クラス会だより

 

二期生の同期会について     大久保靖夫 

 三月九日日曜日、二期生の一、二、三組の同期会を開催した。当時八幡小学校と尾山台小学校より新設された九品仏小学校へ各々の一部生徒が移ったものである。この同期会を開催するに当たっては、昨年の十二月と二月に各クラスの有志が集まり、ようやく開催にこぎつけた。四十年ぶりに会うわけだから、有志同士も顔を覚えていない人もいる有様だった。

 当日は午後一時、自由が丘で行った。全部で三十名が集まったが、中にはこの同期会の為に名古屋から駆けつけた人もいた。とにかく四十年という人生の半分を生きてきた訳でこの間、皆いろいろな事があったが、元気で会えたのが最大の喜びであった。話ははずみ懐かしさのあまり四時間もの長時間となった。当時の、今では考えられない脱脂粉乳とコッペパンの給食のこと。学校の先生のこと。八幡小出身者と尾山台小出身者との派閥争いのあったこと。話題はつきなかったが、いずれにしても小学校は我々の人生のスタートだった訳で、これからも元気なうちは年に一回の再会を決めて散会した。

 

第二期生二組のクラス会について   大久保靖夫 

 昨年五月十日(金)に南青山でクラス会を開催した。当日は担任の北原先生を始め二十五名が集まった。卒業して約四十年ぶりに会う人も多く、パーティー会場は昔話でもちきりだった。会は午後六時半から始まった。最初に北原先生が挨拶された。小学校時代の印象とまったく変わらずお元気で、現代の環境問題に対する意見を述べられるなど、今も教育者としての立場を忘れておられない事に我々も感心した。また、出席者全員にバラの花を一輪ずつ下さるなどの色々な心づかいをされ、一同感激した。最初は先生を中心とした色々な思い出ばなしが多かった。その後一人ずつ近況報告を行った。小学校時代と顔が変わった人、当時の面影を残している人色々であったが、話しているうちにだんだん昔の顔を思い出してくる。近況報告を北原先生はうなづきながら、じっと聞いておられた。

 先生は途中でお帰りになられたが、その後は先生がおられたときとまた雰囲気が変わり先生の個人的な話題も出たり、話しは何と夜の十二時近くまで続いた。皆よほど懐かしかったのであろう、南青山の後、場所を三軒茶屋さらに自由が丘と移し、何と一番遅い人は午前四時という有様であった。いづれにしても元気で出席できる人は幸せなのかもしれない。今後も一年に一度はこの様な会合を持ちたいと思った。

 

十八期のクラス会をひらきました    原本(現姓中島)好枝 

 平成八年七月十三日に十八期二組のクラス会を自由が丘にて、開催しました。

 小野れい先生をお迎えして総勢二十五名の会となり、長く、待ち遠しかった一日が始まりました。

 前回出席されなかった方の参加や、連絡先不明であった方の所在がわかり、四十名のクラスの内、三十六名の住所が明らかになり、集まることができました。

 今回、遠く広島よりお泊まり付で参加のマミちゃん、お疲れさまでした。イシ君は群馬からお出かけ下さりありがとうございました。

 みんなが先生に、先生が皆さんとお逢いでき……。輪を広げて集うことの喜びのお手伝いがちょっぴりできて、私は幸せでした。

 次の機会も楽しみにしております。先生、皆様、ありがとうございました。

18期のクラス会 

 

四十二期一組のクラス会     富田 誠 

 平成9年2月16日の日曜日、九品仏小学校に旧1組のみんなが集まり、石塚先生も来ていただいてクラス会を開きました。

 16名程の参加でしたが、卒業してから、6月の同窓会総会以来、はじめてのクラス会で楽しく話し合い、校庭で遊びました。

 等々力小学校に転任された石塚先生にも久しぶりに会えて、仲間もうれしく思っている様でした。また、機会を作って集まろうと話して今回は終了しました。

 

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