文鳥問題.

《品種の危機@》

 私はメンデル遺伝の話が好きです。文鳥の羽の色もそれで説明出来そうだと知った時は楽しく思えたものです。もちろん一般的な家庭での手乗り文鳥愛好者なので、新しい品種の「創造」などに一切興味はなく、個人的にはそのような知識を必要とはしていません。桜が好きなら桜同士、白が好きなら白同士・・・、わざわざ異品種間交配をする必要はないものと思っています。
 しかし、手乗り文鳥愛好者で全種類好きな人、もしくは誰にでもある一時的なコレクター熱でさまざまな種類を集めた時、異なる品種を文鳥の「自由意志」で伴侶に選ぶ事態は避けにくいものと思います。そうなった時、生まれる子供が何色か、さらに次代に備えて遺伝的位置づけを明確にしておく事は、十分意味がありそうです。そこでこのホームページでは、メンデルの遺伝法則に沿った見解を参考までに提示しています。ただ残念なことに、他のフィンチ類やインコ類、さらに熱帯魚のグッピーなどと異なり、文鳥の場合外見は同じでも遺伝子型が異なるケースが多々あり、しかもその例外が増加するばかりのようです。外見は同じでも、遺伝のレベルでは「品種内雑種」が存在する現象が、続々と起こっているとしか考えられず、素人の憶測から危機感を持っています。【2005年2月】

【前半】 純系(ホモ型)と雑種(ヘテロ型) 優性・劣性の法則  複雑化する遺伝子型  遺伝子汚染と「品種改良」
【後半】 他の生物を参考に 個人的な理想像 事例に見る暗い現在と未来  純系に付加価値

純系(ホモ型)と雑種(ヘテロ型)

 あるペットショップ(鳥屋)のホームページに、生体の文鳥が何羽か写真つきで紹介され売られていました。その中に「シルバーシナモンへテロ文鳥」とされた数羽がおり、値段は10000〜15000円となかなか高額となっていました。
 「シルバーシナモンへテロ文鳥」とは、私には聞き慣れない言葉です。説明を見ると、両親が「シナモンシルバー」とされていました
(順番が逆の場合もあり)。そこで想像すると、両親がシルバー文鳥とシナモン文鳥の間に生まれ、遺伝子にシルバーの因子とシナモンの因子を持っている文鳥同士で、その子供の中で同じ因子同士が対になるホモ型にならなかった、つまり、両親同様シルバー因子とシナモン因子を持つヘテロ型の文鳥のことを意味しているものと見なせそうです。
 ここで「ホモ」「ヘテロ」について、少々説明しておきます。
 子供はその形質
(形態や性質)を、遺伝子として両親から半分ずつ受け継ぎます。両親の遺伝情報の集まりであるいくつかの染色体がくっついて対を形成し(染色体の二重らせん構造)、その合体した染色体の部分部分の対の組み合わせで、形質が決定されるわけです。例えば、父からA因子、母からB因子を受け継ぐと、ABという形で対になります。この組み合わせを遺伝子型と呼び、この対がAとBのように異なるものの組み合わせの場合ヘテロ型(ヘテロ接合)と呼び、一方、もし両親から同じ遺伝子を受け継ぎ、AAやBBのように対になった場合ホモ型と呼ばれます。これはメンデル遺伝学の基礎の基礎です。

※ なお、鳥の異品種間交配をする人たちは、このヘテロ型のことを「スプリッ ト」と表現するようです。例えば、「シルバースプリット」と言えばシルバーと何かの子供で、対になればシルバー色として表れる遺伝子シルバー因子を一つだけ持っているヘテロ型の文鳥、「シルバーシナモンスプリット」と言えば、シルバーとシナモンの子供で、両方の因子をヘテロ型で持っている文鳥となります(普通ノーマル色となる)。スプリットとはボウリングで出てくる言葉ですが、「間が抜ける」といった意味で、子供世代には親の形質が隠れている事に由来しています。
 文鳥の場合、シルバーとシナモン因子についてだけ用いられ、白と桜のスプリットといった表現はありません。したがって、シルバーやシナモン因子にだけ価値を求める人が
特殊に使う用語と言っても良いでしょう。当然、本来「シルバースプリット」だけでは、片親はシルバーとわかっても、もう一方はわかりませんから、遺伝関係の情報としては不十分です。
 言葉としては専門めいて耳障りも良いかもしれませんが、「シルバーと白の雑種の白文鳥」などと表記したほうが、正確な情報を伝える事が出来て適切だと私は思います。なぜなら、注目色の遺伝因子以外を無視した異品種間雑種が進むと、後述するように、結局、シナモンやシルバーの因子に変質が起こり、同じ組み合わせでも違う結果を生むようになると考えるからです。

