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最終更新日:2012/11/20

 

「胆石摘出手術記」 2004年7月〜

★入院まで

 運営者のつぶやきには、時系列で書いてきましたが、簡単に手術までの概略を。

 事の起こりは昨年末(2003年)の腹痛と背中の痛みから始まりました。
 この時は緊急処置だけしてもらい恐らく尿管結石だろうと診断されました。しかし、年末年始休みに入っていたので検査できないということで、年明けに検査しました。
結局、ハッキリせず、すでに痛みも収まっていたので1ヶ月様子を見ましょうということで2月に再検査。するとエコー検査で胆石が見つかりました。でも、この時は、緊急性というものではないのでタイミングのいい時に手術しましょうということで収まりました。
 思えば胃が気持ち悪くなって胃薬を飲んでいたのですが、背中にも痛みがあったのでこれが兆候だったのでしょう。

 それから時間が経って6月位から少し症状が出始め、7月に入るとハッキリしてきたので引き伸ばしは危険ということと仕事もなんとかなりそうだと思い手術・入院に踏み切りました。医師はあっさりしたもので、”じゃ、やっちゃいましょうか”みたいな感じです。
 そうは言っても入院期間は短くしたかったので外来で手術用検査を受けていました。
 胆石摘出手術というのは2種類あって「腹腔鏡下胆嚢摘出術」という腹部に4ヶ所位穴を開けるという入院期間が1週間位で済むものと「開腹手術 」といういわゆるお腹を切ってやる方法があります。医師と相談した結果 「腹腔鏡下胆嚢摘出術」で大丈夫だろうということで仕事のスケジュールを調整して手術・入院に向かいました。

★入院当日

 家族と同行でということなので妹と一緒に病院に行き、まずは入院の手続きを行いました。すぐに入院する病室(4人部屋)に案内され、病院から借りたパジャマに着替えしばらく待たされました。
 しばらくすると看護師が来て入院についての説明があり、終了するとここで妹は帰宅しました。
 この日は、そのまま昼食と夜食を食べてすることも無く時間を潰し、若干の検査をしました。まだまだ余裕の初日です。
 ちなみに今回入院する病院は社会保険関係の総合病院で200床位ある規模です。

※知り合いの会社の女性社長が夜、お見舞いにきてくれたので少し不安はごまかせました。

★手術当日

 さ〜て、手術当日(14:00開始予定)です。この日は朝から何も食べさせてもらえないまま個室に移動します。
 前夜に下剤を飲んでいたのですが、僕は効き目がなかったのです。それとは関係なく、完全に腸の中を空っぽにするためをされました。そして剃毛を行いますが、これが両作業ともお気に入りの看護師さんだったのでちょっと気恥ずかしい。
  そして1時間前には父親と妹が来て後は待つだけです。しかし、この個室の雰囲気がなんだか嫌だ、他の病室もそうなんですが壁に血の跡があったりするので気が滅入ります。段々時間が近づいてくると手術スタッフや看護師さん達が挨拶に来てくれます。僕は元気よく”よろしくお願いします”と応え、何か質問はありますか?という問いには”わからないので、とにかくお任せします”と。

 いよいよ時間です。スタッフがストレッチャーを運んできました、もう手術用の着衣以外は何も身に着けていない姿で移されます。(自分でストレッチャーに乗ってはいけないようです)さすがに僕もドキドキしてきましたが、そんなことは関係なく専用エレベータに乗せられ手術室に運ばれます。

 手術室の中に入ると、すでに終了した人の乗ったストレッチャーとすれ違いました。
 部屋には有線が流れ、まるで宇宙船の中の感じでしょうか。まるで自分の目で見ている気がしません、何か映画でも見ているようです。
 しかし、痛みという感覚が現実をわからせます。身体くの字に曲げられ、背骨のあたりに麻酔を何回か注射されます。これが痛い!
 すぐに全身麻酔の説明をされ、何かガスの臭いがしてきたと思ったら頭がボーとしてきて、そこからは意識がありません。
 初めて自分の意思とは関係なく落とされる(?)不快さを覚えています。

