ペット新聞社『文鳥の本』   スタジオエス『文鳥』初版  スタジオエス『文鳥』改訂版  誠文堂新光社『文鳥』


ペットショップで売っていたのを、ちらちら立ち読みしてから、観念して【8】『文鳥の本』を買ったのだった。

 内容はまさにかゆい所に手が届き、斉藤たまきさんのマンガは面白いし、アンケート結果でいろいろな飼い方の片鱗がうかがえるなど、読みものとしても楽しめる。江角正紀さんの飼育に対する著述も、既成概念を「誤りです」「迷信です」という感じで斬って捨てるのが痛快で、深い飼育研究に裏打ちされたその主張は妥当なものと思われるものばかりであった。まずその飼育に関する内容で誤解が生じるような部分は見当たらず、初心者も安心して参考書にする事が出来るものと思う(ただし、やはり個人のカゴ飼いの視点から、少しずれている点は否めない)。
 ただ豊富な中身のわりには、本文は単色刷りなのがさびしいのと、基本的に通販(一部ペットショップには存在)で気軽に手にする事が難しいのが残念なところといえよう。

 唯一気になる点は、文鳥の雑種交配(白とシナモンなど)をたびたび戒めているところだ。それ自体正論だと思うし、個人的にはほぼ同感だが、少ししつこい気がした。
 こうした交配については、個人飼育者に指図できる問題ではない(文鳥と十姉妹のような多種交配は絶対不必要な行為は別)。体系的なプロの飼鳥家の繁殖という欧米的なあり方は正しいに違いないが、たまたま(好奇心でいろいろな種類を経験しようというのは人情だ)飼育している文鳥が別種でも、その愛鳥同士の子供が見たいという欲求を、
プロが四の五のいう必要はないと思う。それは繁殖を商売とする人が心得ておけば良い事で、一般には少し注意を促す程度で十分だろう。

お薦め指数 ☆☆☆☆

 飼育に関する内容については以上だが、著者の江角さんの文鳥の品種に対する考え方には異議がある。

 白文鳥と桜文鳥を『パイド文鳥』と同一品種と見なされ、その「内種」とされているのはおかしいと思う。第一、『パイド』は「まだら」という意味で、純白の鳥に対しては不適当な呼称であろう。
 おそらく、これは弥富における交配研究成果の一部、つまり白と白でも必ず桜が生じ、白文鳥の固定化は不可能とされている(白文鳥にも有色の潜在因子があるという考え)ことから、遺伝子レベルで共有するものを持ち、さらに両種は混色した文鳥(ゴマ塩)によって無段階に連続する事から、羽色の固定されていない白い差し毛のある一括りの存在と断定されたものと思う。
 しかし、そもそも白文鳥の系統は、弥富型のものだけであろうか。白と白で白しか産まれない系統は本当にないのだろうか。また桜と桜からは白は一羽も生じないと同じ弥富における交配研究の報告書にある。白い差し毛のある桜同士の交配から白文鳥が作られたとするのなら、なぜこのような結果が生じるのであろうか。これは桜が白とは違った遺伝子の組成で成り立っている証拠かも知れず、これを同一のものと断定するのは、少々勇み足ではなかろうか。
 白と桜を日本の繁殖家が(一般愛好家ではない)、変り種が出来ると固定化の道を驀進する欧米の繁殖家とは正反対に、固定化させる努力をしてこなかったのが実状ではないかという気がする。なお、固定化の道を探った上で結論付けるべき問題だと思う。

 なお、文鳥の色の遺伝についての究極の私見は、『遺伝』で紹介しようと思う。


2002年5月雑誌の『アニファ』が文鳥の飼育本を出版したので、早速拝見した。

−我が家の動物・完全マニュアル−文鳥』 (長坂拓也 スタジオ・エス 2002年)