 さて、文鳥の品種は外見(羽の色)で区分されますが、シルバーやシナモンは遺伝子型がホモ型でないと、それぞれの姿にはならないと考えられています。また、そもそも「ヘテロ」という言葉は、ホモ型という同じ遺伝因子が対になる純系の存在を前提としますから、この売り出されている文鳥の両親は、簡単に言えばシルバーとシナモンの雑種(ミックス、遺伝学的には「F」)で羽色に関しての遺伝子型はヘテロ型となっていると見なす以外にありません。

シルバー × シナモン
銀因子 銀因子

銀因子のホモ型

茶因子 茶因子

茶因子のホモ型

銀因子 茶因子

銀と茶のヘテロ型

 売り出されている「シルバーシナモンへテロ文鳥」は、上の図の組み合わせのF同士からの子供(「F」)ですから、両親の銀因子、茶因子がそれぞれ結合することで、理屈上次のようになっていたと考えられます。

×

 

 
銀因子 茶因子

銀と茶のヘテロ型

銀因子 茶因子

銀と茶のヘテロ型

銀因子 茶因子

銀と茶のヘテロ型

銀因子 銀因子

銀因子のホモ型

茶因子 茶因子

茶因子のホモ型

 これはメンデル遺伝における分離の法則(「産み分け」)です。祖父母の代のホモ型が復活し、孫世代ではそれぞれのホモ型と父母同様のヘテロ型の3種類の遺伝子型が生じるわけです。
 つまり、Fであるはずの売り出されている文鳥の組み合わせでは、ヘテロ型もホモ型もいると考えるのが、当然の論理的帰結となります。従って、両親がシルバーシナモンでへテロ型の文鳥となれば、両親同様の遺伝子型を持ち、普通に考えれば両親同様に、シルバーでもシナモンでもない姿をした文鳥でなければならないはずです。
 そこで、お店の写真で見比べたいところですが、無断掲載するわけにもいかないので、私の目にした色合いを塗り絵にして説明してみます
(両親が同じ個体同士かはわかりません)

@桜とシルバーの中間色にシナモン色を少々混ぜたような微妙な色合い(赤目か?)。 A外見的にはシルバー文鳥。 B外見的にはシナモン文鳥。 C白文鳥の上からシナモン色を少々溶かし混ぜたような微妙な色合い(赤目か?)。 D外見的には原種文鳥。

 まさにいろいろな外見ですが、メンデル遺伝の用語として、ABの文鳥をヘテロ型と呼ぶのはおかしいと気づくのではないでしょうか?この場合ABは祖父母同様のホモ型と考えなければ、そもそも「ヘテロ」もしくは「スプリット」などと言う用語を使用する意味がないのです。「スプリット」せず堂々と(?)姿になって表れていますし、シナモンとシルバーがホモ型でなければ表れないのなら、このFはホモ型と考えるしかありません。
 ヘテロは「何となく雑種」と言う意味ではなく、特定の表現を生み出す遺伝子の部分的な対の組み合わせパターンを示すに過ぎない科学的な用語なのです。この場合、シナモンやシルバーと言う形質をホモ型で表れるものと見なす以上、純系の祖先と同じシナモン色、シルバー色の子孫もホモ型としなければなりません
(写真の説明では「シルバー」「シナモン」とそれぞれあるので、外見的にはそのようである事は店側も認識しています)
 つまり、Aはシルバー
(当然ホモ型)、Bはシナモン(当然ホモ型)と考えるのが適当でしょう。したがって、このお店が、インターネットで閲覧する不特定多数の一般人に向けて記載するのであれば、「ヘテロ」などと科学じみた言葉を使うよりも、たんに「親がこれこれの雑種(ミックス)と人文学的に表現したほうが良かったのではないかと私は思います。

 

優性・劣性の法則

 さて次に、両親同様にヘテロ型である可能性の高そうな@CDが、なぜそのような姿になったか、初歩的なメンデル遺伝の理屈から、普通の科学的な手法である「仮定」を設けて考えていきます(しつこいようですが、私は実際に起こっている現象を論理的に考える過程が好きなのであって、文鳥の品種保持に興味はあっても、実際におこなう改良・改悪にはまったく興味はありません)

