連載小説 渚美智雄
『大和ファウスト』
第27回
「いっそのこと、憲法改正を党是として正面から打ち出してみたらどうだろうか・・・」
私は呟くような声でクスノキに言った。日本を実質的な“天皇統治国”にするには絶対に避けては通れないのが憲法改正なら、堂々とそれを前面に打ち出すという戦法をとってはどうか・・・そう言ったつもりだったが、クスノキは大きな溜息をついた。
「岩瀬志麻のあの顔で憲法改正を語らせても受けますかね? あの不愛想な顔を活かすには、もっと別のことが似合うのでは・・・」。
「アンバランスの面白さということもあるぞ」と私は言ったが、確信があるはずもなかった。
「憲法改正というと、皆、九条のことをイメージしますしね・・・。他の右派政党との差別化も難しいし、支持者も限られるんじゃないでしょうか」
クスノキは投げ槍な言い方をしました。彼は、回りくどいやり方が嫌いなのです。かといって、彼が言ってきた“一億国民総決起防衛論”では、展望が開けないのは、クスノキ自身も分かっていた。代案がないからこその彼流のアイデアだったろうが、“自称、特攻の生き残り”としては、今の安保論議の“ぬるさ”が気に入らないに違いない。
むしろ、自衛隊の中から隠れ同志を作っていくミッションの方が、クスノキに向いているのではないか、あの大和一よりも。
私はそう思ったが、すべてはオカミが決めたことだ、従わねばならない。
そのオカミは、御前会議以降、ベランダの御座所に籠ったままだった。我々はいつの間にか、その御座所を“天空御殿”と読んでいたが・・・。
「ねぇ、撮るんなら早くしてよ。年とると黙って息をしてるだけで化粧が崩れるんだよ」。
加田麻里子が不機嫌な声をあげた。薄い紫のワンピース、首には真珠のネックレス。長髪だった髪は短くカットされ左右に分けられている。分け目には地の白髪が見えないように丹念に染めた痕跡が残る。麻里子なりに資金も時間も投じた“皇室ジャーナリスト”の役作りだった。
「ちょっと待ってくれ、あっちを先にするからな」。
私は大型の三脚にセットしたビデオカメラの位置決めに入った。地下に作られた動画作成スタジオである。長年欲しかったカメラに照明器具。それに背景にグリーンカーテンを用意する。こうしておけば、簡単なデジタル画像加工で、撮影場所は皇居でもアメリカのホワイトハウスでも雪を抱いた富士山でも自由自在に変えられるのだ。少なくとも数百万の資金が必要だったろうが、これは大和一が用意した。彼は、日本魔改造同盟の会計責任者をしているらしい。もっとも、その資金を彼がどうのように調達しているのかは分からなかったが。まさか、オカミがため込んでいた埋蔵軍資金だとは思わなかった。このことについては、もう少し事情を話さねばならないだろうが後日に回すことにする。
「皆さま、今日は。皇室ジャーナリストの加田麻里子でございます」
ライトに照らされて、麻里子はそういって微笑を見せた。いかにもわざとらしい。もっと自然な感じでやってくれ、と私は言う。途端に麻里子の表情が不機嫌に曇った。その顔が岩瀬志麻に似ている。私は密かに血は争えないものだな、と思ったが、むろん、口に出さない。私は、ある有名な映画監督の言葉を思い出したのだった。「オンナを美しく撮るコツは、ひたすらほめる、おだてる、デス」。私は、“鬼監督”と言われた日本映画史上の名カントクの真似をすることにした。
「せっかく、そんなにキレイなんだから、わざわざ媚びを売る必要なんかないよ」
私の言葉にたちどころに麻里子の機嫌はよくなった。
「皆さま、今日は。皇室ジャーナリストの加田麻里子でございます。桜が美しく咲いておりますね。わたくしが日本に生まれた幸福を感じる季節でございます。今回もはじめになつかしい昭和の景色を楽しみたいと思います」。
