文鳥問題.

《近親交配

 断然桜文鳥派として、桜文鳥の子孫を残していこうと考えると、桜文鳥同士をカップルにしていくのが無難です。したがって、異品種間の交配でどうなるかといった特別な趣味の話は他人事なのですが、家庭で繁殖していくと、必ず問題となってくるのは近親交配です。どういった問題があるのか、少し整理してみます。【2004年8月】 →【補足】卵の管理は飼い主の義務


 家庭で文鳥を飼育して繁殖に成功した後、生まれた子供が成長し、親鳥と恋に落ちたり、兄弟姉妹で夫婦になってしまうことは、自然といえば自然な話です。なぜなら、文鳥には「血縁」という意識がまったくないので、目の前にいる異性は恋愛対象でしかないからです。つまり、「親兄弟との恋愛なんて!」と人間の道徳観を押し付けるのは、まったく無意味な話と言えます。
 野生状態では、性成熟する前に親の縄張りから追い出されるため、親子間のペアリングはまず生じないのですが
(四散するので兄弟姉妹間のペアリングも可能性が低い)、それは家庭内での飼育では不可能な面があると思います。
 もし飼育環境などの制約で、近親間が恋愛関係に入ってしまった場合、その血縁関係を知る飼い主は、その恋愛を許容したとしても、繁殖を認めるかは近親交配による現実的な弊害を考えてからにするべきでしょう。

 「近親交配の子供は体が弱い」(『近交弱勢』)という話を耳にしますが、これだけではあまりに漠然としています。どうして体が弱くなってしまうのでしょう?これについては、劣性遺伝の理屈を理解するとわかりやすいように思うので、まずは簡単に劣性遺伝について説明します。
 そもそも劣性遺伝とは、遺伝子の劣性因子が遺伝していくことです。生物は両親からひとつずつ遺伝因子を受け継ぎ2つ組み合わさる
(対になる)ことで、体格や性格やさまざまな個性が決定されていきますが、この遺伝因子には相対的に優性と劣性のものも存在します。この『劣性』という語感から勘違いをする人がいますが、別に劣った性質というわけではなく(何を「劣る」と判断するかは、結局人間の主観でしかない)他の遺伝因子があるとその影響が表に出ない(潜在化して発現しない)遺伝因子というだけの意味です。
 例えば父親から受け継いだ「鼻が高い」因子aと、母親から受け継いだ「鼻が低い」因子Aが対となり子供の遺伝子型が「Aa」となった時、Aはaより優性(=aはAより劣性)という性質があれば、子供は母親に似た鼻の形になります。

≪人間の血液型≫

遺伝因子・・・A因子・B因子・O因子

両親からひとつずつ因子を受け継ぐ
→ AAかAOだとA型、BBかBOだとB型、
ABだとAB型、OOだとO型

=A・B因子・・・優性、O因子・・・劣性

 さらに身近な事例を挙げれば、人間の血液型のO型の遺伝因子が、劣性遺伝の典型です。
 O型因子は両親からひとつずつ受け継ぎ対にならないと、子供はO型になりません。これはO型因子がひとつで、一方がAやB型因子だと、O型因子はそれらより劣性なので隠れてしまい、子供の血液型はAかB型になってしまうからです。つまり、劣性遺伝は両親が同じ劣性因子を持ち、それが子供に遺伝されない限り、表面的な影響はあらわれないものなのです。
 例えばAA型の人とOO型の人の子供は、すべてAO型となり、血液型はすべてA型となります。しかし、O型因子はなくなったわけではなく潜在しているので、このAO型の子供たちが、A型(AO型)やB型(BO型)の人と結婚すれば、OO型、つまり血液型がO型になる子供が生まれる可能性があるわけです。つまり、A型同士の夫婦からO型の子供が生まれても不思議ではなく、それは劣性遺伝によってA型の両親にO型因子が潜在していたことを示しています。

 さて、その劣性因子が、もし体が丈夫とか、足が速いとか、頭が良い、さらには顔かたちが整っている、といった「好ましい」性質を伝える場合 、劣性因子が対になることは有利となると考えられます。そして、同じ遺伝子は同じ祖先を持つ子孫同士が共有している可能性が高いので、赤の他人同士の組み合わせよりも、近親交配の方がその優秀な劣性因子が対となり発現する可能性が高くなります。
 例えば競走馬のサラブレッドは、優秀な能力が劣性遺伝する事を願って近親交配を続けてきたものとも見なせるでしょう。競争成績などが素晴らしかった共通の先祖を持つ馬同士を交配し
(近親交配ですが、同じ遺伝子「血」をもつという意味でインブリードと呼ばれる)、その先祖の能力が再現しようとしてきたわけです。
 しかし、虚弱体質、先天的障害といった「好ましくない」性質を引き起こす劣性因子もあるはずです。もし、共通の祖先がそういった問題のある劣性因子を潜在させていた場合、両親からその劣性因子を受け継ぎ、劣性因子が対となり発現してしまった子供は、親兄弟、祖先にはなかった先天的な問題を抱えて生まれてくることになってしまいます。つまり、劣性遺伝とは諸刃の刃と言えるでしょう。

