マリア      

プロローグ「東都大学攻防戦」

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 2019年の大恐慌によって日本の経済が破綻して間もなく。街はその様相をすっかり変えてしまった。暴動が相次ぎ、破壊と略奪にさらされた町並みに人影は少ない。

- SLUM TOKYO -

 いつしかその街はそう呼ばれるようになっていた。
 追い打ちを掛けるかのように、群発地震と共に何処からともなく現れた伝説の魔物達−悪魔が街を席巻した。多くの人々は何が起こったのかも分からぬまま、災難に目を付けられないように、息をひそめて暮らしていた。

 そんなSLUM TOKYOの中にあって、比較的平穏を保っている所があった。湾岸の一角、東都大学のメインキャンパスである。
 もっとも、大学はとかく反政府運動の拠点となりやすい。東都大学も例外ではなかった。 しかし悪魔が現れ人々を襲い始めるに至り、一人の教授が学生達を叱咤した。「おまえ達、こんな事をしている場合か?今生き残らなければ、国の将来も何もないんだぞ?」
 正直、どう悪魔に対処すればいいのか見当も付かずにいた学生、そして教職員達、さらには周辺の住民達までも、彼、東都大学社会心理学教授、武内直樹の元で力を集結させ、この砦を守ることになったのである。


「先生!襲撃です!」
 満月の夜だった。血も沸き立つ興奮のままに悪魔達が、沢山の獲物が潜む大学に押し寄せてきた。学内でもっとも高い建物である附属病院の最上階、急ごしらえの防衛本部に詰めていた武内に、報告が届いた。
 敵の数と距離、進軍速度などの報告を受けながら、屋上に上がる。満月に悪魔の気性が荒くなるのは承知の上、厳重に警戒態勢を敷いてある。
 大学の周りを囲む月に白く輝く物は、悪魔の出現後急遽作られた堀だ。
「奴らのほとんどは水を渡れない。橋にバリケードを築き、10人で固めろ。さらに銃を持った10人で援護だ。残った者は・・・」
 的確な指示を受け、地上からの唯一の進入路である橋を重点に、各棟の屋上、堀の内側などに布陣が完了した。直後に、
「敵先陣、橋に侵入しました!」

 悪魔達の主力は、鬼族のようだった。人間側はバリケードの合間からの銃撃でうまく牽制し、あまり被害を出すことなく敵を食い止めているようだ。その様子は武内のいる屋上から見て取れたが、音はかなり遠く、TV画面の光景のように現実味に欠ける。
 否。上空の気配に見上げると、今まで無かったような妖鳥、凶鳥の大群が迫っている。各建物の屋上を固める学生達に動揺が走る。
「落ち着け!鳥の攻撃は大したことない!引きつけて撃ち落とすんだ。」
 そして自分は「日本刀は得意じゃないんだけど・・・」とつぶやいて、学長室から失敬してきた刀を抜く。
 急降下してきた妖鳥を切り上げ、屋上の床を舐めるように飛んでくる凶鳥を刀の柄でたたき伏せる。
 殺到してくる鳥たちをさばいているうち、息が上がってくる(やっぱり昔のようには行かないな)。体力だけではない、自分の戦いに集中しすぎて周りが見えなくなっていた。どれくらい経っていたのか、自分のそばをかすめた流れ弾に、はっと我に返った。
「しゃれにならんぞ、気を付けろ」と、銃を撃った学生に抗議する彼の目に、新たな敵の姿が写った。
(堕天使か・・・?厄介だな)
 これまで周囲に出現する悪魔は、魔法を使えない者がほとんどだった。だからこそ、人間が普通の武器を使って容易に撃退できたのだ。
 堕天使フルーレティは上空から10メートル位まで近付いてくると、早くも両手に魔力を高め魔法攻撃の構えだ。
「おい、逃げろ!」
 狙われた学生への警告。だが彼は初めて見る魔法に、魅せられたように動けない。武内は防御もそっちのけで彼の前に入ろうと駆け出したが、間に合いそうにない。
(こんな時、仲魔がいたら・・・!)
 かつて人間界解放のために共に戦った悪魔達。しかし戦いの後、彼らはそれぞれの世界に帰ってしまった。

