連載小説 渚美智雄
『大和ファウスト』
第28回
日本魔改造同盟が狙う国体改革の布石として憲法改正を実現させる。変更点はわずかに2点に絞る。
第一章 天皇
第一条 【天皇の地位、国民主権】 天皇は日本国の元首であり、日本文化の根源的象徴であって、その権能は主権の存する日本国民によって制定された本憲法により規定される
第七条 【天皇の国事行為】 天皇は国民の助言と承認により、国民のために下記の国事に関する行為を行う。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること
二 国会を招集すること。
三 衆議院を解散すること。
「ちょっと読んだだけでは、どこが変えられたのか気付かない。そこがいい」と私はクスノキに言った。クスノキは自分のアイデアが採用されているのに浮かない表情をしている。
「こんな簡単なことで良いんですかね・・・。憲法改正は第96条に規定されている通り、「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会がこれを発議し国民に提案して、その承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票または国会の定める選挙の際に行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」訳でタイヘンですよね。そんな苦労をする割には、この程度の変更で我々、魔改造同盟の使命の成就につながるだろうか・・・」。
「簡単な内容だからこそ良いのだ。これなら、国民も特に反対する理由はないと感じるからな」。
「しかし、次の参院選と衆院選で我が政党(「日本改憲党」として立党予定))が、これを掲げて争点にもっていけるものかね。他党は第九条こそ問題にしている訳でしょう。あの戦争の放棄という条文を。我が政党はあれをそのままでいいというスタンスで戦えますかね・・・」。
「あれをそのままにするから、国民は警戒心を解くんだ。・・・しかし、クスノキの言う通り、他党は突いてくるな」
私は、しばらく考えて、急に思いついた。
「第二章 戦争の放棄 第九条【戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認】にはこうあるな。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とあるな・・・」。
「これも奇妙な文章ですよ。何とも玉虫色だ。わけが分からん!」 クスノキは憤った。
「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する、と言ってる訳だ。だから戦力を保持しないと言うのだから別に問題はない。いつもここでもめるのは、じゃぁ、国を守るためにはどうなのだ、当然、武力を持つのは合理的だ、いやそうじゃないと。自衛隊は違憲か合憲かなどという禅問答みたいなことで与野党が対立する。何十年もこの国では、そんな子供みたいな論争をしてきた訳だ。すべては、憲法が国家の防衛権についてふれていないからだな」 私は話していて自分でも虚しくなった。敗戦直後に生まれた世代としては、どんないきさつでこの憲法のこの部分が書かれたかは知らない。ただ、物心ついてから多少の知識を求めた結果、戦勝国のアメリカが民主憲法の制定を敗戦国に強く求めたプロセスについて、今は多少の知識を持っている。
「アメリカが日本に“武装放棄”を求めた結果、あれが書かれたということだ。慌てた日本側は、英文の草案を日本語に訳す時に、②項冒頭に、“前項の目的を達するため”という11文字を入れ込んだのだ。進駐軍はそれに気付かなかった。だから、この条項は国際紛争における武力行使の否定と解釈出来て、じゃあ、国防においてはどうなんだ、という問題を残したんだ。マッカーサーの狙いは、国防もくそもないわけで、あれは“武装放棄”条項なんだ。戦勝国の代表として乗り込んだ立場としては極めて当然のことだった」
私の言葉に、いよいよクスノキの表情は剣呑になった。
「“降参しろ! 銃を置け!”という命令を永久化するために、あの憲法条文をこしらえたにすぎんのか。そうだとすれば、俺にもあの憲法のいかがわしさが、よく分かるぜ。しかし、そういうことを理解せん若い政治家連中が、的外れの論争をしとるんだな。しかし、我が改憲党は、歴史の裏側を語るだけでは立場が弱い・・・勝つ政党になれるとは思えん・・・」。
「では、あれに③項を追加したらどうかと思う。「③ 我国が他国より攻撃をうける場合、または攻撃を強く推認させる脅威を認識した場合の対応については、時々の国際情勢等も勘案し別途法律によって規定する」とするのが現実的だろう」。
「・・・なるほど法律なら、時々の情勢で国会だけで決められるし変更もできるな」。
「我が日本改憲党がそのように主張すれば、それをぱくる他党も出てくるはずだ。小政党が注目されていくには、こういう目立ち方が必須だ。この間の衆院選で、消費税下げや廃止を一切主張しなかった弱小政党が大健闘できたのは、そういうことだ。ある程度の議席さえとれれば、あとは政局次第だろう。高石明恵政権も一強と言われているが、支持基盤は意外に脆い。次の国政選挙では新たな連立を模索することも十分に考えられる。そのときキャスティングボードを握るのは、我が日本改憲党なのだ」 私の言葉は自分でも驚くほど熱を帯びていました。私は、ついでにこうも言ったのです。