 こうした劣性遺伝を、日本の人間による人間のための法律でも許されているイトコ婚(片親が兄弟姉妹の関係にある夫婦=4親等間の夫婦)を例に図示すれば、右のようになります(アルファベットの下の数値はA由来の遺伝子がその個体に占める平均確率=いわゆる『血量』)
 共通の祖先Aは劣性因子『』を潜在させていますが、対になる優性の性質が表に出るので自身には影響がありません。その子供たち(B群)にもこの劣性因子が50%の確率で遺伝しますが、子供たちはもう一方の親○から受け継いだ優性因子の性質が表面にあらわれるため、やはり劣性因子は発現しません。さらに劣性因子を受け継いだB2・B3
の子供たち(C群)は、やはり50%の確率で劣性因子を子供に伝えます。そして、この劣性因子 『』を受け継いだC2・C3のイトコ婚から、4分の1確率で両親から同じ劣性因子をひとつずつ受け継いだ子供 D3が生まれ、劣性因子の性質がはじめて発現します。
 もっとも、このイトコ程度の血縁関係であれば、劣性因子が対になり発現する可能性は、それほど高いとはいえません。祖父母から劣性因子を受け継いでいる可能性は4分の1ですし、相手のイトコが劣性因子を持つ可能性も4分1、さらにその子に劣性因子が重なる可能性も、その4分の1に過ぎ無いと言った感じです。しかし、まったく血縁関係に無い相手なら、 『』という劣性因子をもっている可能性はほとんどないと言えますから、劣性因子が発現する可能性は比べ物にならないわけです。
 また、Aがすでに劣性因子を対で持ち、何らかの遺伝的性質をもっている場合は、より高い確率で同じ性質を持った孫が出現することになります。また、さらに近親婚がくりかえされた場合、その一族内で劣性因子の蓄積は濃厚となっていき
(「血が濃くなる」)、天才の出現など良い(と見なせる)側面が生じる一方、虚弱体質などの負の側面も起こりやすくなります。生き物の姿形や性質や体質を決める劣性因子はひとつではなく、たくさん存在するので、近親交配では良い面も悪い面もいろいろと起こってくるわけです。

1親等 父母
2親等 祖父母、兄弟姉妹
3親等 曽祖父母、伯(叔)父伯(叔)母、甥姪
4親等 イトコなど

 もし、健康不安につながる性質を持った劣性因子が対になった結果として虚弱な子が生まれた場合、大自然並に厳然と淘汰など出来るない一般の飼い主は、目で見てもわからない危険な劣性因子が対にならないように、血縁的には遠い存在を交配相手に選ぶのが無難と言えるでしょう(近い血統をもたないという意味でアウトブリードと呼ばれる)。そのほうが、劣性遺伝による優れた形質の再現に期待出来ないものの、問題となるような形質が現われず、丈夫な子孫に恵まれる可能性が高まるわけです(『雑種強勢』と呼ばれるように、新たな遺伝子の組み合わせによりより望ましい性質が生まれることもありうる)

※ 人間の作り出した特定の品種の特性を維持するためには、近親交配を避けて通ることは出来ません。あまり遠縁の個体同士を交配していると、人間が作り出した品種独自の特性から離れていく危険性があるからです。そこで品種改良家なりまともなプロの繁殖家は同系統繁殖(ラインブリーディング)をあえて行い、品種の特性の維持をはかります(血統書はある程度近親交配を避けつつ、同系統内で品種を保持する目的を持って存在していると言える)。
 またさらに高度な話としては、超近親交配を承知の上で行い、その系統に致命的な欠陥因子が存在しないかを確認検証する事もあるようです。もし、その系統に遺伝病を起こす特定の劣性因子が存在すれば、超近親交配によりその問題性が明確になる可能性が高く、もし問題が発見されれば、その個体を繁殖から排除する事により、問題のある劣性因子をその品種(系統)内から消し去る事が出来ます。結果として、同系統繁殖での危険は薄まり、品種全体の健全性が保てるわけです。
 しかし言うまでもないですが、これはプロの世界の話です。また、それなりに血統管理が出来ている種類で可能な話なので(ある程度同系統で超近親でなければ、アマチュアブリーダーでも品種としてのイレギュラーを出現させずに済む)、文鳥の一般的な飼い主には無関係な話と言えます。

 

