテンポなら確実に弾けるのかをよく把握していらっしゃいます。飛び越えるべきハードルの設定が上手いということでしょう。今回の3曲中、バッハのジーグはやはり気が抜けない曲でしたが、テンポも妥協せずかなりのインテンポで弾き切りました。コーダもかっこよく決まり良かったです。発表会を聴きにいらしていた女の子がYさんの熱演されている姿を見て、「パパもピアノ、習えばいいのに」と言っていたそうです。(^_^)



2003年9月19日(金) めでたしめでたし Part2

 小5のT君は、ショパンが大好きです。マズルカ作品7-1とワルツ12番を弾いてくれました。グレン・グールドのように体がずっと円を描きながら気持ち良さそうに弾いていました。夏の合宿で、グールドの演奏しているLDをみんなで観たのですが、それも参考になっているのかな?ピアノのCDを聴くのも好きで、発表会の選曲も彼がしました。発表会が終わってから、次の曲探しにお母様は2時間も付き合わされたとか!?偉すぎます!

 物静かな小6のH君は、ヴァイオリンも習っていて、今回の発表会ではピアノのソロの演奏とヴァイオリンの演奏を披露してくれました。毎日の練習のウエイトはピアノが第一だそうです。(^^) ショパンのワルツ第7番を弾きました。ショパンはもう何曲目になるのでしょう? 確か最初に弾いたショパンは、遺作集に入っている小品の「ワルツ イ短調」だったと思います。もう5、6曲は弾いたでしょうか。そのお陰で、ショパンの自然なルバートを心から感じ取り、歌心をもって、繊細な音色を聴かせてくれました。次の曲は、新しいレパートリーに挑戦することになり、ベートーヴェンのソナタになりました。彼がどんなベートーヴェンを弾くのか楽しみです。

 中1のM君は、ドビュッシーのアラベスク第2番を弾きました。8月にはバルトークのルーマニア舞曲を弾いていて、かなり上手い演奏をしていました。彼は、7歳までウィーンに住んでいたせいか、どこかヨーロッパの気質を感じさせるピアノを弾くのですが、バルトークの土臭さがはまっていました。それが終わり、1ヶ月の短期間でドビュッシーを仕上げ、よく頑張ったと思います。バルトークの住んでいたハンガリーは、彼のよく知っているウィーンと隣接した国ですけど、今回はフランスのパリに住んだドビュッシーの曲。彼にとっては未知の感覚だったようです。この曲のリズムって結構弾き難くて、しかも3と4の指や、4と5の指で三連符を弾かなくてはならず、(しかもきわめて軽く!)拍に合わせて三連を弾き始めるのが大変難かしいのです。だいたい前につんのめってしまうのです。この曲を勉強したお陰で軽やかにしかもタイミング良く音を出すことができるようになったと思います。
(続く…)



2003年9月18日(木) めでたしめでたし

 9月14日日曜日は、リトルマエストロたちの会、ピアノ発表会でした。頑張って練習してきた成果を出せたのではないでしょうか?
 発表会に向けてある程度長い期間練習するのは、本当に根気の要ることだと思います。暗譜も長くやったからと言って、絶対に確実に忘れない保証はありませんし、テクニックについても、広い音程を掴みきれないところは何度練習していても恐いし、跳躍にしてもそうですし、手が疲れて曲の途中からいつも弾けないというまま本番が来ることもあるし、「いつでも弾けるよ!これで完璧!」というところまではそう簡単には到達できません。そんななかで発表会までの一日一日を過ごし、本番の当日がやってきたのです。そのプレッシャーのなかで、ある程度のクオリティーを持った演奏ができた生徒さんたちは本当に偉かったと思います。

 年中のFくんは、最後のレッスンの時もタイで伸びた5拍を数えられませんでしたが、本番は1回も間違えずに最後まで弾きました。発表会前最後の3日間にお母様が魔法をかけたのかしら?

