連載小説  渚美智雄


『大和ファウスト』
第24回


私を取り囲んだ男たちの輪が厚みを増していき、息苦しいほどでした。売国奴め、とか恥を知れとか投げつけられる罵りは似たようなものばかりでした。私は身の危険を感じましたが、私を取り囲む男たち(女もいたのでしょうが、私には男の群れに思えてならなかった)は声を張り上げるだけで危害を加える素振りはまったく見せなかった。出ていけ! という大きな声が聞こえたか、と思うと、私は輪の外へはじき出されていたのです。ようやく男たちの壁の外に放り出された私は、その場にしゃがみ込み、ぜいぜいと激しく息を吐き出し続けました。

「米軍の到着には時間がかかります。ミサイルを撃ってくれるなんて期待してはイケマセン!」 拡声器で肥大した岩瀬志麻の声だけが私の耳に歪みながら流れ込んでいた気がします。

「あんた、大丈夫?」
女の声がして、私の右腕が掴まれ引き上げられる感触がありました。

「怪我はない?」女の声が続きます。私は立ち上がってようやく女の顔を見ることができました。それは、加田麻里子だった。麻里子は私の顔色を点検するかのように凝視していましたが、私の腕を引きずって、群れから離れた場所に誘導していきました。

「あいつらは何者なんだ!?」と私は麻里子に聞く。
「正体不明・・・最近、東京のあちこちでアジ演説してるのよ・・・」
「マイクで喋っているのは、岩瀬志麻じゃないのか! あんたの姪じゃないのか?!」


「私も最初見たときにはそう思ったさ。でも、私と目が合っても全く反応しないんだよ・・・。ひょっとしたら、あれは志麻かもしれないけれど、志麻の亡きがらかもしれない・・・」 

「亡きがら! ああして大声を張り上げている女がどうして亡きがらなんだよ?」 私は、麻里子がどうかしてしまったのではないかと思った。

「誰かが志麻を亡者にして、その遺体を操っているんだよ・・・。信じられないだろうけれど、私は、大和一に最初にあった時にも似たような感じがしたんだよ。・・・あんたもそうされないうちに大船の家に引きこもった方が良い」。

私は麻里子の目をのぞき込みました。そこに狂気が潜んでいないか探るつもりだった。麻里子の目は澄んでいた。理性の泉のようだと一瞬思ったほどでした。

「どうも俺一人じゃ無事に大船に戻れる気がしない。記憶が朦朧として・・・家に帰る道順すらぼんやりとしか思い出せないんだ。・・・俺を大船の家まで送ってくれないか・・・」。

麻里子は私を凝視しました。それからこんな恐ろしいことまで言い出したのです。

「あいつらに取り巻かれたショックでちょっとした記憶錯乱になっているのかも知れないわね・・・。分かった、連れて行ってあげる」

秋葉原駅から我々は京浜東北線で大船に向かった。東海道線のほうが時間は速い。しかし麻里子はあえて各駅停車の電車を選んだのだ。

「各駅に停車して頻繁に扉が開く方が安心だからね・・・」
麻里子は独り言を呟くように言った後、「最近の東京は、ちょっと変なのさ・・・さっきみたいな連中もそうだけれど、なんか空が悪霊に覆われている気がするのよ・・・」と付け加えた。私は何も言えなかった。


京浜東北線でも一時間余りで大船に着いた。巨大な大船観音に向かって歩き始めた。高台の一軒家である私の家まで10分もかからない。

坂を上り家の前に出たとき呆然とした。家の前に土砂の山が作られているのだ。麻里子も目を見張っていたが。

突然、頭上から黒い影が降りてきた。黒光りする翼を巧みに操り土砂の上に制止するや三本の足を延ばして土砂をすくい取り再び上空に姿を消していく。土砂を鎌倉の海にでも捨てに行くつもりだろうか。すると、続いてまたヤタガラスが舞い降りてきて、同じように土砂をすくい取り、上空に消えたかと思うと、またしても別のヤタガラスが舞い降りてきて土砂をつかんで宙に消えていくのだった。

ヤタガラスは何羽もいるらしい・・・私はそれまで一羽しかいないと思い込んでいたのだ。全部で何羽ぐらいいるのか知らないが、土砂の処分を急ぐためか相当数が動員されたのだろうか。


「無事にお帰りなさいましたな・・・」 突然、玄関のドアが開いてクスノキが姿を現した。私にはかすかに笑みを浮かべたが、麻里子には目を合わせようともしない。

よく見るとクスノキの後ろには小さな看板がかかっている。『日本魔改造同盟本部』。

私は一瞬、頭に体中の血が集中するかと思った。何か言おうとするが、あまりのことに言葉が見つからなかった。クスノキがさらに言う。

「いいタイミングで戻りましたな。ちょうど地下の会議室が完成したところで、オカミが第一回の“御前会議”を開こうとおっしゃっておられる」

我々はクスノキに導かれるように中に入った。映画関連資料は昔の儘にそこにあった。安堵した瞬間、二階に上がる階段の横に地下に降りる階段が新たに作られている。玄関前の大量の土砂はここから生じたらしい。クスノキに従って地下に降りたが。