「もうひとつだけ・・・魔改造同盟がミッションを成就するには憲法上の布石を打っておきたいんだ。第95条なんだが・・・」
クスノキはあわてて手にしていた文庫サイズの日本国憲法をめくる。
「第95条・・・ここだな。地方自治の規定条項だな。第95条【特別法の住民投票】一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない・・・とあるが、このどこが我ら魔改造同盟にとって不都合なのだ?」。
「自治体の自治権は憲法に抵触しない限り許容されねばならないはずのものだ。この条文だと、国政を担当する国会が“認可”するように読めてしまうのだ・・・住民の投票で過半が得られたら、その自治体の“地方憲法”として成立するようにしておくのがスジだろうし分かりやすい・・・」。
クスノキは怪訝な顔を崩さなかったが、私にとっては重大なことだった。そもそも天皇統治国なるものが一挙に実現するとは思えなかった。地方自治体のどこかが、“皇室のどなたかをお迎えして自治体を活性化したい”と考える事態なら考えられないことではない。そのとき、国政の立場でこれを潰されたら行き場がなくなる。このとき私は、一向一揆のことを考えていたのだ。加賀の国では阿弥陀如来への信仰で結びついた一揆衆が、守護であった富樫氏を追い出して自らの統治国としたではないか。“加賀は百姓持ちの国”と言われ今日でも歴史の教科書に乗っているはずである。私は、あの手を考えていたのだ。なぜあのようなことが実現したのか、それは共同体を構成する人々が阿弥陀如来への信仰で真に結束していたからだ。我々が作る天皇統治国は、国民が天皇に対する尊崇の感情で固く結びついている必要がある。そのような自治体を一つでも作れれば、そしてそこの住民が真に幸福ならば、真似ようとする自治体が次々と現れ、それらの連邦国家として、我らの悲願は成就できるに違いない。私が、魔改造同盟の活動に心底、没入していったのは、このことを思いついた時からだったと思うのです。
「なんか、難しいハナシをしてるのね?」 暇を持て余していたのか加田麻里子がやってきた。私の顔を見るなり、驚いた表情になった
「どうしたっていうの?! ずいぶん若返ったみたい・・・」 麻里子はじっと私の顔を見つめ続けている。
クスノキがあらためて私の顔を凝視して深く頷くように言った。
「キョウメイ殿も、ようやくオカミの心を理解され、オカミもまた信任されたんだ。私も、キョウメイ殿より20歳近く年長だが、今はこの通り男盛りの年頃になっている。すべてはオカミの思し召しなのだ。あの大和一もそうだが・・・」。
それを聞くなり、麻里子の表情が輝いた。
「それって、私も皇室ジャーナリストに化けて、魔改造同盟に貢献すれば若くなれるってこと?」
クスノキは大きく頷いている。私は何とも言えず、スマホの画面をミラーにして覗いてみた。自分でも驚いだ。久しぶりに見る顔がそこにあった。それは確かに40代のころの私の顔だった。私はしばらく呆然としていたらしいのです。後期高齢者と呼ばれる世代の男が中年の男に戻ったのです。
旧いアルバムを開いて昔の自分の姿を眺めたような・・・。そんなノスタルジックな気分ではない。ただただ不気味でした。右手を顔にあてがってみましたが、その感触は私の顔なのです。私は自分に起こった変化(奇跡といっても良いぐらいの)に呆然とし、はじめてオカミの超能力の恐ろしさを感じたのです。このようなことが出来るなら、私が意に染まなくなれば簡単に私を葬ることも出来るだろうに・・・。
しばらく何も聞こえなかった私の耳に、麻里子とクスノキの声が届いてきました。
「あなたも励むことですな。オカミは誠心誠意、仕える者に報われる方なのです」
「ワタシ、若くなれるなら何だってやるわ! 皇室ジャーナリストになって皇室周辺を嗅ぎまわって、きっと女狐を見つけてやるわ。そうしたら30台ぐらいの女にしてもらえるかしら!」。
「あわせて、あの岩瀬志麻のイメチェンにも協力いただきたいですな。あなたは、あの超不愛想&超美貌オンナの叔母でいらっしゃるのだから」
クスノキは取引するように言った。
「それはむつかしいわね。人間には持って生まれたものがありますからね。見かけの問題じゃないのですよ。志麻を愛想のいい女にするのは不可能です。そもそもああいう性格の人間を政党の党首に仕立て上げる考えがどうかしてるのよ・・・」
私は、若さを取り戻した自分の顔を撫でながら言ったものです。
「その通りかもしれない。むしろ地のままの彼女を売り込む方が早いかもしれない。いきなり政治の世界に放り込むのではなく、SNSや動画を使って人気が出れば、かえって政界進出の近道になる」
麻里子もクスノキも若返った私の顔を見つめ私が具体的なアイデアを開陳するのを待っていました。私は、こういう時にたまたま思いついたことが当たることが、若い頃にはあったものです。この時もそうでした。私の頭脳も壮年時の冴えを取り戻したのでしょうか。
「岩瀬志麻はナースでしたね。それならいっそ、若い女性なんかを相手に健康相談動画でもやらしたらどうかな。あの不愛想な顔も、逆に信頼になるんじゃないか」
麻里子は大きく頷きました。こうして私は、麻里子の皇室ジャーナリスト動画とかけもちで、岩瀬志麻のナース動画を製作していくことになったのです。顔が若くなると、どういうわけか仕事への意欲も湧き上がってくるものなのでしょうか。
(来月号に続く)