ここで昭和の時代のフイルムを挿入するのが私の基本プランだった。私が大船撮影所から譲り受けた膨大な昭和に撮影された映画の未編集フイルムの断片を挿入するのだ。特に国民が誰でも知っている『男はバカだよ』シリーズ。
「・・・まぁ、なんとなつかしい風景が写っているのでございましょう。何といっても地方に活力がございましたね。わたくしは昭和の美しさはつきつめれば皇室の尊さだと存じます。国民の日々の平安を祈ってくださる天皇ご一家の優しさに包まれて、あの時代の日本人は安心して暮らしておりました。わたくしは、この動画を通じて、あの時代のこの国の心の豊かさをお伝えしていきたいと思っております」。
多少のぎこちなさはあったが、麻里子は上手くやってくれた。この後は私の編集の腕の見せ所だった。一転して、中東の紛争地帯の庶民の現実をニュース映像等からコラージュする。決して時事ネタとしてではなく、不幸な世界を見せることで観るものの“平和な日本に住んでいて良かった”という実感に訴えるのだ。決して“時事評論”にはしない。最期に麻里子は少し愁いを帯びた表情を見せてこういうのだ。
「・・・・・・同じ地球に暮らしていて、こんな酷いことがあることを私たちは忘れてはいけませんね。わたしたち日本人は皇室とともに、一日でも早く世界中が平和で幸せな光に充ちた世界になることをお祈りしたく思います・・・」
こうして動画は10分程度で締めくくられる。
中身はまったくないのだが、こういう動画をしょっちゅう見ているうちに、少なくとも“皇室ジャーナリスト・加田麻里子”の顔と名前は知れ渡るに違いない。宮内庁筋にしても、この内容であれば、麻里子に好意を持つに違いない。ネット空間には誹謗中傷があふれている。宮内庁筋もピリピリしてネットチェックしているはずだからだ。私は皇室に直接インタビュー出来る日が来ることを直感していた。ひとつ懸念があるとすれば、毎回冒頭に出す『男はバカだよ』シリーズのフイルムに、映画会社が著作権侵害を主張してくることだった。しかし、私が使うのはあくまで撮影途上で捨てられたゴミのようなものである。完成作品からもってくるなら著作権問題になろうが、ゴミに著作権もくそもあるまい。それにゴミの処理に困った撮影所の依頼で私が引き取ったものなのだ。それなりの使用が許されても良かろうと私は主張できる自信があった。今日まで、当該映画会社から文句はついていない。私の計算通りだった。少なくとも、その点に関してだけは。
麻里子の方の仕事をしている間、クスノキは意外にも尻のポケットから取り出した薄っぺらい文庫本を読んでいた。『日本国憲法』だったのである。
「改憲を売りにするなら、中途半端は良くないな。憲法のここをこう変えたいという具体的な提起が要る。そのうえで、やがて立ち上げる政党名は“日本改憲党”としたらどうかな・・・」 クスノキのところに戻った私に多少興奮気味に言ったのには驚ろかされた。
「賛成だ! しかしどこを変える?」
「そりゃ、一番最初に書いてある部分が良い。最初を変えれば後は皆、ついてくる!」
日本国憲法の最初の部分とは、言うまでもなく“天皇条項”である。
「どうもこの憲法を読んでみて感じるのは中途半端ということだな。ズバッと言えば良いものを、まわりくどく表現して“察してチョーダイ”みたいなところがある」。
クスノキがそういって指摘した最初の条項は次のようなものでした。
『第一章 天皇 第一条(天皇の地位、国民主権) 天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく』。
クスノキはこれをこう変えたいと言うのだ。」
『天皇は日本国の元首であり、日本文化の根源的象徴であって、その権能は主権の存する日本国民によって制定された本憲法により規定される』。
クスノキの声が、わずかに震えを帯びた。かつて、天皇統治国としての国体を護持するために散っていった戦友たちのことを思い出したか。
