連載小説 渚美智雄
『大和ファウスト』
第25回
オカミは大和一の報告を目をつむって黙って聞いていた。山伏姿がやや前かがみになり、そのままじっと動かない。私には、その様は人間とは思えなかった。命を抜き取られた人形のような・・・。
そんなオカミが突然、上体を起こした。両目が見開かれている。私と一瞬、目が合った気がした。その瞬間、全身に悪寒が走ったことを今でも覚えています。
「そうか・・・使いもんにならんのか・・・。戦場に出て戦闘行為に参加した経験もない・・・。災害現場での救援作業経験しかないか・・・。そんな自衛隊を当てにするしかないのか、この国は・・・昔は武士という、扱いを間違えると極めて危険だが、うまく操縦できれば頼もしい武力集団がいたのだがな・・・」 オカミは独り言のように呟いた。
クスノキが言う。「すべてはアメリカに負けたことが原因です。まったく忌々しい! あの戦争で亡くした英霊たちが蘇れば、この国を天皇統治国に作り変えることは簡単なんだが・・・」
その瞬間、オカミの両目がギラリと光った。私の隣にいる加田麻里子が思わず目をそらした。私は麻里子が言う“オカミもその取り巻きもみんな死んでいるんだ”という言葉を思い出した。死者を蘇らせ思いのままに動かせる超能力をオカミが持っているのだとしたら、あの太平洋の海底に眠る多くの大日本帝国の英霊たちに命を与えて近衛兵として使うことも出来るではないか。私は一瞬、愚にもつかないことを想像したものです。
「いっそ、沖縄や横須賀にいる米軍を動員して使ったらどうです・・・・」 クスノキが自棄になったような声を出した。
「ひとつの案ではありますな。カネを積めばいくらでも買収できるかもしれません」。大和一が口をはさんだ時、オカミが大声を出した。広くもない地下の会議室です。その声は何重にも反響し、なかなか消えていかないようでした。
「お前たち! 天皇統治国の再建に異国人の助けを借りてどうする・・・大和魂を籠めてこその天皇統治国である! 他に武力機関がないのなら、自衛隊を使う方法を編み出さねばならぬ・・・何かいい方法はないか?」。
「戦闘経験さえ積ませれば使い物になるのなら、ウクライナへの義勇兵という形で自衛隊を派遣するという手もありますがね・・・」
大和一が口をはさんだ。
「そんなことをしたら、ロシアが気を悪くするじゃない。永遠に北方領土は帰ってこなくなるわ・・・」
加田麻里子が思わず声をあげた。それから自分の衝動的な発言を激しく後悔するかのようにうつむいたが。
オカミはそんな麻里子をじっと見つめていたが、あらためて大和一に顔を向け不気味なほど低く静かな声を出した。
「自衛隊を使いもんになるようにする妙案はないのか?」。
「すべての隊員を天皇統治国家再建の先兵にすることは無理でしょうが、1割程度なら可能性がないとは言えない。自衛隊員22万人の一割の2万人でも魔改造同盟の軍隊にすることが出来たら大きいと思いますが・・・」。
「2万人いれば十分じゃ。何も日本国中に我らの軍隊を配備する必要はない。政治の中枢部だけ抑えてしまえばこっちのものよ。永田町から霞が関一帯を封鎖すればそれで良い。この国は地方分権と言いながら実態は中央集権じゃ。それが最大の弱点でもある。頭を抑えれば全身意のままじゃ。永田町から霞が関を抑えるだけで、千葉県も埼玉県も愛知県も大阪府も何にも出来んのだ。そもそも地方自治体は軍隊を持っておらんからな・・・」
オカミはそう言って珍しくほくそ笑んだ。それから一転して眉間に皺をよせ苦々しい表情をみせたのだ。
「ワシが兵をあげた時は、中央幕府の支配など表向きのことだった。地方には政権に恨みを持ち隙あらば幕府を転覆させようとする武士どもがゴロゴロいたもんじゃ。やつらを突っつくだけで、ワシはクーデターを成功させたものよ」