 内容はいかにもアニファ的、文鳥の健全な飼育マニュアルとして素晴らしい出来栄えであった。ムック判で大きいので見やすく、図版も豊富で、文鳥の大きくきれいな写真を見るだけでも楽しい。また、病気の解説についての充実ぶりは、まさに空前絶後で特筆に値する。今現在的な文鳥とのふれあいを深めたい飼育者にとって、ついに真打登場といった感じの飼育本ではなかろうか。1500円で買える本として、ずいぶん得をした気分になった。
 しかし、この本を初心者向きのものといえるかと聞かれたら、悩んでしまう。飼育に関する記載は、総じてバランスの取れたものなのだが、
文字が小さく読みづらい。飼育上一般的な事項、例えば爪切りなどはうっかりすると見落としてしまう扱い方だが、本来、万一の場合に必要となる細かい病気の知識以上に、初心者には重要な点ではないかと思う。つまり、この飼育本は、『アニファ』を購読する人や、すでにインターネットでいろいろ情報を集めているような、すでにある程度の知識を持っている飼主に適したものかも知れない。

  飼育に関することで気になる記載は、文鳥の飼育日記を、毎日・定時に・客観的に書くようにすすめている点だ。チェックリストまで丁寧にあげているのだが、家庭での文鳥飼育は日常生活の一部であって、動物園での飼育日記や病人の看護記録と同じような詳細な項目チェックなど、そもそも必要ない。細かに見ても、そのチェックリストの『腹』の項目に脂肪がついていないか、肝臓が肥大していないか確認するように書いてあるが、過去に問題を起こした場合、もしくは現在加療中の場合にチェックする必要があるだけで、健康な文鳥に対して毎日チェックするなど、もはや滑稽と言わざるを得ない。前日なかった脂肪が、今日突然現れることなどあるだろうか?
 監修者は動物園に勤務する方だそうだが、せっかく豊富な飼育経験からチェック項目を提示するのなら、「こういった点に注意して、毎日文鳥の様子に気をつけましょうね」で十分だったのではないかと思う。自分が職業上の必要でおこなう項目チェックを、実生活で行うように勧めるのは的外れということを理解すべきだ。実際に実行している飼主などまれな(実行している人がいれば、それは偉いというより趣味である)細かな飼育日記の励行など、初心者に不必要なプレッシャーを与えるだけであろう。

お薦め指数 ☆☆☆

 

