連載小説  渚美智雄


『大和ファウスト』


【読者の皆様へ】
この小説は、主人公(後期高齢者)の手記の形態による創作です。作中の登場人物、団体等はすべて架空であり、実在の人物、団体等を連想させる名称が付けられている場合も、それらの人物、団体等とは何の関係もありません。

【主要登場人物ほか】
日本魔改造同盟
・・・ 長期低落状態に陥った日本の現状を憂え、国家の抜本改革を志す同盟組織。“天皇統治”の復活を根本理念とする。
キョウメイ    ・・・ 作中、“私”として登場。後期高齢者。元映画評論家。大船の高台の一軒家に暮らすが、いつのまにか、魔改造同盟の本部になっている。
大和 一(やまとはじめ)・・・ 奈良の国栖に住む。同盟の中核。キョウメイと同世代だが、外観ははるかに若い。
クスノキ     ・・・ 同盟の実行部隊長。自称“元特攻隊”というが、40台の肉体の外観と能力を維持している。
加田麻里子  ・・・ 閉鎖された大船撮影所の元大部屋女優の経験がある。大和一と知り合い、同盟に無理やり加入させられた。
岩瀬志麻   ・・・ 加田麻里子の姪。元ナース。加田麻里子の消息を探求するうちに、いつの間にか同盟に入れられ、クスノキによって同盟の理念に洗脳されている。
オカミ     。。。 元修行山伏。同盟の盟主とされ、同盟のメンバーからは、“後醍醐天皇の霊”と信じられている。日本国崩壊を謀る女狐の存在を信じ、これを見つけ出し駆除することを厳命している。

◆ 日本を“天皇統治国”に変えるためには、憲法改正が前提となるが、同盟が想定する改正の骨子は以下の如くである。

第一章 天皇
第一条 【天皇の地位、国民主権】 天皇は
日本国の元首であり、日本文化の根源的象徴であって、その権能は主権の存する日本国民によって制定された本憲法により規定される
第七条 【天皇の国事行為】 天皇は
国民の助言と承認により、国民のために下記の国事に関する行為を行う。
     一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること
     二 国会を招集すること。
     三 衆議院を解散すること。
第94条 【地方公共団体の権能】 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、
本憲法の定める範囲において当該公共団体における有効な法律を制定することができる。


第31回



“K”は約束通りに大船駅に現れた。宮内庁ではきっかり10分間待たされたが、今度は麻里子と私が彼を改札口で待たせることになった。

「すいません! お待たせしちゃったようですね」

「いいえ。予定の電車より一本早く乗れたもので・・・」
宮内庁で会った時の印象とはずいぶん違って見える。紺のズボンにグレーのスポーツシャツ姿だったが、何よりリラックスした表情が、宮内庁にいるときとはまるで違うのだ。おそらく今日の“K”が本当なのだろうと、私は思ったのです。

さっそく“K”を我々の拠点に案内しようとしたが。

「大船撮影所とは逆方向なんですね・・・」と“K”は呟いた。


「ええ、撮影所は学校とか市民ホールになっていて当時の面影はまったくありませんわ」 麻里子は快活に言った。

「でも、撮影所で働いていた人は今もこのあたりに住んでおられるんじゃないでしょうか。ちょっとした居酒屋とかやっておられる人がいても可笑しくないですね・・・」。

“K”は独り言のように言ったのだが、私は妙に感心したものです。人こそが生き証人なのだ。もし、そんな人物と邂逅できるなら、川端康成がプライベートに撮影所に入りびたり、“幻の個人映画”を撮った裏話も聞けるかもしれないと、一瞬思ったものです。

“K”はそれ以上は撮影所の話題には触れなかった。その目は興味深そうに近づいていく巨大な観音像を見上げている。「こんなに大きな観音様とは思いも寄りませんでした」 心の高ぶりを素直に表しながら言う。

「大船は初めてでいらっしゃいますか?」 麻里子は笑みを絶やさぬように注意しながら囁く。

「はい・・・。鎌倉には何回か来ましたが大船は電車でスルーだったものですから。観音様も車窓から見ていた印象とまるで違いますね。やっぱり、町は自分の足で歩いてこそですね・・・」。

そんなことを話しているうちに、10分もかからず私の高台の家に着いた。加田麻里子流に言えば“資料館”であり、今やその実態は“日本魔改造同盟本部”なのだったが。

私は玄関のドアを開け麻里子と“K”を先に中に入れた。その瞬間、どきっと心臓が不整脈を打つのを感じた。二階のベランダにオカミが立って、こちらを見ていたのである。めったに“空中御座所”から出てこないオカミだけに、私は何か不吉なものを予感した
。 

麻里子は撮影所の資料が積まれた棚を案内していった。“K”は何度か立ち止まって、古びた脚本の幾つかを手にして熱心に見ていた。

「カメラアングルについての書き込みがありますね。きっとこれはカメラマン助手の方のシナリオだったんでしょうね・・・いやぁ、素晴らしい。来たかいがあります・・・」 。

