男声合唱組曲「月光とピエロ」

作詩:堀口大學

作曲:清水脩


指揮:畑中良輔



1.月夜

2.秋のピエロ

3.ピエロ

4.ピエロの嘆き

5.月光とピエロとピエレットの唐草模様




−掘口大學について−

 堀口大學は、明治25年に東京で生まれたが、生後まもなく新潟県に移り、長岡中学を卒業するまでこの地に住んだ。旧制第一高等学校を2回受験したが失敗、慶應義塾に入学した。このころ、大學は佐藤春夫と親しくつきあい、又与謝野鉄幹・晶子のグループに加わって万葉集、和泉式部、源氏物語などを読んだが、特に恋愛中心的な王朝文学の影響を大きく受けたといわれる。その後外交官であった父に伴われて欧米に約9年間生活し、フランス語を習得し、フランス象徴詩の影響も受けた。南弘明作曲の男声合唱曲集『月下の一群』は、恋の喜びやはかなさをうたったフランス語の大學による訳詞である。また、余談ではあるが、「空の蒼、海の碧、見晴るかす三田の台」という名句で知
られる慶應義塾のカレッジソング『幻の門』の作詩もしている。
 一見当時の良俗に反抗し、背徳的な詩作を発表した大學であったが、フランス近代詩の翻訳と紹介を通じて、昭和詩の発展に大きな啓発を与えた彼の功績は見逃せないといわれる。堀口詩の独自性は、日本近代の個性主義的深刻好みからも陰湿な感傷主義からも自由で、いかに
も軽やかな小唄ぶりを身の上としたところである。ウィットにみちたスタイルのくだけたしかしさっぱりとした口語調。三好達治は「エロチシズムとウィチシズムは、堀口さんの詩に於いて、この仕立屋が巧みに探る、切れ味のいい鋏みの二つの刃であらう。」といったが、このエロチシズムもまた、近代詩のなかで大學の独壇場だったといってよい。
 しかしなににもましての独自性は、古代歌謡以来近世まで広く用いられてきた日本語の特徴的修辞であるにもかかわらず、近代日本の抒情詩からは締め出された語呂合わせ、掛詞、洒落、あるいは頭韻・畳韻・頬音反復を、おのれの詩法として終始実行したことである。その後あらゆる詩人のなかで見られるようになるわけだが、数十年前から先取りしている。
 後年の大學の詩には、自らの人生を見つめてつぶやくような作品が見受けられるようになった。


−清水脩と『月光とピエロ』−

 合唱作品については、400を越える合唱音楽の中で、そのうちの約半分が男声合唱曲である。清水作品の素晴らしさは福永陽一郎氏の言葉をここに引用する。<男声合唱のスペシャリスト・多田武彦を除くと、清水脩ほど男声合唱のよい響きを自由に使いこなした作曲家は、日本ではほかにいない。清水脩の作品なしで、日本の男声合唱の世界を想定することは不可能であるといってよい。男声合唱の書法のすべては、彼の手の内におさまっており、それは、必要に応じて、実に適切に使用され効力を発揮している。それは、比較的初期の作品である男声合唱組曲『月光とピエロ』のときから確立していた作曲家・清水脩の群を抜いた特性である。>
 今、ヤマハやカワイや山野楽器の楽譜コーナーに行くと、楽譜には、混声合唱組曲とか女声合唱曲集など、この漢字6字は当たり前のように書かれているが、そのうち「合唱組曲」という形式は、清水脩氏が『月光とピエロ』で世界で初めて使った手法である。「合唱組曲」というのは、いくつかの小品を組み合わせて、ひとつの組曲となっているものであり、1ステージで1組曲を演奏するという今日では一般的な形である。そして、この形式が今日でも多く利用されている。日本のさまざまな合唱団で歌われる『月光とピエロ』。名曲であるばかりか『月光とピエロ』はまさに日本の合唱曲の原点である。
 男声合唱組曲『月光とピエロ』は堀口大學の詞に曲をつけたものであるが、4曲目の「ピエロの嘆き」は詩集「EX−VOTO(ささげ物)」の7編のうちの1つであり、他の4曲は処女詩集「月光とピエロ」の6編の中の4編であり、順序も異なる。つまり、この組曲の構成は清水脩のオリジナルのものである。
 “ピエロ”とは、本来イタリア古典演劇に登場する、いわゆる“下男”のことであり、尻軽女のコロンビィヌに恋するがいつも振られ役を演じる。心の中は悲しみに咽びつつも、道化をしなくてはならないピエロ−この心境は誰にも経験のあることだろう。そして、それ故、ピエロの「身のつらさ」は我々自身にもあまりに痛切に感じられる。
 そして、これらの詩はそのような舞台上のピエロに託して、恋や孤独の悲しみ、あるいはそれでもなお人生という舞台で生き続けている喜びを表しているのではないだろうか。


−曲目解説−

1.月夜

 月夜に一人寂しくたたずむピエロ。いつも滑稽な仕事で人々の笑いを誘うピエロが、ひとりぽっちになって、ひしひしと感じる孤独感。待てども待てどもコロンビーヌは現れない。信じられないという憤りから悲しみへ・・・。ピエロは思わず涙する。

2.秋のピエロ

 生業としてピエロを強いられる悲しさと憤り。生活のためとはわかっていながら、常にやりきれない気持ちに苛まれる。心からの涙。

3.ピエロ

 おしろいで真っ白な顔は、月の光に照らされ明るく見える。しかし、なんとつらく、悲しげな顔をしていることだろうか。

4.ピエロの嘆き

 ピエロの深い嘆きをいったい誰が知ってくれるというのだろう。

5.月光とピエロとピエレットの唐草模様

 月の光の下で歌い踊る、ピエロ(道化師)とピエレット(女道化師)。日々の生活の悲しさやつらさ、やりきれなさを胸の中に押し込んでしまい、そんな自分に居直る形で、彼は踊り続けるのだろうか。


−第123回定期演奏会プログラムより−



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