境川サイクリングロードから鎌倉へ





境川サイクリングロード−国道467号−県道32号−大仏坂−鎌倉大仏−上行寺
−釈迦堂切通し−杉本寺−鎌倉宮−源頼朝墓−手打ち蕎麦千花庵−八雲神社




神奈川の橋本を起点としてと藤沢まで境川沿いに続く、全長48kmの境川サイクリングロードは、湘南方面にペダルを漕ぐ時には実に便利な道となる。自転車道は藤沢で途切れてしまい、その後、交通量の多い国道467号線を6kmほど走らなければならないが、それでも僕の自宅から程近い、相鉄線の瀬谷近辺からサイクリングロードに入れば、湘南海岸までの30kmの約2/3の距離を、車に気を使うことなく快調に飛ばすことが出来るのである。1月の中旬、MTB疾風を駆って、網の上で焼かれたサザエを食べに自宅から一路江ノ島を目指した僕は、文字通りそれに味をしめて、今度は古都鎌倉に美味い蕎麦を食べに行くことにした。自宅から鎌倉までは、往復で約70kmの距離。江ノ島往復よりも10kmの距離延長である。お気に入りのJackWolfskinのディパックを背負い、改良を重ねて軽量化された疾風改を押して見上げた空には雲ひとつない。1月31日午前9時30分。鎌倉の蕎麦を目指し、酒冷式1気筒1958年型潤平エンジンを搭載した疾風改は意気揚々と出撃した。






例によって東海道新幹線沿いの県道を
鼻歌交じりで4kmほど走り
瀬谷の海軍道路を越えて
サイクリングロードに入る。

まだ天に登りきっていない
太陽の光を受けて
境川の川面が星屑のように
きらきらと輝く。

川の流れはあくまでも緩やかで
その流れを見下ろしながら
進む疾風改のペースも
何時の間にか
のんびりとしたものになってくる。





今日は久しぶりに
マスコットの山ちゃん&山音(やまね)を
ディパックにぶら下げてきた。

ここしばらく
山歩きから遠ざかり
家の中で放置されていた
2匹のヤマネ達も
久しぶりに
太陽の下のお散歩である。

快調に走る疾風改の上で
山音の空色のリボンが
風に揺れた







非力な潤平エンジンを積む疾風が
その能力を向上させるためには
エンジンを効率的に回すための
快適化と軽量化を図るしかない。

アルミの軽量ハンドルに
多彩なハンドルポジションが可能になる
エンドバーを装着し
オンロード用の細いタイヤを装着した疾風は
その他にも数々のバージョンアップを施されて
潤平エンジンの非力さを補う
精悍な車体に変身して疾風改となった。





1時間ほどサイクリングロードを走り
藤沢で国道467線に入って湘南を目指す。
後ろから来る車に気を使いながら3kmほど走り
県道32号線を左折して
江ノ島に向かう道と別れを告げて
鎌倉を目指す。

平坦で車の通りもそれほど煩くない道を5kmほど走ると
沿道の看板に「鎌倉」の文字が目立ち始め
いよいよ目的地が近い事を僕に教えてくれる。

やがて道は根を上げたくなるくらい
だらだらと登り続ける通称「大仏坂」となり
騒音を響かせて後ろから迫る車に
恐怖を覚えてひとり悲鳴を上げながら
大仏坂切通しのトンネルを越えると
ついに古都鎌倉の街に入った。






急に沿道に観光客の数が増え
その群れを裁ききれなくなって
たまらず疾風改から下りて押しながらしばらく歩くと
賑やかに客を呼び込む有料駐車場が幾つも現れ
長谷高徳院にたどり着いた。

鎌倉を代表する名所、鎌倉大仏である。
200円の拝観料を払い
疾風改を置いて境内に入る。

午前中ということもあり
大仏を取り巻く観光客の数はそれほどでもなく
僕は少しの間だけ人が途絶えるのを待って
澄み切った青い空をバックに
シャッターを押した。











30分ほど高徳院でくつろいで、大仏の前で盛んにシャッターを押す外国人観光客の姿などをぼんやり眺めた後、再び疾風改にまたがって、由比ガ浜方面に向かってペダルを漕いだ。

高徳院からわずかに行けば弁天堂と洞窟で有名な長谷寺だが、境内に向かう観光客の多さに嫌気がさして、僕は長谷寺には寄らず大仏坂を下って長谷の四つ角をそのまま左折した。

人の疎らな方へと進みたがる習性は、やはり山でも街でも変わらないようである。





由比ガ浜の大通りで
この辺りにあった刑場で処刑された罪人を
供養するために建てられたという
六地蔵をカメラに収め
桜田門外で大老井伊直弼を襲撃した
水戸浪士が眠る上行寺で
疾風改から下り道端に腰を下ろして
修験者が唱える読経の声に耳を傾けた。

やがて修験者達は一列になって参門を潜り
経を唱えながら
これから僕が向かおうとしている
釈迦堂切通し方面に
ゆっくりと去り
無人となった境内からは
やわらかい御香の香りが漂った。




大通りから、北条政子の法名が付けられた安養院を左に見て、小さな交差点を左折すると道はいきなり細くなり、ヘビのようにクネクネと曲がりながら釈迦堂跡に向かって突き上げていく。思わずアゴが上がる急登である。疾風改から下りることを意地になって拒否し、歯を食いしばって懸命にペダルを漕げば、舗装された細い道はやがて土の道となり、突如として目の前に巨大な洞門のような釈迦堂切通しが現れた。

