インド旅行記


2006年1月10日〜2006年1月20日

2006年1月10日
成田発,JAL 便でデリー着.機内のビールは国産4社とも揃っており,サントリーのプレミアムモルツもあった. 迷わずプレミアムモルツを選択.機内からエベレストが見えた.飛行機は高度1万メートルに対し,山は8500メートル. ほぼ同じレベルで見えるのね.不思議に思った事.3人組が縦一列に揃って,窓側の席を選択していたようだ. 会話するのに後ろを振り向いたりして喋るので,目障りだし,気になる.でも,そんな座席の選択をしたグループを見たのは初めて. 私の場合は,直ぐに席を立てるように,通路側を選択するけど….
夕方にデリー空港に到着.初日の宿は予約済みで宿までは迎えの車で移動.当初は自力で行く事を考えていたが, 迎えに来てもらう事で正解.デリー市内に着いた頃には真っ暗でバス停から宿まで歩くのは非常に心細い事になっていたと思う. しかも,空港出口に居た大勢のインド人を見ただけでギョッとした.恐らく,タクシーやリキシャーの運転手だと思うが, 情報によると必ずしも行きたい所に連れて行ってくれないらしい.逆にだます為に怪しい旅行会社に連れて行かれるとか. 迎えのドライバの後をついて駐車場に行くまでに,物乞いや路上生活者に早速出くわす.車自体はボロイ. 空港から市内への走っていると車線を守る車は少ないし,やたらとホーンを鳴らす. 事故すれすれで走ってたりもする. 「この旅行はキツくなりそうだ」と思いつつホテル着. チェックインの手続きが長い.パスポートのコピーを取られたり. 次に訪れる町は何処だとか,ホテルを紹介するだとか,うるさい.インド人全体が商魂逞しいというか.
部屋はまぁまぁ.2000円弱でホットシャワー付き.トイレは洋式だけど,インド式用の小さな手桶も置いてある. 旅行を通して,インド人化出来なかったので,手で洗う事は出来なかった. ベッドのシーツは何だかしっとりしている.乾いていない? テレビもある.ザッピングしていたら, 「風雲!たけし城」を加工した番組を放送していた.懐かしい. 小腹が空いたので,ホテルのレストランへ. インド食を良く分かっていなかったので,チキンカレーとナーンを注文してしまった. 隣に座っていたインド人,大学教授の身分で日本で滞在経験があるらしく,信頼できそうな人. インド人,信頼できなさそうな人が多かったので…. その人曰く「初めてのレストランでは veg tahli を注文するのが無難」らしい.

2006年1月11日
ホテルで朝食を摂る.食器類がイマイチきれいでない.ちゃんと洗ってあるのかな,と思いたくなる. それには目を瞑って食べる.微妙な感じのオレンジジュース等など.チェックアウトは12時なので,それまでに近所を散歩. パハールガンジ(メインバザール)やコンノートプレースを歩く. 10月にパハールガンジ沿いで爆発テロがあったのだが,全体的に雑然としているので何処だったのか良く分からない. 歩いているうちに,送迎付きの宿を予約して正解だった,と思った.当初はパハールガンジの安宿を予約して,自力で移動するつもりだったが, 夕方暗くなってからシャトルバスでコンノートプレイスに着いて,パハールガンジまで行くのは初インドな人にとっては非常に心細い事だったろう. 宿に戻ってチェックアウト.バックパックを背負って出発.この日は夜の便でデリーからウダイプルへの夜行列車に乗車するまでに市内観光をするつもりだった. 自力で移動するのは面倒なので,現地ツアーに参加すべく観光局へ向う.その途中で何故かシンガポール人のおじさんと一緒になる. 最初は怪しい気がしたので振り払う気でいたが,結局の所,現地ツアーが終わるまで一緒だった. インド人の英語って分からねぇ〜と思ってたところで,シンガポール人の英語にも苦労した. 年齢は私の父親とほぼ同じでリタイアして色々と旅してるとか.(インド)旅行におけるアドバイスもしてくれた. 昼食は軽くスナック.オールドデリー半日ツアーの出発地点の隣のカフェ? 南インドのスナックのマサラドーサー.安くて美味しかった. 出発時刻になったのでエアコン付きバスで出発.10人程の参加者.外国人観光客ばかりと思っていたら, ムンバイから勤務先の研修でデリーに来ているサラリーマンもいた.休暇を利用しての参加とか. そうなのだ.この日は休日で銀行,郵便局が閉まっていて不便な思いをした. オールドデリーの主要な箇所を巡る.それにしても,インドは人が多過ぎ. ツアー中にガイドさんが立ち止まって説明を始めると,いつの間にかツアー参加者だけでなく他のインド人も話を聞いている. 我々も一般のインド人に囲まれる.バックパックを背負って参加していたので,スリに取られたら大変なので, 気が気でない.ガイドの説明には集中できず,歴史背景等は理解できなかった. もっとも,インド人の英語を聞き取るのは大変なので,そういう状況でなくても分からなかったと思う. インド人の唾の吐き方は日本人のそれとは異なる.唾液をより多く吐き出す. ツアーの最終地点フマユーン廟を訪問し終え,シンガポール人のおじさんともお別れ. 私はそのままニザムディン駅に向った為,ろくに挨拶も出来なかった. フマユーンからニザムディンに歩いていると,周囲はイスラム系の居住区のよう. 雰囲気が少しやばい気がした.ボロ家が多い.衛生状態も悪そう.路上で用足し(大)をしてたりする. 歩いて直ぐのように言われたけど,そうでもない.本当にインドの道は歩いていて心細い. 暗くなる前に何とか到着.無理に歩かずに,リキシャーでも使えばよかった. 次の都市ウダイプルへの出発までに時間があったので腹ごしらえ.駅隣接のレストランでターリー. 見た目はキレイなレストラン.主に外国人向けか. デザート類も多くあったけど,旅行前半でお腹を壊すのも嫌なので控えた. それにしてもインド人多過ぎ.駅にも群れている. 駅の待合室にアジア系の女性.韓国人学生.同じウダイプルに行くとか.彼女達は何とスリーパークラスに乗車するらしい. あれは外国人旅行者が乗る車両じゃないよ.私はエアコン付き一等車. 高いけど快適な方がいいし,貧乏旅行をするにしても,インド庶民と同じレベルの生活は出来ない. それにしても逞しい. 乗車.4人のコンパートメント.同室なのは他にインド人2人.裕福そうな感じ. これが下等クラスなら,そうは行かないだろう.シーツ,毛布,枕がある. が,下等クラスでは寝袋持参が必要の筈. 多少の会話を交わして就寝.

