連載小説 『天皇と呼ばれた男』         渚美智雄   監修 荻正道


【読者の皆様へ】
この作品は、実在企業をモデルにしたものです。しかし、企業の事業内容や経営状況、経営関係者等の性格、経営観等の一切は、すべて創作された架空のものであることをお断り申し上げます。戦略的意思決定の仕組みや企業統治のあり方を創作を通じて模索する“経営小説”の試みとしてお読みいただければ幸いです。

                                  (第四回)

村中は、大阪近郊を走る私鉄の駅に降りたった。
ここは松木電器の本社に通じる最寄駅である。今の昼下がりの時間帯には社員と思われる人間の姿はないが、出退勤時には今でも社員達の群れで混みあうのだろうか。

村中はゆっくりと駅の表に出た。松木電器の工場群が視界に拡がった。
かつての光景がそこにあった。
この広大な敷地は、創業者の松木幸之輔が発展の基礎を築いた地である。大阪から見て鬼門にあたることから縁起が悪いと反対する声に対して、「日本列島は鬼門の方向に伸びとるんや。そんなこと言うとったら日本中鬼門だらけやないか」と進出を断行した伝説がある。まさしくここは幸之輔神話の聖地であった。

村中の在任時と明らかに変わったのは、工場の屋上に設置された巨大ネオンだった。かつて煌々と周辺を照らした「松木電器」の社名が、「パノニクス」に代えられている。

パノニクスというブランドに社名を合わせ、創業者ゆかりの「松木電器」を捨てたのは、大辻の社長時代の目立った事績には違いなかった。

本来なら社史に残る快挙だったろうが・・・村中の胸中には苦いものがこみ上げてきた。

社名をパノニクスに変えてから、業績は下降続きになったからである。リーマン・ショック等の外部環境の悪化が重なったことが致命的だった・・・大辻は運に見放された社長、と言う他なかった。

かつて幸之輔は、社長の条件を問われ、「そらま、運と愛嬌でんな。どんなに能力があってもこれがなかったら、どもなりまへんわな」と言ったことがある。

幸之輔というカリスマは、重要事項の決定に際して計算に依らず最後は自分の直感に依ったとされる。社長である最重要な条件が「運」だとすれば、自分が大辻を社長に選んだことは間違いだったことになる。しかし、経営戦略を勘に頼る創業者の行き方には村中は反発を覚えてきた。「社名変更以来、悪いことばかり続くのは創業者の名前を取ってしまったからと違うのか」とか「創業者が怒っているに違いない」といった囁きが今も残る社風自体にも反感を覚える。

大辻はそんな風土を変えたかったに違いない、そう言って大辻を庇ってやりたかった。
しかし、経営者の評価は「結果」でしかないのだ。

村中は苦虫をかみつぶしたような表情のまま広大な敷地に沿って歩いた。
本社家屋に向かうメインストリートが交差する角地には、「松木幸之輔記念館」が建っている。
幸之輔の銅像が睥睨する駐車場には観光バスが1台停まっていた。

逝去から四半世紀を経て、松木幸之輔の声望はますます高くなっている。昭和が生んだ最も偉大な経営者という評価が固まり、輝かしい高度成長時代へのノスタルジーが重なって、その人気は一層高まり、大阪の観光コースの定番に組み込まれた観がある。
周囲の工場社屋が閑散とし「シャッター工場」のような様相を見せる会社の気配とは極端な対照だった。

大辻が社名から「松木」を取り去り幸之輔への連想を切り離したことで、業績の危機的な低迷が創業者の威信に直接影響しない配慮をしたと一部メディアが言うのは、あまりに皮肉すぎる・・・。村中は苦笑するしかなかった。

それにしても、松木正行副会長は何故今さら自分をメディアの前に引出そうとするのか、その真意が読めなかった。
創業者の威信を継承するだけの立場の人が、何故こうも今回の雑誌の特集取材にコミットするのか。

雑誌社側の要請なら分からないでもない。たしかに大辻が投げ出した会長職を後継した長江周造元松木電工社長は一般的にほとんど知られていない。ネームバリュー不足と判断するのは当然かもしれない。

津田社長にしたところで、長江新会長に重要な仕事を与えるつもりはないはずだ。その狙いは、吸収合併した松木電工社員の不満を緩和する人事措置でしかあるまい。
そのことは、かつて有力な独立関係会社であった松木通信工業を強引に吸収合併したとき、その社長を松木電器の副社長に据えて関係社員の不服をやわらげた村中には、よく理解できるのであった。

津田社長のやることぐらい何でも読めるが、と村中は思う。しかし、松木正行副会長というのは読めない。わざわざ雑誌社に提案し村中を指名したのは何故か・・・、村中には不気味だった。

顔を落としがちに歩いていた村中は、ふと顔を上げた。
こちらに歩いてくる中年社員の姿が視界に入った。

厚い事務封筒を抱え足早に近づいてくる男の顔を見て、村中は鬼気迫るものを感じた。
その顔はあまりに暗すぎる。業務上の苦闘が作る種類の表情なら、いくら暗くてもそこには強さと緊張感がある。
しかし、今、目前に見る男の顔には、その核がない。自分の将来を見失ったかのような虚ろさが表情に色濃く漂っていたのだ。

村中はぞっとした。復調の兆しを見せ始めたとされる津田社長の容赦ない構造改革のもうひとつの結果が今の男の顔ではないのか。
村中は目の前にそびえる本社家屋の旧いたたずまいに不穏なものを感じた。それは経営に携わったことのある男にしか分からない予兆であったかもしれない。


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