「DOG'S MESSAGE」

捨て犬・ロクとの出会い

 初夏を思わせる5月のある日の夕方、家で待つハチとナナのためにいつもどおり終業ベルと共に急いで職場を後にした。
 駐車場へ向かう途中、道の真ん中に白いマルチーズが立っていた。”かわいいな。ノーリードなんだ。”と遠まきに見ながら車へと急いだ。”でも、待てよ。何か胸騒ぎがする。”車に乗り込み先程の場所へ戻ってみると、まだその犬は動かずそこにいた。よく見ると体をぶるぶる震わせている。近づいても逃げる様子もない。吠えて威嚇しようともしない。”おかしい!”抱き上げて「お家の人はどこかな?ここにいると、車に轢かれちゃうよ。」と話しかけ、抱いたままあたりを見渡したけど人影はない。歩いてその周辺を捜しても誰もいない。その間も犬は相変わらず体を震わせたままだ。”きっとこの子、病気なんだ。とにかく獣医さんへ連れていかなくっちゃ。飼い主を捜すのは後にしよう。”ハチとナナに悪いなと思いつつも、とにかくかかりつけの獣医さんへ急いだ。
 獣医さんは「かなりの老犬だねぇ。10歳は超えてるんじゃないかな。心臓が゙悪いようだし、乳腺腫瘍もある、それに両膝とも膝蓋骨脱臼してるようだな。とにかく一通り診てみましょう。」と言われたので、今日は預かってもらって診察をお願いした。すぐにまたもと居た場所に戻ってみたけど誰もいなかった。”捨てられたんだ。きっと。”
 次の日はお休みだったので、主人と二人で警察へ行き、事情を説明。保健所と動物保護管理センターにも連絡した。その後、捨てられていた場所の近くを一軒一軒尋ねて歩いた。(足(膝)が悪く、長い距離を歩ける状態ではないので、きっと近くの子だろうと思ったのだが・・・。)が、手がかりなし。捨てられていた場所の近くには不用犬引取場所があり、「誰かが捨てていったんだよ。」と、みんな口をそろえて言った。”やっぱり、そうなのかな。”
 結局、何の手がかりもないまま獣医さんへ迎えに行った。獣医さんからは「この子は大変だねぇ。昨日も言ったけど、心臓は僧帽弁閉鎖不全をおこしていて腹水も貯まっている。両足も膝蓋骨脱臼が慢性化しているようで歩行困難。膝のお皿がずれてしまっていて元に戻せない状態になっている。乳腺腫瘍もかなり大きくなっていて、良性か悪性かは検査しないと分からないけど。目も白内障で、ほとんど見えないようだし、耳もかなり遠くなってるようだ。歯ももうボロボロだよ。とりあえず、心臓と膝の薬を一週間分出しておくから飲ませてあげて。」「ほのかにシャンプーの匂いがするから、かわいがられてたんだよ。きっと。そのうち飼い主が現れるでしょう。」と励まされ、先生は診察代や薬代を一切受け取らなかった。「飼い主が見つかるまではいいよ。」と言ってくれる。ナナの時もそうだったが、ほんと、やさしい先生だ。感謝!”よし、がんばって飼い主を捜そう。”
 それからもいろいろ手を尽くしてみたが、飼い主は見つからない。でも、私たちは決めていた。”ウチの子にしてあげよう。”と。あの日抱き上げた瞬間、この子の人生を私たちがまるごと抱え込んだんだ。名前は『ロク』(一番目がハチ(8)、二番目がナナ(7)、三番目だからロク(6))に決まった。
 ハチやナナには本当に申し訳ないけど、あなたたちのための時間を少しだけロクに分けてあげてね。時間は減っても、あなたたちに対する愛情は少しも減らないから。
 『老い』というものを、ロクを通して見つめてみよう。ハチやナナにも必ず訪れる『老い』を、今から勉強させてもらおう。そしてロクには、ここに来て本当に幸せだったと最後の日に思ってもらえるよう、がんばろう。
 二人と三匹。忙しく楽しい毎日が、一日でも長く続きますように。

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