 習い始めた曲をすぐ暗譜するのが得意な小学1年生のHくんは、一ヶ月で新しい曲を2曲仕上げました。今回は脱力して弾くことも課題だったので、ゆっくりの練習を間際までやりました。
 最後の一週間でテンポを上げましたが、もともと早い曲が好きなHくん、水を得た魚のように生き生きと、しかも力まずに弾けました。上手くピアノを鳴らすことができたと思います。本人はブルグミューラーのアラベスクについては少しイメージと違って弾いたらしく、ちょっと不本意らしいですが…。6歳の彼が自分で反省をしていると知って、少し驚きました。理想が高いのでしょう。

 活発な小4のKちゃんは、ピップホップやお習字など習い事をいくつもやりながらピアノも発表会まで毎日2時間頑張りました。発表会では3曲弾いてくれました。最後に弾いたドビュッシーの小さな黒人は体調を崩してしまって3回しかレッスンを受けられませんでしたが、他の2曲と同じように流れをもって弾けました。初めてペダルをつけた曲にチャレンジしましたが、良く耳で聴けていてペダルのタイミングがとっても良かったですね。ヒップホップを習っていることもプラスになっているのでは?

 小5のSちゃんは、音楽が好きでヴァイオリンやお琴も習ってみたいと思っているそうです。(発表会のあとで、お母様からお聞きするまで知りませんでした。)今回はソロの曲と、中学2年のお姉さんと連弾で弾いてくれました。兄弟や姉妹の連弾は息がピッタリ合うとよく聞きますが、本当にそうでした。最初のレッスンの時から何も合図なしで自然に二人で弾き始められるのは、うらやましかったです?! 主人と2台ピアノを始めたころは、ものすごいかぶり合図を出してもらって申し訳ない思いをしました。(;_;)
(続く…)
(ついでに言いますと、今日は私の誕生日でした。(^^))


2003年7月29日(火) 演奏会終了

 7月12日は、無事に演奏会を終わることができました。松尾楽器のスタジオには、たくさんの人に来ていただいて、暖かい拍手をいただき、本当に感謝申し上げます。新たな課題も見つかり、反省点も多くありますが、これからまた新たな気持ちで研鑚を積んでいきたいと思います。

 メトネルのディトランボス(第2番)は、一回で好きになられたという方が多くて、メトネルという作曲家が多くの人の心をつかんだのだということがわかりました。アンコールには、メトネルのディトランボスより第3番を弾きました。この二つの曲はメトネルの作品の中でもとても好きな曲でしたので、皆さんに聴いていただけたらと思っていました。

 ショパンのエチュードは、やはり今回のプログラムの中で最後まで気の抜けない曲でした。作品10−7はずっと最悪な状態にはまっていて、恐くて恐くて本番直前まで毎日泣いていました。ゆっくりのテンポで、絶対に手が硬直しないリラックスした状態で弾き通せることに徹して、最後の3週間は練習しました。本番のテンポもカッコ良く速いテンポでは絶対に弾かないと決意して、さらいました。ついつい弾けるのではないかと練習でも速いテンポでたくさんやってしまっていたのです。本番は気合で弾けたとしか言いようがありません。でも本当に終わってホッとしました。

 さて、あっという間に時間も過ぎ、企画していたピアノ合宿も終わりました。先週2泊3日という日程で行ってきました。参加者は、総勢14人、年中のF君から中学一年生のY君までの子供たちと音大生、大人の生徒さんや子供たちの父兄と、私たち夫婦というメンバーで、常に時間があればピアノを誰かが弾いているような、大変にぎやかで楽しい合宿でした。こんなに充実しているのだったら、前から合宿を計画すれば良かったと思ったくらいです。合宿での話はまた次の日記に書こうと思います。



2003年6月14日(土) 皆ピアノに夢中!?(第一話)