仮定T シルバー因子はシナモン因子より優性である。(銀>茶)

 メンデル遺伝学の核心である「優性」についても一言説明しておきます(まったくの基本事項なので、ほんの少しでも繁殖に興味がある人なら、知っておかなければおかしい知識です。理解していない人は、そもそも異品種交配に興味を持つ事すら止めた方が良いです)
 両親から受け継ぎ対になる遺伝因子の双方に、優劣関係
(優性>劣性)が存在する事があります。これは優性なら人間的尺度で姿が良いとか頭が良い、劣性なら醜く頭が悪いといった物ではなく、たんに優性となった遺伝因子だけが実際の形質に反映されるというものに過ぎません(本来なら優性の因子をアルファベットの大文字、劣性を小文字で表現すべきですが、この文章ではその表記法を用いていません)
 ここで問題となる文鳥の羽の色の遺伝に関して、シナモン因子が劣性であると仮定すれば、より優性なシルバー因子と対になった時、「シナモン色になる」という形質は潜在化し、実際の姿には影響を与えないことになります。つまり、実際の姿がシナモン色になれるのは、対立する優性因子がない状態、おそら くシナモン因子同士が対になるホモ型の時だけと考えられるわけです。
 ともにシナモン因子が対、シルバー因子が対のホモ型同士の親からは、シナモンとシルバーと言う別々の因子が対になるヘテロ型の子供のみが生まれるはずです。そして仮定Tに基づけば、シルバー因子のみが形質に反映されることになりますから、単純に考えると外見はシルバーになるでしょう。

 ところが、この組み合わせによって生まれるヘテロ型の雑種(ミックス、Fが、シルバーになると言う話を、私は聞いたことがありません。むしろ、私がこの話を考え始めた数年前以来見聞したところでは、シナモンとシルバーのFには原種色(いわば色の濃い桜文鳥)が多く見受けられました。
 
そこでシルバー因子単独ではシルバー色は発現せず、原種色となると推定されることになります(これが経験科学というものです)。当然、もしこのF同士から子供が生まれた場合、原種とシルバーとシナモンに産み分けが生じる事になりますから、Aシルバー、Bシナモン、D原種の文鳥たちは、それぞれのホモ型と優劣関係のあるヘテロ型に産み分けが起った結果と考えられます。

×
銀因子 茶因子

銀と茶のヘテロ型

銀因子 茶因子

銀と茶のヘテロ型

銀因子 茶因子

銀と茶のヘテロ型

銀因子 銀因子

銀因子のホモ型

茶因子 茶因子

茶因子のホモ型

 しかし、上の説明ではペットショップの事例@Cの出現を説明する事が出来ません。いったいこの@Cの両親であるFがどのような姿であったのか知りたいところですが、その情報は存在しないので、とりあえず仮定Tとは異なる仮定を用いて考えてみましょう。

仮定U シルバー因子とシナモン因子は共優性または不完全優性の関係にある(銀=茶)

 これも説明が必要でしょう。優性となる一方のみが表現される優性遺伝とは異なり、対になるどちらの遺伝因子も実際の姿に影響する場合があります。例えば、人間の血液型でA型因子とB型因子がヘテロ型の対になると、どちらの形質も現れるAB型となりますが、これは対になるA、B因子の間に優劣関係がないことを示しています。このように対になる遺伝因子に優劣関係がなく、どちらの形質も実際の形質に影響する関係を共優性と呼び、また、やはり完全な優劣関係はなく、両方の形質の中間となって表れることを不完全優性と呼びます(両親の中間の姿となる子供を中間雑種と呼ぶ)
 この場合「シルバー色になる」という形質
(銀因子)と「シナモン色になる」という形質(茶因子)が互いに譲らず影響しあうので、結果としてまだら模様か中間の色合いの姿になると考えられます。またこのF同士から子供が生まれた場合、両親同様の微妙な色とシルバーとシナモンに産み分けが生じる理屈ともなります。
 従って、@Cをシナモンとシルバーの中間色と見なせれば、優劣関係のないヘテロ型と考える事が出来るわけです。

 

複雑化する遺伝子型

 つまり、同じ品種間雑種のFに@〜Dの結果が現れたことを説明するためには、二つの異なる仮定が必要となることになります。それは結局のところ、少なくともシナモン因子には、明確に異なる二つの系統が存在することを示唆しているものと私は見なしています。
 具体的に言えば、シルバー因子に対して劣性となるシナモン因子
(茶−)と、劣性にならないシナモン因子(茶+)です。この二つがともにホモ型では同じシナモンの外見になるとすれば、さて、自分のシナモンがどちらの系統の遺伝因子を持つのか、その個体を見ただけでは誰にもわかりません。他の品種との間で子供が生まれてはじめて気がつく事になり、またもし茶−と茶+のヘテロ型もシナモン色を発現させるのなら、次世代がどのような姿になるか推測するのはきわめて困難となります。

シルバー × シナモン



銀因子 銀因子

銀因子のホモ型

茶因子+ 茶因子−

茶因子のホモ型?