☆余談

 以上のような問題意識を、個人的にはいちおう持っているので、我が家の文鳥の繁殖相手は外部から婿取り嫁取りする、アウトブリードを基本にしたいと考えています。しかし、現実にはなかなかうまくいかない事態も起きてきました。参考までに、我が家を例にとり、具体的に見てみましょう。
 初代のヘイスケから4代目のガブの誕生まで、外部からの「血の導入」が順調に進みましたが、ガブが初代ヘイスケの後妻の子であるソウと幼馴染で仲良しとなったことから近親交配が起こります。ガブの妻となったソウは、夫ガブの祖母の腹違いの妹で、イトコ同様4親等なのです。しかし、むしろイトコ婚よりも血縁は遠いと判断して子孫を残すことにしました。細かな話では、イトコは祖父の血量25%、祖母の血量25%と2つのインブリードを持っていますが
(共通の祖先が2人いて、遺伝子に占める割合が25%ずつという意味)、この場合はヘイスケのみのインブリードであり、しかもすでに片方は曾孫で血量12.5%となっており、現実的な影響は薄いと考え納得したわけです。
 生まれた5代目は健康上特に問題はありませんでしたが、その5代目の♂オマケが前代未聞の頑固な好み
(ゴマ塩以外はメスと認めない!)の持ち主で、飼い主の意向を無視して、結局親戚のハンと夫婦となってしまいました。これは完全に誤算でした。曾祖母の実妹にして母の腹違いの姉、と夫婦になると言うのは、人間である私の想像をはるかに超えた世界ながら、かなりの近親には違いないので す(ヘイスケのみで見ると血量50%の子と25%の孫、つまり3親等間夫婦よりも近親となるが、母系のフクの血量は薄いのが救い)。そこで、当初産卵した卵を孵化させるつもりはありませんでしたが、紆余曲折があり(系統断絶の可能性が起こり)、脚が3本でも責任を持つつもりで、1個見逃した卵が孵化して、6代目となりました。この6代目セーヤは血量的にかなりの近親交配文鳥、特にヘイスケの遺伝子を大量に受け継いでいる存在ですが、ありがたい事に特に問題もなく、7代目を産み育てて今日にいたっています(7代目のカンはペローシス【斜行=ガニ股】なのは、このインブリードの悪影響かもしれないと思っている。父親は血縁的に無関係なアウトブリードなので、劣性での悪影響は想定出来ないが、母のセーヤに近親交配の影響で虚弱な子をもつ体質があったのかもしれないのだ。ただ、一般的にペローシスは産卵前の栄養が原因とされており、弟のゲンは問題がないので、近親の影響とは断定出来ないかもしれない)

 次には7代目のゲンと片イトコ(片方がイトコの子供の関係=5親等)のオッキを夫婦にして、ヘイスケ系統をとりあえず統一したいと考えていますが、これはインブリードでもそれなりに遠い関係になります。その後はどうなるかわかりませんが、やはり嫁なり婿を外部からの導入する安全な形で、出来れば代重ねしていきたいところです。

☆余談の蛇足

 なお、初代ヘイスケの血の法則というものが、この一族には存在します。ヘイスケの血量が25%以上だと手のひら水浴びをし、それ未満となるとしないというものです。つまらぬ話ですが、遺伝と絡めると面白い現象です。
 ヘイスケという文鳥は、手のひら水浴びを日課にしていましたが、その娘たちもみな手のひら水浴びが好きです。当然のように、腹違いの娘であるソウも手のひら水浴びをしますが、そのソウと母は同じでも父違いのモレは見向きもしません。ヘイスケの孫娘のクルも手のひら水浴びをしますが、その息子たちは水浴びをしている現場に来ても見ているだけで、手のひらの中で水浴びが出来ません
(同期生のソウはするのに!)。ところが、その子供であるゴンとオマケは手のひら水浴びが大好きです(特にオマケはヘイスケそっくり!)。ところがゴンの娘のオッキはまったく手のひら水浴びをせず、オマケの孫たちも、まだヒナと言える頃に数回したくらいでやめてしまいました(卓上水浴び派になった)
 ただし、強烈なヘイスケのインブリードを持つセーヤは例外で、手のひら水浴びをほとんどしません。しかし、これには事情があって、本当は手のひら水浴びがしたいものの、一羽で独占的に入れないのであきらめてしまったような様子がうかがわれます。初代のヘイスケ自体、他の鳥と一緒に入りたがらない文鳥だったので、そちらの性質がより強く出ているのかもしれません。
 代重ねをしていると、こうした奇妙な遺伝関係も発見出来るみたいです。

 

後記【2005・3】
 蛇足の手乗り水浴び法則で言えば、手のひら水浴びをしないはずのゲンは、おとなになってから、それも楽しむ『例外』に変わりました。ただ、ヘイスケ系とは異なった傾向が見られ(何も考えず飛び込む、ヘイスケ系は水に入る前に右往左往する)、むしろゲンにとってさえずりの師匠でもある2代目の夫ブレイの性格を継承している感じです。
 そのゲンとオッキの子は2004年11月に誕生。外見的には父似の元気なオスに育っています(手のひら水浴びはしない)。

後記【2005・8】
 その後ゲンは再び手のひら水浴びをやめましたが、その息子のヤッチは手のひら水浴び派になりました。しかし、これはヘイスケの血のなせる業と言うより、「握り文鳥」として手のひらに愛着を持っている結果のようです。

後記【2007・2】
 近親交配の子である6代目セーヤは2歳半で急逝していますが、これは近親交配の影響が考えられるかもしれません。
 手のひら水浴びは、その後オマケとヤッチのみがおこなっています。どちらもヘイスケの子孫を両親としているので、やはり血のなせる業のような気がしています。
 


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