そこには一階スペースよりもはるかに広い地下空間が広がっていたのだ。中央に大きな円形テーブルが置かれ、我々に対峙する位置に“オカミ”が座っていた。

驚いたことに、その横に久しぶりに見る大和一が座っている。我々もクスノキに指示されるままに椅子に座った。オカミ、大和、クスノキ、麻里子・・・そして私。出席者は5名のようである。私は腰を下ろした瞬間に口を開いた。

「これはどういうことだ? こんな改造を俺は聞いていないし、許可もしていない! すぐに現状回復してもらおう!」

「オカミに対して口を慎め!」 クスノキが怒鳴った。その声が地の底に響きながら落ちていく。

激高するクスノキを右手を軽く上げて制しながら、オカミが口を開く。

「キョウメイよ・・・元に戻せというなら戻してやろう。しかしな、それは我々の偉大なる計画が成就してからのことだ。この国を再び天皇が統治する偉大な国にせねばならぬ。その歴史的使命のためには臣民はすべからず朕に協力し奉仕してもらわねばならぬ。家に地下を掘るぐらいで冷静を失うとはキョウメイらしくもない。しかし、早々に手際よく麻里子を東京から連れ戻したのは流石じゃった。その功績に免じて先ほどの不敬発言は免じてやろう」

「私はまだ女狐を探し当ててはおりません。直ぐに東京に戻って探索の続きをしなければなりませんので・・・」。

それだけ言うと、麻里子は立ち上がって出ていこうとした。その瞬間、クスノキが内ポケットから小型拳銃を取り出した。

「撃つな! 撃ってはならぬ。麻里子には女狐探しの任を解く。代わりに新たな重要任務があるからな」。
クスノキはオカミの指示が不満だったのか、ガタッと大きな音を立ててテーブルに拳銃を置いた。麻里子は金縛りにあったように座り込んだ。顔は青ざめており、身体が小刻みに震えているのが、隣に座っている私には分かったのだが。

「今後何回も開くことになる御前会議は、情報の交換と共有が目的じゃ。メンバーも増えていくことになるだろうが、ここにいる5人で国家魔改造の基本プランを練ることになる。今日は自衛隊に“出向”してくれているヤマトハジメから自衛隊の現況について報告を受けることにする。国家魔改造には最低限の武力が必要になる。この国には、武装勢力は唯一自衛隊しかないからのう・・・それが我々の魔改造計画に利用できるかどうかというのは大事な問題である・・・ヤマト、どうかな?」。

「はっきり申し上げましょう。現在の自衛隊はまったく使い物になりません!」
大和はゆっくり立ち上がり、そう言った。

「兵器は重火器を中心に一応整備されております。戦車も十分とは言えないまでも、一カ月程度なら、市街戦を続けられるとみております。それに万が一、我々の国家魔改造の動きに対して、現政権と友好関係にある近隣国が我々に抵抗するために動き始めたとしても、すなわち我々にとっての“緊急事態”が生じても、当該国の基地を直接攻撃できるミサイルもアメリカから購入済みであり用いることは可能でしょう・・・」

大和一がそこまで言うのを聞くと、クスノキは顔面に喜色をたたえ、テーブルに投げ出していた拳銃を嬉し気に手にしてもてあそび始めた。

「しかし、肝心な部分が腐っています!」
大和の語気にクスノキの掌中の拳銃が天井の一点を狙うように静止した。私の目には、クスノキの指が引き金にかかっているように見えたのだが。オカミは微動もせず大和に報告の続きを促している。

「自衛隊員に対する精神教育がまるでなされていません! 戦場に出た経験もなく、戦闘行為に参加した経験もない隊員ばかり・・・。続出する災害現場での救援作業経験しか持たない! 人の命を救う行為の尊さだけは隊員の意識に根づいていますが、それは敵を殺傷しなければならない軍隊本来の行動の精神的抵抗にしかなりません。私が使い物にならん、と申し上げたのはそういう意味であります・・・」
オカミはゆっくりと首を上下に動かした。どうやら、オカミ自身の認識と一致していたらしい。しかし、オカミの顔面は一転して険しくなり、眉間の深い皺が波打ったかと見えた瞬間、掠れた声を絞りだした。

「で、どうすれば、自衛隊は我々の国家魔改造計画の先兵隊になるのか? 手立てはあるのか?」。


(来月号に続く)

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