 昨日は、「メトジカ音楽教室」というところでの第2回目のレッスンをしてきました。生徒さんは、年長さんでピアノを触るのは初めてという女の子と、やはりピアノを習うのが初めてという小学校5年生の女の子です。ピアノの音に心踊る様子が伝わってきて、私自身も新鮮な気持ちで、一緒に音色に聞き入る時間を持ちました。おそるおそる出してみた音が、とても優しい響きで返ってきて、彼女も私も思わず顔を見合わせにっこりして「きれいねぇー」と幸せなシーンもありました。
彼女たちとのレッスンは今始まったばかりですが、半年後には、きっとお気に入りの曲を気持ち良く弾けるように一緒に頑張りたいと思います。

 一方、自宅ではあと一ヶ月を切ってしまったピティナのコンクールの本番に向けて数人の生徒さんたちを相手に、少々興奮気味に(?)レッスンを展開しています。今年は皆さん去年よりも早い時期から真剣に取り組んでいます。
 それにはもう一つ訳があって、実は楽しい計画が待っているからです。(^_^)
頑張って予選を通過して、皆で夏休みに強化合宿に行こう!と盛りあがっているのです。今回は初の試みで、山中湖近くにあるペンションで2泊3日の合宿です。昌裕先生も参加予定ですので、スペシャルレッスンをしていただけるかも?! 私のレッスンでは優しいですからね。(?) たまには厳しいレッスンも皆にはとても良い刺激になるでしょう。もちろんコンクールを受けない生徒さんもいますが、9月の発表会もあるので皆さんそれに向けて頑張っています。姉妹のお二人などは連弾にチャレンジしています。お姉さんは、中学2年生で塾や部活にも忙しく、「発表会は出れないかも…」と4月頃相談されていたのですけど、連弾の話をしたらすごく乗ってくれて、レッスンもとても充実してきました。
小学5年生のT君は、ショパンに夢中です。ソナチネなども少しやっては見ましたが、どうも触手が動かないらしく、やっぱりショパンがお好きなようです。「複雑な和音がいい!」と、今はマズルカとワルツを弾いています。ショパンとの最初の出会いはやはり小犬のワルツでした。でも初めは難しくて左手の何種類もの和音を覚えるのにとても時間がかかりました。半年は練習したと思います。でも弾けば弾きこむほどに好きになっていったようで、彼が毎週つけていて私にも見せてくれる“ピアノ日記”には「やっぱり、小犬のワルツは好きだ!!!」と書かれていました。生徒さん、皆さん誠実にピアノに向って練習していて偉いと思います。

 そういえば私も7月12日(土)にコンサートをすることになりました。もう1ヶ月を切ってしまいました。(わ〜(*_*))



2003年4月1日(火)

 寒さがずいぶん和らぎましたね。もうそこまで待ちどおしかった春がやってきています。そろそろ入学式のシーズンですね。今年入学を迎えられる方々は希望にあふれていらっしゃることでしょう。

 前にお話した私のピアノの生徒さんで、高校生のお嬢さんがいらっしゃるKさんも、桐朋学園短期大学音楽科に社会人入試で無事合格され、もうすぐ憧れの学生生活がスタートします。六年ほど一緒に頑張ってきたのでやはり感慨深いものがあります。

 彼女は小柄な方なのでオクターブを掴むのに苦労され、指のストレッチを一緒に考えたり、脱力にかなり時間を掛けて勉強しました。脱力ができないとひとことで言っても、速いパッセージを弾く時に指の独立が上手くいかず脱力できない場合や、オクターブや六度などの連続で手を広げることで力が入ってくる場合などがありますが(もちろんこの2つの要素が同時に現れる場合も多いのですが)、一般的には手を広げると手首から肘にかけて硬くなるので、手や手首や肘が緊張しないようにしながら手を開いたり結んだり、親指や小指を外側に広げたり、一本一本の指を動かしたりという練習をしました。これは、確かリストのメソードだったと思います。