 その時である。地上から一直線に、黄金の光が堕天使の喉笛めがけて襲いかかった。いや、あまりにも素早い動きなのでそのように見えた、輝く毛並みの魔獣だったのだ。
「また会えたな。我が主人よ。」
「オルトロス!」
 堕天使はオルトロスのたった一撃で現世での姿を保っていられなくなり、原子に分解して霧散しつつあった。
 その様子に目もくれず、再会の挨拶もそこそこに、武内の意図を汲んだ魔獣は建物の屋上に次々と飛び移りながら派手に暴れた。飛行型の悪魔にとって、驚異的な力と跳躍力を備えた獣族の悪魔は天敵だ。不利を悟って散り散りに逃げてゆく。
 それを確認したオルトロスは、武内の元に戻り、口の周りについた血を満足げに舐め始めた。ふと見ると、地上戦の方もほとんどかたが付き、進入を諦めた鬼達が撤退を始めた所だった。
「せ、先生、その悪魔は・・・」
 巨大な魔獣に度肝を抜かした学生達が訪ねる。
「見れば分かるだろ?仲魔だよ。」
 武内は皆を不安がらせないよう、努めて明るく答えた。


 今回も悪魔の襲撃を防ぎきり、武内達はT大学附属病院の最上階に引き上げた。
 先の戦いで出た負傷者の治療のため病院内は慌ただしくなっていたが、彼のいる防衛本部だけは静かだった。それもそのはず・・・他の人間達は武内の伴った魔獣が恐ろしくて近寄ろうとしなかったのだ。それをいいことに二人の戦友、武内とオルトロスは水入らずで再会を喜びあっていた。
 かつての戦いから30年程経っている。オルトロスは以前と全く変わったようには見えなかったが、武内は既に53才である。年齢よりは若く見えるが「老けたな・・・」というのがオルトロスの第一声だった。
「お前みたいな化け物とは違うんだよ・・・。ところでどうやってこっちに来たんだ?」
「DIOの暴走で空いた穴から来た。」
 そう。そもそも政府が首都の治安維持のためにと試作段階の悪魔召還プログラムDIOを用い、制御しきれなかったのが今回の悪魔騒ぎの原因だ。
「・・・それにしても、足手まといなのを沢山抱えてこんなに苦労するくらいなら、なぜDIOが使われるのを止めなかった?」
「ああ、確かにカオルやトモハルと力を合わせれば、それも可能だっただろう。でもみんなで話したんだ・・・」

 武内のそばにうずくまり、話を聞いていたオルトロスは感想を述べた。
「レキシを守るか・・・。ニンゲンというのは難しいことを考えるもんだな。そのお陰でオレもまた戦にありつけたという訳だが。ところで」
 とドアの方に顔を向ける。そこにかなりの人数が部屋に入れずに待っているのに、武内は気付いた。
「やれやれ、話の続きはまた今度にしよう。・・・おい!この悪魔は味方だと言っただろう!用があるなら入ってこい!」
 少し間があって、一人の青年が意を決し入って来た。オルトロスを恐れているのは明らかで、なるべく離れた所から先ほどの戦いの被害状況を報告していった。
 その後武内を訪れた人々は10人を越えた。戦術的に大事な用件もあったが、多くは堀の補修をどうしようとか、自分達だけでも判断できるような些細な事だったり、次の襲撃はいつになるのかという、答えようのない質問だったりしたので、武内はいつもの事ながらうんざりした。オルトロスもつまらなそうに寝入ってしまった。
 だが最後に訪れた女性の用事は、今までの訪問者とは違うようだった。


プロローグ「東都大学攻防戦」おわり backindexnext