銀因子 茶因子+

銀と茶のヘテロ型

銀因子 茶因子−

銀と茶のヘテロ型

 この「中間雑種」が色合いの中間になるのか、共優性的にゴマ塩柄となるのか、あくまで仮定の話なのでわかりませんが、ノーマルとは明らかに異なる微妙な姿になると予想されます。さらに、この違うシナモン因子を持つF1同士をペアとして繁殖を行なえば次のようになると考えられます。

×

@

@



因子

因子+

銀と茶のヘテロ型


因子

因子−

銀と茶のヘテロ型


因子

因子

銀因子のホモ型


因子

因子−

銀と茶のヘテロ型


因子

因子+

銀と茶のヘテロ型


因子+

因子−

茶因子のホモ型?

 原種、微妙な色、シルバー、シナモンと四種類の子供が現れる可能性があり、ペットショップの事例の@Cの姿も中間雑種と考える事が出来そうです。

 このように文鳥の遺伝で面白い点は、外見的には同一品種ながら、その色彩についての遺伝子型が単一ではなさそうなところにあると思います。そして日本に馴染み深い品種であるほど、つまりシルバーよりシナモン、それ以上に白や桜文鳥において品種内に多系統が存在しているようです。
 とりあえず白文鳥の系統には、弥富系
(絶対優性の白因子と有色因子のヘテロ型)と関東・台湾系(有色因子とは対等な白因子のホモ型)はっきりと存在していることは科学的に明らかなように(『文鳥本』など参照)、繁殖の歴史が長い文鳥には、より複雑な多系統がすでに存在していて不思議はないと言えます。

弥富系白文鳥 × 桜文鳥 弥富系白文鳥 桜文鳥
白因子+ 有色因子

白と有色のヘテロ型

有色因子 有色因子

有色因子のホモ型

白因子+ 有色因子

白と有色のヘテロ型

有色因子 有色因子

有色因子のホモ型

白因子は有色因子に対して優性(白因子>有色因子)となっている。

 

関東系白文鳥 × 桜文鳥 ゴマ塩文鳥
白因子− 白因子−

白因子のホモ型

有色因子 有色因子

有色因子のホモ型

白因子− 有色因子

白と有色のヘテロ型

白因子と有色因子は共優性(白因子=有色因子)となっている。

 江戸時代以来の日本における繁殖の伝統を受け継ぐ白文鳥や桜文鳥が、それぞれ品種として遺伝子的な統一が失われているのは、あるいは自然とも言えるかもしれません。しかし、本格的に日本に輸入されて20年程度に過ぎないシナモン文鳥に、すでに多系統化が見られるとしたら、これは多系統に分岐させてしまう土壌が日本に存在する証拠のように私には思われます。
 私が最近日本で売られているシナモンには、輸入物にはあまり見られなかった白羽の差し毛が多いと指摘したところ、「そういった現象は見た事がない」と言われた方がいたので、ひょっとしたら地域差があるのかもしれませんが、ネット上で見かけるシナモン文鳥たちの翼の羽がかなり白かったり、頭に白斑模様があったりするのは、見る目さえあれば、いくらでも確認出来る事実だと思います。しかし、本来のシナモンは、ヨーロッパでノーマル
(原種)をベースに作られていると考えられるので、白羽が目立って存在する事など有り得ないはずなのです(茶化に伴い部分白化する可能性はあるが、おそらくそうした個体は人為的に淘汰される)。つまり、白羽の多いシナモンの出現そのものが、日本で異品種交配が頻繁に行なわれている証拠ではないでしょうか?
 個人的には、頭に白斑があろうと何だろうと、個体としてはむしろその方が良いくらいに思っていますが、あまり野放図に異品種交配が続けば、外見ばかりでなく遺伝子的なレベルで、本来のシナモン文鳥からはかけ離れていく点は指摘せざるを得ません。
 羽の色ばかりに着目しがちですが、それは遺伝子情報のごく一部で、例えば白い斑紋の表われ方の遺伝も考えるべきです。私などは、白文鳥を祖先に持つと「弥富ちゃんの刻印」として、胸に白いぼかし模様などの白い差し毛が遺伝する、と極めて人文学的に考えるだけで、この白斑を遺伝的にどのように位置づけるのが適当かわかりません。しかし、白斑模様が日本にやって来たシナモンに早速遺伝しているのであれば、それはかなり影響力の強い遺伝因子と考えるべきでしょう。そのような純血種には無かった遺伝因子の侵入を、本来純血種(純系)の保護発展をはかる立場の繁殖家(何しろ特定の品種名を称した個体を売っている)、最大限に警戒すべきであるのは、改めて指摘するまでもないことでしょう。

