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本論に入る前に、もう一つ肝腎の「倭人」或いは「倭」とは何者か?と言う定義なり、議論が必要です。以前、ロトさんの掲示板で議論させて戴き、HPのコーナーに収載されている当時の論考は、分子人類学データがタンパク質からDNAに切り替わった直後の時代のデータに基いていましたが、当時はまだDNAデータは、ミトコンドリアDNA(以下mtDNA)と言う、女系を一系的(単系)で追えるものの、男系は追跡できないと言う欠点を抱えたデータしか、入手できませんでした。更に問題だったのは、mtDNAの極く一部の「遺伝子をコードしない」『非コード領域』であるDループやV領域と言った極めて突然変異を蓄積しやすい領域に限られていたと言う欠陥がありました。当時でも、既に核ゲノム染色体の内、遺伝子数が少なく、また小さい染色体である男性特有の性染色体Y染色体のDNA(以下YーDNAと略)の研究も行なわれ、所謂YAP(Alu挿入)と言われる重要な突然変異が発見されており、科研費から支出された「モンゴロイドプロジェクト」(NHK出版から五冊刊行された『モンゴロイドの地球』シリーズにその成果が収められています)の中にも、ちらりと思わせぶりに、「日本人とチベット人のみに発見される極めて珍しい変異」などと記載されていますが、その詳細なデータの公表も無く、当時の私などには現実的には使用できませんでした。
結局、mtDNAデータについては、当時一般向けに出版された『イブの7人の娘たち』(ブライアン・サイクス)を読んだ時点で、まだ使用に耐え得るデータではないと判断できたので、『モンゴロイドの地球』収載のmtDNAデータとともに、日本人の起源・形成論の論拠には使用せず、DNAデータではなく、蛋白質データであり、父母両系から遺伝する双系的なHLAのデータが最も信頼出来ると判断し、主にHLAデータを民族・部族集団の追跡子(tracer,marker)として使用して、遼河流域から倭人が、日本列島に弥生時代に到来した、と結論を出したのです。これは、HLAの各型の組み合わせ(ハプロタイプ)中で、日本人最多頻度の型が、モンゴルあたりとも共通し、モンゴルでもおそらく最多頻度であると考えられることが、大きな根拠となっています。要するに日本民族の形成は、日本語民族の形成であり、日本語が倭人の言語であろうと考えられ、且つ縄文時代にまでは遡り得ないだろうとの合理的推測が、立てられる事からの推測でした。この場合、日本列島と蒙古高原の何れか一方から他方への移住と言うよりも、その両者の中間地域からの両地域への移住の可能性をも考慮して、遼河支流域を、移住の基点の可能性が最も高い地域と考えたのです。
この点については、その後のY染色体DNAハプログループ(複数のハプロタイプを、同じ起源のもの同士でまとめてグループ分けしたもの。これもY−DNAと以後省略します)のデータ公表に伴い、男系を単系的に追える事と、言語の拡散が多く父系制氏族社会下で起こっている事からY-DNAのハプログループ(その下位分類・上位分類含む)と言語集団(語族など)との一致が特に東部アジア地域では有効だと考えられ、従来のHLAデータ(これも血清型からDNA型にデータが精緻化された)から、Y-DNAハプログループに基いて修正し、渤海湾沿岸部東部地域が、日本語民族(日琉祖語系統の諸言語・諸方言)の移動・拡散の基点だと考えるようになっています。HLAデータ時代の基点より、東南方に位置が変っていますが、勿論、倭人「諸部族」の一部は、当然その「基点」から東北方に移住し、満州に入った部族もあったと考えられます。(『後漢書』鮮卑伝の倭人国など)
尚、mtDNAの非コード領域のデータが使用できないと考えたのは、それらの領域が、基本的に自然淘汰を受けないために、変異の蓄積が大きくなり、独立して同じ変異が、別個の地域や集団内で生じるために、「一系(単系)的」である筈なのに、系譜が辿れなくなるという欠陥があるからです。現にサイクスの本では、(A,B)と言う二つの突然変異を持ったmtDNAの祖型が、一方のみの変異を持った(A、−)と(ー、B)の何れであるかを決められず、結局「両者が祖型」であると言う系譜を作る着想を得た経緯を、とくとくと書いていました。私はこれを見て、「生みの母親が二人いる」などと言う生物学的にあり得ない馬鹿げた着想にあきれ果てて、この問題が解決するまで、mtDNAは使用できないと判断したのです。
まあ、最近は、ミトコンドリア遺伝疾患の女性のために、健康なミトコンドリアを持つ女性の卵子から細胞核を除去して、代りにミトコンドリア疾患の女性の卵子からの細胞核を移植する治療が行なわれていますので、「生みの母親」と言うか、母系からの遺伝子源が、1人ではなく2人、と言う症例も出るようになりました。しかし、それでも、「ミトコンドリアDNA」については、供給者(母)は、ただ1人です。
近年のmtDNAについては、mtDNAの全領域をチェックして、ハプログループ分類していますから、勿論、民族や人種の起源論に参考になります。ただ研究が最初にアメリカ先住民から着手された事もあり、A,B,C,Dの順番がアメリカ先住民に最初に割り当てられたために、mtDNAの各ハプログループの記号を一見しただけでは、分類やその水準がわかりにくいと言う欠点があり、その点を考慮してYCC Consortiumを結成して、統一的に命名されたY-DNAハプログループのデータ群が、判りやすいという利点もあり、先に述べたように、言語との関連もmtDNAより密接なので、分子人類学データに言及する時には、主にY-DNAについて触れる事になります。
現時点では、Y-DNAデータからは、Y-D2系統が縄文系で現代日本人男性の約1/3〜最大40%まで、渡来系弥生人主力のY-O2b系統が、約1/3、残りは種種雑多という事になります。
日本列島に日琉祖語系統の言語を持ち込んだのは、Y-O2b系統の集団であり、日本列島では、これに弥生人化〜倭人化された「在来系弥生人(先住縄文系)」を加えたものが、「列島の倭(人)」という事になります。
半島では、Y-D2系統は極く少ないので、Y-O2b集団の一部が、「倭人」であったと考えられます。
実は朝鮮半島では、Y-O2b系統が、韓国人男性の最多集団なので、この系統が「韓族」⇒韓国朝鮮民族のマーカーでもあると、以前は考えていましたが、最近では、どうもY-O2b集団は、本来日琉祖語系統のマーカーであり、半島に残留したY-O2b集団は、他言語集団(例えばY-O3a系統の中の一集団)などの支配下にあって、「韓族化」「朝鮮民族化」された可能性もある、と考えています。 |