問題のその後


取り上げてしまった問題について、メールのご指摘などを通じてその後考えた事を載せようと思います。


ヨウ素の必要量への大きな疑惑(2006・12)

 2006年11月、誠文堂新光社のムック本『コンパニオンバード No.06』に、都内でほぼ鳥専門の動物病院を開業されている獣医氏が、ヨウ素(ヨード)の欠乏による甲状腺腫の危険性を喚起し、ペレット食もしくは「総合ビタミン剤の使用を薦めます」とする記事が掲載された。
 この獣医氏は、人間用のうがい薬であるイソジンを鳥の飲み水に混ぜるように薦めるという、誤った「飼育指導」を過去にされていたが、現在のその論説にも疑問とすべき点があり、はなはだ危険でもあるので、私なりに検証してみたい
(事実誤認などあればご指摘をお願いします)。

 この獣医氏の病院では、なぜか格別にそういった疾患になる小鳥が多いには相違ない。そういった症例を目の当たりにする機会が多いからこそ、強く問題関心を寄せ、ヨウ素不足がその原因になると考え、その必要性を啓発して止まないのだろう。その真摯な姿勢と熱意には敬服するのだが、基本的な勘違いをしてミスリードされては困る。
 まず、ヨウ素の給源がボレー粉にしかないと思い込んでおられるようだが、これは勘違いと言わねばならない。そもそもヨウ素は海水に存在するものには相違ないが、これは水蒸気とともに空中にも放出され、雲を形成し、雨となって土中にもたらされる。従って、海に近い陸地で育った作物はもれなくヨウ素を含んでおり、そのおかげで海洋に面した地域の住民はヨウ素不足の心配がない。つまり、それぞれの作物が含むヨウ素の量は微々たる物であっても、それで
生物が生存する上で必要十分な程度の量は含んでいるので、人間を含め甲状腺何とかにならずに済んでいるのである。これを飼鳥の摂取する栄養と言う面でとらえれば、、周囲を海に囲まれた日本の路地物の野菜も、当然ながらヨウ素の給源としなければならない。

 この獣医氏が、医師として彼の患者たちに求め、またこの雑誌において我々一般の飼育者に説いてくれる(本当は一個人の見解に過ぎないのだが)その具体的なヨウ素量には、大きな疑問がある。
 氏は記事中でその根拠を明示していないが、
「ボレー粉には約0.5mg/100gのヨードが含まれ」ているので、ボレー粉のみからヨウ素の必要量を摂取するには、「毎日0.5g以上食べなければなりません」と断言している。この数値から考えると、同雑誌に引用されている(P40)『AVIANMEDICINE』というどこかの国の研究雑誌か何かで10年以上前(1994年)に提示されたらしい、「オウム目スズメ目全体の栄養必要量」にあるヨウ素の1日の必要量100gあたり0.03mgという数値を根拠にしているのは明らかだ。例えば、1日10g食べるとすれば0.003mgのヨードが必要な計算になり、これを100g中0.5mgの食品で摂るためには、確かに0.5g以上食べなければ、数字のつじつまが合わないのである。この緻密な数値計算は、実に見事な論理的・科学的と言うべきではないか!
 
しかしながら、10年前に誰がどのようにして導き出したのかわからない数値を唯一の根拠とし、それをすべての前提として考えるのは危険ではなかろうか。同雑誌の座談会部分で、この獣医氏はおそらくこの「オウム目スズメ目全体の栄養必要量」を意識して、「飼い鳥の栄養基準はある程度すでに出ているんですが。これをベースラインとしては信頼してもいいと思うんですが」とするが、これは科学者としてあまりに軽率であろう。その点他の獣医師が「ある程度のベースラインに準じていく、信頼するしかない」と数値への全面依存から少し距離を持っているのに対し、数値信仰の危惧をおぼえてしまう。しかし、そのひとつの基準値自体が間違っていれば、間違った数値から組み立てた理屈(仮説)はあっさり崩壊するのは、自然科学でも人文科学でも当然の話で、数値にあわせようとすれば実態から離れてしまうのは世間的経験論と言えよう。
 まずは、その
基準値が信頼できるものか検討することこそが、真に科学的な態度であり、少なくても医学的な見地から言えば、〜という鳥種では、〜gだと欠乏し、〜gだと過剰になったといった、実験データがなければお話にならないように思うのだが、いかがなものであろうか?

 正直に言えば、10年以上も前にフィンチから大型インコまでを含めてしまう大雑把な必要量など、私はまるで信用しない。これも同雑誌上で、また別の獣医師が指摘するところだが(P60)、「いろいろなことが研究途上・・・・・以前言っていたことと違うことを言う時代はすぐ来」るのが常識であり、10年も前の数値など信用する方がどうかしているとさえ思えてしまう。

※ ところで、ころころ変わる栄養学にに基づく「科学的な」エサを薦められたところ、ある日突然「以前言っていたことと違う」ことになったら、飼い主としては困るだろうと思う。何度も言うところだが、この雑誌で登場する獣医師諸氏が、ベターな選択として中・大型インコにペレット食を薦めるのは正しいとしても、今まで何百年も何ら問題なかったフィンチ系の小鳥に、そのある日突然変わる最近のものを(実際ペレットの栄養成分は変化した)、なぜ気楽に薦められうるのだろうか?

 信用出来ない数値しか飼鳥の医学なり科学では存在しないのであれば、とりあえず人間の場合と比較して考えてみてはどうだろう。そこでネット検索したところ、人間の場合1日のヨウ素必要量は0.15mgとされているのが、実に安直にわかった。この数値を元に、人間を軽く見て50kg50000g、文鳥を25gとして単純に比例換算すると、25gでのヨウ素必要量は0.000075mgとなる。この数値は、かの獣医氏が金科玉条とする数値より二桁も低い、実に40分の1の数値なのである。
 確かに人間と文鳥ではまるで違う生き物なので、それは考慮すべきだが、私は寡聞にして鳥が特別ヨウ素を必要とする生物と見なす科学的な根拠(「エビデンス」)を聞かない。したがって、「オウム目スズメ目全体の栄養必要量」が人間の必要量と比較して、
途方もなく高い数値であることは明らかなので、これを疑いもなく受け入れ、それを前提にその量の摂取を求めるのは危険と言わねばならない。

 そもそも、この獣医氏のように、「オウム目スズメ目全体の栄養必要量」という結論を前提とすれば、世の中の配合エサを食べペレットや補助剤を用いない飼鳥は、ほとんど例外なくヨウ素の不足状態にあることになる。ところが、少なくとも文鳥は、その絶対的なヨウ素不足のはずの状態で、なぜか甲状腺障害のまん延もなく江戸時代から連綿と繁殖して生き続けている。
 そのような動かしようのない現実を認識する客観性(もしくは謙虚さ)がある限り、「オウム目スズメ目全体の栄養必要量」など、はなはだ遺憾な事ながら、信用の欠片もおくことは出来ない。むしろ、人間の必要量から導き出した0.000075mgという、極めつけの微量であるからこそ、自然に摂取することが出来ていたものと見なす以外にない。むしろ、その数値の
40倍に達する「オウム目スズメ目全体の栄養必要量」に基づいてヨウ素を投与し続けた時、過剰の問題が起きないものか大いに不安に思うところである。

※ 人間の上限量は1日3mgとされるので、必要量の20倍となる。したがって、40倍となれば明らかな過剰となる。


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