2006年1月上記アニファの飼育本に改訂版が出たが、文鳥の歴史についての記載があるとの話なので拝見した。

 デザインやレイアウト的には、見やすくなった気がするが、内容の大幅な変更はなく、マイナーチェンジと言える。
 まず初版で指摘したところでは、飼育日誌が簡略化されているのは常識的な処置だろう。
 新たに加わった文鳥の歴史についての記述は、文献史料を並べるものの、なぜか最も古いと思われる『本朝食鑑』(1697年)を欠き、なおかつ「ようです」などと伝聞形の記載が目立ち、独自の考察を欠いている。これでは、歴史のレポートとしては及第点を与えられない。少々残念なところだ。
 穀物飼料の説明では、必須アミノ酸の一つ「トリプトファン」などなど、飼育上知っていても意味の無いような細かな栄養学の知識を書きたがるのはご愛嬌(もしくはたんなる趣味)だが、今回追加された青米の説明についての根本的な事実誤認は問題である。「青米は白米と同じように精米されているため、他のシードに比べてビタミン類は少ない」とするのだが、青米はやや未成熟なため表面が青い玄米のことで、精米してしまえば白米となってしまうものである。ただ青みが濃いと白米にした際に少々くすんでしまうためか、玄米段階で選別機にかけられ青米としてはじかれるに過ぎない。玄米を買ったことがある人なら、多少は青く見える米粒を見かけたはずで、それが現在の一般的な青米であり、基本的に玄米と同じものなのである。誤った情報により、青米を敬遠する人が増えないように願う次第だ(精米の際にも出る砕米と混同したのだろうか?)。
 配合飼料の比率を季節により変える事は、大昔の飼育書が良く指摘していた話で、私は再三意味がないと指摘している。この最新の飼育書でも、初版以来年齢などにより配合飼料内のヒエ・アワ・キビ・カナリアシードの比率を調整するように薦めているが、やはり無意味であると指摘する以外に無い。なぜなら、文鳥が食べきるぎりぎりの量しか容器に入れないのであれば良いが、前提として「エサがなくなったらたいへんですので多めに入れておきましょう」「1日一度の交換」(P36)とする立場であれば、栄養学的小理屈はどうであれ、多少配合率を変えたところで、飼い主側が多く入れた種類を文鳥側が食べ残したらそれまでなのである。ほとんど意味の無いことを、配合率の調整など現実として難しい(少量ずつどこで買うのか?いくらかかるのか?そこまでする意味があるのか?)少数飼育者や初心者に求めるのはおかしいと思う。(【蛇足】前回から使われているP37の同じイラストに「大量なら米びつが便理」とあるのは、「便利」に直すべきだったのではなかろうか。『糞便の真理』とは意味深長ではあるが、やはりこれは頂けない)
 この飼育本で特筆すべきは丁寧な病気についての解説で、この点改訂版では専門獣医師を監修に迎え信憑性を高めているが、当然ながら内容的には大きく変わっていない。初心者が病名ばかり覚えてもどうかと思うが、いざと言う時の参考となるので、これは飼育者にとって有り難いものと言えよう。

 総じて、出来の良い素晴らしい飼育書である事は紛れも無いところだが、その情報を現実の生活である飼育に生かせるか生かせないかは、個々の飼い主の見識にかかっているような気がする。

お薦め指数 ☆☆☆★

 なお、2006年1月末現在、この中では【4】とアニファの新旧2冊ずつと、【3】【6】【8】を所有している(小鳥の飼育書が他に4冊ほど)。


2007年3月小ぶりな文鳥の飼育本を出版されたので、早速取り寄せ拝見した。

−小動物ビギナーズガイド−文鳥』 (伊藤美代子 誠文堂新光社 2007年)

 著者は、長きに渡って雑誌やホームページで迷える飼い主たちを優しくサポートしてくださっている方だ。私も、そのご活躍をありがたく感じていた一人でもあり、あまり批判がましいことを言うのは気が引けるが(と言いつつすでにかなり批判している・・・)、この本が「飼育の前に絶対知らなければならない情報をピックアップ」と表紙のキャプションにある内容とは認められない。良くも悪くもその内容は、筆者個人の飼育における流儀に基づいて、手乗り文鳥を一羽育てるためのガイドブックであり、特に初心者には薦めることは出来ない。
 もちろん、私も文鳥を飼うなら手乗りの方が良いと考えるので、共感する部分は多かった。例えば、文鳥に話しかけることの重要性や、随所に見られる文鳥の行動の背後にある気持ちの面の重要性を説く部分は、実際手乗り文鳥と長く真剣に付き合わなければわからない点であり、それを知ることで文鳥の魅力は倍増するはずなので、是非とも本書の提示する姿勢を真似して感じとっていって欲しいと思う。
 しかしながら、一般的な飼育情報として首肯しかねる部分があり、それは首肯出来ないどころか、とても看過し得ない重大な問題に思える。それぞれは些末なことのように考える人もいるかも知れず(一度シンパシーを抱くとすべて肯定したくなるのが素直な人間感情)、何やら難癖をつけようとしているように邪推されるのも剣呑だが、問題提起にもなるので、気になった点を一々指摘したい(筆者に傾倒されている方は是々非々でお考え頂くか、以下は読まれない方が良いだろう)。