“K”の口ぶりにリップサービスなどなかった。私は、この人は宮内庁などではなく映像コンテンツの製作プロにでも就職すべきだったと思った。映画が斜陽にならなければ間違いなくそうしたろうに。私の“K”に対する親近感は増していった。

その“K”が突然、呻き声を上げた。あの『雪国』の駒子のマネキンが“K”の視界に現れたときである。

「岸景子さんにそっくりじゃないですか!・・・」 そういってから、“K”は恥ずかしそうに頬を紅潮させた。こいつは間違いなく正真正銘の映画少年だ。スクリーンに限られた時間だけ現れる様々な女性にどれだけ心踊らせてきたことだろう。私は、“K”は今も独身なのではないかと直感した。

「でも、何か寂しそうですね・・・独りぼっちの駒子を観るのは痛ましい感じです。・・・やはり駒子の傍には島村がいなくては・・・」 “K”がそう呟いた瞬間だった。麻里子の屈託のない声がする。

「はい・・・駒子さんに並んでください」 スマホを撮影モードにして言う。“K”は一瞬躊躇ったが駒子と雪国を背景にして写真に納まったのだった。

「お送りしますからスマホの番号を教えてくださいな・・・」 “K”は麻里子に操られるままに自分のスマホを取り出し、言われるままにナンバーを麻里子のスマホに転送コピーさせた。恐らく宮内庁でなら、こんなことは絶対に出来なかったに違いない。いずれにせよ、これで我々は、いつでも“K”に連絡をとれることになったのですが。

「お疲れになったでしょう・・・少し休憩なさったら・・・」 麻里子は玄関横にある応接ソファに“K”を導いた。テーブルの上には、ウイスキーボトルと氷が詰まったアイスペールにグラスが三つ置かれています。麻里子が“K”を案内している間に私が手早く用意したものでした。

「一杯いかがでしょう・・・」 麻里子がそういう間に私はさっさと自分のグラスに氷を入れウイスキーを注いでいた。麻里子は“K”のために丁寧に水割りを作り、自分の分もしっかり用意した。

「『雪国』に乾杯!」 麻里子が“K”の両目の奥を見つめるようにして言う。私は戯れに“K”にグラスを捧げ“島村に乾杯!”と言った。こうなると、“K”としても形だけでも合わせざるを得ない。「映画に乾杯・・・」と言って舐めるようにウイスキーグラスに唇を付けた。

私は、次々と撮影所で撮られた映画の話を仕掛けた。小津安二郎・・・山田洋次、篠田正浩・・・そして大島渚。

“K”の映画の知識は半端ではなかった。私も楽しかった。いつになく饒舌になったが、それは“K”も同じだった。話がはずめば喉も乾く。二人のグラスはテンポよく空になり、麻里子が手際よくウイスキーを作り続ける。抜け目なく“K”の酒量を推し測り水割りの濃さを加減しながら。

「いやぁ・・・こんなに映画にお詳しい方だとは思いませんでした。ご自分でも撮りたいとお思いになりませんか?」

「ぜひ“マリコチャンネル”の製作を手伝っていただきたいわ」。

“K”の赤らんだ顔から微笑が消えた。宮内庁で会った時の“K”に瞬間的に戻ったのでした。しかし、私は、“K”が続けて口にした言葉に驚かされました。
「実はね、ここだけの話なんですが・・・東宮の御母宮がいろいろご不満を漏らされてましてね。宮内庁でも天皇ご一家の日常を撮影したビデオアルバムをネットで公開するようにしているんですが、なぜ、次の天皇になる東宮のことをもっと出さないのかと言われるんですわ。宮内庁と致しましてはですね、広報の中心は今上のご一家を中心にするという大原則を崩す訳にはいかんのです。下手に東宮を強調しますと、代替わりを望んでいるのかなんて言う方もおられるものですから・・・。しかし、東宮母宮のイラつきも分かるんです。何しろ今上の内親王の人気が高く、東宮の人気が上がらないのは宮内庁の広報戦略に問題があると、露骨におっしゃる。・・・私もね、東宮の青春のお姿をお撮りしてさしあげたいという気持ちはあるんですがね・・・」。

加田麻里子はすかさず言った。「だったら“マリコチャンネル”で、それやりましょうよ。民間のネットメディアが何をやろうと自由なはずでしょ!」
「し、しかし・・・」 “K”は酔いつぶれる寸前だった。宮内庁職員としての立場が突然蘇り、その小心が焦点を失った酔眼に露骨に浮かんでいる。

その時、突然、天井近くから声が降ってきたのでした。
「心配などするでない。北朝の末裔の皇室などに仕える必要などないのじゃ。今から朕に仕えるがよい」
いつ御座所から出てきたのか、階段の踊り場にオカミが立って言ったのである。

その瞬間、“K”は酔いつぶれた。数時間は深い眠りの中にいたのである。あたりは既に暮れなずんでいた。目を覚ました時、“K”は麻里子に介抱されながら言ったものです。
「あのルンペンみたいな人は誰なんですか?」


(来月号に続く)

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