 また、ハノンも根気よく全曲取り組まれ、先日の最後のレッスンでちょうど60番が終わりました。丸六年をかけたことになりますね。その甲斐あって、オクターブの音階や分散オクターブの音階も全調を通して弾けるようになられて、かなり上達されたと思います。

 脱力はピアノを弾く者にとってはいつも課題ですが、ゆっくりと弾きながら脱力できている実感を掴むことが大切ですよね。「えー!脱力して弾くとこんなに楽なの?」と気付けばしめたものです。脱力を特別意識しなくても、もともと脱力できている人もいますし、訓練によって次第に習得する人もいると思います。自分にはどんな課題があるのか?なぜ弾けないのか?問題意識を持って練習を考えることが大切ですね。

 以前、ある講座でホロビッツが演奏している映像を超スローモーションで見せていただいたことがあります。確か1秒間を何コマかに分けて見ることができたのですが、打鍵している瞬間は映像では捕らえられないほど敏速なのには驚きました。実に無駄のない動きでしたし、運動そのものが本当に美しいと感じたのです。「指って実はこんなに運動しているのだわー。」と感心してしまいました。指がそれぞれ独立して運動するためには、腕や手首や肘などに力が入っていたら無理ですよね。それ以来少しヒントを得て、私もレッスンで生徒さんが弾けない時などに、ゆっくりときれいな運動や指さばきを意識しながら一緒にやってみたりしています。



2003年3月27日(木)
エネルギーの消失?

 花粉症の季節になっていますが、私もこの時期とても辛いです。モジモジ、グシュグシュ、カユカユ、終いにはボーっとして頭痛にまでなってしまいます。熟睡できないのが一番辛いですね。少しでもスギ花粉が減ってくれたら良いのにと思うのですが…。それでも、調子の良い日もあったりで薬を飲まない日もあります。なるべくなら飲みたくないんですよね。だってすごく眠くなるんです。だから、もう収まったのかな〜と思って、何日か様子を見ていると、突然また鼻が止まらなくなるのでした。

 先日銀座ヤマハでの主人の演奏会の前日、花粉症のピークが来てしまって、その日は一日レッスンをしながら、ティッシュを手から放せない状態でした。目も痒くてこすってしまい涙目に。レッスンに来られた生徒のお母さんが薬剤師で、レッスン後に薬を買ってきてくださり、心配をおかけしてしまいました。

 ところで、くしゃみを頻繁にする私を見て、主人が心配げながらも「僕の演奏会の時っていつも具合が悪くなっているんじゃない?」と冷静に一言いわれ、そういえば前回も高熱が出て解熱剤を飲み、会場に同行したのを思い出しました。ほかにもマスクをして主人の演奏を聴いた記憶がけっこうあったりして…。

 「本番前ってパワーが必要だから、体がまわりのすべてのエネルギーを吸収してしまうんだよね。」と主人。…うーむ。それって自然界のパワーのみならず、私のパワーまで吸収しているということなのかしら?でも確かに説得力があるような…。

 本番に向けて精神を集中していっているその様子は側で見ていてもよく分かりますが、次回の演奏会からは、パワーを吸収される人ではなく、供給できるサポーターでありたいと思います(^^)。




2003年3月20日(木) 久々の日記です

 またずいぶんと時間が経ってしまいました。日記がなかなか書けなくて気にはなっていたのですが、日記を書き続けることって本当に大変なことですね。(・o・) 日常の生活の繰り返しの中からトピックスを見つけるのはやはり難しいです。行動範囲を広く、多くの人と交わる中に何か発見があるのですよね。

