旧王朝の物語


第八回

 まさに思い描いたとおりの白文鳥が生まれ、私は満足して、太郎がオス、次郎がメスということを気にすることもなく、仲の良い優美な兄妹を同居させていました。学生生活も結構しんどくなっていたのかもしれません(神奈川県には2年生の終わりに高校受験に影響する学力判定テストというものがありました)。結果は明白でした。1984年も晩秋か初冬に、つぼ巣の中で卵を産んでしまったのです。兄妹の子供と言うのは考えただけでも嫌な気分になるのですが、文鳥に血縁関係などわからないのでどうしようもありません。飼主が気をつけるべきだったのですが、どうしたものかと考えている間に1羽だけ孵化してしまいました。
 生まれてしまったものは仕方がありません。何事もそつなくこなす両親から引き取ると、フゴの中で、真綿にくるむようにして、その一粒ダネを育てました。冬で1羽だったので、私はずいぶん気を使った記憶があります。

 極端な近親交配で、しかも1羽だけ、栄養面でも問題があったはずながら、太郎と次郎の子供は順調に成長し、コボと名づけられました。4コマ漫画にちなんだものだと思います。たまたま読売新聞を購読していたのでしょう。
 私はこの5代目のコボを溺愛し、春休みになると1日中ベタベタかまっていたのですが、それがいけませんでした。嫌がるのに、手の中にいれて触ったりするものですから、コボにいじめているものと誤解されてしまい、徹底的に嫌われてしまいました。他の人間にはそうでもないのに、私の顔を見ると「ガー」と威嚇し攻撃してくるのです。溺愛し育てた我が子と思っている文鳥に嫌われるとは悲しいことでした。一方的な思い入れは良くないことを悟らざるを得なかったものです。

 コボは両親と同じく純白で、外見も立派で美しかったのですが、妙なところがあり、芸もしました。前回りが出来たのです。止まり木につかまり、首を下に倒して、クルリと一回転しました。面白いらしく、繰り返すこともありました。インコなら普通のことかもしれませんが、握力のない文鳥では珍しいのではないかと思います。
 ただ、このわがままな一人息子は、一日中カゴの外で人間の食べ物ばかり食べていたために太ってしまい、しばらくすると身軽な芸当は出来なくなりました。

 さて、1985年といえば、日本社会では「校内暴力」の最晩期ですが、私の通っていた公立中学校では最高潮に達していました。カーテンは煙草のボヤで燃えるは、授業中シンナー臭いのがはいかいしてるは、ヌンチャクの練習している奴はいるは、先生は顔に落書きされるは(担任)、職員室に殴り込みをかけて警察沙汰になるは、結果、家裁だか少年院だかで卒業式しかこない奴はいるは(当事者は皆知り合い)、なかなかの状況が展開していました。周囲がそんな中、静かに町塾などに行きながら、受験生をしていた頃です。
 そして、何もかもが凍える頃に、始祖のブクが死にました。程なく妻のチャコも死にました。すでに前年夫の米太郎に先立たれていた2代目のボンチも死んでしまいました。それは一つの時代の終わりを告げているようでした(片足になりながら世をすねたような態度で生きていた「中」は、この前年くらいに死んでしまっていたものと思います)。

 1986年春、適当にしか受験勉強が出来ない私は、志望校というより偏差値によって割り振られたはずの公立高校に落ちて、すべり止めの私立高校に行くことになるのですが(その頃の神奈川県は住所によって5、6校ずつのブロックに分けられ、その中は偏差値によって厳格にランク分けされており、成績によって受験校はほぼ教師サイドから指定され、万一のすべり止めとして私立高も受験するのが一般的な形態でした)、家庭の方でも自営業をやめて、引越しをするという激変がありました。
 経緯はいろいろあるわけですが、ともあれ、心機一転をめざす私の母は、この際小鳥も金魚も手放さねばならないと言い出しました。金魚などはともかく、小鳥の方はとんでもない話です。しかし、どうも形から入りたがる傾向のある母の決意は固く、私立に行くことになった私の発言力は弱く、姉は家庭のことに無関心(就職活動もあるのですが、基本的にこの人物は「家より外」です)、父は問題外と言ったありさまで、誰も反対できませんでした。私としては、とにかく弟とも思う(実際はメス)犬を死守し、コボ1羽だけを手元に残すのが精一杯のところでした。
 幸ちゃんとツマは近所の友人の家に、太郎と次郎は祖父母に譲る事になりました。十姉妹のクロ一族は父の友人の子供が通っているとかいう幼稚園に持って行かれました。あれだけは何とか阻止すべきだったと悔しく思うのですが、今更言っても仕方ありません。
 とにかく、大きな金魚たちを希望する人の池に母とバケツで運んだり、引越し先探しに付き合ったり、弱い立場の私はしていたわけです。


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