 まず「ブンチョウを選ぶ」として「人の顔を落ち着いてじっと見る」「クチバシの色が赤系」とあるのは如何なものだろう。ペットショップで売られる成鳥は荒鳥であるのが普通なので、カゴの正面に人間が立てば当然ながら逃げてしまうか、少なくともおびえてしまうことが多いのではなかろうか。さらに、文鳥のメスはオスに比べてクチバシの色が薄くピンクがかっていることも多いのは常識と言えるので、本書の説く選び方を忠実に実践しようとする初心者がいたとすると、少々のんびりした(もしくは病気の)オス以外には購入出来なくなってしまうという結論になってしまう。
 また、メスの頭が丸みを帯びているのに対し、オスの頭は平らに近いとか、メスの目は丸くて小さいのに対し、オスの目はアーモンド形で大きい、などとされているのは、本当に筆者が信じている基準なのだろうか。そのような性差による外見的特徴は、一部のペットショップの店主が、実に狭い知見からくる思い込みで主張しそうなものだが、経験上その傾向すらないと断言出来る。この点で本書は「例外ももちろんいます」とするが、例外ばかりたくさんありすぎれば一般的判断基準とはなりえず、まさに例外ばかりでお話にならないのが現実なのだ。やはり初心者が相手だと考えるなら、「外見ではわからない」とするのが正確であり、わざわざ専門家と称して客に間違った性別の文鳥を売り続けてきた人々の無反省な基準など採用することはないだろう。
 ヒナの餌づけ用のエサとして、アワ玉に青菜と玉子の殻を砕いて混ぜることを推奨されているが、これも如何なものだろうか。このアワ玉が十分に卵黄をまぶしたものであれば、あまり問題は起きないと思うのだが、もし市販の十分とは言い難いものであれば、カルシウム以外のミネラル分が不足してしまう恐れがかなりありそうに思える。もちろん、玉子の殻は入手も簡単で利用しやすく体内に吸収されやすいとされていて、ヒナの飼料としても優れたものだが、利用する際はカルシウム以外のミネラル分を欠くという栄養面での弱点にも留意すべきなのだ。そのような現代の栄養面での知識を考慮した上でも、やはり、昔から利用されるボレー粉のような海産物由来のカルシウム源の方が無難なように思える。
 以上の諸点は些末で問題視するまでもないが(飼育上重大な問題になる可能性は小さいと思う)、餌づけの際の食滞の対処法に関する記載は、どのように考えても差し控えるべきだったように思える。それは食滞をアワ玉が水分不足でくっつくために起きるものとした上で、パウダーフードを薄く溶いたお湯を飲ませ、そのうを指で揉みほぐすようにする、といった説明なのだが、これを初心者が実行することを想像すると、私は空恐ろしさで寒気がする。もちろん、その食滞に対する処置が初心者でも知っていなければならない必然性があれば良いのだが、何代も自家繁殖し比較的には飼育のベテランになるはずの私でも、そのうを指で揉み解した経験は一度もない(必要がない)ように、健康なヒナである限り滅多に起こりえない事態の処置に相違ないのだ。そのような特殊事態の対処法を、まるでごく普通のことのように初心者に紹介する意味があるだろうか。むしろ、このような対処法を読んでしまった初心者は、たんに時間的にそのうに残っているだけのヒナのそれを見て、食滞だとあきれるくらいに素早く素人判断し 、加減もわからずそのうをいじくって重大な結末を迎えることを懸念せざるを得ない。やはり、生き物の扱いに不慣れな人に対しては、自分の判断で余計なことをあまりせず、異常と思ったら飼育の経験者に尋ねるなり、まともな動物病院へ連れて行くべきことを薦めるべきではないだろうか。
 また、そもそも食滞が水分不足の状態であるとすれば、お湯だけ与えれば解決するはずなのに、なぜパウダーフードを混ぜてしまうのかがわからない。私は理屈の上でこの行為は、かえって危険を招く可能性があるように思える。なぜなら、アワ玉のような粒の大きなものがある中に、パウダーフードのような粒子の細かなものを注入すれば、パウダーフードの粒子がアワ玉の粒と粒の間に入ってつなぎの役割を果たしてしまい、かえって食滞をひどくすると考えられるからだ(そのため以前よりアワ玉にパウダーフードを高割合で混ぜることは否定されているものと認識している)。第一、水分不足による食滞現象はパウダーフードで餌づけした際に指摘されてきたものであり、アワ自体が水分を多く含むアワ玉主体でそれが起きるとすれば、原因は何らかの病気と考えすみやかに病院に行くべき だ。健康でありながら日常的に起きるような錯覚をさせるのは、厳に慎しむべきだと思う。
 ※パウダーフードは消化が良いため数時間でそのうは空になるが、アワ玉主体の場合は前のエサが残っているのが普通である。蓄積して最終的にはめ一杯膨らんだものが、翌朝には見えなくなるのが正常だが、本書にはこのようなパウダーフードとアワ玉主体でのそのうの見え方の相違についての指摘が不足しているように思える。しかし、そういった目安がなければ、初心者とは常に過激な選択をしがちな存在ではなかろうか?
