連載小説 『天皇と呼ばれた男』
渚美智雄 監修 荻正道
【読者の皆様へ】
この作品は、実在企業をモデルにしたものです。しかし、企業の事業内容や経営状況、経営関係者等の性格、経営観等の一切は、すべて創作された架空のものであることをお断り申し上げます。戦略的意思決定の仕組みや企業統治のあり方を創作を通じて模索する“経営小説”の試みとしてお読みいただければ幸いです。
(第六回)
村中は、創業者である松木幸之輔を尊敬していない訳ではない。しかし、神格化して、すべてを幸之輔流に行おうとする松木電器の経営風土に対して強い嫌悪感を持っていた。
長居がどれだけ村中の心情を理解していたかは分からない。しかし、この男は、長く広報の仕事を重ねてきた男なりの適格な言葉で補った。
「今さら松木幸之輔など、とおっしゃるのは私も同感です。しかし、メディア、これは世間と言い換えても良いのですが、この会社は創業者が亡くなって四半世紀以上経ち、社名をパノニクスに変えた今も、松木電器、つまり松木幸之輔の会社なんです。逆に言えば、この会社には他に何もないんです・・・いまだに」。
他に何もないだと! 村中の表情はさらに厳しくなった。それなら、脱幸之輔の合理的な経営風土を創ろうとしてきた自分の社長時代の取組みは何だったと言うのか。村中は大きく息を吐き出してから言った。
「しかし、今の津田社長とワシの松木幸之輔の経営哲学に対する考え方の違いなどと質問されてもな・・・」
「はっ。具体的には事業部制に対する考え方の違い、ということだと思われますが・・・」。
長居のこの一言で、ようやく村中は合点した。
かつて村中は松木電器の経営組織を大きく変えたことがある。当時のメディアは「事業部制廃止。幸之輔経営を否定」などと大見出しで報じたものだった。
もっとも、当時のメディアの論調は村中へのエールだった。「破壊と創造」に取り組む改革者のイメージで記事ネタにしていたのである。
村中の後継社長となった大辻も、この路線を踏襲してきた。しかし、経営危機の状態にまで会社を傾かせて辞任した大辻の後を継いだ津田社長は事業部制を復活させることから、再建の取組みを始めたのだ。
メディアにしてみれば村中は「反幸之輔」で、津田は「幸之輔信奉者」に映るのだろう。
「なるほどな・・・。しかし、そんな単純なもんじゃないぞ経営は・・・」。
村中は、幸之輔の教えに背いた自分が失敗し、素直に幸之輔の教えに忠実な津田社長は着々と松木電器を再建させつつあると報じる記事を想像して心底うんざりした。
「松木幸之輔の経営哲学こそ当社の財産で、自分も津田社長も、そう考えることでは全く同じです、とでもお答えしていただければと・・・」
長居は手元のファイルからA4サイズのメモを取り出して村中に示した。
メディアの質問に対する回答案が箇条書きしてあった。
□幸之輔の経営哲学の本質は、人を信頼し任せること。
□社長時代の自分の口癖は“エンパーラメント”つまり権限移譲。これは入社以来、自分がこの会社で学んできた根本精神であり、幸之輔哲学そのものだと信じている。
□経営組織は時々の経営環境に応じて柔軟に変えるべきもの。自分の時代は、事業部間の競争の弊害が強すぎ、市場よりも社内を気に掛ける“内向き”な風潮がはびこり過ぎていたため、事業部から営業部門を切り離した。「事業部制破壊」ではなく「事業部制の修正」に過ぎない。同時にドメインという大規模な事業部門を作って権限移譲の精神を貫いた。これは幸之輔哲学そのものです。
□津田社長が事業規模を小さくした事業部に経営組織を変えたのも、今の時代にはその方が適格だからという判断。
□幸之輔の根本信条は“日々新た”ということ。自分も“新た”であろうと努めてきたし、津田社長もそうなのです。