2006年1月12日
1時間遅れでウダイプル駅着.13時間の列車移動は疲れた.韓国人グループが元気そうに下車してきたのを見かけた. 良く眠れたのだろうか? あの環境は耐えられないだろうな. 駅に到着したのは8時半頃だったか.地図を見る限りでは街中までは数キロの道程なので歩くことにした. リキシャーの運転手がうるさい.振り払うだけでもエネルギーを使う. で,歩いて行ったのはいいが,道が分からなくなった.結局,リキシャーに乗ることにした. 多分,ぼられているんだろう. パレスホテル付近で降りたが,道が分からない.ガイドブックで目星をつけていた宿に向いたいのだが, どちらへ行ったらいいのやら. 暫く歩き回った後,降りた地点を勘違いしていた. それにしてもインドの道は分からない. どうにか目的の宿,ホテルモナリザに到着.部屋を見せてもらい,1泊150ルピーということで決める. 前日には日本人の女の子が泊まってたよ,と言われ,まぁ大丈夫だろうと,変に安心. おばさんの説明では「これがボイラーのスイッチでオンにしてから10分経つと温かいお湯が出る」ということだったんだけど. 実際,シャワーは冷たかった.この宿にはネットに繋がる PC もあるし,まぁ不自由はしない. この地方は毎日10-12時に停電するそうで,その時間は使えない.その他にも急の停電があるので PC は UPS に繋がっている. お腹が空いていたので,オムレツとチャイを注文.まぁまぁかな.チャイは生姜が効いている方が好み. そうでないと,ただの甘いミルクティーになってしまう. 同じ宿の日本人学生が二人.卒業旅行らしい.男二人で同部屋は嫌だよなぁ.色々と情報交換. 彼らはジャイプルから夜行列車で来たらしく,しかもスリーパークラスだったとか. 彼等曰く,寒いし不安だし,と.彼らも,お金を払っても上のクラスに乗車した方が良い,と言っていた. 彼等と雑談後,街を歩く. そう言えば,彼等はラジャスタン限定のビール「キングフィッシャーは不味い」と言ってた. それに対し「日航機内でプレミアムモルツを含めた4社のビールが全て飲めた」と返すと羨ましがってた. 試しにシティパレス内のレストランでキングフィッシャーを飲む.良く分からないけど,再び飲むことは無いだろう. その代わりに滞在中はオーストラリアのフォスターを何度か飲んだ.