そういうと再びオカミは目をつむり、700年前を懐かしんでいるかのような幸せな表情を浮かべたのだが。それを見て、大和一が口を開いた。
「まさしく、その不満分子が鍵になります。私の見るところ自衛隊には少なくとも一割の不満分子がいます。それも上層部に集中している。・・・彼らに我らの志を共有させられれば、この国の魔改造の先兵として命も捨てるようになりましょう」。
私は大和一の言うことを聞いて、その不満の中身を知りたく思いました。自衛隊に入隊するものは少なく、入隊したものの多くが給料をはじめ待遇の悪さに大きな不満を抱いていると聞いていましたが、大和はそんなレベルのことを言っているのではなさそうだった。
「自衛隊の上層部には、意外に純粋に愛国精神を持ち自己陶酔に陥っている者がけっこうおります。愛国心が強いものほど、今の政権のアメリカ寄りの政策に強い不満を持っています。典型が、指揮命令体制の変更です。自衛隊には、陸、海、空の組織が並立しそれぞれの司令部が軍を動かす権限を持ちます。もっとも、この三部隊がバラバラに動くのでは戦果は十分にあげられない。そこで三司令部の上に、統合幕僚長を置き、文字通り三軍を統合的に動かすようになっています。その幕僚長は各省庁の事務次官のようなもので、防衛大臣の指揮下にあるといっても、大臣などしょせん素人ですから、実体的には統合幕僚長がすべての統帥権を握っているのです。・・・ところが最近、雲行きがおかしくなってきました・・・」。
大和一はそこまでいうと、言葉を呑み込んだのでした。私は、続きが聞きたかった。思わず声を上げてしまったのです。
「どうおかしくなったというのです?」 私の発言は唐突な印象を与えたのかもしれません。会議に出席しながら一言も喋らない私が声を出したこと自体が“事件”だったのでしょう。特にオカミは私の“変化”に満足そうな表情を一瞬でしたが浮かべたものです。大和一は私の発言に背中を押されたように言葉を続けました。
「アメリカの方針が変わったのです。変わったというより、本音を言い出したというほうが正しいかもしれません。・・・アメリカが世界の保安官ではないと言い出したのは10年も前のことですが、それに伴う具体的な方策を我国に対しても露骨に要求し始めたのです。つまり極東エリアの安全保障をアメリカ軍の指揮下で、韓国と日本の両軍が連携して前線を護るということです。そのためには今の自衛隊の指揮命令体制を変える必要が出てきた訳ですよ。“統合作戦司令部”という組織を従来の統合幕僚長の上に置いた。幕僚長はこの新組織の命令を受けて動かねばならなくなったのです」
私はそこまで聞いて大和一のいう“自衛隊上層部の不満”が分かるような気がした。買収された会社の創業経営者が新しい親会社から出向してきた若造社長に顎で使われる様を想像してみた。たたき上げの創業社長への尊敬が強い幹部社員ほど我慢ならない事態だろう。自衛隊の上層部にそんな不満が充満しているということを、大和一は見抜いているのだ。
「今はまだ240人程度のスタッフが配備されただけですが、台湾有事や北朝鮮軍の動き次第では米軍の指揮官クラスが緊急出向して自衛隊を直接指揮することになる。いや、それ以前に、そのような事態に備えて訓練が米軍の指導のもとに行われることになる。これは日本国民の戦争アレルギーに留意して極力、秘密裏に行われることになるでしょう。統合幕僚長など単なる連絡役でしかなくなる。幕僚長個人の心裏はともかく、幕僚長という親分の不遇に各部隊の司令部の上層部ほど、幕僚長への尊敬の気持ちが強いだけに相当の不満をため込んでいる。これを巧みに利用すれば、自衛隊を我ら国家魔改造同盟の同志にすることも可能なのではと・・・」。