・・・ 約2時間の手術 ・・・

 どうやら意識が戻ったようです、なんとなくまわりに声が聞こえてきます、と同時にお腹に強烈な痛みが走ります。どうやら開腹手術だったんだなとわかり切ない気分です。(妹が言うには、この前から無意識に開腹したのと聞いていたらしいのですが)仕事どうしようと、この後に及んでまだ、そんなことを考えてしまいました。
 でも、意識がハッキリすればするほど、そんな事はどうでも良くなり”痛い”とにかく痛い。ヒザを曲げることもできないし、身体から管が一杯出ていることにも気づきました。そして何よりも酸素マスクが苦しい、これが取りたくて仕方がありません。
 
  少し落ち着き父と妹と会話らしきものが出来るようになり、でも僕が言っていることは”これなら死んだ方がいい””とにかく痛い””もう、帰っていいよ”こんな言葉の繰り返しのようです。この時点で今が一体何時なのかさっぱりわかりません。窓の外を見ると真っ暗なので夜なのかな〜と思ったりしているとスタッフは居なくなり、父と妹も帰宅したようです。(実際には出たり入ったりしていたそうです)

 当然、病室に一人となり、時間がわかるものが何もないので時間の感覚がさっぱりわからず、その不安がどんどん気持ちを追い込みます。
”僕にはこんな時間には絶対耐えられない”どうしよう・・・こんなに時間を意識したことはないかもしれません。意識が朦朧としたり覚醒したりを繰り返します。そして進まないこの時間の概念が退院するまで苦しみの1つになります。

 後日談ですが妹が言うには病室に戻ってきた時から意識が戻るまでの間、僕は何かに反応していて変な動きをしていたそうです。何かに怯えているような感じだったそうです。どうやら音に反応していたみたいなのですが。

注:結局は胆嚢の腫れが酷かったため開腹手術になりました。

★術後翌日

 どうやら朝になったらしく医師やスタッフ、家族が揃って今後の説明をしています。実はこの時点でも何時なのか何日目なのかよく理解していません。妹のコッソリと聞きました、ありゃ、手術当日に取引先と会社に電話するなんて言ってあったのにヤバ。
 しかし、とても痛くて電話するのは無理だ〜、痛て〜もんな。などと考えていると看護師さんが”4人部屋の方に戻りましょう”と言います。ウソだろうヒザも曲がらないんだぞ、”さ、ゆっくり起きてね”ね、じゃね〜よと思いつつ、しかし、力は入りません。すると脇を支えられ無理やり起こされました。痛て〜と声が大きくなります。さらに鬼のような一言が”じゃ、歩いていきましょうか”歩くだ〜?なんとか部屋に戻りました。さて、今度はベットに横になるのに一苦労です。
  この時に身体に付いているものは
(1)点滴 (2)背中から出ている痛み止め (3)酸素マスク (4)鼻から管 (5)自動血圧測定器  (6)尿管

注:写真もいつか掲載するかも知れませんが、石はフィルムケースに一杯です。こんなに入ってたのかと思うほどです。重い!

★1日のスケジュール

06:00  起床(朝の検診ですというアナウンスが流れます)
06:30  検診(体温、血圧の測定と問診)
07:30  お茶のアナウンス(お茶が用意できました。身体の動く人はデイリールームに取
       りに来てください)
08:00  朝食
10:00  医師回診 この後から点滴をやったりとかします。
11:30  お茶のアナウンス
12:00  昼食 ※夕食まで自由時間
17:30  お茶のアナウンス
18:00  夕食
20;00  面会終了のアナウンス
21:00  就寝
       ※別に就寝のアナウンスがあるわけでもなく電気が消えます。僕の入院した病
        院はうるさくなくTVを見ていてもイヤホンしてれば何も云わないし、仕切り内の
        ライトを点けていても怒られません。  

・採尿が義務付けられていてトイレに採尿用の機械があって、自動的にタンクに貯めてい
 るらしいです。それで回数とかもチェックしているそうです。

・とにかく時間の流れが遅いのです。夜中によく寝たな〜と思って目を覚ますとまだ、夜の
 10:00だったりとかして、そこから30分とか間隔で目が覚め同じ感覚を繰り返し覚えま
 した、つらいんだ〜これが、退院2日前位からやっと馴れました。

・とにかく歩きなさいと云われ、1時間に1回は意味もなく病院内を歩いてしました。昔は安
 静が絶対と言われたらしいのですが、今は内臓が癒着しないようにする為らしいです。