私もまったくその通りだと思った。天皇はあくまで国家元首でなければならない。敗戦後、進駐軍が押し付けた“象徴”なる言葉は人間に付されるには必ずしもふさわしくない。受け取り様によっては“人権侵害”ととられかねない面がある。現実に、皇室はこの憲法の訳の分からない文言によって束縛され、国際的な常識からいえば“人権を制約された存在”なのだ。これでは、日本国は“後進国”と認知されているに等しい。そもそも日本国の象徴というなら、富士山や桜の花がふさわしいだろうに・・・。一国の象徴などというなら、それは国際的にも平易に理解され誤解なく受け止められ、この国のアイデンティティを示すものでなければなるまい。この意味で、確かに天皇を象徴とするのはまずい。国家元首とするクスノキのアイデアは悪くない。
戦後80年間使われ続け、象徴なる言葉が国民に広く浸透してしまっているというなら、“日本文化の象徴”と言い換えるのはひとつの知恵だろう。国民主権を明確にし、その総意が憲法であるとし、天皇の権能はその憲法によって規定されるというのは全く正しく明解だ。“立憲君主制”とはまさしくそういうことだからである。
私が感心した表情を見せたのを素早く読み取ったクスノキは、続けて驚くべきことを言ったのだった。
「しかし、1条などタテマエにすぎぬ。大事なのは7条だ。我々、日本魔改造同盟は“天皇統治国”の再現を目指している。そのためには、この7条(天皇の国事行為)において、その理念を謳いあげねばならない」
リクツはその通りだった。しかし、それをまともに書いて世間が相手にするとは思えない。憲法改正時点では、そうとわからぬような文言を入れ込み、我々の運動が勝負の時を迎えたときに、“解釈”によって“天皇統治”が合憲とされるように書かねばならない。そこが肝要なのだが、クスノキにそれが理解できるかどうか・・・。
「7条(天皇の国事行為)には10の国事が天皇の仕事として規定されている。その中で重要なのは最初の3項目でしょう」
「ひとつ 憲法改正、法律、政令及び条約を交付すること
ひとつ 国会を招集すること
ひとつ 衆議院を解散すること・・・この三つだな」
クスノキは大きく頷いた。考えてみれば、政権運営の要の事項である。これをそのまま解釈すれば、日本は今すぐにでも“天皇統治国”になるではないか。
「問題はそれらの“天皇の仕事”が、7条冒頭で“天皇は内閣の助言と承認により、国民のために、左記の国事に関する行為を行う”と記されていることです。これをいじるだけで我々、魔改造同盟に好都合な憲法に変えられる!」
私は、ふてぶてしい微笑を浮かべるクスノキの目を凝視して、彼の“答”を促した。
「簡単なことなんだな。“国民のために国事を行う”と書いてあるんだから、それ以上、何も特別なことは要らない。魔改造同盟が志向する天皇親政の理念そのものなんだから・・・。ただ、“内閣の助言と承認により”とつまらぬ11文字がくっついている。この11文字を削除すれば良い!」。
私はクスノキの無邪気さを思った。こんな少年のような純粋な男と組んでいて大丈夫なのかと思ったのだ。その猜疑は目に表れてしまったらしい。クスノキは人間の感情の波に対して実に鋭いところがある。
「キョウメイ殿は、削除は付言よりもはるかに困難だとお考えでしょう。象徴天皇思想に80年間毒されてきたんですからね、天皇が権力を持つことに対して凄いアレルギーがある。それを抑制するのが、あの11文字なんだ。だったら、それを活かしながら肝の部分をさりげなく変えてしまうのはどうだろう。“内閣”という言葉を“国民”に変えるんですよ」
「何っ・・・天皇は”国民の助言と承認により、国民のために左記の国事に関する行為を行う”に変えるという訳か!?」
クスノキはふてぶてしい笑みを大きくして深く頷いたのだった。
(来月号に続く)