旧王朝の物語


第九回

 1986年、結局手元にはコボだけが残されました。
 しかし、彼を元に文鳥王国を簡単に復興出来るものと、私は目論んでいました。

 緊張感のない男子校での生活にも慣れた私は、夏になると、芸無しのわがままで、さらに自分を毛嫌いしているコボに、嫁となるメス文鳥を買ってきました。桜文鳥でした。白文鳥が続いたので、桜文鳥の、特にヒナの灰まみれの綿ぼこりのような姿が懐かしくなってきていたのです。その嫁の名前は・・・、何かつけたには違いないのですが、またもや忘れてしまいました。何しろ一年も経たずに死んでしまったのです。
 わがままで凶悪なコボのこと、せっかくの嫁をつつき殺しかねないと、私は不安に思いました。そこで、別の鳥カゴに入れて様子を見ていたのですが、2、3日すると面倒になってきて、コボのカゴにメス文鳥を入れてしまいました。コボは案の定メス文鳥を追い掛け回し因縁をつけ続けていましたが、殺意まではない様子です。そこで、追いかけられてもメスが食べられるようにエサと水入れを止まり木の上段にも設置しただけで、放っておきました。
 育ての親の私以外には、凶悪でもないらしいコボは、2、3日で『嫁』とも適当に仲良くなり、巣づくりをはじめ、卵を産むようにもなりました。『嫁』は熱心に抱卵をし、コボもそれなりに手伝っており、ヒナの誕生は時間の問題のように思われました。ところが、どうしたものか何度卵を産んでも全く孵らず、調べてみると無精卵ばかり、ついには春にはメス鳥は死んでしまいました。卵づまりだったのでしょうか、過労でしょうか。朝には冷たくなっていました。

 1987年の夏、めげない私は、ぷらぷらと遠くに散歩に出たついでに、桜文鳥のメスを買いました。この時のことは鮮明に覚えています。陽射しのまぶしい夏の日でした。照明の一つもないような薄暗い店内の奥にいた文鳥を買い求め、おばさんが小鳥用のボール紙に入れてくれたそれを持って帰途についたものの、あまりの暑さに、せまいボール紙の中で倒れてしまうのではないかと、心配しながら遠い道のりを、あえぐように歩いていました(一体どこまで行ったのか定かではないのですが、軽く1時間以上歩いた先である事は疑いありません)。ふと見ると、道脇にゴミ屋の一時集積所のようなものがあり、粗大ゴミの上の方に小さな鳥カゴが陽に輝いていました。暑い中を首からタオルのスタイルで選別作業に精をだすオジさんに話しかけ、鳥カゴを売ってもらい(500円?)、メス鳥を中に移して、ほっとしたのを覚えています。
 このメスはアヤメと名づけた気がします。由来は覚えていませんが、時代小説か何かの登場人物ではないかと思います。

 コボはアヤメとも適当に仲の良い夫婦となり(ただべったりという感じではありませんでした。コボは心の底で、自分は人間だと思っているような気配がありました)、卵も産むし、夫婦で温めもするのですが、やはり1羽も孵りませんでした。
 かくして高校3年生の1988年もすぎ、高校を卒業し、1989年には当然のように『浪人』となった私は、都内で下宿生活にはいり(それでも日曜日には家に帰って犬の散歩をしていました)、文鳥の世話は家族任せ(具体的には母)となったのですが、その間アヤメも死んでしまいました。私は超近親の子であるコボには繁殖能力がないのではないかと考え、がっかりしました。しかし、何といっても浪人生には、あまり深く考えているゆとりがありませんでした。

 1990年、何とかごま化して大学生になって実家に戻った私は、相変わらず人間のように振舞い、育ての親であり、かつ再度嫁を斡旋した恩人でもあるはずの私を憎悪するコボと、指で喧嘩しながら、それでもあきらめきれずに、また桜文鳥のメスを買ってきました。そして願いを込めて、初代にあやかりチャコ2世と名づけました。しかし、・・・結果は同じでした。
 もはや、コボに子孫は望めないことを、認めないわけにはいきません。この年は私の母方の祖父が亡くなり、先に譲った太郎と次郎も死んでいましたので(疑惑の事故死)、さびしい思いをしている祖母にコボを譲ることにしました。天敵(私)と毎日喧嘩しているより、年寄りに大切にされた方が良いかもしれないと思ったのです。

 こうして結局、コボもいなくなりました。家系は断絶です。しかし基本的に暇な文系の大学生としては文鳥のヒナを久しぶりに育てたかったので、チャコ2世に婿を迎えて、新たに家系を起こすことにしました。系図がつながっているようでつながっていない、何となくヨーロッパの王室のような気がしていたものです。
 「桜と白で産み分け」にこだわる私は、手近のデパートにあるペットショップに行きました。頃合の白文鳥が1羽だけいました。整った平均的な大きさで、つややかな赤いくちばしをしていました。見るからに若い鳥でしたが、性別が分かりません。しばらく見ていましたが、さえずりません。仕方がないので店員に尋ねました。店員の女の子は店長らしきオジさんを呼び、オジさんは数瞬観察の上で、「オス」と断言しました。確かにくちばしは赤く、やや小ぶりながらオス的な容貌だったのです。ともあれ購入しました。


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