2006年1月13日
起床後,朝食を何処で摂ろうかと街を歩く.この街には多くの roof top restaulant を謳っている店がある. 1つを見せてもらったが,価格が高め.2軒目は店内で従業員が布団を敷いて寝ていたので,とても食事をする気分になれなかった. 結局,スナック菓子とジュースで済ませた. 暇潰しにブラブラ歩く.湖で沐浴や洗濯をしている人たちもいる.でも,水は汚い…. ウダイプルでは午前中に停電があるので,その時間帯はお店の冷蔵庫も通電していない.2,3時間くらい飲み物を冷やせない時間があっても問題にはならないだろう. 真夏なら話は別かもしれないけど. とあるお店で買い物.私の好きなネスレのキットカット類を買う.その店の人と会話. お店自体はお兄さんのものだけど,一時的に手伝っているとか. 普段は絵描きだそうだ.ベルギーで絵描きとして仕事をしてるらしい. 作品の写真を見せてもらった.絵といってもキャンバスに描いているのではなく, 装飾用のメタルペインティングというものらしい.見事なものだった. 仲良く会話が出来たので,ついつい色々と買い物をしてしまった. 時間を潰した後に夜の便で次の街のジャイプルへ.暇を潰すのに苦労した. 小さい街で歩く場所は限られるし,宿に戻ってネットサーフィンしたりしてた. 駅で列車を待っていた時にやたらと話しかけてくるインド人がいた. 静かにしていたいし,下手に話して怪しい輩でも困るし,振り払いたいのだけど,向こうも同じ列車を待っているようで, 避けようとしても,うまく行かない.

2006年1月14日
ジャイプル着.早朝6時半くらい.にも拘らず,駅構内にリキシャーの運転手がいっぱい. 「宿は決まっているか? 案内してやる」等などと言ってくるのでかわしながら進む. まだ暗いので暫く構内で過す. ウダイプルで会った彼等に教えてもらった Ever Green Guest House にチェックイン. ここは韓国人宿かと思うほど,韓国人が多い.ホットシャワー無しの部屋でお湯が欲しい場合はバケツに入れてくれるとか. その分,50ルピー安い. 翌日の市内ツアーを予約. 昼食はファミレス風のチェーンレストラン?でタリーを注文. 器がプラスチックのようで安レストラン.水を出され,ミネラルウォーターかと訊ねると, フィルタードウォーターとの返事.安全の為,飲まなかった. 面白かったのは,レストラン二階席で従業員を集めたミーティング.インド人があんなに直立してマネージャの話を聞く所もあるんだ,と関心してしまった. でも,営業時間中に見える所でやらなくてもいいのに. 夕食は何だっけ? 宿の近くのレストランだったかな.ビールとパーラクパニールを注文. グラスが汚れていたので交換してもらった.パーラクパニールはほうれん草のカレー(?)で, 個人的には今ひとつ.

2006年1月15日
ジャイプル2日目.駅前の政府系の宿に移動.理由は少し安かったから.後で失敗した事に気付く. この宿を利用するのは殆どインド人で旅行者らしき人が居ない.話し相手もいない.蚊が飛んでいる. 外がうるさい. 半日市内ツアーに参加.ジャイプルの主な観光ポイントを巡る.ガイドのオジサンの英語は非常に分かりにくい. ツアー前からストレスが溜まっていて,普段飲まない炭酸飲料や,その他,暴飲暴食. スナックのサモサとか色々食べてた. ツアー後も酒屋でビール大瓶を買って,その場で栓を開けて,そのまま飲む. そういえば,ウダイプルでは酒屋を見かけなかったけど,ジャイプルには多く存在する. 夕食は再びファミレス風の店だったと思う.ハズレでもないと思えたので.

2006年1月16日
ジャイプル3日目. 政府系の宿は寂しいので Ever Green Guest House に戻る. 今度はホットシャワー付きの部屋. 翌日の アーグラ行きのバスの予約. デラックスバスなんだけど,どの程度デラックスなのか…. 気になったことで,インド人は列に並んで順番を待つということを知らないらしい. 勝手に割り込んでくる.こういうことも精神的疲労に繋がる要因. どうも体調が良くない.朝食は普通に摂ったが,昼食はお菓子とチャイ.で,昼過ぎからお腹を壊した. 食べ物に中ったのではなく,恐らく旅行中の疲労によると思う. デリーに着いた翌日に夜行で13時間,その翌日に同じく夜行で10時間以上. 無理な旅行は良くない.それと体力的以外に精神的にも疲れる. インド人相手の会話は非常に疲れるのだ. ベッドで明るい内から横になる.15時から翌7時となると16時間も横になっていたことになる. 途中,夕食代わりのチャイと10回以上のトイレの時間を除いて…. 部屋のトイレを紙で詰まらせてしまった.Ever Green Guest House の皆さんゴメンなさい. 詰まらせた後はシャワーの排水溝に目掛けて….

