1.新宿ゴールデン街に駒音がする
将棋酒場「一歩」<いちふ> |
清安書島黄楊根杢盛り上げ駒
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「一歩」開店十周年のお祝いに! この駒は、別カットの写真の左端のクスノキ製の駒箱に、ふだんは収まっている。友人と一緒に「一歩」に私が顔を出すとき(軽く飲んで将棋を指す)は、いつもこの駒で指すことにしている。もちろん私専用の駒というわけではけっしてないのだが、お客さんのほとんどは、下記のもう一つの駒「淇洲」で指すことが多いようだ。 |
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「一歩」の駒形看板のすぐ脇が入り口
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沖縄出身の吉田純子ママ、棋力は初段
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バブルのころは東京・新宿のゴールデン街も、地上げ屋のせいでいくつか空き店が増え、どうなるかなと思っていたが、最近ではかつての盛況を取り戻しているようだ。小さな飲み屋がひしめき合って、夜中いや朝方まで千鳥足の酔客が、あっちをウロウロこっちをウロウロと闊歩している。
そんな全部で200軒近くはある飲み屋街の一角に、白い駒形看板の「一歩」が目に入る。ゴールデン街にはよくある小さな飲み屋(カウンターの椅子が9脚、ボックスが1つ)で、2003年9月で開店15周年を迎えるという。夜の7時開店で原則は深夜の1時閉店だが、閉店時間を過ぎても飲んでいたり、将棋好きの客が指していることもたまにある。ママひとりの店だから、ママの気分次第で閉店時間も変わるようである。
ママが沖縄出身だからか、ビールやウイスキーの他に、カメに入った古酒(クースー)もある。普通のサリーマンが常連客のメインにはちがいないが、この土地柄に合った一風変わった客も訪れる。その混沌さが、まさにゴールデン街らしいところなのかもしれない。ママを含めた常連客で、お花見の屋形船や将棋大会などもかつてはよくやっていたから、ファミリー的な飲み屋の一面もある。その分一見の客にはとっつきにくいこともあるが、姉御肌も持ち合わせているママに任せておけば大丈夫である。
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淇洲島黄楊板目書き駒
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いくら飲みながら将棋を指すからといっても、「一歩」ではママが客に励行しているそれなりのルールがある。
「駒箱から出して使った場合、必ず駒の数を確認してからしまうこと」「駒には酒やビールをこぼさないように注意すること」「みんなで仲よく使うこと」などである。
以上のことを励行して、酔客がちゃんと守っているかと思うと、ちょっとおかしくなる。盤上から、文字どおり「1歩」(ここでは1枚の歩)飛んだだけで、男たちが右往左往してその1枚を捜す姿は実にほほえましい。ママの将棋に対する情熱と、お店を取り仕切る責任感がそうさせているのだろうか。
私が店に顔を出すと、「1枚も駒はなくなってないからね」と必ずママはひと言いう。差し上げてから10年もたっているのに、1枚もなくすこともなく、損傷もたいしたことがないというのは、ママの思いがこの「淇洲」にこもっているのかもしれない。私も思わずコマーシャルではないが、「10年指しても大丈夫」と言いたくなった。
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唯一のボックス席が対局場に変わる。谷川浩司竜王(当時)とママのツーショットの写真の前で。
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ママの対局相手は、この店の常連客の一人北野豊氏。棋力は三段だから、ママが苦しいかな(?)。
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もうかなり以前のことで私が店に行ったら、ママが「毎日使っているので、ちょっと汚れてきたから何とかならないか」と私に言った。そこで、この「淇洲」の汚れをとって磨くことにした。とはいうものの、道具や椿油がここにあるわけもない。
――ついでにみなさんも知っておいたほうがいい、汚れた駒をきれいにする情報をここで紹介しておこう。まず牛乳(水はダメ)を小さな小鉢に入れ、ティッシュにつけて駒の汚れをとる。すべての駒をやってから、次に油(椿油かクルミ油)を同じようにつけて磨き、最後に布でカラぶきをする。これでかなりきれいになるはずである。ただし、これは汚れた駒に行う適切な方法で、通常の駒の手入れには油をつけず(油のつけすぎはよくない)に、布でカラぶきが一番である。油を使うとしても、たらす程度(1、2滴のごく少量)で十分である――
お店だから、牛乳はあったのでとりあえずそれで汚れを落とした。 しかし、椿油はない。そのままでは油っ気が足りなくなる。そこで、料理に使っているごま油を代用することにした。色の具合も飴色で駒にはよさそうだが、ただし駒にごま油の香りがついてしまった。しばらくは匂ったが、数日後にはその香りもすっかりなくなった。
これが、「一歩」でごま油の香りがする駒の裏話である。
今夜も遅くまで、ゴールデン街の一角に駒音が響く……。
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HP「演歌道場」の中に、「一歩」の掲示板があります。よかったら、そちらものぞいてください。 |