2003年6月13日
成田発 ヘルシンキ経由 オスロ着
finnair でオスロまで飛ぶ.エコノミーでも
finnair は足元に余裕があって楽.ただ実際は足を伸ばす事は無く,エコノミーの真ん中の4席を占有して,横になっていた.それ程,がら空きだった.臨時便とはいえ,採算が取れているのか.
同乗にはツアーの団体が3組程居て,年齢層が高く,うるさい集団だった.北欧ツアーは人気があるのかな.
ヘルシンキの空港で2時間程待って,オスロへ.オスロ到着後は市内まで空港エクスプレスで行き,宿まではトラム(現地語ではトリック)で更に20分程.
高台にあって,環境の良さそうな YH Oslo-Haraldsheim.きれいな YH でシャワー室も広いし,食事もまとも.でも,シーツも借りたので,合計
200NOK 以上した. ノルウェーは物価が高くて,旅行するのにはつらい.
2003年6月14日
この日はフィヨルド観光の拠点となる Stavanger まで移動.空港に行き,SAS で Stavanger へ飛ぶ.実質飛行時間
40分. 空港からバスで市内へ.荷物を置くために,宿の
YH Stavanger Vandrerhjem Mosvangen に行く.湖のそばで,夏以外は学生寮らしい.
学生寮とするとショボイ.YH としては,まぁまぁ.情報集めと市内観光のため,市内に戻る.徒歩で20分程.
ツーリストインフォでぶらぶらしてると,「英語話せますか?」と尋ねられ,そうだと答えると更に,「日本人ですか?」ときた.
勿論,そう答えると,彼女は日本人観光客向けのガイドらしくて,日本語がそれなりに上手に喋れる.今日は非番で情報収集のためにツーリストインフォに来てたらしい.
私が明日プレーケストーンに行く旨を言うと,色々とアドバイスをくれた.
街をぶらぶら歩き,宿に戻る.同室には,ドイツ人の学生で,ストックホルムから車でオスロ,スタヴァンゲルに来たらしい.
何ともタフだ.
2003年6月15日
この日は地上600Mの崖っぷちのプレーケストーンに行くため,朝のフェリーでタウまで行き,そこからバスで,プレーケストーンヒュッテまで行く.
船上で昨日のガイドさんに会う.ガイドの仕事のため,日本人観光客のお守りしてる感じ.
ヒュッテで弁当を買って,登り始める.観光ハイキングにしては,かなりハードな道程.
ガイドブックには片道2時間と書いてあったが,休憩も写真もとらずにせっせと登っていたら,1時間余りで到着.
上から見たフィヨルドの風景や岩の様子など





アイルランドのモハーの断崖やドゥン・エンガス等の崖を見ていたためか,それ程大きな感動は無かった.プレーケストーンの方が高さでは勝るけど,
アイルランドの方が荒々しくて,寧ろ,いい気がする.フィヨルドはキレイ過ぎておとなしい.
岩の上で昼食.1時間ほど過ごして下山する.途中,前日のガイドに連れられた日本人観光客の集団に出くわす.ガイドさんは元気だったが,
日本人のうちの何人かは既につらそうな顔をしていた.三脚を担いで,登ってくる道程じゃないよな.
更に下山すると,別の日本人に遭遇.こちらは一人旅の様子.岩に腰掛けて休憩していた.本来ならば,このようにのんびりと登るべきだったろう.
急いで登ったためか,帰りはかなり足にきていた.ふらふら.そうして下っているうちに,同室だったドイツ人に再会.私が宿を出るときは彼はまだ寝ていたが,
その後,車でやってきたらしい.ヒュッテに到着して,休憩後,バス,フェリーで
Stavanger に戻る. YH のコモンルームで休んでいると,下山途中に会った日本人に再会.彼女も同宿だったらしい.フィドルにはまって,アイルランドのエニス在住らしい.
なかなか,アイルランド話の通じる人に会うことは少ないので,会話が通じて良かった.普通は,「アイルランドって何処?」から始まるし….
2003年6月16日
この日は同じプレーケストーンというか,リーセフィヨルドのボートツアーに参加.
まぁまぁ,かな.受身の観光はやっぱ面白くないよな.
プレーケストーン(中央)を見上げた写真

船上からフィヨルドを撮る.

2003年6月17日
この日はオスロに戻る.YH をチェックアウトして,飛行機でオスロまで.生まれて始めて,機内食(少量のサンドイッチ)をお替りする.理由は昼食代を浮かすため.
Norway は物価が高すぎて,購買意欲が湧かない.マックやバーガーキングの安メニューで食事を済ませてきたけど,それでも,1回500円くらいはするし,
まともなセットメニューを頼むと1000円位になるし.到着後,宿に荷物を置いて,街へ.初日のオスロは寝るだけだったので実質初オスロ.
前日のスタヴァンゲルの YH でオスロの見所を教えてもらったけど,何故か疲れてしまっていて,歩く気力が出なかった.外はまだ明るい22時には寝てしまった.
2003年6月18日
この日の朝食は宿で摂る場合,宿泊している YH Anker Hostel の同系列のホテルのビュッフェということになっていた.ただ,その場合は YH で予めチケットを買って,
それをホテルに出すような事を受付の人が言っていたが.実際にホテルに行くと,チェックしている様子はない.
なので,チケットを買わずにそのまま朝食を摂った.恐らく生涯初の無銭飲食.
で,この日はヘルシンキに向かう.昼過ぎの finnair の便で飛ぶ.ガラガラでエコノミーには12人しか居なかった.大丈夫か,finnair.
またもや,機内食をお替り.
ヘルシンキ到着後,バスで市内へ.宿の YH Eurohostel にチェックイン.結構,まともだった.更に,フィンランドというせいか,朝の無料サウナも使えるらしい.そのためのバスタオルも提供されている.
ヘルシンキの街自体はあまりパッとしない.割と地味目.驚いたのが,街中にロシア語による表記が多い事だ.恐らく,英語よりも多いだろう.
フィンランドはロシアに接しているし,フェリーでは対岸のエストニアに数時間で行ける.物価はノルウェーよりは安い.これまで,マックとバーガーキングで過ごしてきた反動で,
この晩は初めてまともなレストランに行く.と言っても,現地料理とかでなく,インド料理屋.インド料理なら,大ハズレは無いし.
2003年6月19日
朝はサウナに入る.これまで,日本でサウナを経験したような事はあったが,多分,サウナもどきだった.
帰りは行きで見かけた団体客に会う.添乗員も大変だろう.がら空きの
finnair で再び4席占有して横になって飛んできた.
2003年6月20日
成田着