 レッスンのほうは真面目にしているつもりですが、ここのところ、母の介助に一生懸命な日々を送っています。以前よりそのウェイトが随分多くなってきました。76歳の父と二人で頑張っています。母を見ていると、誰でも年をとり、昨日までできていたことができなくなっていくのが分かります。
年をとるというのは本当に大変なことです。若い頃には気にもしないようなことにも、体が思うように動かず不自由になります。
人の手を借りなければ生活できないことを、「申し訳ない」と思い、気持ちに張りがなくなるのですね。母が笑ってくれると、こちらもとても気持ちが軽くなります。楽しく過ごせるように話題を作っています。

 今日は初めて訪問看護ステーションの方が来られました。、母の清拭などをしてくださったのですが、母の「申し訳ないですね。」という言葉に、「そんなことはないのですよ。今まで一生懸命十分に働いていらっしゃったのですもの。何でもやらせてくださいませ。」と優しく声をかけて下さいました。看護の方や、ホームヘルパーさんの存在はとても大きいです。父と二人では、息切れしてしまってとても続かないと思いますが、訪問してくださる日は、私たちは時間を自由に使えます。母にとっても、家族以外の人とコミュニケーションを取ることが精神の張りになっているようです。

 介護について、教わることも多いです。足湯もしてもらいましたが、私が一生懸命やっていたことでも、ヘルパーさんはさすがにプロで、やり方も、効果も全然違うのに驚きました。愛情とプロ意識を持ったナイチンゲールのような方々が、これからはもっと必要になるのではないでしょうか。

 介護するということは、少子高齢化が進む中、多くの人達にとってすごく身近なことだと思います。今後は介護についての情報交換がもっと得られやすくなればよいと思います。介護される方もする方も、孤立せずに明るく、そしてそれが特別のことではないことのような社会になっていってほしいと思います。



2003年1月23日(木) 本番の衣装

 
今日はまた雪がたくさん降って積もってきました。やっと日記の更新です。先日、主人のカワイコンサートが無事おわり、ほっとしています。その日から、なぜか私が38度8分の熱を出して、寝こんでしまいました。丸三日休んで今日から平常通りです。

 ところで、本番でピアノ弾く時って、着ている物によって動きにくいのが一番困りますよね。手の交差や跳躍も難なくできるような洋服が一番です。女性は肩を出したドレスが一番弾きやすく、デザインも色も素材も数え切れないほどあって困るくらいなのですが、それに比べ、男性は燕尾服かモーニングがほとんどで、あまり変わり映えがしませんよね。もちろん燕尾を着れば素敵ですけど、サスペンダーをし、カマーバンドを巻いてさらに重い上着を着ているのを見ると、弾きにくそうで気の毒になってしまいます。今回のプログラムには、カプースチンやバラキレフのイスラメイが入っていたので、燕尾では演奏不可能と思ったらしく、新しい演奏会用のスーツを買うことに。本来ならジャストフィットでスリムに見えるサイズがあるのですが、弾きやすさを最重要に考え、パターンオーダーというもので少し大きめのサイズを直してフィットさせました。

 ようやく気に入った生地とスタイルがあり、サイズ直しになりました。試着室には椅子を持ちこんでピアノの実演パントマイムをやりながら、本当に動きやすいかのチェックも。(店員さんにはなんと思われていたのでしょうか?気が気でなかった私です。)ウエストを直し、ズボンの丈爪を決め、次に上着へ。手の交差の際弾きやすいように、上着の肩幅はそのままで、袖の長さを詰めることになりました。主人は、難しい顔で瞬時に計算をしていましたが、「じゃ、5ミリ詰めてください」。「ちょっ、ちょっと、それではまだ袖がかなり長いと思うけど…」と心配する私と店員さんの意見も聞いているのかいないのか、確信を持って、彼は「うん、5ミリでお願いします。」
さて、これが演奏会の前日まで慌てる原因になろうとは。

 演奏会六日前に、出来上がった衣装を着てリハーサルをしてみようということになり、さて弾いてみると、やっぱり袖が長すぎて手の交差の時に右の親指が左の袖口にジャストイン! 弾こうとする指が袖の中に入ってしまいます。それに、袖が先にピアノを弾いてしまって音が鳴らない! おまけに親指の付け根まで袖が手を隠してしまっていて、指さばきが見えない!