2006年1月17日
ジャイプルからアーグラへ移動. お腹の調子は回復していない.それでも宿をチェックアウトしてバス停に向う. その間,サイクルリキシャーのおじさんに乗れ乗れとしつこく言われる. 「朝,リキシャーに乗るのは良いカルマだ」とか繰り返す. 自らどんどん値切ってくれたが(20ルピー→10ルピー→5ルピー),結局乗らず. バス停のトイレでも未回復. 冷や汗状態で出発. どうにか持ち堪えてアーグラ着.6時間頑張った. それにしても,ジャイプル,アーグラ間のバスも疲れた.道が悪いし,冷房は無いし, 同乗のインド人おばさんがやたらとでかい声を出して会話するし, インド人,何言ってるか分からないし,気付いたら私以外は現地人のようだった. 旅行者風には見えない人ばかり. 先ずは宿探し.旅行に疲れてしまったので,ゆったりと休みたいと欲して安宿ではなく, 高級ホテルでも構わないと思うようになっていた. で,Taj Hotel に宿泊と思っていた. 先ず,電話で空き確認.これだけでもエネルギーを使う.市内通話は1ルピー/分の筈だが, 数分しか喋っていないのに,50ルピーとかボッタくろうとする. インドには日本やその他の国のようなコインやカード式の公衆電話は無く,毎回清算するんだけど, 電話屋と交渉するのにも疲れる. 空室確認は出来たので,次はリキシャーに乗ってホテルに向う.これまた運転手との交渉が疲れる. 安値で言ってきた人の車に乗る.乗っても安心できない. ちゃんと連れて行ってくれるのか.連れて行ってくれたけど,その後の喋りもしつこい. 「アーグラのガイドをしてやる.他のガイドツアーよりも安い.…」と言ってくるのだけど, かわすのも面倒.どうにか諦めてもらうけど,支払いの段階になって,最初に言ってきた運賃よりも高い額を要求してくる. 勿論,最初の額しか払わない.それでもボラれていると思う. ホテルに着いてチェックイン. ウェルカムドリンクやレイをかけてくれたりした. 部屋はきれいだが,構造に問題があるのか,隣室の音が聞こえてきた. これまでの街では無かったことだが,ドラッグを勧める輩が多い. リキシャーの運転手の中にも「良質で安いマリファナがあるよ」とか, 酒屋で「ビール,ウィスキー,マリファナ」等と言ってくる. 勿論,手を出さない. インド食に疲れたので,夕食はピザハットにした. パスタと小さめのピザ.片方のみにすればよかった. やはり,食器類はキレイでない.イタリア人集団も客としていたが,グラスを交換した上に入念にナプキンで拭いている人もいた.

2006年1月18日
アーグラ2日目. 高級ホテルの朝食.レストランには Caucasian の宿泊客ばかり. たらふく食べる.といいつつも,お腹が完全に回復した訳ではないので抑え気味に. 食後に館内を歩いていると土産物屋(お茶)のオジサンにつかまる.猛烈な売り込み. 最終的に断ると,とても残念そうな表情.申し訳ない気もしたけど,他の宿泊客に買ってもらってね. この日はタージマハルを訪れた.ホテルから歩き.途中何度もリキシャーに声を掛けられたが無視. 地図を頼りにひたすら歩いたが本当にインドの地図は怪しい.縮尺がいい加減. 確かに not scaled と書いてあるんだけど. どうにかして到着.国際的な観光地で,外国人の方が多いだろうと思っていたら,インド人の方が多い. タージマハルはキレイなんだけど,建造物には興味がないので,個人的にはイマイチ. 夕食は再びピザハット.パスタのみ. 宿前のネットカフェでは突然の停電.そんなもんなんだろう.

2006年1月19日
早朝の列車でアーグラからニューデリーへ. wake up call を頼んでいなかったのに,出発の30分前の5時頃に電話が鳴った. その後,頼んでいた朝食パックを届けに部屋までやって来てくれた.ゆで卵が2個入っていた. 車で駅まで向かう.早朝にも拘らず,それなりに人が多い. 列車で隣のおじさんが途中からやたらと話し掛けてくる.静かにしていたかったのだけど付き合う. デリーに到着後もリキシャーに便乗して街中まで. 「運転手が夕方の飛行機の出発まで安心に過せるように良いホテルを教えてやる」とか, 草臥れた. 空港まではシャトルバスで.ドアを開けたまま走ってたけど. 私以外の乗客は韓国人の若い女性が4,5名ほど.バックパックに寝袋持参. ヘナとかやって元気そうだった.こっちは疲労困憊に近い状態だったのに.

2006年1月20日
成田着.ふぅ.



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