村中は一読して長居に言った。
「これは君自身が書いたのか?」
そうです、と答える長居の顔は緊張していた。気に入らないペーパーは、その場で相手に投げつけるのは現役時代の村中のやり方だった。長居は当然、その“伝説”を知っていたのである。
「ま、参考にはしよう・・・」。
村中は、そう言って紙片を丁寧に折り、背広の内ポケットにしまった。長居の安堵感は村中にも伝わった。
見かけ以上に出来る男かもしれん・・・、村中は、このとき目の前の男をそう値踏みしていた。
「それでは、会場にまいりましょう」
長居の立ち居振る舞いには軽やかさがあった。自信という翼を得た男の行動の特徴とも言えた。村中も穏やかな表情に戻って立ち上がった。
応接には、長居が言った通り、女性記者と助手役の若い痩せた男が待機していた。
二人は村中が姿を現すと反射的に立ち上がり深々と礼をした。
「本日はお忙しいところ、取材に応じていただき本当にありがとうございます」
女性記者は村中に両手で名刺を差し出した。
「経営ビジネス社 編集部 若泉真紀」とあった。
村中も自分の名刺を差し出した。
それからあらためて相手の顔を見た。長居が言ったように三十を超えてはいるが四十にはまだかなりあるという年頃かと思う。
キャリアを積み上げていこうとする者にとって最も大事な年代と言っても良い。
特に女性の場合は、結婚や出産に対する先送り出来ない選択を迫られた微妙な年代でもある。
既婚者なのかどうか、村中は目の前に立って自分を見ている女を見返した。決して美人とも言えないが、不美人ではなかった。見様によっては男好きする顔だちかもしれない。
「大変ご無沙汰をいたしております」
若泉真紀と名乗る女は微笑を浮かべて言った。
村中は困惑した。記憶にまるでない。しかし、社長時代から数知れない取材の場に立たされてきた村中にとって、こちらが忘れていても相手の記憶には鮮明に残っていることは珍しくない。
しかし村中は、ささいな当惑が顔に出てしまうタイプの男だった。
自分のことを失念していると確信した女は、微笑を保ったまま言い足した。
「本当に、あの折は失礼いたしました。全く右も左も分からない新人の頃で、村中社長のお怒りに思わず取り乱してしまい、大変ご迷惑をおかけいたしました」
若泉真紀はそう言って、もう一度丁寧に頭を下げた。
この一瞬に村中の記憶が蘇った。
「あ・・・あの時の・・・」
そう言ったまま続けるべき言葉を見失った。
村中が社長になって間もない頃だった。創業以来の赤字を出し再建に大わらわになっていた時代。今までの松木電器では想像もできない大リストラを断行し、ストレスで村中の右肩が歪んでいた頃、ようやく黒字が見え始めた時期に、「アリラ」という雑誌広告に『松木電器V字回復の大嘘』という見出しが踊った。
それを見た村中は逆上し、その雑誌の編集長が村中のところに謝罪訪問せざるを得ない騒ぎになった。
若泉真紀は、そのとき同行していた大学を出たばかりの新入社員だった。
今思えば、あのときの村中の怒りは尋常ではなかった。見出しの表現に行き過ぎがあったことを認め謝罪する相手に対し、デスクを拳で叩かんばかりに村中は憤怒をぶつけた。
そして、若泉真紀が泣き出したにもかまわず、いや、その泣き声に油を注がれたかのように怒りの渦を拡げ相手が押し黙ってうなだれても容赦なく鞭打ち続けた。同席していた広報部の女子社員が若泉が卒倒するのではないかと気遣い、肩を抱くようにして席をはずさせたほどである。
その、泣きじゃくっていた女がすっかり一人前のジャーナリストの顔をして村中に微笑を向けている。
村中は慌てた。思わず長居の方を見た。
「まずい!」
長居の目には、明らかに狼狽があった。
(続く)
![]()