・実際には食事の間の時間にも医師回診、看護師さんの検診ととにかくよく検査がありま
 す。

★退院

 当日、医師の午前中の回診で退院について最終OKが出たので、めでたく退院となりました。2時間位で精算の紙を事務スタッフが持ってきてくれますので、その金額を妹に電話して持ってくるように頼み、退院の準備に入ります。

 あらかじめ前々日位から予定はあるので、この退院予定日の昼食はありません。さて、金額は僕が社保ですから3割負担で21万円でした、これは入院条件で当然変わります。
やがて妹がお金を持ってきてくれたので精算を済ませ、同室の方への挨拶と看護師さん達にお礼を言って無事退院です。

 2ヶ所の傷が、完全には塞がっていなかったのですが通院して処置さえすればいいということで退院したわけですが普通の生活と全く同様にできるかと云えばそれは無理です。多分2週間は入院しなくてはいけないのですが仕事もあるので無理してますから余計でしょう。食生活は油っこいものは当然避ける必要があります。(僕の担当医は関係ない気もするけどね、と言ってました)後はやはり傷口がある訳ですからシャワーにも注意する必要があります。
後、1週間位は通院して処置を受けるそうです。でも、先生は何日かしたらマキロンと絆創膏を買ってきて自分で処置してもいいよとも言っています。
とりあえず再入院だけは絶対に嫌なのできちんとしましょう。

★番外 事件は6日目の夜起こった!

 4人部屋で僕の向かいに入院していた60〜70歳位の人がいました。見舞い客も多く、息子さんも毎日いらして普通に話しをしているので問題も感じず接していました。(話はほとんどしませんでしたが) 5日目の夜に、この人が突然となりのベットの人にうるさいと怒鳴りましたが、特に喧嘩になることもなく皆寝ました。
 しかし、6日目の夜です。就寝時間が過ぎてから、この人が看護師さんと何やら話しているというか諭されていました。僕は特に気にすることもなくトイレに行くとノックの音がしました、その人らしくドアの外でブツブツつぶやいています。トイレから出るとその人はベットで寝ていました。しかし、しばらくするとナースステーションの方から怒鳴り声が聞こえてきます。その人が”誰か知らない奴がいる”と騒いでいるようです。危険な予感です。しばらくするとその人がベットに戻ってきたかと思うと、また飛び出て行きました。部屋の入り口で立ち尽くしていたりしていると看護師さんがベットにチェックに来たりと慌しい様子です。その内、廊下でその人が殺されるとか喚きだしヤバイと思っていると静かになりました。僕もいつしか眠りに入ってしまったようです。
 翌朝、お茶を取りに行くと、ナースステーションの横の部屋の前に車椅子に座ったその人が目の焦点も合わないまま座っていました。なんでいきなりあんなことになったのか?不思議でした。
結局、僕が退院する日もその人は、その部屋にいます。

★あれから2年 2006年8月、現在

 退院後、当初は毎週、そして、しばらくして、月1回の通院を2006年6月まで続けましたから、ほぼ2年間の通院をしていたことになります。
 肝臓の調子がイマイチだったことが一番の理由なのですが、長かった〜。
 退院してから太ってしまったこともあるのか、傷口がまだ残っていて、まだ、ポッコリとしています。一度、先生に相談したら、体質的なこともあって僕は治りにくいかもしれないと言われていました。
 1年くらいした時に、お腹をへっこめようと思って腹筋をしたら傷口が痛くて止めました。
 しかし、今も痛むのですが、いつまでも体を甘やかせていても良くはならないと思い、やり過ぎない程度に運動しています。
 なんか、他の人の胆石の入院日記などを読むと、みんな、もっと回復が早いのだけど、僕は2年も経ってもまだ不安が拭えない。やはり食べ物には少しは気を使わないといけないし、酒は完全に飲まないようにしてるし、完全体が欲しい〜!

 取引先の人も先週、胆石の手術になってしまい、打ち合わせの度に細かく質問されていました。やっぱり不安ですよね。

 最後に、ここを読んでいる人の多くは、今、不安を抱えている人でしょう、きっと。
 その人たちに、アドバイス!とにかく気づいたら早く石は取っちゃいなさい、先送りしても絶対に損するだけです。


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