北条泰時が父義時の菩提を弔うため建立したといわれる幻の釈迦堂が建っていた釈迦堂ケ谷に抜けるこの切通しは、街中を結ぶ道のため、鎌倉と外界を結ぶいわゆる鎌倉七切通しには含まれていないのだが、それらの道が時の経過とともに往時の面影を刻々と失っていくのに対して、この釈迦堂切通しだけが、山間の軍事都市鎌倉の面影を一番色濃く残しているのも面白い。










巨大な岩盤をくり貫いて造られた
この切通しに潜ってみると
不思議なエネルギーと圧倒的な威圧感が
僕を四方から取り囲んだ。

切通しの出口には明るい陽が射し込み
果たしてここは
陰と陽の境を取り持つ結界なのかと
あらぬ想像を巡らせてしまう。

岩壁に刻み込まれた
武士(もののふ)の気配を窺いながら
僕はそっと釈迦堂切通しを貫けた。




おそらく鎌倉の時代には
獣道も交差する
急峻な谷であったであろう釈迦堂ケ谷も
今は朝夕の散歩にちょうど良い程度の
土の坂道である。

曲がりなりにも
マウンテンバイクの呼称を持つ疾風改ならば
たとえその足をロード用の細いタイヤに換えたとはいえ
この程度のオフロードは簡単に下れると思った
自分が甘かった。

土と砂礫の斜面にタイヤを滑らせて
何度も転倒しそうになり
もののふも顔をしかめる程の悲鳴を上げながら
やっとの思いで下りきった釈迦堂ケ谷のその先に
鎌倉最古の寺
天台宗杉本寺が建っていた。





参門の前に疾風改を止めて
見上げるほどの石段を
一段一息を弾ませて登り
見事な木彫りの仁王様に
睨みを利かされて境内に入ると
鎌倉幕府の事跡を記録した「吾妻鏡」に
その名の由来が記される杉本寺の
本堂にたどり着く。

鎌倉には珍しい
茅葺屋根の本堂が建つ静かな森には
夏の夕暮れ
ヒグラシの声の中で
俳句でも一句詠みたくなるような
ゆっくりとした空気が流れていた。











杉本寺から下る斜面から
いま越えてきた釈迦堂切通しと
それに抱かれるように広がる
鎌倉の住宅街を面を望む。

かつて外界と七つの切り通しで結ばれ
「守るに堅く攻めるに難い」と謳われた
山間の軍事要塞も
今はその面影はなく
小高い森の懐には
晴天の下に暮らす
住民達の長閑な週末の
時間だけが広がっていた。






天園ハイキングコースの入口 鎌倉宮





杉本寺から出ると
人と車の多い表通りを避けて路地に入った。

勝手気ままにペダルを漕いで
鎌倉宮でひと息つき
その足で頼朝の墓に抜けて
いよいよ本日の目標である
蕎麦の店に進路を向けた。

頼朝の墓の近くにひっそりと建つ
小さな手打ち蕎麦の店
千花庵である。




一見するとごく普通の民家のような佇まいのこの蕎麦処は、店内に入れば6人掛けのテーブルがひとつに4人掛けのテーブルがふたつだけという、およそ蕎麦屋という印象とは縁遠い、小洒落たサロンといった造りの店で、数年前、雨の中を歩いた鎌倉で隠れ家のようなこの店を見つけた時の、僕の喜びはずいぶんと大きかったものだ。名物店の多い鎌倉の中で、知る人ぞ知る店のひとつだが、店の造りが小さく、また相席も勧めないため、店内が混んでいなくても何分か待たなければならないことは稀ではない。




店に入ると案の定テーブルには全て先客がいて
僕は10分ほど待って
6人掛けのテーブルの一角に案内された。

僕のお気に入りは
細めの蕎麦の上に
ゴボウのささがきをカリッと揚げた天ぷらと
白髪ネギを載せた天ぷら蕎麦である。

これを薄口のそば汁でいただく。

帰りの道程を考えて
これまで我慢を重ねていた僕だったのだが
香ばしい天ぷらの香りを嗅いだ途端
我慢という名のダムがいとも簡単に決壊してしまい
店の主人に向かって思わず声を掛けた。

「すみません。生ビールください」











美味い蕎麦を堪能して目的を達成しただけでなく
疲れた身体に、よく冷えた生ビールをけっきょく2杯も補給してしまった
酒冷式1気筒1958年型潤平エンジンは
完全にオーバーチョーク気味であり
帰還の途で失速するのは必至の状況である。

ましてやほぼ平坦とはいえ
境川サイクリングロードは藤沢から大和に向かって
実は僅かに登り続けており
累計すると120mの標高差があるのだ。

自転車を趣味にする人々にとって
帰りの35kmの距離や120mの標高差など
なんの問題もないのだろうが
非力な上にもともと帰省本能の薄弱な僕にとっては
それはまさに試練の道である。


はたして無事に大仏坂を越え
サイクリングロードを走りきれるのだろうか。


八雲神社の門前に腰を下ろし
煙草を2本ほど吸った僕は
何度か深いため息をつきながら
愛機疾風改のサドルにまたがってつぶやいた。



「遠いなあ」








祇園山ハイキングコースの入口 鎌倉八雲神社




2004年1月31日


走行距離71km 平均速度19.7km/h 最高速度35.7km/h
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