※ 実際、桜文鳥を何世代も繰り返し交配しても、白斑は消えないという話もあります。しかし、一方で、過去日本で野生化した文鳥の姿を小さな写真で見ると、白斑が消えているようです。とすると、遺伝子のみではなく、環境的な要因も考えなければならないのかもしれません。

 

遺伝子汚染と「品種改良」

 このように考えていった時、思い出されるのは「遺伝子汚染」問題です。それは、ペットとして飼われていた外来動物が逃げて在来の近縁種との間で繁殖が起こり、異種間雑種(ハイブリッド)が出現する事で、在来種を滅亡させるといったものです。そのハイブリッドの子孫が、直接的に在来種を生息域から追い出すことはなくとも、在来種との間で繁殖を繰り返すうちに、在来種は遺伝子レベルで変化し、在来種特有の遺伝情報が失われてしまう、いわば静かな絶滅を招きます。

 さて、ペットの繁殖家には「戻し交配」という言葉があります。これは品種間雑種や異品種間雑種を生み出し、その雑種の子孫を両親の一方の品種・種類と代々交配する事で、元の姿に戻すという繁殖研究です。しかし、代々戻し交配を行なっても、本当に元に戻ることはありません。残念ですが、一度でも雑種になってしまえば、戻し交配で元の姿に戻ったように見えても、遺伝子レベルでは永久に不自然な存在であり続けます。これについては、右の模式図でも明らかだと思います。異種間から生まれた子は両親の遺伝子をそれぞれ50%持っていますが、そこから青○の種類に戻そうと代々戻し交配を実施しても、玄孫でさえ異種の赤□の影響が6%超残ってしまうのです。万一、外見で判断し、このハイブリッドの子孫を自然の生息地に放てば、これは立派な遺伝子汚染となります。
 現在では、人工繁殖の個体を自然に戻す際は、同種同品種どころか、生息地の違いにまで配慮がなされるようになってきています。例えば、昔なら動物園などでチンパンジーの繁殖に成功し個体数が増え、野生に戻す事が出来れば万々歳でしたが、今現在では、いちいち遺伝子のDNA鑑定を行ない、もし両親の出身地
(生息地)が異なれば、その子は一種の雑種と見なされ自然には戻さないようにされているようです。つまり、自然に戻せるのは、両親が同じ生息地出身かその系統のみから生まれた個体で、当然戻す場所はもともとの生息地に限定されるようになっているのです。
 なぜこのように、細かな事をしなければならないのでしょうか。その理由は、生物が一定の独立した生息地の中で独自に進化しつつあるという、現在進行形の進化の問題にあります。もし、ある生息域で独自の進化を進めている集団に、とりあえず同じ種類であっても生息地を異にする個体を放し、その地の異性と繁殖しその子孫が拡散すると、それまでその場所で独自に培われた進化
(遺伝子情報の変化)は確実に乱されてしまうのです(遺伝子レベルでの汚染)。野生の個体数を増やすために、その野生を遺伝子レベルで壊してしまっては、本末転倒になりかねないというわけです。

