河合メンタルクリニック


君よ知るや南の星 〜まだ見ぬ南天〜   

 2003年もはや12月、残り少なくなってしまいました。本格的な寒さの訪れとともに宵の空には再びオリオン座を始めとする冬の主役たちが顔をそろえました。名 残の火星をはじめ、ふたご座にある土星、また木星、金星など賑やかで、ことに宵の明星の見事さは「ベツレヘムの星」もかくやと心おどるものがあります。1年間星の世界をのぞいてきましたが、今回は日本から見えにくい南の星についてふれてみたいと思います。昨年ついに渋谷の五島プラネタリウムが閉館となってしまいましたが、小学1年で親に連れて行ってもらって以来、私は星の世界に惹かれるようになりました。プラネタリウムでは他の季節の星ばかりか南半球の星など時空をこえて星空の旅ができます。遠い過去や未来の星空さえ映し出すこともできるそうです。上映の終わりに翌日の日の出となり、頭が混乱して「学校に遅れる」と焦った覚えがあります。このとき初めて私は南十字星やマゼラン星雲を知ったのでした。

 南の空

(図をクリックすると拡大したものを表示します。)

 この図は9月の「銀河鉄道の旅」で使ったものですが、真ん中の灰色の円内は南緯66度よりも南で日本では全く見ることはできません。北半球の星座がメソポタミア、ギリシアなどの遊牧民の間で自然発生したものであるのに対し、大小マゼラン星雲をはじめはちぶんぎ、ふうちょう、カメレオンなど大航海時代に作られたものなので、航海の道具や珍しい南の国の 動物などで神話や伝説を伴っていません。夜も羊の番などをする遊牧民と違い、農耕民や狩猟、漁労の民は夜は活動しないので星をながめることは少なかったでしょう。それでもおとめ座のスピカが麦刈りの時節を教え、夜明けに昇るシリウスがナイル川の氾濫の兆しであったように農業暦のめやすになる星もあり、漁民が航海のめじるしとした名残の「マウイの釣り針」の伝説もありますから、南半球の国々でも調べればいろいろな伝説が残っているかもしれません。「マウイの釣り針」というのはポリネシアの伝説で、マウイという若者が魔法使いの祖母から死後に下あごの骨をもらって作った釣り針でニュージーランドの北島を釣りあげたとき、糸が切れて針が天に引っ掛かって星座になったという話です。それはほかでもない、さそり座です。

 しかし何といっても有名なのは全天88星座の中でも最小、かわいらしい南十字座でしょう。初夏の宵おとめ座のスピカのやや西にある四角形のからす座の真下あたりに南十字はあります。十字のたての線をのばしていくと天の南極を示すという真に便利な航海の目印でもあります。十字の根元のα星と、横木の左端のβ星は見事な一等星で、両者を結んで左上に伸ばすとケンタウルス座球状星団があります。またα星の左には「銀河鉄道の夜」にも出てきたコールサック(石炭袋)という暗黒星雲があるので輝きはいっそう見事だそうです。暗黒星雲とはガスや宇宙塵が後ろにある星の光を遮っているものです。日本では北緯26度14分の那覇市でやっと見えるようになります。南半球でもシドニーまで行くと北の北斗七星のように周極星となって常に南を指しており、オーストラリアやニュージーランドでは国旗に描かれています。

ケンタウルス

 ギリシアのアテネは北緯約35度40分の東京よりやや北でソウルと同じくらいですが、空気の澄んでいた昔は南の方もよく見えたのか夏のケンタウルス座、冬のエリダヌス座、アルゴ座などに神話伝説が残っています。南十字はケンタウルスの足の間にあります。ケンタウルスというのは上半分が人間、下半分が馬という伝説の馬人族で知恵があり、ヘルクレスや医師アスクレピウスの師であった人もあります。ここではいて座の馬人と二人でさそりをはさみうちにしている格好です。前足を飾るα、βの2つの一等星のうちαは4,3光年と肉眼で見える地球にもっとも近い恒星ですが、東京ではせいぜい上の2つの山の形くらいしか見えません。エリダヌスというのは伝説上の川の名前で冬、オリオン座のリゲルの右からうねうねと南へ続き、終点のアケルナル(川の果ての意)は鹿児島以南から見えてくる光の強い星です。又はと座はオリオンの足下にあってノアの箱船にオリーブの枝をくわえてきたところを表しており、18世紀にキリスト教の天文学者たちが作った新しい星座です。この場合左下のアルゴ船がノアの箱船に見立てられています。

