無印饅頭 無の字を消さずにたべよ

 その昔、達磨大師が中国(梁)に辿り着いたとき、時の皇帝武帝は、次のように質問しました。
「私は長い間、仏教の寺院を建て、僧侶に貢献してきた。このようにしてきた私にはさしずめどのような功徳があるのだろうか?」
 この質問に対して達磨大師は「無功徳」であると答えた。つまり今こうすれば後でどうなるかを考えてするようでは本当の功徳にはならないと言われたわけです。今出来ることとすべきことに一生懸命になって、気持ちを後に引きずらないことが本当の功徳であると言われたのです。
 よく仏事になると何から何まで「これも功徳ですから」とやる。しまいには子供が騒ぐのも、年より若く見えてしまうのも皆、功徳で片づける。本当はそうではなくて、寺に来たら寺に来たなりに、子供は子供なりに、年寄りは年寄りなりに振る舞えばよいわけで、そこに説明はいらないのです。
 能満寺の開山禅師は、無印素文禅師です。室町時代の混乱の中、また疫病や飢饉がはやり世の中が暗くなりかけていた頃、鎌倉よりこの三ノ宮に争乱をさけて外隠されて、十年後に足利尊氏の後援によりこの地に福智山能満寺を建立されました。ここにその徳を讃え無印饅頭を作り供養いたしました。
 食べるときは他事を考えずに味わってお食べください。 伊勢原市神戸- 新店 謹製