 品種改良の名のもとで、実はたんに幼児的興味を満たすため、ゴチャゴチャ混ぜて品種間雑種を作り出し、適当に市場に流布させるといった人物に、遺伝子汚染についての配慮などあるとは思えません。その点欧米では、品種改良家と繁殖家はある程度区別され、遺伝の基礎も知らない(知ろうともしない)素人(飼育数や経験年数は問題ではない)が品種改良など考える事も無いと思われるので、品種間雑種が世にあふれると言う珍現象は起こらないと思います。
 その点は白文鳥の生産が行なわれる台湾も同様で、まず間違いなく日本からやって来た白文鳥
(関東系と考えるべきか?)を代々同品種間で繁殖し、ヒナの時でも純白なまさに白文鳥の純系を確立させています。この点日本は特殊なのです。
 例えば、今現在は珍しい「クリーム色」の文鳥が好きなのであれば、黙って専門家が固定化したものを買って増やし、その新しい品種の固定と発展に協力するのが一般の飼い主と言うものであり、繁殖家のはずです。ところが我が国では、自分ではじめからクリーム色を作ってみたいと、お店で買ってきたシナモン文鳥やシルバー文鳥で実践したがる人が、実に驚くほどたくさん存在します。これは、一体何なのでしょう?
 「シナモンとシルバーを混ぜて、そのFに何とかかんとかを掛け合わせればクリームになるはず・・・。」
 私は「何とかかんとか」の内容をまったく興味がないので知りませんが、同じ外見、例えば同じシナモン文鳥でも、遺伝子の性質が異なっている複数の系統があれば、誰かの成功例をなぞらえて同じように交配しても同じ結果は必ずしも望めないとは断言できます。
 本来、品種改良とは徹底した品種の管理保存が行なわれた上で成立するものですから、日本にその土壌が無ければ、少なくとも何十羽と各品種の純系
(普通ホモ型の純血種)を確保した上でなければ、法則性のある品種改良は不可能と見なさざるを得ません(「材料」が均質でないと言う事です)。そういった認識が欠片も無く、無計画に零細規模での異品種間交配をしていると、頻繁に遺伝子置換が起こり、外見に表れない品種内雑種も量産されていき、行き着く果ては多系統化、さらに露骨に表現すれば、総雑種化の混沌の世界でしょう。

 当然、自分の家で趣味として品種間雑種を生み出すのは自由で、私は必ずしも悪いことだとは思いません。しかし、市場で手に入る文鳥がすでに外見が同じでも遺伝子型に異同があったのでは、繁殖の結果は予想する事すら難しいのが現状という事を、是非とも理解して頂きたいと思います。
 小言を繰り返すようですが、品種改良で新たな品種を創り出すという行為は、何とかと何とかを足してまた何とかを・・・といった、前近代以来続けられた能天気な好事家オヤジのお遊びではありません。結果生まれた新たな羽色を、いかに近親交配の悪影響などを回避しながら固定化
(均質の個体集団を増やす)していくのかこそが、品種改良家の最も難しい作業であり、その実力が問われるところなのです。固定を考えない改良など有り得ません。
 はじめから固定する意思のない者の行なう異種間交配は、改良ではなく、自分勝手な趣味のお遊び
(「品種改良ごっこ」)である点を、その是非は別にして(個人の趣味のレベルでは別に悪い事ではない)認識してもらわねば困ります。この生き物で絵の具の色合わせをするような趣味を、どのように考えるかは人それぞれですが、その趣味の自由は他人に迷惑をかけない事が大前提となります。間違っても市場に出さず、せめて同じ趣味の人たちの間だけの交換にとどめ、もし一般家庭での異品種間雑種なら、なるべく里子に出さない事が不可欠でしょう。さもなければ、市場の系統は混乱し、純系統の存在を前提とするその趣味の成立そのものも、難しくなってしまうのです。

※ 以前テレビで犬のブリーダーを自称する男が、一頭の世話もろくに出来ない様子ながら(騒音問題の取材)、何とかと何とか(ともに犬の品種名)を掛け合わせた新しい品種と自慢げに一頭の前で語る姿が映し出されました。私はその男を蹴倒しに行きたい気分になったものです。この男は、異品種で掛け合わせて、何となく見てくれの良い(と自分では思う)犬が全くの偶然で生まれれば、それで新たな品種が出来上がるという能天気な素人考えしか持ち合わせていないのです。
 その貧弱な知識で、さまざまな品種の犬を買い集め、周囲に騒音や異臭を撒き散らし、また、まともな世話もせず、犬たちに皮膚炎や感染症や過度なストレス状態を強いた中で、せっせと雑種作りに勤しんでいたわけです。この男には、一個体に出現した望ましい形状・性質を固定するために、いったい本当の品種改良家がどれほどの歳月と努力を払わねばならないかといった、基本的認識の欠片もありはしません。「犬が好き」「変わったのを作りたい」「だからいろいろ買ってくる」、このような無知蒙昧で厚顔無恥な男は、ただ身勝手に他の生命を弄んでいるだけと言わねばなりません。

続く → → → 後半


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