 自家繁殖したヒナを親鳥から引き継ぐ時期を孵化10日とされるのには、驚きを禁じえない。普通は孵化の2週間後と言われており(既存の飼育書で2週間前後としないものはおそらく存在しない。つまり本書はこの意味で空前のものと言える)、私などは孵化から16日目(孵化日が月曜日なら翌々週の火曜日)に引き継ぐのを通例としている。つまり、昔からの多くの経験上から、孵化10日のまだ幼いヒナをわざわざ取り出す必然性がないのは明らかであるにもかかわらず、なぜ唯一10日と早めて、それが当然のように主張されるのか、まったくもって不可思議と言わざるを得ない。本書から筆者がそのような考えを持ってしまった理由はわからないが、あえて10日前後で引き継ぐ理由を想像するなら、親鳥に次の産卵を急がせるための繁殖家としての経済性か、単純な勘違い以外に考えられない。この勘違いとは、目が開いた時に人間が親代わりになっていなければならないといった思い込みのことだ。そもそも、手乗り文鳥とは、エサをくれる人間を見て、それを親として刷り込まれることによって成立するものだが、そういった動物行動学の初歩的な話を聞きかじった人の中に、それならば目が開いた文鳥がはじめに見るのは、飼い主でなければならないと考えてしまう人がいても不思議はない。そして、多少の経験によって文鳥のヒナの目がわずかに開くのが、まさに孵化10日前後であるのを知れば、その頃こそ「刷り込み」としての餌づけを始めるのに適当な時期と早合点するはずだ。しかし、この考え方は単純に過ぎ、それならばなぜ、全国津々浦々の古今の飼い主たちが、2週間前後を慣例として問題となっていないのかについて、まったく考慮をしない独りよがりの結論と言わねばならない。なぜ目が開いてから数日経ってから引き継いでもヒナは拒否しないでいてくれるのか、答えは簡単で、外見的に目が開くのと視覚が機能するのは必ずしも同一時期ではないためだ。例えば本書には、ヒナの成長度合いを、実際の観察結果から示したデータが載せられており、「敏感になる」のが生後15、16日と明示されている。まさにその通りだが、そこからさらに、なぜ敏感になるのかを考えていれば、答えは自ずと出ただろう。外的刺激から敏感になるのは、五感の働きが強まった結果以外の何物でもない。よく聞こえ、よく見えるようになったからこそ、外部からの刺激に対して反応するのだ。そしてこれを翻せば、文鳥の場合、この15日前後より前の段階では、小さな小さな目が外見上開いていてもほとんど見えていない、と考えるしかあるまい(実際それ以前は反応が極端に鈍い)。従って、古今東西普通一般に、文鳥の引き継ぎ時期を孵化後2週間程度としているのは理にかなっていたのであり、それを覆すべき必要性は何一つ見出しえないのだ。やはり、特に初心者には、10日前後というまだ口も小さく育てにくい段階での引き継ぎよりも、14日前後を推奨するのが無難なのは明らかと言えよう。なお、この点で、我が国の小鳥医療の泰斗である故高橋達志郎氏は、「あまり早く親鳥から離すと、えさの消化吸収が悪く」なったり「保温が上手にゆかずに食滞をおこしてたりして育たないことがあ」るとしている(『小鳥の飼い方』)。つまり、より幼期のヒナへの人工育雛が先の食滞現象の一因となっている可能性も考えるべきではなかったかと思う。
 ※よく知られる刷り込み(インプリンティング)の例は孵化数時間後には動き回れる水鳥のものである。文鳥のような小鳥は、孵化したばかりの時には赤むけで目も開かない状態で、十全な身体機能を備えておらず、実は内蔵機能すら不十分なのである。これが生後1週間程度かけて消化器系を発達させ、それによって大量のエサを消化できるようになって初めて他の器官の急速な成長が始まるのである(アドルフ・ポルトマン『鳥の生命の不思議』など参照)。
 次に、孵化20日前後でエサを撒くことが、ひとり餌につながるとお考えになっている点も気になる。確かにこの時期からヒナはワラくずなどをかじるようになるが、これは人間の赤ん坊でいうところの「歯固め」と同じであり、歯固めにかじるものを食べ物にしたところで意味がないのではなかろうか。例えばスズメの親鳥は、子スズメの練習用のため、巣にエサをわざと散らかすだろうか。そもそも、飛行出来るようになって初めて親鳥とともにエサ場に行くことが出来るのだから、それ以前にひとり餌の練習をする必要など無いように思える。一緒にエサ場に行って初めてひとり餌への学習が始まるのなら、人間が育てる場合も、ひとり餌の練習をさせるのは、飛べるようになる生後1ヶ月程度からが自然であろう。
 その他、特に推奨される飼育用品について気になる点もあるが(例えば推奨のカゴが小さすぎる)、細かく指摘するほどのことではないので省くことにする。