 やっぱり袖は長すぎたのでした。これでは弾けないということが分かり、翌日彼は慌てて2度目のサイズ直しにお店に飛んで行きました。

 「あと3センチ袖を詰めてくださぁーい!」(゚o゚)

 そうです。結局、合計3.5センチ袖を詰めていただき、演奏会前日の夕方5時にかろうじて間に合わせてもらったのでした。
(あせった〜(゚.゚))




2003年1月2日(木) 

 明けましておめでとうございます。新しい一年が始まりました。一年が経つのは本当に早いですね。私の今年の抱負は、「いつも笑顔で、前向きに、チャレンジしていこう」です。

 12月は、パソコンの前に座る時間がなかなか取れなくて、おさぼりしてすみませんでした。最近の私の生活は、簡単に言ってしまえば、主婦をしながら、仕事をしている女性の生活です。でも、営業マンのように「命がけで仕事をやれ!」という感じではありませんし、もちろん都会のキャリアウーマンとも、とても言えません。週に2回ほど出張レッスンに出かけているので、外に出る機会は少ない方ではないかな?(少ないでしょ。と横から言われていますけど...。)生徒さんのレッスンのほかは、本番があるときは練習時間を見つけてさらうようにします。本番のないときも、生徒さんの持ってくる曲をさらったり勉強したりするので、ピアノを離れることはあまりないですけど、やっぱり演奏することが決まると、ピアノを弾く時間が大幅にアップすることは確かです。今は、1月8日にメトネルを弾くので、時間を作って練習をしています。

 そして私の両親が九州から近くに引越しをしてきてから、もう一年半が経ちましたが、母が体が弱っているのでそのお世話に毎日通っています。朝、朝食後、自宅をある程度片付けたら、まず両親の家に行きます。自転車で10分です。食事は父が作ってくれているので、私はそれ以外のことで、母が自分でできないことを介助しています。両親宅にも、防音の練習室を父が作ってくれたので、一段落つくと、午前中はそこで練習をします。現在のところ父は、77歳にもかかわらず何でも自分でやってくれるので、本当に頼もしくありがたいです。

 そして、主人が出勤しない日は、彼は一日さらっているので、昼食のために自宅に帰ります。主人と一緒にお昼を食べて、午後の予定にそれぞれ入ります。

 生活のリズムが以前とは随分変わりましたが、充実した日々を送っています。今年は、さらに工夫できることをよく考えて、勉強して、周りにいる人々に喜んでもらえるような自分になりたいと思っています。以前よりも忙しくなっているはずなのですが、一日にやれることは余り変わらず、緊張感を持って過ごせています。与えられた環境が満足いくものでも、最高にそれを生かすことは難しくて、少々ハングリーな中で、成長する気持ちを持ちつづけている方が私には良いのかもしれません。この環境にこそ感謝です。そう言えば、ウィーンにいた頃も、アルバイトにも忙しくて、ピアノの時間を見つけるのに苦労していました。「トランスファー」という仕事をしていたのです。日本から来る旅行者を空港で迎えてホテルまでお送りしながら、ウィーンのインフォメーションをお知らせする仕事です。生徒のレッスンもしていたし、あまり今と変わらないです。

 そして私のライフワークである音楽に対しては、年を重ねてもピュアで、感受性を豊かにしていきたいと思っています。そして、いつもそばで良質の音楽を奏でてくれ?(いや、ホントです。もし部分練習とか、リズム練習ばかり一日中やっていられたら、逃げ出してしまうかも。)興味深い話をしてくれ、私を支えてくれている主人に心から感謝です。主婦も頑張ろう!
今年もどうぞよろしくお願いします。


2002年の日記

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