5歳〜6歳の足あと
4月からは、療育センターではチューリップ組になった。引き続き療育センターに通う人もいれば、もともと障がいはなく普通の幼稚園に通わせる人、新たに入ってくる人等様々であった。ここでもA先生という大変熱心な先生に出会う事ができた。何よりも有難かったのは、りょうまを熱心にみて頂いた事もそうであるが、精神的にまいっていた妻に対し、心温まるフォローをして頂いたのが一番うれしかった。妻も、A先生に対しては心から感謝し、悩みを相談していた様である。
りょうまの様子はと言えば、相変わらず多動であり、パニックや自傷も周期的に起こしていた。りょうまは、自宅のから歩いて5分くらいの所にある妻の実家にて私が帰宅するまでの時間を妻と一緒に過ごさせて頂いていた。私も転職後、5年近く経ち、以前の様に(0歳児の頃の営業職の時の様に)立場的にも忙しくなり始めていた。その為、妻との間に些細な事でもトラブルになりやすい状況が生まれ始めていた。実際にこの頃何度となく、言葉の衝突があったことを覚えている。
そんな中、夏休みに沖縄に行こうという計画をたてた。目的はドルフィンタッチである。イルカとの触れ合いは自閉症に効果があるという情報を聞きつけ、早速計画を立てたが、一年前の高知旅行でのパニックを思い出し、迷ったあげく、GOの結論を出した。一番心配な飛行機の中でのパニックは幸いにも起らなかった。そして、不思議な事に、この旅行中(ドルフィンタッチのおかげなのか?)パニックを起こさなかったのである。りょうまと我々に少し自信がついた旅行であった。そして、少しづつではあるが、妻にも頑張る気力が芽生え始めていたと思う。
しかし、翌年の1月会社から妻の実家に帰宅すると、妻が”もうマンションに帰れない”と言い出した。理由は階下の部屋からの苦情であった。聞いてみると、りょうまが日中パニックになり、足で床を蹴ったとのこと。その後殴り書きの文字で”もっと静かに生活できませんか?足音等迷惑しております。”と新聞受けに入っていたらしい。私は、その足ですぐにマンションに行き謝罪をした。翌日あらためて謝罪文を持参し謝罪した。だが、この出来事をきっかけに妻はマンション生活への恐怖心が増幅され、私がいないときはマンションにはほとんどいる事ができない精神状態となった。
岩本輝雄選手(元川崎フロンターレ)と