 アルゴ船は神話上の大きな船でりゅうこつ、とも、ほ、らしんばんの4つの星座になっています。50人のギリシアの勇士が乗り込み、テッサリアの王子イアソンを頭として、おひつじ座になっている金色の羊の皮をとりに黒海の東の岸にあるコルキスまで遠征した大きな船です。勇士たちの中にはあのヘルクレスをはじめ、ふたご座のカストルとポルックスたち、さらにことの名手オルフェウスもことをかき鳴らして神々に祈り嵐を鎮めたといいます。イアソンは帰国してから羊の皮とこの船とを神に捧げ、両方とも星座になりました。ちなみにアルゴとはこの船を造った船大工の名前です。日本ではとも座とりゅうこつ座の一部しか見えませんが、りゅうこつ座の一等星カノープスは全天でもシリウスの次に明るい星です。シリウスが先ほどのケンタウルス座αに次いで近い8.7光年であるのに対し、カノープスは460光年ですからたいへん大きな星ということになります。

カノープス

 カノープスは2月はじめの南中時、東京でやっと2度という低さ、房総、伊豆の南端などで見えれば幸運といった星ですが、ギリシア軍のトロイア遠征の時、水先案内をつとめた人の名ですからまさに憧れの南天への案内人といったところでしょう。見つけかたは図のようにおおいぬ座の尾の直角を3等分して右の線を下へ伸ばしていくと見つかります。2002年のお正月のある晩、私は湘南海岸にあるホテルの窓から海を眺めていました。オリオンがやや西へ傾き、正面にシリウスがギラギラと「焼き焦がすもの」の名に相応しくさわれば凍傷になりそうなすさまじい光を放っていました。この星ばかりは「ぎらぎら」としか表現のしようがありません。シリウスの下には伊豆大島が横たわり、島の左の部分に灯台が光っていましたが、それとは別に島の右端のすぐ上あたりに、灯台よりやや暗く全く点滅しない光があるのに気づきました。もし星だとすればカノープスしか考えられないと思いましたが、見つけ方を忘れており、帰ってから小学生以来の愛読書である野尻抱影著『星と神話伝説』を開いてやはりカノープスに違いないと確信できました。カノープスは昔の中国でも都のあった地方(北京は北緯40度、西安・開封は北緯34度)では、めったに見ることができず、見えた年は天下太平だと言って祝ったそうです。カノープスは七福神の一人の寿老人であると言われており、何となく長生きできそうな縁起のいいお年玉でした。よく晴れた海辺で少し高い建物にいたのが幸いしたのでしょう。星空にまつわるよき思い出です。

 星の世界の話題はまだまだ尽きません。星座と言えば西洋起原のものが一般的ですが、高松塚古墳の天井に描かれた「二十八宿」のように中国でできた東洋の星座もあり比べてみると面白いかと思いますが、手ごろな文献もないようです。「天に星、地に花」というように、夜は星空、昼は野の花、バードウォッチングなど、忙しくて費用も手間ひまもかけられなくても、自然観察は私にはよきストレス解消でした。どれも浅いものではありますが、稀なる水の星地球の素晴らしさを認識するよすがとしても、もっと世の中に広まってほしい手軽なそして奥の深い「道楽」であると思います。来年も5月に彗星が2つ見られるなど、星空の話題は豊富です。ぜひ平和な明るい年となってほしいものです。天文のシリーズはこれで終わりといたします。天体写真も天候その他の事情であまり良いものができず心残りでした。いつか南十字星を見る日を楽しみにこれからも星空に親しんでいきたいと思います。浅学を顧みず時に饒舌となりがちだった1年間、おつきあいいただきありがとうございました。皆様にはどうぞよいお年をお迎えください。

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