「その通りだっ! 日本軍を動かすのは唯一、天皇でなければならん!」 クスノキが興奮気味の声を張り上げる。
「たしかにな・・・陸、海、空の司令部の中枢が同志になれば、自衛隊全体を動かせることになるだろう・・・。しかし、指揮命令などいざとなったら頼りにならないものじゃ。我らの軍隊は一兵卒に至るまで真の愛国者であり、朕の僕としての使命感を持つものでなければならぬ」。
オカミの言葉には悲痛な思いが籠っているように見えた。
「昭和の2・26事件の失敗を思い起こすが良い。決起将校たちは、首相官邸はじめ国家の中枢機関をすべて抑え、一部の閣僚や首相まで殺害しようとした。そのことはともかく、最大の失敗の原因は、将校たちは配下の兵士たちを命令だけで動かそうとしたことだ。多くの兵士は命令に従ったまでだ。だから、さらなら上層部、もっと言えば天皇の命令が出たときには、それに素直に従った。脆いものだった。つまり、行動を共にする兵士たちとは運命共同体としての信頼と強固な魂の絆がなければならぬ。それさえ出来れば誰が何といおうと、最期まで戦う。 自衛隊の一割で良い。徹底した洗脳によって、真の朕の赤子にしなければならぬ。大和一よ。そなたの使命はそれを実現させることじゃ!」。
「それで、永田町と霞が関一帯を封鎖してどうしようというんです?」 私は思わず口を挟まねばならなかった。こんな幼稚なクーデターの一味にされたら自分の身の破滅になることは明らかだったからです。
「何もバイオレンスを行使する必要はありません。一帯を封鎖して一切の情報を遮断するだけで良い・・・。国民が平常通り官庁が動き、国会では審議が行われていると信じれば良いだけの話です。その程度のことなら今日の情報通信技術や人工知能を使えば簡単に出来ますよ。しばらくの間、日本の中枢部をバーチャル(仮想)中枢にするだけでことは終わる。首相も閣僚も議員たちも、各官庁の次官達も、すべてフイジカルAIによるアバターに置き換わってもらえれば済む話なんです」
大和一は言葉を切って、さらにこう続けた。
「そして、我らの行動を正当化する法律を成立させ、天皇を象徴天皇などという屈辱的な呼称から国家元首にふさわしい呼称に変える。暫定的に“元首天皇”とお名乗りいただいてもよろしいかと。そして既成事実を重ねて、次に新しい憲法を成立させこの国を天皇統治国とする大方針を全国民の意思として成立させる!」
「アメリカが既得権益を損なわれると懸念して口出ししてこないかしら・・・。国内の基地には米軍がいるわけだし・・・旧政権の救援にやってこないかしら?」
そう言ったのは加田麻里子だった。
「・・・日米安保条約に国内政変に対する政権救援義務などはない。仮想政権の実態がバレたところで何にも出来ぬし、国民への説明は何とでもなる。彼らは自分の暮らし向きさえ良くなればそれでいいのですから、無税国家志向を国是とする等、我らの方針を打ち出せば十分に支持することでしょう。もっとも、主要なメディアやコメンテーターどもを我らの意に賛同するアジテーターにしておく必要はありますが、多少のカネを使えばカンタンなことですよ・・・」
オカミは大和一の話を聞きながら大きく頷いたが、鋭く釘を刺した。
「しかし、女狐がおる! あれが生きておるうちは安心してことを進めることは出来ぬ!」
オカミはそう言うとあらためて加田麻里子を見つめた。
「女狐を速く見つけて駆除せよ! 今のように探し回っていても女狐は尻尾を出さん・・・。作戦を変えるのじゃ! 見つけようとするのではなく、おびき寄せるのだ。分かるか?」
麻里子は訳の分からない顔をしていました。それをオカミは不気味な微笑を浮かべて見つめていたものです。
(来月号に続く)