 今ひとつ気になったと言うより意外に思えたのは、感染症の話題、特に市販の文鳥のヒナにまん延し、多くの犠牲を出し続けているトリコモナスについて言及されていない点だ。この市販のヒナに現実としてまん延している感染症に触れず、文鳥のヒナが病気になる理由を温度湿度管理のみであるかのように述べられているので(P85)、とても奇妙な気持ちになってしまった。
 しかし、感染症のヒナを買ってしまった飼い主たちには、何の落ち度もないのは明らかなところだ。そもそも、トリコモナスがまん延していなかった時代は、保温器具もないのに簡単に育った文鳥のヒナたちが、今現在の至れり尽くせりの環境でバタバタと斃れているのだから、温度管理以上に感染症の問題が重大なのは、火を見るよりも明らかではなかろうか。
 ペットショップでは発症していなかったヒナを購入し、家で発症してしまい(温度管理に落ち度がなくとも環境変化で発症する。また、成長段階の変化で発症するので、飼い主にはどうしようもない)、食滞などの症状に散々悩まされた挙句、小さな命を救えなかった後悔に苛まれ、本書の指摘から飼育管理に問題があったと自分を責めてしまっては、あまりに切ない。

 文鳥の行動を読み取るための注意点、アプローチの方法などは、実に示唆的で情感的にも優れて素晴らしいと思う。しかし、これはポエムでも絵本でもなく、現実の問題に直結する飼育書なので、一般の初心者の飼育を必然性もなく困難にさせてしまう本書は、初心者に薦められるものではない。
 いま少し、飼育情報の面での精査が必要だったのではないかと(従来と違う点があれば、なぜ違わねばならないのか、批判的に自己検証しなければ、説得力を持ち得ない迷惑な独善になる)、釈迦に説法のようだが思えてしまう。

お薦め指数 ☆☆


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